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外伝「魔導市長と極端少女(1)」

 ブライアン・メドラーノは独身者である。彼はこれまでに愛する人もいたし、結婚も視野に入れていた。しかし、政治という大舞台で踊り続けることを選ぶために、あえて一人で居続けることにした。

 今の世界は非常に苛烈で残酷である。うかつに家庭を持とうものなら、そこが弱みとなってしまう。

 ゆえに、メドラーノは一人でいることを好む。彼の執務室には彼以外の誰も常駐していない。さらには隣室にも誰もいない。「万一の事態」を考えるならば、戦闘に不得手な者は近くに置いておきたくなかった。


 そういう意味では、雨の日の賢者到来は凶事であり吉事であった。彼は苦労して掴んだ権力を保持したまま、今もこうして市長の椅子に座り続けている。チャンドリカの生きた城という不確定要素を背負うことにはなったが、同時に強力な戦力も手にした。自由に使える力ではないものの、この乱世を生きるのに不可欠な勢力になりつつある。

 彼は自分で淹れた活力飲料「メギ」を飲んだ。これはカランデンテ諸王国の一つ、ベーラ藩王国で作られるものだ。輸送コストもあって決して安くないが、肉体も頭脳も著しく活動し始めるため、やみつきになっている。


 そこへノックの音が三回。続けて「市長」と呼ぶ声がする。受付のステファニア・カノーのものであることは明らかだった。賢者リュウの力も見抜いた彼女の目は、会うべき相手と会わざるべき相手をはっきりと切り分けることができる。


「入りたまえ」


 メドラーノが答えると、「失礼します」の声とともに扉が開き、ステファニアが入ってきた。彼女は市役所でも一二を争う美人で、まさしく受付嬢として最適な逸材だった。

 ただし、である。それ以外は結構なへっぽこ、というのがメドラーノの評価だ。ロンドロッグ市庁舎でメドラーノが「これは」と思った人材は、皆何かしらの一芸に秀でているが、一方では必ず「但し書き」が必要なことを忘れてはならないのだ。


「市長、本日の受付業務を終了しました」

「今日は大した来客もなかったね」


 いやあ、その、とステファニアの口調がいきなり崩れた。彼女は定型から外れると「ボロ」が出る。黙っていれば、あるいは決まった言葉なら金髪碧眼の美人だというのに。


「結構いらっしゃるにはいらっしゃったんですけど、全部ちゃっぴい子たちばっかりだったから、カーシャさんに丸投げしちゃいました」

「今季の賞与査定はかなり甘めにしないといかんね。それで、カーシャくんはどうした」

「実は閉庁間際にお殴り込みがいらっしゃったんで、今まさにボコボコやってます」


 メドラーノはつい苦い顔をしてしまった。ステファニアの表現がアレというのもあるが、彼女が示した状況が決して好ましいものではなかったのも大きい。


「様子を見に行こう」

「あっ、待ってくださいよぉ」


 大股で歩き、市長室を出る。彼はこの威厳ある歩き方を意識的に行っている。細々した動きは彼の好むところだが、有権者は違う。庶民は常に偉大なるリーダーを求め、どんな勇者にも負けない勇敢さと、どんな王族にも負けない気高さとを兼ね備えていることを夢想している。

 だから、メドラーノはそれに応えるため、「強き指導者」を研究し、常に最善に近づけるようにしている。その点において、彼は賢者リュウのことをうらやましく思っていた。すでに破壊神に転職したことを知らないが、そんなことは彼にとっての重大事ではない。リュウは若くして信望を集める象徴なのだ。ただそれだけで大きな嫉妬も覚えたし、さらに強烈な心強さも覚えた。


 メドラーノは決して恵まれて育った方ではなかった。生まれた家は貧しかったし、奨学金を手にして通うことになったヴィジャヤ魔法学院でも多大な困難に遭った。当世風に言うなら「いじめ」の被害者になったのである。子どもたちにとって、優秀なよそ者というのはそれだけで迫害の対象になりえるのだ。いや、それは大人となってからも同じかもしれない。

 魔法学院におけるいじめとは、もはや生命に関わるようなことさえ行われた。彼が最も恐れたのは「離魂遊戯」というもので、肉体から魂を引き離す儀式と称して様々な攻撃魔法を浴びせかけられた。いじめる側にも狡知が働くもので、決して跡が残らぬよう巧妙に行われた。


