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外伝「魔導市長と極端少女(3)」

 ロンドロッグ市庁舎の人事課に、平和な日差しが射し込んでいる。そこでウトウトと眠り込んでいる課員が一人。ヴェーダ・プリチェット。長い金髪を馬の尾のように側頭部に垂らした彼女は、なんとまだ12歳の少女である。彼女は市長ブライアン・メドラーノをして、「最大の収穫」と言わしめた能力を持っていた。それが「才能探知」だ。

 受付嬢ステファニア・カノーの「能力看破」との最大の違いは、磨けば伸びる才能の原石を見つけられる点にある。メドラーノはこの稀有なる才能を知り、乞うて市庁舎に登庁してもらっている。


 とはいえ、何しろ12歳。それも特別な頭脳を持っているわけではない。

 このため、メドラーノは彼女の通常業務として「勉強」を指示している。時折入る「才能鑑定」の業務以外は、自学自習の時間というわけだ。

 ただ、ヴェーダはとにかく学ぶことが嫌いで、寝ることが好きだった。

 意欲がないのに無理に学習させるのをメドラーノは嫌ったため、彼女を人事課の「ひだまりの席」に置いて、あとは好きなようにさせている。眠っているだけで迷惑を掛けるわけでもないため、課員には放置しておくように指示している。


 ただ、そんな彼女をやたらに心配する者がいる。食堂の支配者こと、アミット・ピルグリムだ。彼女もまた若い少女であるという境遇からか、やたらとヴェーダの世話を焼く。それはもう実の姉以上に親身になって、付きっきりになることもあるほどだ。これも彼女の「考え過ぎ」の性質が出ているのかもしれない。

 今、午後のうららかな陽光の中で眠るヴェーダに、アミットがつかつかと近寄っていく。

 こういう時のアミットはまるで手加減をせず、ヴェーダの両肩を持って強く揺すった。


「おはよう、おはよう」


 からくり時計でももう少し優しく起こすだろうという、覚醒の儀式である。

 ヴェーダも特別に深い眠りに入っているわけではないから、すぐに起きる。


「あ、おはよ……」

「もー、何してるの。お昼食べに来なかったじゃない」

「寝てた」

「見ればわかる」


 この具合である。

 アミットは実の妹と弟を持っているからか、ヴェーダの扱いも手慣れたものだった。


「ほら、ご飯食べにきな」

「お手洗い……」


 ヴェーダはヴェーダで、見事なまでにアミットに依存している。両親が青果店経営で忙しかったからだろうか。年長者の愛に飢えている様子が垣間見えるのだ。

 と、こうした様子を柱の陰から見守るメドラーノである。彼は「歩く」市長としても名を馳せていた。忙しい公務の合間を縫って、市庁舎の中を巡回するのである。もちろん、単に監視のために回っているわけではない。陳情があれば応えるし、ちょっとした雑談にも応じる。イメージ戦略であり、不満の声を聞き漏らさないための手立てでもあった。


 しかし、ヴェーダのことは特別に気になることが多く、アミットがトイレに連れていくところまで見守ってしまう。これを見咎めた警備員のカーシャから、「変態と間違われるぜ」と呆れた調子で言われたほどだ。

 メドラーノは自分のこうした心の移ろいを、父性を持て余しているためだと分析する。それほどにヴェーダはか弱い存在で、かつ市役所になくてはならない逸材だった。


 アミットがヴェーダを連れて食堂まで戻ったので、メドラーノもそこに続く。「食堂の姉貴」はここでも存在感を充分に発揮し、「居眠り姫」にたっぷりと昼食をご馳走してやるのだ。育ち盛りだからだろうか。ずっと机に向かっているにもかかわらず、ヴェーダは実によく食べる。

 そこにすかさず、メドラーノが向かいに座る。ヴェーダはこれをとても喜ぶ。彼女は現職市長が相手でさえ、「お話をしてくれる優しいおじさん」程度にしか考えていない。年齢の割にはいささか幼いところも残るが、一方では話の内容はしっかりしている部分もある。例えば、こうである。


「どうかね、勉強は」

「ダメ。つまんない」

「眠くなるだけか」

「でも、算術はやっぱり面白いよ。底が見えないもの」


 ヴェーダが語るところによると、彼女は才能が「見える」というより「わかる」らしい。これは視覚的要素の強いステファニアの能力鑑定とは違い、人体の抜本的なポテンシャルを読み取っていることから来ていると考えられる。

 一般に、魔力は「波動」の理論でもって説明されることが多い。この波動は常に体内から放射されていて、この小さき人事課員はそれを全身で感じ取ることができるのだ。

 そういう意味合いにおいて、彼女は残酷な運命に晒されていると言える。対生命という分野において、いつもカンニングペーパーが突きつけられているようなものなのだ。自分から値踏みするという行為がまるで意味を成さなくなってしまう。数字だけで宇宙を表す学問に興味を示すのも、そうした傾向の延長であると考えられた。


「眠る時に算術のことを考えていると、学習効果が高まるという話を聞いたことがあるね」

「そうなんだ。試してみないとなあ」


 メドラーノはヴェーダが相手でも、同じ職員として敬意を持って応対する。決して子どもと侮ったりはしない。どんな命も、奇病に冒されていない限りはやがて大人になる。大人になるということは、有権者になるということでもある。生まれたからにはそれだけの権利と義務を背負っているのだ。彼が子どもを一人前扱いするのはこのためだ。


「おじさんは勉強って好きなの」

「私は好きだよ。新しい世界を見ることができるからね」

「わたしも好きになれるかな」

「そこに眠る可能性に気づいたら、きっと楽しくなるだろう。私もそうだった。勉強が未来を作ると確信したからこそ、積極的に挑むことができたんだ」

「未来もいいけど」


 アミットがやってきた。彼女はデザートを手にしていて、ヴェーダとメドラーノの前に一つずつ置いた。


「現在を生き抜くためにも、甘味は必要ですよね」

「良い考えだ、アミットくん」


 メドラーノが満足に口を跳ね上げると、アミットも快活な笑顔を咲かせた。なお、ヴェーダはすでにデザートにパクついている。彼女は甘い物に目がなかった。驚くべき力を始終発動させているから、心身に負担が掛かっているのかもしれない。

 ともあれ、この若き人事課員の力で、メドラーノは多くの採用を成功させてきた。彼が四期目まで市長を続けることができているのも、良い才能が良い才能を発掘する好循環を成功させた部分が大きいのだ。

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