恋した人は悪の幹部でした。
確か終電に乗ろうとしていた、までは覚えています。
倒れたあたりから記憶が飛んで、気が付いたら三度の飯より大好きだったアニメの世界に立っていました。
いえ、気が付いたらと言うと少し変ですね。生まれた時からアニメの世界に住んでいました。
現状を前向きに考察すると、小説やアニメで一世を風靡した転生という奴にあたるのでしょうか。
アニメの世界に転生と言いますと、どちらかと言えば二次創作的なアレにも感じられるのですが、まぁそれは別に良いでしょう。
人生なんてそんなものです。自分の描いた夢を追いかけながら、現実という二次創作に生きねばならない残酷な結果などポイッと丸めて捨ててしまいましょう。
さて、話を戻しますが、そんな風に今、この時を私はアニメの世界で生きています。
まずはこのアニメがどんな内容だったのかをお話いたしましょう。
『この世界の平和は僕達が守る!』
おおっと、おあつらえ向きに、このアニメのオープニングが始まりました。
この世界では一週間に一度、日曜日の朝七時に、空の彼方からこの台詞と共に軽快な音楽が流れてきます。
ニチアサ、素晴らしいですね。
ちなみにわたし自身がこの町の外に出た事がないので、他の場所だとどうなのかは分かりません。
ですがこの町全体というよりも世界全体という規模の方がとても心が躍るので、そういう事にしておいてください。
さてこの曲ですが、これはこのアニメの1クール目のオープニングで流れる音楽です。
心が躍るような熱いメロディーと、まるで映画のように滑らかな躍動感ある映像が好評のもの。
ええ、ええ、もちろんわたしも好きです。大好きです。
このオープニングが流れている間に、ざっと説明してしまいましょう。
この世界は、生前わたしが好きだった『カボチャ戦隊ハロウィンジャー』というアニメの世界になります。
ハロウィンジャーとはその名の通り変身をすると頭がカボチャ姿になり、黒い衣装とマントを纏うと言う、なかなかに斬新な変身ヒーローが登場するアニメです。
わたしも初めて見た時は驚きました。
日曜の朝七時というちびっこと大きなお友達に大人気の時間に持ってくるにしては、いささかイロモノ色が強すぎると思ったのです。
しかも始まったのが四月でした。何故このテーマを春に持ってきたのかは未だに謎です。実にミステリー。
ですが、意外や意外。逆にそのイロモノ色が評判になり、冷やかし程度に見始めた大人達の魂に火が点きました。
そしてその理由の一つは魅力的な登場人物達にありました。
ハロウィンジャーに変身するヒーローは全部で五人。
高校生もいればお医者様もいて、どこぞの名家に仕える老執事や、美しいピアニスト、そして天才小学生など、さまざまな立場の人間で構成されています。
彼ら、彼女らも最初からハロウィンジャーだったわけではありません。
それぞれが悩みを抱え苦しみながら、やがてハロウィンジャーへと至るのです。
ストーリー的にはかなり端折りましたが、大体は主人公が頑張って仲間にしたと思って頂ければ結構です。
小学生から六十代過ぎと、かなり幅広い年齢層の変身ヒーローの登場と、その年代に合わせた悩みを交えつつ進む物語は、老若男女問わず多くの世代に共感を呼びました。
脚本や音楽も良かったのも理由の一つです。
「はーはっはァ! 現れたな、ハロウィンジャー!」
そうこうしている内にオープニングが終わりました。
民家の上で高らかに笑いながらハロウィンジャーに向かって叫んでいる一人の男の人が見えます。
確か今回の話はハロウィンジャーは最初から変身済みだったはずです。
変身ヒーローのアニメだと変身シーンもウリだと思うのですが、ハロウィンジャーには時々こういう回がありました。
ちなみに決まって同じ脚本家の時です。
あえて変身シーンを省く事で物語をより多く描けるのだとか。時間とは有限ですね。
