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第77回「世界を平和にするために」

 窓の外では、今もなお弱い雨が降っている。僕はその音がはっきりと聞き取れるくらいに、ぐっと沈黙を維持した。両手はケイトリンの手を握っている。僕の鼓動が聞こえるだろうか。聞こえるように握っているつもりだ。

 そうだ。これはパフォーマンスだ。だが、そんな見せかけの行動でも、やるとやらないとでは大きな違いが出てくる。民主主義政権における選挙で、候補者が無駄とも思える握手攻勢やみかん箱での演説会を行うのはなぜか。答えは簡単で、「顔を知っているから投票する」「手を握ってくれたから投票する」という層が大多数だからだ。「接触」にはそれだけ甚大な効果が存在する。

 今、僕は単なる接触だけではなく、魔力でもってケイトリンの心を操作しようと試みている。心理を操作する系統の魔法はほとんど知らないが、それでも使えば多少のフレーバーにはなる。こういう時は、かつての仲間たる勇者シャノンの人気がうらやましくなった。彼は僕に純粋な力では劣っていたが、民衆を引きつける力を持っていた。彼は根っからの貴族であり、庶民に好かれる方法を徹底的に叩き込まれていた。


「私に」


 ケイトリンが上目遣いで僕を見た。まぶたを半分閉じて、誘惑するような調子だ。しかし、見た目が幼女なため、どこか空転している感は否めない。それとも、彼女に魅力を覚える層も存在するんだろうか。


「社長を裏切れと」

「裏切りじゃない。僕と協力関係を結んでほしいということだ」


 そうだ。問題はロジャーがアイリアル市における反乱勃発を指向していることにある。この考えを現場の判断ということで、陰からのアイリアル市掌握という方向に持っていかなければならない。その上で、アルビオンに従う旨を形だけでも見せることができれば、僕のミッションは完了となる。

 そのためにも、ケイトリンの協力は欠かせない。彼女が支援しているからこそ、エンリケ・ルンヴァルとディー・ルンヴァルは反魔王の旗を掲げられるのだ。その彼女が説得したならば、全く違う状況を出現させることができる。


「もし断れば、私は手を握りつぶされるんだろうね」

「その覚悟だ」


 僕はケイトリンが承諾するまで、この手を離さないつもりでいた。安易に彼女の両手を粉砕することは考えていなかったが、最悪のパターンになった場合はオプションとして考える必要があった。


「私としては、あんたがなぜアルビオンにそこまで肩入れするのか。そこが気になるんだ」

「僕の夢のためだ」

「どんな夢」


 ここが正念場だった。

 僕は決定的に強い言葉を選ぶ必要があった。端的で、かつ衝撃を与える言葉だ。シンプルなワードは百万言に勝る。数時間をかけた説得も、たった一言に敵わないことがある。


「世界平和」


 だから、実に単純で平易な語句を選んだ。

 ケイトリンは口を大きく開けて笑った。


「あはは……真顔で言われると、笑っちゃうね。だが、それだけなら、うちが目指すところと変わらない。むしろ、うちの社長とタッグを組むべきなんじゃないのかな」

「ロジャーのやり方では世界は変わらない。僕は現状の歪んだパワーバランスを是正し、新しい国家仲裁の仕組みを取り入れるべきだと考えている」

「全世界に暗躍する経済支配の企業ではなく、地上に存在するあらゆる国家を掣肘する超国家ということかい」

「そうだ。僕は今、それを成さんとしている」


 僕は答えながら、彼女が「おとぼけケイトリン」と言われている理由を知りつつあった。彼女は想像以上に深みにまで踏み込んできて、真実を掘り出していく。


「そいつは危険思想だ」


 ケイトリンは僕の手にさらに手を重ねた。互いに互いの手を握り合う形だ。そのまま椅子に座った。僕にも座れと目で合図しているので、それに従った。


「世界の歴史においても、それに近い考えを持ったやつがいる」

「レラート帝国の第一皇帝、ソルス王国の『慈悲王』ラヴィクマール」


 僕の言葉に、ケイトリンがにっこりと微笑んだ。

 ラヴィクマールは、先日僕らが訪れたルスブリッジ大聖堂に葬られている王である。レラート帝国が強大な勢力であったころのソルス王国の王であり、帝国の第一皇帝でもあった。彼は非常に先進的な考えを持っていて、平和を永続させるために汎世界的な監視機関の創設を思案した。そのための理論形成を行うように帝国学術院に指示を出したが、残念ながら彼の存命中に理論が実践に移されることはなく、その後は帝国の衰退もあって忘れ去られていった。

 それにしても、と僕は思う。ソルス王国はラヴィクマールによる「大統合」の結果として生まれた強勢な王国であるが、その名前を聞いた時に僕は「ロクス・ソルス」を思い出してしまった。フランスの小説家、レーモン・ルーセルによって綴られた奇想小説である。アニメ映画「イノセンス」にも引用され、劇中に出てくるキムの屋敷は科学者カントレルの屋敷に通じるものがある。

