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救世主と精霊王  作者: 小林あきら
序章 転生
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忌子



 兎にも角にも、私はその湖の景色が気に入り、最近はそこで日向ぼっこをするのが日課となっていた。


「あって地獄~なくて極楽~らりるれろ~」


 今日も今日とて、私はその件の湖へ向かっていた。


「おっ、見えた見えた。森を歩くスピードも上がって来たなぁ。体力付いて来たのかも~。……ん?」


 いつもより体感早めに湖へ辿り着き、お気に入りの日向ぼっこスポットへ喜び勇んで向かおうとした矢先、視界に飛び込んできたモノに眉を寄せる。


「うわっ、魔物じゃん――。え、子供!?」


 思わず二度見する。


 いつも数匹はいる動物たちが見当たらず、代わりに対岸に黒い靄に覆われた魔物が一匹。しかも見間違いでなければ、その足元に一人の子供がへたり込んでいる。

 この森で、ギルと自分以外の人間なんて見たことが無い。第一村人ならぬ、第一異世界人だ。いや、そんなこと言ってる場合じゃない。絶対これは非常事態だ。


 ――遠すぎて狙いが定まんないな。回り込むんじゃ間に合わない。最短距離……湖を突っ切ろう。


 風魔法で体を浮かして、一気に湖の上を渡る。同時に手の平を突き出し、魔物に向かって「浄化」のイメージを当てる。途端、焦げたように全身真っ黒に変色した魔物は動きを止め、風に攫われるように上からボロボロと崩れていった。


 ゴリラグマだったな。行きにも一匹いたし、繁殖期?

 ……新種じゃなかったか、チッ。


 風魔法を解いて地面に降り、座り込んだままの子供を見下ろす。

 5、6歳くらいだろうか。呆然とした様子でこちらを見上げている。全体的に薄汚れていてガリガリだ。絡まりまくった黒髪が目元にかかり、よく容姿が見えない。


「君、どうしてこんなところにいるの?迷子?」


 この『禁断の森』に子供が一人でいるなんて、唯事でないことは確かだ。いつまでも見下ろしてるのも何だかなと思い、しゃがみ込みながら尋ねれば、ビクリと子供の肩が跳ねる。……警戒されているようだ。はてさて、どうしたもんか。


「えーっと。どっから来たの?」

「……」

「私、出口まで送って行こうか?」

「……」


 ガン無視!!どうしよう。いったん家に連れて行くか?


 困り果てていれば、ボソリと子供が何か呟いた。小さ過ぎて聞こえず、身を乗り出す。


「え?何か言った?」

「っ!……あ、なたは、その――」


 私が近付いた分、身を引かれたことにガーンとなっていると、子供が恐る恐ると言った様子で窺うようにこちらを見つめる。


「あなた、は……。精霊様、ですか?」

「はん?」


 半目でガラの悪い返事をしてしまい、ビクッと子供が震えたのを見て我に返る。おっと、想定外の言葉で思わず。そーりーそーりー。

 精霊って、見た事ないから良く知らないけど、妖精みたいなもん?……あ、そう言えば私、美少女だったわ。それこそ妖精と間違えられても仕方ないくらいの。いや自意識過剰とかじゃなくて。事実、事実だから!


「君は精霊を見たことがあるの?」


 とりあえず、肯定も否定もせず質問で返す。何となく、人間って答えるより精霊と思わせといた方が、会話が続きそうな気がしたのだ。


「見たこと、はないけど」

「ないんかーい」

「で、でも……僕と話してくれたから」

「?」


 どういう意味だ?と首を傾げる私に、子供は自分の髪をくしゃりと無造作に掴んで俯いた。


「目の色が黒いから……。みんな僕が近くに行くと嫌がる」


 確かに、長い前髪の隙間から見えるこの子の目は黒色だ。

 もしかして、この世界で黒い目は差別対象なのか。子供の言葉に眉を寄せる。


 なるほどね、だから普通に接してきた私を精霊だと思ったのか。見たところ私とそんな変わらないくらいの子供なのに、「人間は自分を虐げる存在だ」って固定観念がすでに刷り込まれてしまっている。今までどんな目に遭ってきたのか、想像に難くない。


