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救世主と精霊王  作者: 小林あきら
序章 転生
9/40

精霊



「で、精霊が魔素の塊って言うのは、どういうこと?」

『正確には、魔素の中から生まれんのが精霊だ。俺等の役割は魔素の循環だからな。魔素と同等の要素である必要があんのさ』

「……なるほど!よく分からん!」


 晴れやかな笑顔でグーサインを向けて見せれば、精霊は溜息を吐くようにそのボディを縮ませた。


『こんな阿呆丸出しのガキとしか波長が合わんとは……。俺も焼きが回ったな』

「あ、今悪口言った?」

『……だがこの機会を逃したら、次があるかも分かんねえしなぁ』


 思案するようにゆらゆら揺れていた炎が、ピンと伸びる。


『おい、お前。名前は』

「チセだけど」

『チセ、俺に名を付けろ。それで契約が成立する』

「契約ぅ?いや、私別にそんなの成立させたくないんっすけど」


 勝手に自己完結しないでいただけますかね。こちとら、すでに “ペ天使” に唆されて変な契約しちゃってるんですよ。もうこれ以上、よく分からん因縁は結びたくない。


 じっとりと睨みつければ、焦ったように精霊はジリリと震えた。


『契約っつっても、魔獣との使役契約じゃねえから、魔力を喰ったりしねえぞ。むしろ人間側に損は一つもねえはずだ。俺に体を与える代わりに、お前は精霊の加護を受けられるんだからな』

「損は一つもないぃい?けっ、旨い話しには必ず裏があるって、相場が決まってんだよっ!」

『なんだコイツ。アホ丸出しのくせに、危機管理能力だけは無駄にしっかりしてやがる……』


 はははっ!こちとら人生二回目なんでねっ!


『分かった、不安だと言うなら、箍を付けても良い』

「いや、だから。別に契約なんてしたくないし……。その箍って何?」

『……そもそも契約について知らねえ口か?』


 閃いたとばかりにピンと張る炎から目を反らし、「ひゅーひゅー」と空気だけの口笛を吹く。

 精霊は納得したようにボディを揺らした。


『ま、ガキだしな。知らなくて当たり前か』


 くっ、こいつさっきからガキガキって……。いや、実際そうなんだけど。


『人間に一番身近な契約っつったら魔獣の使役か。仕方ねえから、説明してやるよ』


 胸を張る様に、ピンと張ったまま膨張する炎を半目で見上げる。

 何だか、いちいち癪に障る奴だな。精霊って皆こうなんか?


『魔力を使って結ぶ契約には、色々種類がある。人間に一番身近なもので言うと、異界にいる魔獣を召喚して、使役するために結ぶ使役契約がそれだな。ただし、契約には多量の魔力が必要だ。締結時はもちろん、魔獣は使役する度に魔力を喰う。そう使い勝手のいいもんでもねえ。――だが、精霊は違う』


 得意げに、精霊が私の頭上をクルクルと回る。


『精霊との契約に魔力は消費しない。今からお前が俺と結ぶのは使役契約じゃなく、等価契約だからな』

「あれ、私契約する気ないって言ったよね?何で結ぶ前提で話し進んでんだ?」

『双方に利益がある等価契約に、本来箍は必要ないんだが……。お前が望むのなら、受け入れるのも吝かではない』

「……うっし、帰るか」


 腰を浮かせた私の前に、炎ボディを激しく揺らめかせた精霊が慌てたように立ちはだかる。


『ま、待て待て!精霊の加護を断るとか正気か?』

「そもそも精霊の加護ってのも何か分からんし」


 健康祈願とか学業成就とか、そういうお守り的な感じ?だったら別に……。


『お前、そんなことも知らないのか?』

「はい、今のでマイナス30点」

『い、いや悪かった。精霊の加護っつーのは、要するに精霊からの祝福(ギフト)のことだ。主に、魔力量の増幅、身体能力の向上、外的危害からの衝撃緩和といった祝福が得られる』

「うーん、別にそんな魅力的にも思えないけど……」

『う、嘘だろおい。魔力量の増幅だぞ?人間が是が非でも欲しがるもんだろうが』


 そうなの?でも、今まで魔法使ってて魔力足りないって思ったことないしなあ。身体能力の向上も、風魔法があるから移動にも困んないし、外的危害云々はもっと縁が無さそうだし……。


 ――と、そこまで考えて、ん?と首を傾げる。


 待てよ、この世界に転生する前、十字郎が言ってたじゃないか。世界と先輩を救ってくれと。

 先輩がどうって言うのはひとまず置いといて、世界を救うことができれば願いを一つ叶えてくれるって条件でこの世界に転生した。でも正直、世界を救うとか面倒だし、今世は自分のために生きるんだ~厄介事はごめんだぜ~ってスタンスだったから、やる気は全くなかった。


