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第63回「悪夢が告げるもの」

 身を清め、腹を満たし、夜の帳が落ちた先にあるものは、眠りであることに変わりはない。

 ただ、僕はそこで見たくもないものに遭遇していた。あの恐るべき洪水の記憶だ。動かない体。上がる水位。ああ、結局こんな最期かという諦め。肺を襲う水の重み。やはり生きたいという渇望。それに反して襲い来る、濁った水。

 目覚めた時、僕は天国に来たのかと思った。召喚士たちは口々に僕に祝福を告げてきたし、死に際の幻というやつを見ているのかという気分にもなった。

 全くの誤解だった。そこもまた地獄だった。自由に動ける体の代わりに課せられたのは、訓練に次ぐ訓練だ。魔王を倒すための尖兵となり、必ずや目的を遂げること。国家に忠誠を。社会に服従を。何ともおぞましい、「人間らしい」姿。


 ビジョンは血に塗れ、ともに召喚された「朋友」を打ち倒してなお終わらない。僕に与えられたのは魔道士という立場だった、勇者候補生という話はどこに行ったのか。それからの出会い。貴族の子、シャノン・ウォルフォード。管区長の娘、メル・オブライエン。パンディット地区の悪童、ロジャー・ダルマワン。

 魔王討伐という偽りの勇者パーティー。本当のところは自分の一族を高みに押し上げる社会貢献に過ぎない、いわば政治的な配慮によって成された冒険者の育成。僕らはその波に乗り、「由緒正しい二人」と「捨て駒同然の二人」で構成された。僕がどれだけ彼らの援護に徹し、同時にいざという時には命を投げ出して守るよう言い含められたか知れない。


 記憶が、猛烈な奔流となる。

 もはや形を成さず、何度も何度も僕の脳内を駆け巡る。

 その中で淡く青く光るものがある。粗末な牢獄で、何もせずに茫然と佇んでいるサマー・トゥルビアスだった。違う。これは僕の記憶ではなく想像の光景だ。こんなものを見ることができるはずがない。

 では、なぜ彼女の姿が映る。

 そこに違和感があるから。決して見逃してはならない陥穽があるから。

 目覚めよ、と声がする。それは紛れもなく僕を呼ぶ声だ。外なる僕を呼び覚ます、内なる僕の警告だ。


 とてつもない命の危険を感じ、僕は目を開く。

 心配そうにこちらを見ているプラムの姿があった。これは夢ではない。これは夢ではない。僕の脳に何度も問いかけ、「そうだ、夢ではない」と回答を得る。手をゆっくりと握り、また開く。夢ではない。夢ではない。


「神、大丈夫か」

「ああ……」


 僕はベッドで身を起こした。


「すごいうなされ方をしていたぞ」


 悪夢にやられていたようだ。どうにか自分の状況を理解して、それから夢の最後に投げかけられた警戒の合図について考える。


「参ったな。夢にうなされるとは。僕の心の弱さを見せつけられた気分だよ。ただ、こういう時は現実にも何かが起きてるもんだ。プラム、隠れていてくれ」

「隠れるものか」

「では、僕を盾にして、ついてきてくれ」


 もとより、プラムが僕の言う通りに残るなんて期待はしちゃいない。僕と彼女はサイズこそ違えど、おそろいの寝間着のまま、部屋のドアを開けた。


「おや……お目覚めじゃない」


 青白い炎に身を包んだサマー・トゥルビアスが、そこに立っていた。

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