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第39回「捕虜の名はサマー」

「時間を掛けたくないんだ。どうしたらその槍を渡してもらえるかな」

「貸すだけで良ければ、一つ条件がある。魔王軍にリリ・トゥルビアスという子がいるのは知っているかしら。魔王アルビオンの近衛隊長をしているのだけど」


 知らないわけがない。誰のおかげで、僕が新たな道を歩むことになったんだという話だ。


「もちろん知っている。彼女の引き合わせで、僕はこの世界に入ってくることができたようなものだからな」

「実は、リリは私にとっても大事な存在でね。彼女のために何かしてあげられることはないかと考えていたの。ところで、彼女には妹がいる」

「へえ、それは初耳だ」

「サマー・トゥルビアス。姉が沈着冷静な長髪の近衛隊長なら、妹は大胆不敵な短髪の突撃隊長でね。貴方が勇者の一行として活動していたころから、対勇者戦ではなく対国家戦に投入されていたから、知らないのも当然ね」


 魔王軍には二つの大目標がある。魔王の生命を付け狙う勇者たち冒険者を討つことと、人類国家を攻撃して魔族の生存圏を広げることだ。

 それにしても、ジャンヌはよくよく世間のことに知悉していると見える。いや、僕があまりにも物を知らないのかもしれない。元レベル9999の賢者なんていっても、所詮はこの程度か。もっと学ばなくてはならない。


「僕のことをよくご存知だね」

「貴方ほどの力を持つ者となれば、噂が耳に入るのは避けられないもの。で、サマーはルテニア王国との戦いに破れ、今は捕虜となっている」


 ルテニア。なんと思い出深い地名だろう。僕が召喚され、そしてシャノン、メル、ロジャーと出会った場所だ。冒険の旅に出てからも何度か帰っていたが、魔王軍の重要人物を捕えたなんて話は初耳だった。そもそも、ルテニアは魔王軍の勢力範囲からはやや離れているため、夢にも思わなかった。

 ただ、人類軍は時折連合を組んで、魔王の軍勢と相対している。その時の「戦利品」として持ち帰った可能性は高い。


「知らなかったな。それほどの重要な敵を捕まえていたなんて。王様には何度か会ったが、一度も教えてくれなかった」

「王侯貴族にとって、勇者はしょせんはぐれ者の冒険者であり、使い走りであり、便利屋であるくらいの認識しかないものよ。サマーを捕えたというのは国家機密であり、使い方によっては魔王軍に打撃を与えられるほどの価値がある。容易に漏らしてはくれない」

「いよいよ人間が嫌いになってきたよ」


 これは本当だ。もっとも、魔族は魔族で信頼しきれたものでもない。僕は常に自衛の手段を講じ、居場所を作るために戦わなければならない。


「そこで頼みたいのが、可哀想なサマーを解放してあげること。手段は特に問わない。何なら人間を皆殺しにしてしまってもいい。そう、貴方なら不可能ではないでしょ」

「それを言うなら、君でも不可能ではないんじゃないかな。僕が思うに、これだけの異次元空間を構築できるんなら、その子を助けるくらい楽な仕事のはずだ」


 言い返しながら、僕はこの仕事を受けるつもりでいた。チャンドリカから離れたルテニアであれば、いざとなれば破壊神としての力を行使するのも悪くない。もちろん、不用意に警戒させすぎるのも問題だが、せっかく持っている力も使わなければ腐る一方だ。

 ジャンヌはふうとため息をつき、椅子に座った。それから僕らにも向かいの椅子に座るよう進めてきたが、プラムも僕もそれは固辞した。長居するつもりはないのだ。


「私がサマーの解放ね。残念ながら、そうでもない。私は一応ルテニアの客分だから、表立って裏切るわけにはいかないの」

「それを言うなら、僕だってルテニア発の勇者パーティーの一行だ」

「元、でしょ」

「そうさ」

「だったら、意趣返しをするにはちょうどいいタイミングだと思うけど。それに、これは悪い話ではないはず。サマーの奪回に成功すれば、アルビオンもリリも喜ぶし、魔王軍の戦力も増強できる」


 これは間違いないだろう。

 だが、同時に、僕はその子をチャンドリカの戦力としていただいてしまおうと考えていた。はっきり言って、アルビオンに恩を売るよりも先に、自前の強みを確保しておきたい気持ちが強かった。

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