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第62回「そこにありし姉君」

 プラムが僕の傍に寄ってきた。それは不安の表れであるように見えた。


「神」

「大丈夫だ。エロイーズがどこから来るかはわかっていた。僕は事前に結界を張っておいたから、今までの会話は聞かれていないだろう。もっとも、僕とて全面的に信頼を寄せてもらっているわけではないから、用心は必要だろうけどね」

「貴方も大変な立場なのね」


 サマーが言った。

 勝手に君の身柄を材料にさせてもらったんだ。君だって大変な立場だと言えるだろう。

 そう答えようかと迷ったが、特に話を妨げなかったことでもあるし、わざわざ蒸し返すのはやめておくことにした。


「君ほどじゃないさ。明日はどうする。一緒にスカラルドまで来るか。お姉さんも待っていると思うが」

「いいえ。ここで貴方たちを待とうと思う。私をここに置いてくれるんでしょ」

「そのつもりだ」


 私は、とプラムが言った。彼女は水面に視線を落としていた。ひどく寂しげだった。


「今、私は王に対する疑念で揺れている。助け出そうと思えば助け出せたのに、今まで泳がせていたことも気になる」

「そうだな。エリス監獄の、ひいてはヴィセンテ塔の警備は、決して厳重とは言えないお粗末なものだった。まるで『魔王の手下の来襲はない』と決めてかかっていたようでもある」

「私は混乱している。王が奸策を用いたのか。それとも、私たちが間違っているのか」


 どうだろう。僕はいわゆる「高度に政治的な判断」が介在したと見ている。そういう意味では、サマーは売られたのかもしれない。ただ一方で、彼女が自力で脱出するのを期待したのかもしれない。その場合は意に反して、彼女は脱走を果たし得なかったことになる。

 そう、あんなにも軽い警備さえも蹴散らせず、サマー・トゥルビアスは部屋の中にいた。

 僕にはそれが引っかかる。


「全部が正しくて、全部が間違いのことなんて、そっちの方が珍しいもんだ。なあ、プラム。悲しいことを言うようだが、僕らの敵はとてつもなく巨大なやつなのかもしれないぜ」

「考えたくない。敬愛する王が、サマーを見捨てただなんて。ましてや裏取引に使うようなことなんて」

「アルビオンがそうさせたというのは悲観的すぎる意見だな。僕としては違うんじゃないかと思う。より正確に言えば、違う可能性があるってことだ。別の意志が働いていたとか、そういう側面も見なきゃ」

「やはり別の……姉様が」

「君の姉か」


 プラムが言うところの姉様。それはルスブリッジへ向かう旅の途中で、エロイーズが触れていた。


「ソフィー様なら、私を捨て石にするかもしれないね」


 サマーがそう続けた。


「ソフィー、ソフィー・レイムンド」

「そうだ。それが私の姉の名前だ。王の下で軍団長をしている」


 だとすると、ソフィーがサマーを売るようけしかけたか、あるいは彼女の独自の判断で交渉したか。そういう可能性も出てくる。


「うちのお姉様とは仲が悪かったよね。性格の違いかな」


 しかも、プラムの姉であるソフィー・レイムンドと、サマーの姉であるリリ・トゥルビアスは不仲か。こうなると何かしらの密謀を予感せざるを得ないではないか。


「どうやら、明日のスカラルド行きは一筋縄じゃいかないか」


 もっとも、気楽な旅なんてそうそうあるもんじゃない。危険はいつだって平穏のそばに潜んでいて、油断したところで喉笛に噛み付いてくるものだ。ゆめゆめ用心しておかねば、あっという間に食われてしまう。

 僕らはそれからのぼせるまで話をした。大体はプラムとサマーの昔話だったが、この二人は本当に仲が良いようだった。裏を考えるならば、二人の仲が良いからこそ、姉同士の仲がこじれたというケースも考えることができた。

 喜ばしい話ではないが、そういうところから深掘りすることで、状況の解決に繋がるパターンもある。軽視はできなかった。

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