 でも、よく考えたらさ。それって、つまり……、


「世界の危機、確定案件じゃんっ!!」


 思わず膝から崩れ落ち、地に手を付く。


 世界を救うことが条件ってことは、裏を返せば、世界が何かしらピンチになるのは確定ってことだ。

 話しを聞いた時は、まさか異世界に行くなんて思ってもみなかったから、世界を救えって言われた時に想像したのは、地球温暖化がどうとか飢餓問題がどうとか、地球が滅亡するのをどうこうって話しじゃなくて、要するに野口英世とか杉原千畝とか、そう言う偉人になって特定分野の問題解決に尽力できればミッションクリアだと思っていたのだ。


 でも、異世界となると話しは違ってくる。まじの星滅亡だってありえるかもしれない世界観。

 魔法とか魔物とか精霊とかに気を取られ過ぎて、そこまで考えが行き着いていなかった。つまり、もしかしたら私はそのXデーに、死ぬかもしれないってことだ。


「他人事じゃ、いられない……?」

『お、おい大丈夫か?』


 若干私から距離を取り、恐る恐るといった風に声をかけて来る精霊を、チラリと見上げる。


 ――落ち着け、私。そうだ、むしろ今気付けて良かったじゃないか。


「……要するに、あんたはその精霊の加護とやらをこちらに与える代わりに、体を手に入れたいってこと?」

『! そうだ。なんだ、やはりあんなこと言いながら、精霊の加護が惜しくなったか?』

「マイナス50点」

『うんいや、何でもない。……その採点、なんか意味あんのか?』


 来るべきXデーまでに、力を付けておくに越したことはないはず。『精霊の加護』とかいう祝福(ギフト)も、くれるというなら貰っておこう。勝手気ままな生活を楽しむうえでは必要のないものでも、その安穏が崩されるかもしれないとなっては、話しは別だ。


「で、その体って言うのは?」

『お前が創造するんだよ。姿形を頭の中で思い描けばいい。具現化は俺の方でやる』

「ええ!私が好きに作っちゃっていいってこと!?あんた、それで良いの!?」

『良いも何も、体を手に入れるには、それしか方法がねえからな』

「そ、そっか。……参考までに聞くけどさ、体を手に入れた後にしたい事とかあるの?」


 何の気なしに聞いてみたのだが、返って来たのは暫しの沈黙。

 思案するようにユラリとボディを揺らし、ここに来て初めて言葉を詰まらせた精霊は、ややあと、ポツリと言葉を落とした。


『特にねえな。俺はただ……魔素を回し続けるためだけに存在している今の状況を変えたい。それだけだ』


 魔素を回し続ける……?似たようなことをさっきも言ってた気がする。歯車がどうとか。

 相変わらず意味はよく分からなかったが、その声音はどこか自嘲気味で、少しだけ寂しそうだった。


「分かった。契約を結ぼうか」

『――良いのか?』

「ま、聞いたところ確かに損はなさそうだし。こっちも事情が変わってね」


 主に、己の保身のため。私は、この精霊と契約することを決めた。


「で、名前を付けるんだっけ。何でも良いの?」

『ああ。今回結ぶのは等価契約だからな。使役契約みたく互いに干渉する箍はねえし、何でも良いぞ』


 あ、そう?じゃあ、


精霊(フェレット)で」

『おい、待てこら。まんまじゃねえか』

「何でも良いって言ったじゃん」


 この世界の言葉で、精霊は「フェレット」と発音する。可愛い響きで大変よろしい。


「はい、次はどうすればいいの?」


 足元にフワフワと着地した青い炎に合わせてしゃがみ込み、首を傾げる。


『――目を閉じて、これから俺が言うことを復唱しろ。その間、創造する体の姿形を、なるべく具体的に思い浮かべるんだ』

「オッケー」


 言われた通り目を閉じて、耳を澄ます。


『汝、新たに名を付されし者よ』

「汝、新たに名を付されし者よ」


 頭に直接響いてるみたいに、声が聞こえる。精霊――フェレットの声だ。慌ててその言葉を復唱する。


 えーっと、それと体をイメージしなきゃなんだよね。うーん、どうしよっかな~。


『我が創り主の御許にて、契約を結ぶ』

「我が創り主の御許にて、契約を結ぶ」


 フェレットはどんな体が欲しいのかな……。やっぱり人型?もし人なら「俺」って言ってるし、男だよね。

 「体を()()()」って言ってから、口振り的に体を持っていた時期もあったようだけど、以前はどんな姿形だったんだろう。


『汝、フェレットは我に加護と祝福を――』

「汝、フェレットは我に加護と祝福を――」


 ……それにしても、そんな考えずに決めちゃった名前だけど、割と英断だったんじゃない?フェレットって名前、なかなかイケてる。私、天才か。


『「我、チセは汝に肢体を――」』


 あ、フェレットと言えば。確かそんな名前の動物がいたよな。地球にも。


 小さい頃に、テレビで見た肩乗りオコジョに惚れ込んで、母親に「オコジョ飼いたい」と言ったら「フェレットの方が可愛い」って謎に対抗してきてさ。


 フェレットとは何ぞやって調べてみたら、これがまた可愛くて……。


『「等価に払うものとする」』


 でも、フェレットの可愛さを認めるのは母親に負けたようで何だか癪だったから、断固としてオコジョ派の姿勢は崩さず。

 それから暫くは「オコジョ飼いたい」が口癖だったなぁ。


『「我が創り主の御許において」』


 ま、結局は「オコジョなんて飼えないよ~。カワウソならワンチャンあるけど」って母親に言われて終戦。

 あの時は「いやだぁ!オコジョ飼う!肩に乗せる!」って駄々こねたけどさ。

 

『「ここに、契約は終結せり」』


 ――想像してみると、全然ありだよなあ。肩乗りフェレットも。



『……おい』

「? おい」

『いや、もう繰り返さんでいい。契約は終わった。目も開けて良い』


 言われて、はっと目を開く。え、待って!?私まだ体のイメージ出来上がってない!!

