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第79回「破壊神の頭はからっぽ」

 僕は再び脱力した。ディー・ルンヴァルは父親にも叔父にも似ていない青年で、銀縁眼鏡が嫌味でない爽やかさがあった。そんな彼がこう言うのだ。


「えっ、蜂起はしない。いいですよいいですよ。それで、僕ら一族はアイリアルから追放。もちろん、構いません。お、新しい仕事がある。わあ、すごい。至れり尽くせりじゃないですか。楽しみだなあ」


 これが計画の中止を知らされた上、権力を剥奪されて生まれ故郷を追われる者の言葉だろうか。

 印刷所で出会って、自己紹介もそこそこに話を切り出した僕は、完全に主導権を握られた気分だった。それくらいディーは物分りが良く、いや、ちょっと他の心配が必要なくらいに快活なのだ。


「不安とかないのかい」

「別にありませんよ。正直、父や叔父のことがあるから、この街を離れられなくて鬱屈してたんです。人間が住む世界も見てみたいですし、そこでは僕が必要とされてるって言うんですから、これが嬉しくないわけがないじゃないですか」


 そうまで言われてしまっては、僕としても帰す言葉がない。

 ディーに与える新しい仕事というのは、チャンドリカにスムーズに加わってもらえるようにするための方便だった。もちろん、承諾してもらえるなら、それに越したことはないと思っていたものの、あまりにもスムーズに行き過ぎて怖い。世の中には談笑しながら人を刺せるタイプもいると思っているから、彼もそれに属するのではないかと身構えしてしまう。


「では、君にはチャンドリカで宣伝活動を頼もうと思う」

「はい。父が兵員育成で、叔父が軍事情報の収集ですね。いずれも適材適所で、優れた案だと思います。魔王様に腫れ物のように扱われているより、よほど活躍できますよ」

「ううん、すごいな、君は。正直、こんなに受け入れてもらえるとは思わなかった」

「だって、討伐されるか出ていくかって選択肢なら、迷わず出ていくべきですよ。生きてなきゃお話にならないんですから。家名を守るとか自尊心の問題だとか、そういうのは負ける側が自分の死体を飾りたいからそうするんです。生きていてこそ、輝ける舞台に上がっていける。なら、どうするかは決まってますよね」


 決まってますね、はい。

 僕はそう答えそうになった。利発な青年だ。正直、僕なんかよりずっと「賢者」の称号にふさわしいと思う。大体、僕が賢者というのはいくつもの魔法を使えるという意味合いから来ているのであって、思考能力においてずば抜けてはいないのだ。その点、破壊神の方がよほど実情に合っている。

 なるほど、収まるべきところに収まるように、運命が転がっているのか。


「あんたの甥っ子すごいな」

「俺も自慢したくなってきたよ」


 ケイトリンとエンリケにしてからが、この反応だ。どうやら彼女たちもディー・ルンヴァルという魔族が持つ素質について、かなり誤った見解を抱いていたらしい。

 ここに来るまでの道すがら、シェルドンとは全く違ったタイプであることは聞いていたし、ゆえに親子間でたびたび衝突することがあったのも聞き及んでいた。武闘派ながら家長の重みを知るシェルドンに対して、ディーは理知的で事前準備を怠らぬことを旨としている。

 そういう話だったのに、評判というのはあてにならないものだ。ディーにはもっと優れていて、特筆すべき部分があるじゃないか。僕は彼を重用すれば、すごいことになると確信していた。だからこそ、上手く人間と魔族の間を取り持つ必要があるだろう。場合によっては、そのための緩衝材的な役割を雇用する必要が出てくるか。アドバイザーとか、カウンセラーとかいった役職で考えておこう。


「ああ、エンリケ、ディー。とにかく話はまとまった。プラムと僕は、これから他の街で別用をこなす。君たちは街の運営を役人、およびケイトリンに引き継いでくれ。ケイトリンはそれを承継して……」

「会社のためにたっぷり甘い汁を吸わせてもらいまっせ。まあ、同時にあんたとも通じているから、私はちょっとした浮気魔だね」


 ひっひっひ、と笑うケイトリン。「おとぼけ」ではないもっと別の二つ名を用意してやるべきではないだろうか。


「というわけだよ。二人とも、いいかな」

「承った。兄上には私たちから伝えておこう」


 シェルドンが僕に恭順する意志を示していることは、すでに伝達済みだ。これでアイリアルでのミッションは達成したことになる。反乱を企図した都市の無血開城。それが上手くいくと同時に、優れた人材といくばくかの私兵が手に入るのは大歓迎だった。まったく、いきなり全破壊という手を取らなくて良かった。


「神は本当に破壊神らしくないな」


 プラムが僕の心を読み取ったかのように、そう言った。僕も同意見だったが、彼女にそのまま認める言葉を返すのは癪だったので、違う形に膨らませることにした。


「そうだね。でも、僕の性状には一番合っている。今回もプラムとケイトリンのおかげで上手くいったわけで、僕は何もしていない。結局、僕本来の仕事は破壊することなのさ。メドラーノへの脅迫、マルーとの殴り合い、サマーの救出、どいつもこいつも力押しだ」

「本当だな。もっと頭を使え」


 自分で認めたこととはいえ、プラムにそのものズバリを言われると、ちょっとショックだった。やはり、僕は基本的に頭が足りないのかもしれない。読書は好きだが、ショーペンハウエルが語った「読書とは他人にものを考えてもらうことである。1日を多読に費やす勤勉な人間は、次第に自分でものを考える力を失ってゆく」という人間の典型なのかもしれない。

 ダメだ。こんな自己分析で終わるからいけないんだ。ちゃんとしよう。うん。


「神」

「三秒くれ。立ち直る」

「ごめん」

「謝らなくていい。僕こそいつも考えが拙くてごめん」

「悪いのは私だ」

「誰も悪くない。強いて言えば、僕の考えが浅い。……さあ、三秒経った」


 これでリフレッシュした気持ちで再スタートだ。


「ノロケかい」

「ノロケだな」

「ノロケですね」


 ケイトリン、エンリケ、ディーが三人揃って僕らに視線を投げかけてきた。

 それどころか、まだ作業を続けていた印刷所の工員たちが、「なんじゃあら」という生暖かい目で見てきている。

 こいつはたまらん。


「はい、行動。僕らはコンドンへ行く。君たちはここで成すべきことを成す」


 僕は何度か手を叩いたが、誰も動かない。特にワルい表情をしているのがケイトリンで、ディーもそれを見習ってにんまりとした。エンリケはそういう気持ちがないからか、表情は変わらないが、きっと心の中では同調しているはずだ。


「言っておくが、神」

「何でも言ってくれ」

「ここでいかなる弁解を重ねても、それは経済ではないぞ」


 そうだね。

 僕は全面降伏し、アイリアルにおける魔王アルビオンの依頼達成という輝かしい瞬間に、「身の程を知らされる」というバッドイベントの思い出を刻み込まれることになった。今後、この街を訪れるたびに、言いようのない虚しさに襲われることだろう。

 こんな時は、道端に落ちている骨でも投げてやろうか。すると、それが軍事衛星になって、僕に今の状況を脱する力を与えてくれるかもしれない。でも、その力の行き着く先は、木星行きの死出の旅ではないだろうか。

 まったく、どうしようもないな。

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