「……私は人間だよ」

「えっ」


 途端、怯えたように体を縮こまらせた子供の手を、ガシッと握る。


「!」

「大丈夫!私は君をいじめたりしない。私の名前は、チセ。君は?」


 子供は戸惑ったように、握られた手と私の顔を交互に見てから、やがてボソリと答えてくれた。


「……コカ」

「コカね。ねえ、コカはどうしてこんなところにいたの?」


 最初の質問に戻る。すると今度は小さい声ながらも、すんなり答えてくれた。


「死のうと、思って」


 ――いや、内容おっっも!


 衝撃の答えに、数秒固まってしまった。ど、どうしようこれ。どこに舵切れば正解だこれ!?


「そ、そっかぁ。……ちなみに理由を聞いても?」

「危険だから」

「危険?」


 おっとー?これまた斜め上の答えだぞ。


 コカはそのまま黙り込んでしまった。しかし、辛抱強く次の言葉を待っていれば、ややあと、とても小さい声でコカは告げた。


「闇、魔法使いだから」

「え!」


 思わず漏れた驚きの声に、コカが身動ぎする。まるで私の手から逃れようとする風に。だけど、私はさらにその手に力を込めて、コカの方へ身を乗り出した。


「私も使えるよ」

「え?」

「闇魔法」


 パチリ、髪の隙間から見えた大きな黒い瞳と目が合った。ポカンと口を開くコカを横目に、思考を巡らす。


 もしかして、闇魔法の使い手って少ないのか……?しかも、あまり歓迎されない属性のようだ。確かに陰気な印象持たれそうな属性だしなあ。やれることも毒に呪いって、いかにもダークな感じだし。


「コカは闇属性だけ?他に使える属性は?」

「……ない」


 私はギルの言葉を思い出していた。魔力や魔法属性は生まれながらに皆が持っているものだけど、実際にそれを魔法として使うには一定の魔力量がないといけない。

 言い方から察するに、コカには魔法を使えるだけの魔力量があると言うことだろう。


 陰湿な闇魔法を使う黒目の子供。周りの反応も、ある程度想像はできる。



「……どんなモノもさ、使い手次第で良し悪しって変わると思うんだよね」


 よいしょっとコカの隣りに座り込み、目の前に広がる湖を眺める。



 もともと、工事現場の作業効率化のために作られたダイナマイトは、戦争で使われ兵器となった。包丁も、用途次第で日用品にも凶器にもなる。


「闇魔法も、使い手が良い動機で使えば、その結果も良い方向に作用するんじゃないかな。闇魔法自体は別に危ないものじゃない。だから、闇属性の魔法を使えるからって、危険ってことにはならないよ。コカならきっと “良い闇魔法使い” になれる。だから、死ぬのはやめよう?」


 なんて言ってみたものの、私も「後味悪い!」って闇魔法は使ってなかったからなあ。偉そうなことは言えないんだけど。


 コカは、髪の隙間から見える大きな瞳を目一杯見開いた後、ポツリと声を落とした。


「チセって、すごい」


 頬を染め、キラキラとこちらを見つめるコカ。


「え、え~?そうかなあ?」

「うん」

「そっかそっか。じゃあ、死ぬのはやめる?」


 最初のビクビクした様子を感じさせない、妙にキリッとした表情で、コカは大きく頷く。


「僕、一番 “良い闇魔法使い” になる!」


 しかし次の瞬間には、耳を真っ赤にさせて恥ずかしそうに俯いてしまった。


「……っか」

「?」


 かっわいい~っ!!ちょっとちょっとなに、この可愛い生き物は!