 実のところ、メドラーノは三回ほど死にかけている。その時に見た幻影が冷え冷えとした死の国に思えて、彼は二つの信仰を捨てた。一つはどんな罪深い命でも信じる限り楽園に行けるとするカーラ教。アクスヴィル聖王国の国教である。そして、もう一つは大人に言えば、必ず助けてくれるという甘い考え。

 不幸なことに、彼が最初にいじめを訴えたのは担任のアンナラウラ・ボルゲッティだったが、これが失敗だった。アンナラウラはカランデンテ諸王国、ブラーゾ藩王国からの移民で、迫害される怖さをわかっていた。わかっていたからこそ、失点は必ず隠蔽すると決めていた。同時に、彼女はむしろいじめる側についていた司教たちの子の家族に圧力を加え、これを公にしないことを条件に出世まで勝ち得ることになる。


 だが、幸いなことに、メドラーノには味方が現れた。アンナラウラの娘で、召喚魔法を得手としていた講師のレティツィア・ボルゲッティである。彼女はメドラーノが危害を加えられないよう様々な手立てを講じたのみならず、身を守るために必要な魔法を一から丁寧に教えてくれた。

 実際のところ、それは母たるアンナラウラの不正を許せないからであり、贖罪の意味も込めての対応だったが、若きメドラーノ少年には救いの女神が現れた心地だった。彼は今でもレティツィアこそ初恋の相手であると確信している。その淡い恋心を自覚したのは、猛勉強によってヴィジャヤ魔法学院を首席で卒業し、やがて一人前になって首都フィルケンシアを訪れた時のことだった。

 そう、レティツィアが伝染病にかかって死んだと教えられ、案内された墓の前で泣き崩れた瞬間だったのだ。


 ゆえに、彼は「弱き者を救える力」を得るため、あらゆる暴力と権力を我が手に収めることを望んだ。アクスヴィルを始めとした各王国での栄達も考えたし、ヴィジャヤ魔法学院の卒業生というだけでそれだけの価値があったが、彼は独立都市の政治家として歩むことを望んだ。

 それは既存の勢力に屈しない、新しい政治体制による世界の改革という遠大な野望のためだった。

 今、リュウという恐るべきワイルドカードが現れ、彼の野望は実現の速度を早めている。その第一歩となるロンドロッグ市庁舎には、彼が見込んだ人材が十二分に集まっていると自負していた。


「よう、メドラーノ。しょうもない客が来たから、『歓迎』しておいたぜ」


 そのうちの一人が声をかけてきた。褐色の肌が照明で輝く、徒手空拳の警備員、カーシャ・ブラッドだった。言葉遣いは野暮ったいが、スタイルはいい少女である。受付のステファニアが「招かれざる客」と認めた相手を、素手で制圧してしまうのが彼女の任務だった。

 裏を返せば、ステファニアが「賓客」として認めた相手に関しては、彼女はまるで仕事をしない。メドラーノがリュウと激しく衝突した時も、彼女は一階のロビーであくびをしていた。「そこに行ったからにはオレの仕事じゃない」というのが流儀なのだ。

 今、カーシャは八人もの男を叩きのめした後らしく、最高の笑顔を浮かべていた。


「夕方にご苦労なことだな」

「こんなんじゃ、昼飯どころか朝飯も消化しきれないね。弱すぎる」


 そういうカーシャが強すぎるのだ、とメドラーノは考えた。

 彼が知る限り、カーシャ・ブラッドの白兵戦能力は正規軍を相手にしてなお悠然と戦えるほどのレベルに達していた。名高い勇者シャノンのパーティーと戦ったとて、さすがに勝つことはできないにしても、充分に時間を稼ぐことができただろう。ただし、賢者リュウは除いて考える必要があった。


「どうする、メドラーノ。殺すか」

「殺す時は法律に基づいて殺したまえ。それが文明人の嗜みというものだ」

「だが、法律なんてものはいくらでも曲解できる」


 カーシャが気がついた男の頬をつま先で蹴ると、彼の顔が絶望に染まった。

 ロンドロッグは、それでも成分法があるだけ先進的だった。近隣の諸国や都市は慣習法が多く、文書として整備されていないことも多い。とりわけ刑法分野ともなるとその傾向が顕著で、「公的活動に害を与えし者は即ち死刑」となっていることもあった。

