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外伝「魔導市長と極端少女(2)」

 ロンドロッグ市庁舎において、ブライアン・メドラーノが市長として最も気にかけている事項がある。「食事」だ。安価で美味な食事を提供することが、いかに職員の士気と能率の向上に貢献するかをつぶさに見てきた。これは、彼が食うにも困った時代を生き抜いてきた経験が生かされている。

 今、市庁舎の食堂を切り盛りするのは、なんと十六歳の少女である。栗色の髪の毛をしっかりと純白の頭巾で覆い、職員の腹を満たすために奮闘する様は見るだけで微笑ましい。


 彼女の名前はアミット・ピルグリム。元は近隣の村であるコートニーに住んでいたが、同村の経済が悪化したためにロンドロッグへ移り住んできた。父親は市民軍の兵士で、母親は占い師。三人の弟と一人の妹がいる。

 だが、こうした情報について、メドラーノは後から知った。彼が求めていたのは料理の技能であり、受付のステファニアがそれを見抜いた瞬間、アミットの採用は確定していた。

 採用といっても、彼女が別用でやってきたところを熱心に勧誘したというのが事実である。


 もっとも、彼女が「料理をするだけのくせに高い給料をもらっている」ことを好ましく思わない輩も、残念ながらいる。この点について、メドラーノは浅薄なやつらの他愛もない戯言だと断じている。食はすべての源である。食わねば人は生きていけないのだ。魔族の大半も魔力のみにて生きているわけではないというのに。

 そもそも、公務員は高い給与をもらうべきというのがメドラーノの持論だった。公務員への投資は公共財への投資である。彼らが大事にされるだけの給料をもらえなくなった時、汚職はたちまち伝染病のように広がっていくだろう。

 ただし、その機構は確かな監査と業務査定によって管理される必要がある、ともメドラーノは考えている。


「市長さん、いいところに来ました」


 いいところも何も、メドラーノは昼休みの混雑を避け、午後の勤務が始まってから食事に来ただけなのだ。すでに職員の多くは仕事に戻り、昼休みに職務を担当していた者だけがちらほらとやってきているくらいである。

 困ったことに、アミットが「いいところに来ました」という時は、大抵ろくでもない提案をする時だと知っている。まして、今のように目をきらきらさせた乙女モードの時は、本当にろくでもないのだ。


「やあ、アミットくん。今日のおすすめは何かな」

「おすすめは……それより聞いてください」


 ここからが大変だ。アミットは早口でまくしたてる。勉強熱心な彼女は常に新しい料理に挑戦することを忘れないが、同じくらい熱心になっていることがある。戦史の研究だ。彼女は父親が表現するところの「血気盛んな娘」であり、暇さえあれば新しい戦略、清新な戦術がないかを考えている。

 だが、メドラーノからすれば、これが悲しいくらいに素人考えだった。大体が命令系統を無視していたり、兵站を軽視していたりする。実践すれば間違いなく「味方の全滅は免れない」内容を、熱く語ってくるのだ。ちなみに、この言葉は市民軍の司令官として雇用しているセバスティアン・ル・ブロンの評価である。


 なぜそれを市長であるメドラーノに話すのかというと、彼がロンドロッグの最高指導者であるからに他ならないという。アミットは彼を優れた指導者として信じているからこそ、乱世に積極的に打って出てほしいと考えているのだ。

 このことについて、メドラーノは率直に言ってありがたいと考えている。自分をそこまで高く見積もってくれていることに関しては、政治家冥利に尽きるというものだとも。

 また同時に、賢者リュウならば、アミットの考える戦法も生きるのではないかと思案している。彼女の理論が単なる空論で終わっているのは、現行の軍事技術を無視しているからだ。

 例えば、常に天から戦場を眺められるような状況。

 例えば、一瞬で命令を伝達できるような機構。

 そうしたものがあれば、「化ける」可能性があった。


「あの子は誰よりも『考える』力がありますねぇ」


 その日の閉庁後、受付のステファニアにアミットについて尋ねると、こう言ったものだ。


「今の時代、考えることができるのはそれだけで価値ですよ。私なんて、何も考えてないですもん。どうすれば毎日遊んで暮らせるか。そんな邪念ばかり持ってたりします。そこを行くと、アミットさんはとにかく考えてます。みんなが幸せになるにはどうしたらいいか、戦争という現実を勝利で乗り越えるにはどうしたらいいか。単なる料理人である以上に、常勝料理人でいたいんですねぇ」


 メドラーノはこういう時の彼女に関して、「君も充分に他人のことを『見て』いるじゃないか」と褒め称えたくなる。もっとも、ステファニア・カノーは調子に乗ってしまいやすいことも知っているため、ちょっと給料に色をつけてやる程度で済ませる。


