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第71回「魔王の依頼」

 転移魔法にて、チャンドリカからスカラルドに直行する。今回はアルビオンと一ツ目の巨人による出迎えはなかった。

 代わりに、カラスがどこからともなく飛んできて、僕の目の前に着地する。それはたちまち人の姿を取った。体のラインがくっきりと出る服に身を包んだ姿は、まさしくエロイーズだ。


「お早いご到着、感謝致します。我らが王がお待ちです」


 僕の答えを待たず、エロイーズは颯爽と歩き出した。プラムと僕はすかさずそれについていく。魔王城の中に入ると、空気がいきなりひんやりとした感じがした。ここは紛れもなく、この世界に新秩序を打ち立てんとする野心家の居城なのだ。何もかも破壊し尽くすという意志でいえば、僕以上のものを持っているのかもしれない。

 笑えない冗談だ。破壊神以上の破壊を望む者がいるなんて。

 そういう意味では、まだ僕は甘いのだと痛感する。いっそすべてを敵に回した殺戮の嵐を吹き荒れさせた方がいいのか。


 否、と僕は即座に否定する。


 そんな大戦乱は僕の求めるものではない。僕はただ優雅に眠る場所が欲しいだけだ。そこに自分の支持者が欲しいだけだ。一から理想郷を建設する楽しみを共有したいだけだ。

 だから、力のみを振りかざさず、共闘することによって物事を成し遂げようとしている。

 もしもその邪魔をするならば、どんな神々が相手であろうとも、僕は実力をもって排除する。たとえ魔王が相手であろうと、躊躇をすることはないだろう。

 その時、通路の途中で、エロイーズが立ち止まった。


「我が王、破壊神様がお見えになりました」


 エロイーズがはっきりとした声で告げると、空間がぐにゃりと歪み、それまでなかった扉が出現した。それは誰が触れるともなく開いて、光の射し込む天井の高い部屋の姿を見せた。そこには白い装束を身にまとった、アルビオンがいた。


「お忙しいところを来ていただき、ありがとうございます」


 彼はそう告げた。相変わらず柔和な声だった。

 どうやら、ここは魔王アルビオンの私室ということらしい。結界で入り口を隠しているのだ。彼にとって、本当の敵は人間ではなく、仲間たる魔族なのだろう。魔王の座を狙う者はそれほどに多いのだ。

 プラムと僕が入室すると、エロイーズが礼をして去っていった。


「久しぶりだな、アルビオン。といっても、あまり日が経っているわけでもないか。結構な年月を過ごした気さえするけど」

「貴方の世界の文物では『士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし』というでしょう。これだけ日を経たのですから、充分に久々であると言えます」


 よく知っている。彼には呂蒙どころか呂範の話をしても通じそうだ。

 プラムと僕は椅子を勧められたので、それに応じて着席した。この時、プラムは僕が座るまでじっと見ていた。本当に甲斐甲斐しい娘である。

 さらに、僕らが座るのを待ってから、アルビオンも向かい側に座った。合間にはテーブルがあるだけ。窓の外からは陽光が不自然なくらいに射し込んでいる。実際に、次元を歪めて作った空間にある私室だとすれば、この陽光もまた幻覚に過ぎない可能性が高い。事実、僕の直感はここのほとんどは作り物であり、警戒を要すると告げてきている。


「僕に用事があると聞いたが、エロイーズにも託せないような内容かな」

「ええ、その通り。貴方に直接聞いていただきたく」

「プラムがいるが」

「彼女は貴方と一心同体でしょう」

「王、そうさせているのは貴方だ」


 プラムがすぐに言葉を被せた。魔王の前でもその姿勢は変えないのだなと感じつつも、さすがに「お前」呼ばわりはしないことに注目すべきだった。


「どうですか、プラムは」

「僕には過ぎた妻です」

「神」


 僕の軽口に、またもプラムが素早く反応した。


「ほら、この通りにツーカーで」

「良かった。これからもよろしく頼みます」


 これで、プラムはもう何も言わなくなった。アルビオンは彼女の操縦方法をよく心得ているようである。


「話したいのは他でもありません。一つ依頼させていただきたいことがあるのです」

「君の頼みだ。聞かせてもらおう」

「我々の勢力圏にアイリアルという都市があります。これはもともと魔族が作った街なのですが、今はルンヴァル一族という有力な家系が私物化しているのです。貴方にはぜひその街を『浄化』していただきたい」


