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第19回「ラルダーラ傭兵団」

 ブライアン・メドラーノに限らず、ロンドロッグの市長たちは実に知恵が回る人材が多かったらしい。市長室には隠し部屋があり、さらにそこから秘密の階段を経て、地下に潜ることができた。この街でも歴史ある建築に見えたから、「何がなんでも市長の安全は確保する」目的で作られたのだろう。

 実際、その点をメドラーノに尋ねると、「かつて亡命貴族が所有していた邸宅に繋がっているのだよ」と答えた。現在、その邸宅がラルダーラ傭兵団の拠点として貸与されているらしい。

 僕が即座にイメージしたのは、壬生や西本願寺に屯所を置いた新撰組だった。ラルダーラの戦闘力が非常に高い点でもダブる面がある。さらに言うなら、新撰組は淀千両松の戦いや甲州勝沼の戦いで凄惨な戦いを強いられたが、ラルダーラは技術面で他の国家に劣るところがない。


「ラルダーラの活躍を聞いた時、彼女たちこそ必ずや私の未来を切り開く力になってくれると思ったよ。雇うためにはいくつもの課題があったが、それを克服できた時の喜びは大きかった。初めて市長になった時以上にね」


 僕らを先導するメドラーノがこう語るのも、無理はない存在だった。

 それにしても、気になる点があった。


「ふむ、彼女なのか」

「知らないのも無理はない。団長のマルー・スパイサーは性別不詳で通っているからね。だが、女だろうが男だろうが、その実力に変わりがあるわけではない。事実、あの戦争を終わらせたのは、彼女たちの恐るべき攻撃力によるものだった。偽セドリックが周囲の勢力の糾合に成功していたならば、もっと泥沼化していただろう。シェカール家の面々が彼女たちを手放したことは、周辺諸国にとっての幸いだった」

「どうしてシェカール朝はラルダーラを切った。経済ではない」

「法外な契約料を要求したからだとされている。公的にはね。だが、彼女たちは実のところ戦場を求める集団だ。金よりも命のやり取り。そういう集団が『平和になってしまった』国に見切りをつけるのは当然のことだっただろう」


 ハスラム継承戦争はミカレフ朝最後の君主、マウリク・ミカレフがわずか八歳で病死し、系統が断絶したことによって発生した。一時はヤンティ家のセドリックが統一を成し遂げかけたが、ポールテッド=マーウィックの戦いで思わぬ反撃を受け、戦死。シェカール家の女当主であるウィネリー・シェカールが戦勝の勢いに乗って全土を統一し、周辺各国の支持を取り付けた。

 ところが、ハスラム第二の都市であるフォルマスにおいて、セドリック・ヤンティを名乗る偽者が蜂起。シェカール家への対抗を呼びかけた。要塞化したフォルマスに立てこもった彼の言葉により、終わりかけた戦争が再燃しかける。

 それを打ち破ったのが、シェカール家に雇われたラルダーラである。彼らはわずか200名ほどで8000人の兵士が籠もるフォルマスに潜入し、偽セドリックを討ち取った上に潰走する兵士を虐殺。さらには反乱に加担したフォルマスを見せしめのため徹底的に破壊した。この戦いにおいて、3000人の反乱軍が討ち取られた一方、ラルダーラは戦死者ゼロという驚異的な戦果を残している。


「そんなやつらと契約できたってことは、市長、どうやら貴方も『平和』に飽きているようだな」


 僕の知る範囲では、かの戦争では様々な伝説や陰謀論が語られている。中でも飛び抜けているのが、「ラルダーラがマウリク・ミカレフを暗殺し、セドリック・ヤンティを討ち果たし、一時は劣勢だったシェカールの全土統一に貢献した」というものだ。この風聞はすさまじい戦闘能力もあってまことしやかに語られ、現在のラルダーラの名声に繋がっている。

 ゆえにこそ、ラルダーラと契約していることは、すなわち周囲への野心を持っているとみなすことができる。手に触れただけで死を呼ぶ劇毒のような存在だ。

 その毒を手に取った男、ブライアン・メドラーノは、実に含みのある笑みを見せた。


「解放しなくちゃならないからね。世界はもっと民主的に統治されるべきだ。腐った王権の世襲などに任せるわけにはいかない。ラルダーラはその一つの象徴にもなりうる。……では、彼女たちとのご対面だ。良い交渉をしてくれ」


 分厚い石の扉が、メドラーノの解錠魔法によって開いていく。

 それと同時に、後ろで別の扉が天井から下がってきて、退路を塞いだ。

 おや、これはどうやら、僕たちは誘いこまれたものらしいぞ。


「市長、あんたって男は、最高の客を連れてきてくれたね」


 メドラーノが歩いていくのに続いて、地下の空間に歩いていく。

 すると、一斉に魔法のかがり火が焚かれて、今置かれている状況がまざまざと照らし出された。

 こいつは異様な光景だ、と思った。そこはバスケットコートほどの広さで、二階からはラルダーラの構成員らしき男女がにやにやとした笑みを見せてきていた。つまり、一階の僕らは二階席から眺められている形になる。

 一階は殺風景な灰色の壁床に囲まれているのだが、それらには血の跡がこびりついている。

 いや、一階には僕ら以外にももう一人、さっき声を出した人物がいた。女だ。顔は十代でも通りそうなくらい若々しいのに、筋肉は隆々と盛り上がり、胸もはちきれんばかりに大きい。ぎらつく目には自信と期待が満ちあふれていて、僕に集中的に視線を浴びせている。何より、肌の露出の多い服もさることながら、全身には数え切れないほどの傷跡が刻まれている。


「悪いね、リュウくん。市長室および地下道の会話は、すべてここで傍受できるようになっている」


 メドラーノが言った。内容ほどには、全然すまなそうではない。


「いや、説明する手間が省けた。君がマルー・スパイサーかな」

「ああ、ラルダーラの頭を張らせてもらっている。私たちの力が必要なら、条件がある。私に勝て」


 傷だらけの女が答えた。戦闘民族という単語が脳裏をよぎった。陳腐な形容だ、と僕は自分でおかしくなった。


「君に勝とう」


 シンプルでいい。彼女に勝てば、目的は達成できる。


「では、私たちは邪魔にならないところで見ているよ」

「経済なことだ」


 メドラーノとプラムが跳躍し、軽々と二階の「客席」に着地した。

 これで、舞台は整った。マルーと僕の一騎打ち。正真正銘の殴り合いだ。そう、彼女は何も武器を持っていなかった。まるでそうするのが当然とでも言うかのように、拳を握っては開き、開いては握っていた。

 きっと、この邸宅の持ち主であった亡命貴族が、ここで見世物をしていたのだろう。王政でも共和政でも民主政でも、民衆に必要なのは「パンとサーカス」だ。それは流血を伴うと効果を増す。

 僕もその流儀に倣うことにした。もっとも、たとえ違う場面であったとしても、武器を使う気は毛頭なかった。マルーはラルダーラの中でも特に貴重な戦力だ。これからさらに一働きしてもらわねばならないのに、それを潰しては意味がなかった。


「楽しませておくれよ、破壊神」

「楽しませてあげよう、傷痕嬢」

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