「だが、考えに押しつぶされることもあるだろう」

「ええ、ええ、それがアミットさんの欠点ですね。頭がぐるぐるしちゃって、倒れちゃうかもしれない」

「賢者リュウなら解決できるかもしれない、と私は踏んでいるんだが」

「あー、それは有りだと思います」

「彼は全く新しい知見だ。斬新な発想そのものだ。ならば、アミットくんの『過重思考』も上手く活かせる可能性がある」


 もっとも、とメドラーノは続けた。


「過重思考なのはリュウくんも同じようだがね。彼は考えすぎて自滅するタイプに見える」

「あ、そう思いますかぁ」

「思う。きっと彼は、いつも複数の可能性を想定して行動している。ただ、そこに経験が追いついてきていない。知恵に肉体が振り回されているんだ」

「言いますね。あの人が知ったら、市長、消し飛ばされちゃいますよ」

「彼はそんなことはしないよ。私が市長でいる限りは」


 あははっ、と笑うステファニア。受付業務の際に声を出して笑わない分を、ここぞとばかりに回収しにきているかのようだ。

 メドラーノとしては「自分に市長としての利用価値があるうちは問題ない」旨を強調したのだが、彼女がそこまで考慮を進めていたかどうかは疑問である。


「じゃあ、落選できませんね。落ちたら市長、ただのおっさんですもん」

「ただのおっさんとは心外だな。かっこいい無職のおっさんと言いたまえ」

「その時は私が養ってあげますねぇ」

「君に養われないで済むくらいには蓄財しているよ」


 とはいえ、ステファニアにも非常に高い給金を与えているのは事実だったし、実は彼女が見た目以上にちゃんと貯蓄しているかもという考えがよぎった。

 メドラーノにとっても、彼女は計り知れない存在なのだ。

 だから、楽しい。


「逆に、リュウさんの最大の長点ってどこだと思います」


 ステファニアの問いかけが、メドラーノの思考を回転させた。賢者リュウにとっての最大の強み。それは知恵か、それとも別のものか。

 だが、すぐに答えは浮かんだ。まるで冬眠から目覚めた蛙が水面に現れるように。


「容赦しないことだ」

「それ、良いとこですかぁ」

「良いところだよ。彼はいざという時に攻撃をためらわない。その攻撃に至るまでの思考、思案が長すぎるというのが欠点であるならば、いざ決断したならば必ず目的を遂げるまで徹底的にやる」


 メドラーノは思い出す。リュウの目。あれは敵対者を断罪する目だった。


「彼は、持っていた。死を見てきた者の目だ。そして、自分以外の誰をも地獄の淵に蹴落とすことにためらいのない」

「まるで魔王みたいですねぇ」

「そうか」


 メドラーノはステファニアの言葉で、ハッと気付かされた。


「そうだな」


 かの賢者はきっと孤独なのだ。孤独のうちでのたうち回りながら、時折、自分の場所まで生きている者を引きずり込もうとする。彼が住むのは死の淵である。死と夜の神であるレナンがオラレカン大地峡の奥底に棲んでいるように、リュウもまた死線で踊る者たちをごっそりと引きずり込む。

 私も引きずり込まれたのかもしれないな、とメドラーノは感じた。


「魔王とリュウさんが戦ったら、どっちが勝つんでしょう」

「純粋な力で言えば、リュウくんが互角と見る。だが……」


 魔王アルビオンは救世主を名乗り、世界に新秩序をもたらすことを望んでいる。そういう意味では、彼は魔族の王でありながら、全生命にとっての善神たらんと振る舞っている。

 一方で、賢者リュウはただすべてを打ち壊す秩序の破壊者である。国家運営について、真新しい思想があるかどうかもわからない。ただひたすらに暴風のごとく圧壊させ、自らの中へ飲み込んでいく。

 そう考えると、アルビオンとリュウの相性は最悪。理想は完全に食い合っている。

 いったい、どちらが魔王だ。


「わからないな。個人的にはリュウくんに勝ってほしいが。何しろ私の命も懸かっているようなものだからね」

「そうですねぇ」


 あるいは、リュウは支配者なき新世界、今の国境で彩られた地図とは違う、超然的な理想郷を築こうとしているのか。

 メドラーノはそのようにさえ考えたが、そこまで思考を進めて、アミットと同じ「考え過ぎ」の状態に陥っていることに気づいた。


「ああ、ついつい仮定を積む楽しさに興じてしまった。帰る時に悪かったね」

「いいですよぉ。では、本日は上がりまーす」


 ステファニアが軽妙に言葉を返して、去っていった。

 ともあれ、今のメドラーノにとっては、彼女の気軽さが助けにも感じられた。市長という職務は気が重いものだ。理想と現実に苦しみながら、それでも前へ進んでいかなければならない。


 いつかは、アルビオンかリュウかを選ぶ時が来るか。

 メドラーノは窓の傍まで歩き、ぼうっとした思念を外へと放り投げながら、夕景のロンドロッグを眺めていた。

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