 こんなスムーズに終わると思ってなくて、余裕かましてたんですけど!


「ちょ、待って。もう一回――」


 慌てて下を向いた私は、そのままあんぐりと口を開いた。


『お前、随分小さい体をイメージしたな。まあ、姿形に拘りはねえけどよ』


 自らのボディを、その小さな手で確認しながら、足元の生き物がこちらを見上げる。


「……フェレット?」

『あ?』


 つぶらな瞳。細長いボディ。小さな手足に、なだらかなシルエット。


 そこには無事、艶やかな毛並みのフェレットの体を手に入れた精霊(フェレット)がいたのでした。


「じゃ、なああああいっ!!」

『うぉおっ!?お前、マジで突然叫び出す癖やめろ!』

「ご、ごめんフェレット。もう一回、もう一回やろう!」

『はあ?何でだよ。契約は成功しただろうが』

「……その体で良いの?」

『別に動けりゃ何でも良い。むしろ前の体よりも動き易いくらいだ』

「まじかー」


 しゃがみ込み、足元のフェレットをまじまじ見つめる。

 ……か、可愛いな。


『よっしゃ、晴れて俺も自由の身だ!感謝するぜチセ』

「いや、うん。まあ喜んでもらえたようで良かったです、はい」

『おう。そんじゃ、元気でな!』


 シュパッと短い手を上げ、そのまま四足歩行で意気揚々と走り出したフェレットだったが、数メートル先で突然ピタリと止まった。


 ……あれ?どうしたんだろう。何か言い残したことでもあったのかな、とその様子を見つめていると。

 今度はすごい勢いでこちらに駆けてきて、その愛らしい顔に似合わないどすの効いた声で凄む。


『体を創造する時、どんな条件を付けた』

「え?」

『環境創造も一緒にしたな?』

「か、環境……?」

『この体を思い描いた時に、他にも何か思い浮かべていただろって言ってんだ!吐け!』


 何やら激昂しているフェレットに、首を傾げながら答える。


「そんなこと言われても、肩乗りオコジョが飼いたかった幼き日の私を思い出してただけで――」

『か、肩乗り?飼う?』

「え、何?何かまずった?」


 ガチンと岩のように固まってしまったフェレットは、やがて地面にべたりとへたり込むと、力なく項垂れた。


『失敗だ……。条件付きの体が与えられるとは……』

「え、何?失敗したの?じゃあ、やっぱりもう一回契約し直す?」

『そんな、ほいほいできるわけねえだろ。それにお前は精霊の加護をもう受けちまってる。次やったとしても等価が成り立たねえだろうが』

「うっ……。ち、ちなみに何が失敗したの?」


 潰れたカエルのような格好で、フェレットが片腕をちょいっと上げる。


『これはただの体じゃない。お前が()()()()()()()()()()体だ』

「……そうなると?」


『俺はお前から一定以上離れられねえんだよ!畜生!』

「えええ!?」






「――ってなわけで、国民的召喚文言を唱えたら、黒煤の代わりに白いフェレットが出てきました」

「……」

「て、てへっ?」

「拾ったところに返してきなさい」


「ぎ、ギル待って!そんな殺生な!!ってかそれができないって話しを今したんだけど!?」


 前世で流行っていた小説みたく、長文タイトル風に言ってみたが、ギルは私の渾身のボケをスルーした挙句、取り付く島もなくそう言い放った。


 私の手元には、下へびよーんと伸びた体をブラブラさせたまま抱えられているフェレットが一匹。

 表情が完全に死んでいる。洞窟から家に帰る道中も、まったく言葉を発さなかった。相当ショックだったみたいだ。


「だ、大丈夫。食べたり飲んだりしなくても生きていけるらしいから餌代もかかんないし、トイレとかもちゃんと覚えさせるし!」

『トイレもしねえよ』

「え、そうなの」


 黙り込んでいたフェレットが喋った。トイレ発言は看過できなかったらしい。まあ、食べなきゃ出るもんもないか。


「ね、ギルに迷惑はかけないから!」

「……はぁ。返して来いってのは半分冗談だ。好きにしろ」


 つまり、半分は本気だったんですね!

 でも、良かった。家主の許可が出た。


「過ぎたことは仕方ない!これからよろしく、フェレット!」

『はぁ。ま、人間の寿命なんてあっという間だからな。こいつが死ぬまでの辛抱か……』



 こうして。晴れて我が家にもう一匹、家族が加わったのだった。



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