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第9回「チャンドリカの怪」

 ロンドロッグに転移し、徒歩でチャンドリカ城へ。徒歩といっても常人のものとは違う。僕は言うに及ばず、プラムもすばらしいスピードの持ち主だった。おかげで、すぐに城の門前までやって来る。門は閉じられていて、複数の屈強な衛兵が周囲に目を凝らしていた。門の上の監視塔にも兵が詰めていて、辺りを警戒しているようだ。


「さて、プラム。僕は君を守る必要があるかな」

「それは経済ではない。私は自分の身くらい自分で守る。『絶対防御』の魔法があるから、忖度は不要だ。せいぜい神らしく、勝手に戦え。私はそれを著述し、世界に伝える。ゆえに、『書記官』だ」

「それを聞いて安心した。君が赤子以下の戦力にしかならなかったら、さすがの僕も守りきれないかもと思ったところだ」

「私を守れないのに神を名乗ろうなどと言うのか。無能だな」

「守るさ。まったく、可愛いやつだな」


 プラムが見事に押し黙ったところで、僕はここからどうするかについて、簡単に考えを巡らした。しかし、やることはすでに移動中に決めていたし、ここの状況を見てもその計画を変更する必要はなさそうだった。

 堂々と、まっすぐに門に向かって歩いていく。


「何者だ」


 衛兵が叫んだ。

 人間の兵だが、あれもすでに死んでいるのだろうか。


「誰何するなら、自分たちから名乗ったらどうかな」

「ここはチャンドリカ」

「うるさい」


 僕は右手を突き出し、思念を膨れ上がらせた。

 強制開城。

 門が勝手に開き、衛兵たちの顔が驚きに包まれる。

 場内の兵たちが門にすがりつき、必死に開くのを止め始めたところで、開く速度が落ちた。

 なので、僕は破壊の意志でもって、手刀を下から上に振り上げた。

 一条の光線がきらめき、門とそれに取りすがる兵士たちを吹き飛ばした。もはや強制開城の魔法の意味もなく、僕たちは悠々と城内に入った。


「攻撃的だな」

「破壊神なんでね」


 もしかしたら、城壁をぐるりと回り込めば侵入できるようになっていたかもしれない。「お行儀のいい」勇者たちならば、そういうルートを取っただろう。だが、あいにく僕は育ちが悪くて、しかも短気と来ている。そんな正規の手段を取るつもりはさらさらなかった。


「敵だ」

「敵襲だ」


 中に入ると、出るわ出るわの大バーゲン。人間だけでなく、亜人や不定形の怪物やアンデッドまで、多種多彩なやつらがわらわらと集結してきた。ある意味、この城は魔王アルビオンが目指す世界の縮図なのかもしれない。どんな種族も分け隔てなく暮らし、もしも外敵が訪れれば協力して立ち向かう。

 では、僕は楽園の破壊者となろう。より巨大な楽園を作るために。


「僕の目から見ると、彼らは亡霊のようには見えないな」

「見えないだけだ。ここに人魔混成の軍隊がいることが、どれだけ不自然かくらい理解しろ」


 軍隊といっても、かつて冒険者だった一団や、魔王の支配下にも入っていない野良のモンスターも多く含まれているようだ。


「チャンドリカの城よ。僕は君に告げよう。魔王の支配下となれ」

「何者だ」


 僕が声を張ると、どこからともなくそんな返しが聞こえた。

 すぐに返答する代わりに、僕は右手を横に突き出し、手のひらから破壊の雷を撃ち出した。雷は城の一角にあった塔に命中し、轟音を立てて崩れさせた。

 恐怖のどよめきが、城内の広場に満ちた。


「破壊神」


 彼らはこれ以上ないくらいに理解しただろう。僕が単なる物見遊山で訪れたご隠居などではなく、明らかな暴力をもって「侵略」しに来たことを。


「たったの一撃であんな破壊力……」


 兵士たちを束ねているらしいヒゲ面の男がつぶやくのが聞こえて、僕は満足した。彼らの戦意を削ぐのには成功したようだ。

 ならば、本丸に討ち入るべき時だった。


「いいかな、チャンドリカ。この城には『観光客』を歓迎するための仕掛けが様々ありそうだが、僕はそんなのを気にせずに吹っ飛ばす。これは僕の道楽でやっていることだから、たとえ君が吹き飛んでここが更地になったとしても、痛くも痒くもない。もしも君が建築物としての死を迎えたくないなら、無駄な抵抗をやめるんだな」


 僕の声は恐怖の伝染という形で反響を得た。いいぞいいぞ。そうでなくては、わざわざ野蛮なパフォーマンスをした甲斐がないというものだ。


「建物を脅すやつを初めて見たぞ」

「経済かな」

「ああ、経済だ」


 プラムからのお墨付きももらった。

 ふいに、ついに城内へと続く大門も開いた。そこへ至るまでの道も開けられ、どうやら僕は中へ招待されているのだと悟った。

 チャンドリカ城は、僕の前に降伏したのだ。


「どうやら僕の言葉を聞いてくれたらしい」

「てっきり中にいるすべての亡霊を排除するものだと思っていたが」

「城が親玉なら、城をぶっ壊すまでだ。そして、戦わずに味方につけられるなら、それに越したことはない」


 モーセが割った海の如く開けた亡霊の群れの中、僕はプラムとともに城内へと入った。城内は薄暗かったが、僕が進むべき道を指し示すかのように、一部のたいまつに火が灯っていった。アトラクションとしては最高の歓迎だ。

 やがて大広間に出ると、そこには一人の少年が立っていた。彼の身長は低く、髪は長く、顔つきも少女と見紛うほどだったが、体つきが性別を示していた。もっとも、「ちょっと骨格が男性的な少女」という可能性も捨てきれないから、一概には言えないが。


「うっす、チャンドリカっす」


 少年は軽く手を上げた。声も中性的で、ますます判断に困るところではあった。しかし、自分から城の名前を名乗ったあたり、彼こそ城の具現化なのだろう。城に性別があるかどうかはわからないし、もしかしたら彼自身もそれをわかっているからこそ、こういう形で顕現しているのかもしれない。


「リュウだ。破壊神をやっている」

「ちょっと一撃やばすぎっすよ。せっかくみんなで楽しく暮らしてたのに、これで一巻の終わりかと思ったっす」

「彼女にたぶらかされてね。生きている城に興味を持ったから、ちょいと脅させてもらったよ。しかし、チャンドリカ。君の本当の強みはこの地上にある城じゃない。地下なんじゃないかな」


 僕が単刀直入に言うと、チャンドリカは目を丸くした。

 ここからが、僕にとっての本題になる。繰り返すが、今からやりたいのは観光でもなければ単なる破壊でもない。既存の何かへの挑戦なのだ。

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