 また、ロクス・ソルスには「アカ=ミカンス」という輝く水が出てくる。シャノンたちと訪れたラヴィクマールの宮殿にもまた、それを彷彿とさせる泉があった。泉の名前は「ノア=ペングライナン」。その中では地上生物も呼吸できるという部分まで、アカ=ミカンスと同一だった。何やらあの王は、僕と同じ世界から来たのではないかという妄想が拭えない。


「リュウ。今のあんたには金が足りない、人望が足りない、権力が足りない。それでも、やろうっていうのか。バカな夢を見ようっていうのか」

「ロジャーよりはでかい夢を持ってるつもりだよ。あいつが十年の平和を見据えるなら、僕は百年の平和を叶えよう」


 だが、平和に永久はない。僕はそこまで自分に嘘がつけなかった。

 とはいえ、百年でも充分に「盛って」しまった方だと思う。世界は常に戦乱の中にある。争いが争いを呼び、その惨禍は留まるところを知らない。果たして、本当に百年もの平和を達成できるのか。

 もちろん、できると考えている。

 同時に、そんな自分を疑っている。

 自分を完全に信頼してしまった時が、たぶん、人間として闇にハマりこむ時だと思うから。


「私は移り気な女なんだ。もしも、あんたが劣勢になったりしたら、容赦なく方針を変えるよ」

「いいとも」

「決まりだ」


 ケイトリンが僕の手の甲に口づけた。

 それが合図とばかりに、二人して手を離す。交渉は成立した。


「シェルドンは僕の方針に賛成している。問題なのはエンリケとディーだ」

「わかった。一緒に二人のところに行こうじゃないか。荒事になるかもしれないけど、その時は引き受けてくれるかな」

「もちろん」

「話の流れによっては、あんたが私を脅迫して強引に方針を変えさせたことにするよ」

「構わない」

「神、それはどうかと思うが」


 危惧を露にしたプラムに、僕は手を突き出した。


「今は結果が重要だ。万一、ケイトリンが僕の思った以上に女狐だったら、後ろから頭を叩き割ってやるさ」

「おいおい、本人の前で言うことかね」


 ケイトリンは意地悪そうに笑った。笑顔のバリエーションが多い娘だ。


「エンリケとディーの居場所を知っているか」

「知っている。エンリケは練兵場にいるはずだ。ディーは印刷所でパンフレットを作っている」

「パンフレット。檄文か」


 プラムの言葉に、ケイトリンは「ああ」と答えた。


「ディーは言論の力こそが今後の戦争を左右すると考えている。最新鋭の印刷機を揃えて、打倒アルビオンのためのパンフレットを刷っているところだ」


 案外、アイリアルの反乱は放置すれば大規模なものになるのかもしれなかった。

 アルビオンのことだ。その点を読み違えてはいないだろうから、僕による交渉や破壊が失敗した時のオプションも考えているだろう。であれば、いよいよ掌握に時間を掛けられなかった。


「どちらが近い」

「練兵場だね。印刷所を押さえるにしたって、人手はあった方がいいだろう。シェルドンとエンリケがこちら側につけば、あるいはいなくなれば、その後の展開がスムーズに進むはずだ」


 ケイトリンの言う通りだった。アルビオンの依頼はあくまでもシェルドン、エンリケ、ディーの確実な死、または権力の喪失だった。行方不明になってもらっては困るのだ。アイリアル全体が火薬庫のままでは、魔王も納得はしないだろう。ルンヴァル一族の影響力を完全に払拭してこそ、今回のミッションは成功となる。


「よし、練兵場へ行く。プラムもそれでいいな」

「何の問題もない」


 そこへ、階下から駆け上がってくる者があった。テレーズだった。


「支店長ー。エンリケさんのところから使いが来てますよ」


 ケイトリンが片方の口を吊り上げ、僕を見た。


「噂をすると怖いね。どういうわけか、こんな出来事が起こる」

「プラムと僕を君の随行員に仕立て上げて、そのままついていくのはどうだ」

「そうしましょ」


 東南貿易には制服がないのが幸いした。今ならケイトリンの連れになったとしても、大きな警戒を抱かれないだろう。

 僕たちは階段を下りていった。すでに事務所は僕の破壊の手から復旧していたが、まだ書類がちゃんと揃っているかを確認中のようだった。入り口の方に出ると、なるほど、完全武装の牛頭人が四名、その筋肉を誇示するかのように立っていた。


「モンテイロ殿。我が司令官が資金の拠出について話し合いたいと仰せだ。これから来てもらいたいが、問題ないだろうか」

「いいよ。ただ、この二人も連れて行く」

「彼らは」

「よその支店長と秘書だ。金の話なら、多くの証人がいた方がいいだろう」

「支店長ー」


 テレーズのぼんやりとした声が聞こえて、ケイトリンに向かってピンク色の鞭が投げられた。鞭使いらしきこの幼女支店長は、それを受け取って地面をピシリと打った。


「さあて、商売させてもらおうかな」

「ああ、たっぷり商談といこう」


 こうなると、僕もちょっと欲が出てくる。そんなふうに言葉を続けながら、表情を変えない牛頭兵士たちの後に続いた。

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