 だが、ロンドロッグとて罪刑法定主義が徹底されているかというと、そこまでではない。あくまでも周辺に比べればマシという段階である。また同時に、現状はこの制度で運用できているのだ。法律に新旧はあれど、何が先進性を持っているかを判断するのは容易ではない。


「カーシャ。彼らはなぜここに来た。たかだか八人で、我が市庁舎を押さえるつもりだったのか」


 それはこの行動が陽動、つまり囮ではないかという問いかけだった。ロンドロッグには商家もあれば取引所もあるし、もちろん市場も存在する。それらへの攻撃を誘導するために市庁舎への襲撃を行ったと考えられはしないか、メドラーノは危惧していた。


「たぶん違うと思うぜ。こいつら、市庁舎の用心棒になりたがって来たみたいだ。まあ、食い詰め者の冒険者崩れだな」

「ステファニアくん」

「ええと、カーシャさんの言う通りですー。今は採用してませんって言っても、頭までよく鍛えられてるみたいで、聞き分けてくれなくて」

「念のため、警察に一言付け加えておいてもらおうか。いいかな、シアンくん」


 福祉課に向かう通路の陰に立っていたシアン・クスマが、ここぞとばかりに出てきてぺこりと頭を下げた。メドラーノの言を了承したものである。

 シアンは雑用係という名目で、とにかくあらゆる雑事を一手に引き受けている。のそりのそりと歩く様は大猿のようだが、その中性的な顔はいつも眠そうで、言葉も少ないために不気味に見る者もいる。

 実のところ、メドラーノは男という名目で入ってきたシアンについて、女であると看破している。彼女を連れてきたのは裕福な家庭の母親だったが、「このうすばかを使ってあげてください」と押し付けるようにしていったものだ。きっと精神薄弱の上に女だとわかったら、引き取ってもらえないと考えたのだろう。

 だが、メドラーノは、彼女が実は天才的な思考力の持ち主であると見抜き、すぐに採用を決めた。困ったことがあったら、何気なく彼女に尋ねるようにしている。そういう意味も込めての「雑用」だ。シアン・クスマはゼネラリストでスペシャリストなのだ。


 シアンが八人の男を巧みに縄で繋ぎ合わせ、警察署に連行していった。ああいう手際の良さを見ても、彼女のすさまじい才能がわかろうものだが、「目がとろりとしたうすばか」と信じたい手合いには、その真実が見えていないのである。

 それでも、メドラーノは致し方ないと考えてもいる。他人に攻撃的だからといって、すなわち無能ということにはならない。組織に波風を立てる人材も、それはそれで世界を取る逸材として活用しうる。要は自壊しないことが大切なのだ。


「上がっていいぞ、カーシャくん。ステファニアくんもお疲れ様」

「メドラーノ」


 カーシャが手を差し出してきた。


「駄賃」


 メドラーノはにやりと笑った。彼はカーシャのこういうところを好いている。


「時間外手当つきだ」


 市長としてそこそこもらっているうちから、メドラーノは常に多額のポケットマネーを忍ばせている。今、彼がカーシャに渡した金額は、彼女の1日分の日給にも相当した。

 やりぃと喜ぶカーシャ。実にわんぱくな少女のそれである。


「ステファニア、おごるぜ」

「じゃあ、お肉を食べましょう」


 ステファニア・カノー。見目麗しい彼女は、好きな食べ物アンケートに「肉」と大胆に書くくらいは肉食系女子である。

 カーシャももちろんそれはわかっているから、おうよと力強く答えて、二人して市庁舎の奥へと去っていった。


 メドラーノはどうにか一息つく。

 すると、今までの光景を見ていた財務課長のチャズ・ラマチャンドランと目が合った。黒髪に黒ひげが似合う彼はメドラーノとほぼ同世代で、非常に際立った働きをすることで有名だった。

 互いに、笑う。

 それだけで、今のやり取りが何もかも楽しく思えた。


 だが、市庁舎の事務作業は続くし、市長の仕事もまた終わりではない。

 メドラーノとラマチャンドランはそれぞれ自分の業務に戻っていく。このご時世、公務員は決して楽な仕事ではないが、ロンドロッグにおいては多くの者が率先して職務に励んでいた。それは自分の働きによって、この街がいずれ世界一のすばらしい場所になるという手応えがあったからかもしれない。

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