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第72回「ドラゴンの骨の前」

 道々で敬礼を受ける。スケルトンもいる。サイクロプスもいる。そうした古典的なモンスターから敬意を払われたかと思えば、より人間に近い魔族からも最上級の礼をもらう。僕はそれらに答礼を返す。尚武の気風が漂っている。アルビオンの政権は非常に強固だ。

 魔王城の正門にたどり着いた時、二頭の馬が用意されていた。エロイーズが現れて、いつものように片膝を屈した。


「馬は扱えますでしょうか」

「心配ない」

「では、ご自由にお使いください」

「アイリアルの近くで乗り捨てるぞ」

「私が回収しますので、問題ありません」


 そういうことならば、厭う意味もなかった。

 僕は軽く跳躍して飛び乗り、振り返ればプラムもエロイーズの補助で騎乗していた。手綱を持ち、彼女に語りかける。


「アイリアルまでの道しるべはあるか」

「標識があります。それをご参考に」

「わかった。ありがとう」

「もったいないお言葉です」


 僕は馬を操り、魔王城の正門をくぐった。後ろを見れば、プラムもしっかりついてきていた。馬の扱いには問題ないらしい。

 スカラルドの街並みを駆け抜けていく。道はよく整備されているし、歩行者はちゃんと道の端を歩いている。蹴飛ばしてしまう心配もない。さすがに魔族の本拠地だけあって、人間の姿はほとんど見られない。ただし、獣人や鳥人といった亜種人類的な魔族も数多いから、そこまで異次元の感覚は受けない。

 一方で、リザードマンに代表される爬虫類人なども闊歩していて、このあたりは人類領域との大きな違いだ。

 それでも、時折は人間の姿も見受けられるし、彼らが魔族と談笑している姿もあった。


 やはり、アルビオンが世界に冠たる勢力となることが、最も良いんじゃないか。


 そういうふうに思わざるを得ない。

 もちろん、僕が見ているのはいい光景だけだ。裏を見てみれば、種族差別や門地差別、貧富の格差などが問題として横たわっているだろう。そもそも、魔王アルビオンにしてからが、国内の勢力の鎮撫に追われているのだ。庶民が問題を抱えていないはずがない。ただその内容が、人類国家に比べれば遥かに文明的である可能性が高いというだけの話だ。


 エロイーズの言う通り、標識は至るところにあった。これも人類国家との大きな違いで、すでに国内での観光サービスや郵便サービスが充実しているのかもしれない。アイリアルまではまだ結構ありそうだ。野宿を挟むことになるだろう。

 だが、その予想は良い意味で裏切られた。スカラルドを出てからも、整備された街道が続いていた。さらには宿場町も整備されていたため、寝床の心配はなかったのだ。

 日が西へ傾いた段階で、僕らは宿場町の最も良い宿に泊まった。馬の鞍には魔王軍の紋章が刻まれていたため、軍人身分でスムーズに宿泊できた。


 プラムとはいつも通りに過ごした。トイレ以外、食事も一緒、入浴も一緒。慣れてしまったから、いよいよこれが日常として感じてしまう。

 ベッドに横になれば、そこには宿に備え付けの本があった。どうやら歴代の魔王の言行録らしく、これで彼らの歴史に軽く触れるとともに、良い時間つぶしになった。プラムを放置する形になったが、彼女は彼女で持参していた本を読んでいたから、たぶん問題ないだろう。

 でも、翌朝に彼女は僕を蹴り起こしたので、放置したことを根に持っているのかもしれない。僕も僕でそれを大人気なく察知して回避するものだから、彼女の顔をより不機嫌にさせた。にしたって、その顔が決して悪くないものだから、僕としては満足してしまうのだ。


「蹴られろ」

「嫌だ」


 こういうやり取りも平気で行う。元気そうで何よりだ。

 宿場町を出て、再びアイリアルへの旅路。街道は続き、人家はまばらながらも散見することができた。緑は豊かであり、薄紫色の花が群生しているのも見かけた。それらが風に揺れている様は幻想的で、僕は冒険の醍醐味を思い出しつつあった。基本的にはインドア派だが、こういう光景を見ることができるのは悪くない。


 昼を迎えるころ、奇妙なオブジェクトを発見した。それは山のようだったが、どうも様相が違う。街道沿いだったので、そのまま近づいてみて、正体がはっきりした。それは実に大きなドラゴンの骨だった。ずっと昔に死んで、ここで風化したのだろう。その大きな骨の傍で、「ドラゴンまんじう」という看板を出した屋台があった。


「まんじゅうかい」

「まんじゅうです」


 店に立っていたのは、三角巾をつけた若い娘だった。竜人らしく、尻からは尾が生えていた。

 ちょうど腹が減ってきたところだったので、まんじゅうを買った。抹茶色のまんじゅうを食べると、幸福なフレーバーが口いっぱいに広がった。抽象的な表現で申し訳ないが、甘いとか辛いとかそういうのではなく、とにかく幸福な気分になったのだ。