 こいつは思った以上にハードな依頼だ。アルビオンは僕の力を使って、自分の権力強化を図る気なのだ。自らの手を汚さずして対抗勢力を減らせるのは非常に効果的だ。国内の反発も最小限に抑えられるだろう。

 だが、そいつは僕にとって歓迎すべきことではない。僕が泥を全部被らないといけないからだ。ここはちょっと探りを入れてみよう。


「浄化、ね。抽象的な物言いに聞こえる。依頼なら内容を明確にして欲しいものだ」

「そうですね」


 アルビオンは微笑んだ。恐ろしい男だ。彼のような存在が、指先一つで百万の死を強制できるタイプだ。

 そう、僕から見れば、国家の指導者としては最適な人物である。とりわけ魔王軍という軍隊が国家の先に立つような特殊な政治形態であれば、彼ほど現実に沿った存在もいないだろう。

 返す返すも魔族の権力構造は特殊だ。部族社会のようでもあり、軍事国家のようでもある。遊牧民族の攻撃性と文化国家の内在的暴力性を兼ね備えているとも言えよう。


「アイリアルの街を、私の指揮下に置きたいのです。ただし、街ごと地図から消し去っていただいても構いません。なので、依頼としては『アイリアルの掌握、もしくは完全な破壊』ということになるでしょうね」


 そういうのは自分でやってくれ、と僕は言いたかった。今さら弁解する余地もないが、僕は荒事は嫌いなんだ。必要であれば行うが、不要であれば行いたくない。この依頼に関して言えば、後者だ。

 だが、アルビオンは自らの髪を撫でて、ゆっくりと口を開いた。


「ええ、貴方がルテニアで行ったように。完膚なきまでに破壊してしまってもいいのです」


 知っているか。

 知っているよな、そりゃ。


「サマー・トゥルビアスとサリヴァ=ポルの身柄を貴方に預けるとともに、アイリアルにおいて得た金品や捕虜などの報酬をすべてご自由にしていただいて結構です。これが今回の依頼の報酬と思っていただきましょう。いやはや、何しろサマーは我々にとっても貴重な人材であり、サリヴァは本来なら軍事法廷に立たせなければならない存在です。また、アイリアルには優秀な人材も多い。それを貴方の切り取り自由にさせるのは、いささか迷いもしましたが……。さらには、貴方がコンドンとテイラーで何をなさろうとも自由です。さすがにこれらの都市で軍に攻撃を仕掛けてはいただきたくないですが、軍に所属していない者をどうしようとも、貴方のご自由ということです」


 エロイーズから、当然に報告を受けているわけだ。その上で、僕に公的に身柄を引き受けさせるのを条件として提示してきた。さらには人材を求めていることも知悉しているから、アイリアルで好き勝手していいと来たもんだ。加えて、コンドンとテイラーにおける僕の行動についても天秤に載せてきた。

 悪党め。

 僕は楽しくなってきた。こういう輩がいるから、人生はやめられない。


「そうだなあ。街を消すってのはちょっと横暴すぎるかなあ。何しろ、僕の噂が立っちまったら、全世界からチャンドリカが敵視されかねないからね。事実を糊塗するような喧伝をしてくれるかなあ。例えば、魔王軍に直属の破壊工作部隊がいて、彼らが暗躍したとか……ありえる話だと思うんだよな。彼らの働きがあれば、きっとルテニアのローレンス城も、エリス監獄も、ずたぼろに破壊できるに違いないからなあ。まさかたった一人の人間が壊したなんてありえないし」