さて、話を戻して屋根の上の男の人。
彼の頭には可愛らしい白い獣の耳と、小さな尻尾が見えます。いわゆる獣人というやつですね。シルエット自体は人間のそれですが、顔はとてもケモケモしい。
彼は地底の奥深くにあるパンプキングダムからやって来た地球を征服する為にやってきたハロウィンのオバケ。
悪の幹部の一人、アルパカ獣人のアルさんです。
ちなみに一人という言い方が良いのか、一匹という言い方が良いのかは分かりませんが、公式に則って一人という事にしておきます。
彼、もとい彼らがハロウィンジャーの人気のもう一つの理由です。
もともとハロウィンジャーはヒーロー達そのものでも人気が出ていたのですが、それと同じくらい悪役達の人気も高いのです。
その中でわたしが一番好きなのがこのアルパカ獣人のアルさん。
悪ぶったそのクールなアルパカフェイス、それでいて妙に人間臭い様子や、可愛い悩みなど、そのギャップからかなり女性ファンが多く、まさかのアルパカ獣人さん単体の画集まで発売されました。
わたしも買いました。宝です。
転生した今ではあの画集がどうなったのかは分かりませんが、きっと弟が大事に仏壇に供えてくれている事でしょう。
「こりないな、アルパカ獣人め!」
「こりないのはどちらだ、ハロウィンジャー!」
戦闘前のお決まりの文句を言い合った後で、彼らは戦い始めます。
残念ながら一対五なの上にヒーロー補正もあり、大体アルさんは負けるのですが、その負け様も可愛らしいと思います。
わたしは巻き込まれない程度の場所に陣取りながら、双眼鏡を片手にのんびりまったりそれを観察します。
これが転生したわたしの日課でした。
やあ、こうして実際に自分の目でアニメの内容を見れるとは、なかなかに嬉しい経験。
やはり生前、毎日のようにテレビにかじりついてハロウィンジャーを見ていた事が良かったのかもしれません。
あまりの執着っぷりに神様が、
「それなら一度、あっちの世界に行ってみちゃう?」
「OH! YES!」
みたいなノリでこの世界に転生させてくれたのでしょう。
ありがたやありがたや。
「覚えていろおおおおおお!」
心の中で拝んでいました所、アルさんのそんな叫び声が聞こえました。
さて、さて、そろそろです。
ハロウィンジャーにトドメの一撃を食らったアルさんが、大きく弧を描いてこちらへ飛んできます。
何度も何度もアニメを見ているので、アルさんが大体どこへ落ちて来るかは予想済み。
ひゅるるるると笛のような音を立ててアルさんはわたしのいる場所の近くの茂みに落ちました。
そうして、オープニングが流れてから二十数分後、空からはハロウィンジャーのエンディングが流れ始めます。
ああ、この曲もいいですね。CD三枚くらい持っています。聞き倒し用と布教用と保存用です。
エンディングが流れる中、アルさんはごろごろごろと転がった後、少しの間ぴくぴくと手と尻尾を動かしていましたが、やがて動きを止めました。
目を回して気絶していますね。
ああ、相変わらずあの尻尾可愛い。
耳とかもふもふしたい。
そんな事を考えましたが、あくまで考えるだけです。
だって相手は大好きなアニメの大好きなキャラクターだとしても男性です。
さすがにそんな事をしては失礼でしょう。
わたしはアルさんが動かないのを遠目で確認をした後、サッと歩いて、その隣にアルさんの好きな桃の炭酸飲料水と、タオルを置きます。
そうして気づかれないようにそのままその場を去るのです。
声を掛けたりしないのかって?
ええ、ええ、しませんとも。
だってわたしはこのアニメでは『町人A』なのです。
生前の名前はあるにはあるのですが、このアニメでは必要ありません。
町人A、それがわたしの全てです。
モブはモブらしく遠くで眺めたり、時々巻き込まれたりしながら、のんびりと視聴者を気取るだけなのです。