「ハーブかね」

「幻覚作用のある薬草を練り込んでありますっ」


 とんでもねぇ娘だ。麻薬スレスレじゃないか。

 でも、うまかったし、体に害はなさそうなので全部食べた。幸せだった。横を見れば、プラムも幸せそうな顔をしていた。笑顔が浮かびそうになるのを堪えているのが、どうにもおかしかった。


「お客さん、旅人ですか」

「旅人だね。アイリアルに向かっている」

「わあ、それは大変」


 竜人の娘は口元に手をやった。


「あそこ、今、戦争の準備をしてますよ。魔王が攻めてくるって」

「へえ。そいつは大変だ」

「ああ、でも、腕が立ちそうですもんね、お客さんは。だったら、これになりますよ」


 親指と人差し指でお金のマークを作ってみせる娘は、かわいらしい「ワルい」表情をしていた。


「私もいろんなところを旅して商売してるんですが、さすがにアイリアルは危なそうだったんで、スカラルドに向かってたんです」

「ここでいつも商売しているわけじゃないのか」

「ええ、すごく目立つでしょう、これ。だから、ちょっとここに網を張ろうかなって。もしかしたら、魔王様の軍がここを通るかもしれないし」


 賢い娘だ。特需を狙っているらしい。


「よく移動販売でまんじゅうを売れるね。作るのは大変だろうに」

「竜人はいつだって助け合いですから。さすがに魔王様の力が及ばないところにはいけませんね。お客さんは人間みたいですけど」

「うん、世界中を旅してる」

「いいなあ。私ももっといろんなところで商売したいです。あ、でも、この原材料はこっちでしか取れないから、やっぱり魔王様の力で及ぶところで商売するのが一番ですね」

「すごく幸せになったよ」

「でしょうっ。自慢の逸品です。ぜひいろんなところで宣伝してくださいね」


 僕は首を傾げた。


「君がどこにいるか、わからないじゃないか」

「あはは……それが難点なんですよね」


 おいおい。


「じゃあ、行くよ。ごちそうさま」


 お茶を飲み干し、彼女にカップを返した。プラムもそれに倣う。


「ありがとうございました」


 竜人の娘に見送られて、僕らは再びアイリアルへの旅路に戻った。

 ただし、胸に秘めているものがある。竜人の娘の姿が見えなくなったところで、僕は振り返りもせずに声を出した。


「あれはアルビオンの工作員かな」

「そうだと思う」

「ルンヴァルの斥候である可能性もある」

「どうだろう。竜人は王の支配に対して中立を維持している。ルンヴァルに肩入れするとは思えない」

「それはアルビオンに肩入れする理由にもならないな。これになるなら、容易く転ぶかもよ」


 僕は竜人の娘がしてみせたように、親指と人差し指で丸を作ってみせた。


「だが、ルンヴァルが戦争準備をしているのは本当だと思う。彼らはアルビオンへの敵意を隠さなくなったってことだな。僕らがアルビオン派であることを悟られないようにしなきゃいけない」

「最悪、街ごと打ち壊せばいい。破壊神なら、それがまさしく経済だ」

「何もかも面倒になったら、そうするさ」


 しかし、その一事をもって、アルビオンに弱みを掴まれる可能性がある。僕はそのリスクを避けたかった。そのためにはかの魔王に言われた通り、シェルドン、エンリケ、ディーの三名に集中し、さらにはルンヴァル一族をアルビオンに屈服させるのが最上であると考えていた。

 借りは作らず、貸しを増やす。その上で戦力も増強する。この基本方針が揺らぐことはない。


 道中に隊商宿があったので、そこでさらに一泊した。僕らはまんじゅうで腹を満たすことができたが、馬はそうもいかない。こういう宿で定期的に補給する必要があった。とはいえ、エロイーズもついてきているだろうから、潰れたところで乗り捨てても構わないのだが。

 でも、馬を放置していくって、何だか可哀想な気がする。つまりは僕の気分の問題だった。


 翌日も移動を続けたが、僕らの旅路を阻害する者も現れなかった。治安は良好。天気もいい。理想的な旅だった。どこぞの野盗だらけの人類国家にも見習ってほしいものである。

 そうして、夕焼けが空を染めるころに、僕らはアイリアルの全景を見下ろす丘にたどり着いていた。ここで馬とはお別れだ。僕は軽くエロイーズに呼びかけ、馬を返す旨を宣告した。


「プラム。自分の身は自分で守ってくれ」

「言われなくてもそうする」

「上出来だ」


 かくて、僕らはルンヴァル一族の巣の中へ、力強く分け入っていった。

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