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第34回「死の沼の中へ」

 サトーに連れられて、僕たちはさらに奥へと進んでいった。魔道士の姿もまばらになってきたが、いくつもの部屋で別の種類の研究を継続しているようだった。相当な規模の施設ということになる。


「あははは、こうやって見せて回ったのは他でもない。余裕ができたら、きみにも資金援助をお願いしたいと思ってね。別に慈善事業をしようってわけじゃなく、あはは、サトーはきっと役に立つ人材をお届けするよ。マルーにも会ったんだろう。彼女とは仲良しだ。すごく仲良しだ」

「やっぱり、彼女は君のところの出身だったんだな」

「サトーもすごいが、マルーもすごいよ。あはは、大事にしてやってくれ。あれは誰よりも死を知っているから」


 死を知っているというフレーズは、僕の心に響いた。どういう仕組みかは知らないが、血液の循環ポンプである心臓が止まっているサトーをして、そこまで言わしめるのだ。思えば、マルーも傷だらけだった。あれは戦場でついたものだという先入観を持っていたが、もしかすると、もっと別の理由でつけられたのかもしれない。

 平和は、時として戦争よりも残酷だ。


「戦争のための手駒は必要だ。僕はその点について、綺麗事を持ち込むつもりはない。というより、僕はこの世に生きるものすべて戦争であると考えている」

「あは、いいね」


 僕の言葉に、サトーの声も明るくなる。自己肯定感を得て、僕はさらに言葉を続ける気になった。


「戦争に奴隷を投入するのも、平和な社会で奴隷的労働を強いるのも同じこと。機関銃で百人を殺すのが許されないのなら、どうして百万人を自殺に追い込むことが許されるんだ。そんなものは平和の名を借りた虐殺に過ぎない。すべての権利は優れた人間のみを対象として設計されている。この世は不平等とともに始まり、不平等とともに終わる。それなら、たとえ戦時であろうとも、活躍の場所を与えるのはむしろ幸福になるはずだ」

「サトーとともに歩む皆は、平時でも役立つよ」


 ビンドゥ・サトーの研究について、僕はまだ完全に把握してはいない。しかし、ここまで聞いてきた内容や見てきた光景から総合して、人間の能力を強化するものであることは推測できた。その対象は社会から圧殺された人々、何らかの理由で自分の身を売る必要があった人々であるようだ。

 そうすると、まさしく人間コンピュータのような存在も生み出せるかもしれない。複雑な演算も一瞬で終わらせるような超人の誕生だ。さらには魔法学の研究も進めば、僕のいた世界とは全く違う未来を描くこともあるだろう。

 現に、この世界は常夜灯として電気の代わりに精霊の力を用いている。この様子では現行技術の改良に進むだろうから、エジソンやテスラが出現する気配はない。

 僕は、未来の人材に投資することにした。


「お近づきの印だ」


 懐に入れていた宝石を取り出し、サトーに手ずから渡す。もちろん、チャンドリカにもらってきたものだ。鑑識眼のある相手であれば通貨の方が良かっただろうが、サトーにはこちらがそのまま魅力的に映ったらしい。


「あは、あはは、あはははは。サトーは嬉しい。きみはいいやつだ。すごくいいやつだ。言葉だけじゃない。行動をしてくれる。身も心も癒やすのは、常に何かの実行だ」


 猫背をふにゃふにゃと動かして、その場で軽くステップを踏んだ。ここまでで一番かわいらしい仕草に見えたが、そうやって体を躍動させていると、かなりの背の高さであることが実感できた。

 ふいに、プラムが僕の視界に入ってきた。じっと見てくる。


「神、言わせてもらうなら、平等な社会は可能だ。なぜなら、王はそれを目指しているからだ。挑戦し続けるところに、未来が生まれないわけがない」

「僕だって不可能だとは言わない。しかし、今の現実を直視しないわけにもいかない」

「サトーもそう思う。あは、真に平等だというのなら、なぜ互いに格を競うのか、なぜ互いに相争うのか。生まれた子の首を絞めることは、あはは、とても平等じゃない。生まれる前に腹の中で殺すことは、あははは、もっと平等じゃない」


 僕はサトーが歩んできた人生について、思いを巡らした。それは僕以上に悲惨で、困難で、苦痛に満ちた道のりだったのではないかと予測した。どんな気持ちで勉学し、どんな考えでこの場所にたどり着いたのだろう。