 こいつが僕の条件だ。

 ルテニアで好き放題やったことについて、すべて魔王軍で引き受けてもらう。さらにはアイリアルで行われるであろう破壊についても、その部隊が暗躍していることを匂わせる。僕の負担を極限まで減らそうというわけだ。

 まだ足りないな。

 僕はさらに吹っかけることにした。


「あとは、レラート帝国には僕も繋ぎを付けたいと思っているんだが、これが大変でね。支援してもらえるとありがたいな。それに、すでに結構切り崩しを図っているみたいだけど、誰が味方で、誰が敵かわからないからね。それをまとめたリストでもあればなあ」

「はは、リュウさえ良ければ、実は他にもやってほしいことはあるんですよ」


 さすがに乗ってこないか。アルビオンは僕の要求をさらりとかわした。


「ま、後のは冗談だ。ただし、情報工作は行ってもらえるとありがたい」

「ルテニアについては考慮しましょう。しかし、アイリアルはダメです。貴方がやってこそ意味がある」

「ルテニアは必須だ。考慮ではダメだ」


 数秒、沈黙。

 プラムが息を呑む音が聞こえた。本当にかすかだったが、僕の耳には届いた。

 いいだろう。これが「話し合い」だ。要求の拳をぶつけ合って、ぎりぎりのせめぎあいの中で妥結点を見つけていく。何でもホイホイ言うことを聞いてたら、いつかダメになっちまう。

 世界を相手に戦おうって言うんなら、なおさらだ。


「ルテニアについては」


 アルビオンがテーブルに手を置いた。緊張が緩和する。


「魔王軍の新兵器の噂を流しましょう。それは今後の我々の利益にもなる」

「わかった。アイリアルのルンヴァル一族については任せてもらおう。彼らの数はどれだけだ。族滅が願いか」

「ルンヴァルの当主、シェルドン。シェルドンの弟、エンリケ。シェルドンの長男であるディー。彼らの殺害、または懐柔は確実に。彼ら以外の一族が私に恭順を誓うのであれば、それが最良です。シェルドン、エンリケ、ディー。この三人は必ず始末するか、支配力を失わせてください」

「それは僕に従わせてしまってもいいわけだな」

「ご随意に」


 僕の私兵とも言えるチャンドリカを強化するためには、ぜひとも引き込みたいところだ。かといって、あまり無駄な時間も掛けられない。そのあたりの判断が重要だった。


「アイリアルに君の手のものは」

「ご心配なく。すでに安全圏へ脱出するよう手配済みです」


 もっとも、その言葉も眉唾だった。何しろ僕の手を借りてまで、同胞の粛清を行おうというのだ。彼の工作員も懐柔されたり始末されたりしている可能性が高い。今やルンヴァル市は魔王の権力の外にあるのだ。だとすれば、彼らが相応の戦闘準備を整えていると考えてもいいだろう。

 アルビオンはそれを承知の上で、僕に話を持ちかけている。彼は僕の考えがそこまで及ぶことをわかっていて、あえて説明していない。


「アイリアルを占領するための部隊は」

「近郊に待機中です」


 こういうことだ。僕が市内を掌握してすぐ、軍を送り込む準備ができている。


「わかった」


 僕は立ち上がった。交渉は終わったのだ。長居は無用だった。今すぐに行動し、僕が交渉に値する存在であったことを証明する。それが必要だった。


「プラム、行こう」

「わかった」


 プラムも立ち、アルビオンに礼を取った。アルビオンもまた立ち上がって、答礼を行った。


「そうだ。僕からあと一つだけ頼みがある。プラムと会った部屋にある本、あれをいくつか借りていいかな」

「もちろん。あれは貴方のために用意したのですよ」


 では、貴重な資料を借りるとしよう。


「時間ができたら借りに来るよ」


 僕は軽く敬礼し、出口へ向けて歩を進めた。プラムも僕に続いてくるのがわかった。だから、振り返らなかった。


「ご武運を、破壊神」

「吉報を待て、魔王」


 堂々と胸を張り、僕はこの作られた空間から抜け出した。

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