第二話
あの日から丁度、1週間経った。
家庭の中では俺はまだ電化製品の大企業に雇われてる研究者という設定だった。娘も気付いてなかったみたいだ。
まぁ、所詮は設定だし、いつまでもそれに縋っているわけにはいかない。ハロワだって行かなきゃダメだ。
分かってる。だけど、周りの目が気になって、動けない。今まで、それなりに人事異動の激しい企業(研究者達は比較的安定していたが)にいたため、辞職し、無職になっていった奴を見ていたから知ってる。無職の奴に再就職を支援してくれる人間はほぼ皆無に等しい。大半が無職と聞くと顔を歪める。俺も歪めてた側だった。
まさか、自分の会社が倒産寸前になるとは…思っていなかった。まだまだ、働く気だった。下の娘は11歳で中学受験に向けて猛勉強。上の息子は15歳で青春を剣道部にて楽しんでいる。妻とは何だかんだ上手くいっていた。何で…何で…こんな事で…
こういう場面に直面した時、ハウトゥー本を出すような努力家は「こんな時こそ、頑張る」「ピンチは成長するためにある」だとか口を揃えて言う。
だが、俺にはそれが無理だ。そういう腐ってる類の根性だった。現に俺が平日に実家で母親に頭を下げているのが証拠だ。
「金を貸して…くっ…くださっ…い」
「はぁ…あんたって子は…」
母が困った様な顔をして机の上に置かれた俺の通帳に目を通す。苦笑いをしているが目は嘲笑っているかのように大きく見開かれていた。そう、ベタ塗りの目だった。
「分かったわよ。五千万貸すから。本当、しょうもない息子だよ。まだ祐樹のほうがマシだった…」
祐樹。俺の兄だ。昔はやんちゃしてたけど、いまは高校で理系の教師をやっている。三人の子供を彼と同じく教師の彼の妻とで育てきった。確か三人とももう就職済み。
本当に辛い。
「ありがとうございます、母さん…これからは新たな就職先を探してい」
「いいよ、もう。お前、だってもう五十前半じゃないか。無理でしょ、転職は。あんたみたいな男が工事現場で働いて怪我して治療代かさむだけだしなぁ…」
あぁ、もう動くなというのか。お前が動くと逆に迷惑なんだよっていうあれか。
そうイライラとした感情を抱きながら反発もできず黙り込む。
「さっさと帰りな」
そう冷たい顔で一言告げると母はスタスタと自室へ戻っていった。
あぁ。もう死んでしまいたい。
逃げてしまいたい。
「おいっ!」
その低く太い声が聞こえると同時に頰が引っ叩かれる。
「お前、今日、仕事だろ…何してんだよ…」
兄貴…
「おい、答えろよ…お前は家族差し置いて何、実家に来てんだよ…」