 常々思う。人の数だけ人生があるのは、驚嘆すべき事実である。誰もが幸福と不幸の中を泳ぎきり、今この瞬間に生きている。そして、さらに未来を目指して泳いでいく。この世界に来て、人間よりさらに多くの種族が、いわゆる「知的生命体」に類することを知った。

 そういえば、僕の世界でもすでに議論はあった。動物、さらには植物にも己の意志があり、喜びや悲しみ、さらには幸福まで感じるという推論だ。

 果たして、アルビオンの言うところの「平等」はこれら生命のどこまでを指しているのだろうか。

 あるいはジョージ・オーウェルが著作「動物農場」で示した通り、平等な生命の上に「より平等な存在」として君臨するつもりなのだろうか。


「この世は経済ではない……」


 プラムはそう言って、押し黙った。

 やはり、彼女は良家の子女なのではないかと思った。僕も決して貧民の出というわけではないが、庶民なりの苦しみを味わってきたつもりだ。だが、彼女にはどこかそれを感じさせない、良くも悪くも世間知らずな部分を感じさせるものがあった。無垢で、純粋で、それゆえに何物にも染められやすい。そういう性質だ。

 僕は危惧している。だとするならば、僕によって彼女の性質が、未来が、変化してしまう可能性は充分にあるのではないか。あるいはアルビオンはそこまで見越して、僕に彼女をつけたのか。

 もっとも、すべては僕の思い過ごし、あるいは思い上がりであって、プラム・レイムンドの中には想像以上に確固たる何かがある可能性も否定できない。

 どちらにしても、他人の人生を思い通りにしようなどというのは傲慢なやり方だし、ひどく残酷であるとも言える。僕には僕のやれる範囲というものがあるのだ。それに必死にしがみついていくしかない。


「着いた。ここからさらに潜る。サトーはここで待つ」


 サトーが開いた扉の先には、さながら地獄へ続くかのように、石造りの階段が続いていた。闇が青みさえ帯びていて、今にもおどろおどろしい何かに取り憑かれてしまいそうだ。


「一緒に行くんじゃないのか」

「あはは、サトーは怖い。中には亡霊がいる。サトーは亡霊が苦手だ」

「いいんだろうな。神は好き勝手するぞ。中がメチャクチャになるかもしれない」


 僕はプラムにどう思われているのか、ちょっとわからなくなってきた。そんなに乱暴者になったつもりはないのだが。


「大掃除だ。あは、過去を綺麗になくすなら、それはその時その通り。あはは」


 責任者の許可が出たということかもしれない。

 僕はプラムの方を見て、軽くうなずいてみせた。


「行こう」

「わかった」


 光魔法を使い、僕は行く先を照らし出した。やはり光があると安心するもので、それだけで不気味さがだいぶ軽減された。僕が前に行く形で、後ろにプラムが続いてくる。やがて行き止まりとなり、左側に古びたドアがあった。

 押し開く。資料室といった趣の部屋だった。それでも結構広い。学校の図書室のような感じだろうか。音がまるでしないのはともかく、生き物の気配もまるでなかった。そうだ。カビの匂いのようなものさえしない。まっさらだ。ここは全く生まれたばかりの部屋のようだった。

 入ってきたドアが、音を立てて閉じられた。


「開かない」


 どうやらプラムが粗相をしたわけではなかったらしい。もっとも、ドアが開かない程度ならどうとでもなる。大聖堂に入った時のように焼き切ってもいいし、簡単な鍵なら解錠魔法を使えば問題ないのだ。


「ようこそ、死者の世界へ」


 声がした。僕のものではなく、プラムのものではなかった。

 なるほどね、亡霊というわけか。

 僕はさらに光魔法を行使し、この部屋を完全に明るくして、亡霊どのの演出を破壊してやることにした。


「これですっきりした」

「いや、ちょっと、いきなり明るくするのってひどくない」


 謎の声は明らかに意気消沈したらしかった。

 誰だかわからないが、どうやら僕の企みは成功したようである。そうそう相手に付き合ってやる義理などないのだ。特に、こういうコテコテのやり方なんて、お化け屋敷と変わりゃしない。ああ、そうだ。各地に防衛用のダンジョンを作るとともに、アミューズメントとしてのお化け屋敷、さらには遊園地を作るのもありだな。

 そんなことを考えながら、僕はプラムに前進を促し、すっかり明るくなった部屋の探索を開始した。

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