 実際、この子は前髪で隠れてしまっているが、可愛い顔をしている。

 さっきチラリと見えただけだが、黒い睫毛に縁取られた瞳は大きくて、痩せて頬がこけてはいるものの、顔のパーツは整っているように見えた。僕って言うから男の子だと思ってたけど、女の子なのかもしれない。


 ジッと見つめていると、コカが戸惑うように視線を泳がせた。


「ち、チセ?」

「あ、ごめん。……ねえ、前髪切っちゃったら?」


 真面目な顔で言ってみれば、途端にコカは顔を俯かせてしまった。


「それは、怖い」

「前髪伸ばしてるのって目が黒いからでしょ?そんな理由で顔隠しちゃうのもったいないと思うな~。せっかく綺麗な顔してんのに」

「き、きれい?」

「そ。身だしなみは社会人の基本だからね!一番になりたいなら気にしないと!」


 言いたいことだけ言って、さて、と握っていた手を放して立ち上がる。


「行きたい場所があるなら、そこまで送ってってあげる。魔物がまた出たら危ないからね」

「……」

「え、まさか、まだ死のうとしてる?」

「う、ううん。それはもうない」

「あ、じゃあもしかして帰る場所が無いとか?」

「……ううん」


 コカは何かを決意するように立ち上がると、先程のキリッとした表情でこちらを見上げた。


「ボンドの街に、行きたい」

「ボンド?」


 地理については全く知識が無いから、それがどこにあるのかは分からないが、コカに帰る場所があったことに密かに安堵する。


「その街はどの方角にあるの?」

「えっと、たぶんこっち」


 指さす方角を確認して、再度コカと手を繋ぐ。コカは何で手を繋がれたのか分からないと言ったように、こちらを見上げる。それにニヤリと笑みを返し、私は風魔法を発動した。


「こっちの方が早いから~」

「えっうわぁああ!?」


 フワリと浮いた二人分の体。コカが大きな声を上げる。何だ、そういう子供っぽい反応もできんじゃん。


 それにしても誰かと一緒に飛ぶのは初めてだけど、案外いけんな。

 あっという間に木より上に浮かび上がり、風を切るように森の上空を移動する。


「ち、チセは風魔法も使えるんだね」

「うん。他のも全部使えるよ」

「え?」

「――あ、もしかしてあれ?」


 前方、うっすらと見える街らしきものを指差すと、コカもそちらを見て頷く。


「コカは、そのボンドってところから来たの?」

「……うん」

「ふーん。どういう経緯で森に入ったのかは知らないけど、もう死のうなんて思って来ちゃダメだよ」

「うん、もうしない。あの、チセ」

「ん?」


 若干手を引かれたように感じて、コカの方を振り返れば、風で前髪がはけて良く見えるようになった黒い瞳と目が合った。


 やっぱり可愛い顔してるわ。こりゃ将来が楽しみだな。また会えるかは分からないけど。


「魔物から、助けてくれてありがとう」

「ああ、ははっ。全然、気にしないで」



 森の出口に着いたので、フワリと降り立つ。ここから街までは少し歩かなきゃだが、森から出れば魔物に会うことはないだろうし、危険はそんなにないだろう。


「じゃ、元気でね」


 ピシッと片手を上げて背を向けようとした私に、コカが慌てて声をかける。


「チセ!」


 大きな声で名前を呼ばれ、驚いて振り返る。コカは何故か泣きそうな顔で、ギュッと唇を噛み締めていた。


「え、ど、どうした?」

「ぼ、僕絶対、良い闇魔法使いになるから、だからそうなったら――」


 うるりと大きな瞳が揺れて、何かを耐えるように眉をぎゅっと寄せて。


「また会いに来るから!そしたら、あの、そのっ」

「……ん、じゃあその時には私の育て親にも会わせてあげるね」

「え!?」

「よく食べてよく寝て、大きくなれよ!んじゃ」


 今度こそ、私は地面を蹴って風魔法で浮かび上がり、当初の予定通り惰眠を貪るべく湖へと戻ったのだった。




 だから私は知らなかった。


 残されたコカが、真っ赤な顔で立ち尽くしていたことも。

 ボンドと言う街が、闇組織の根城として有名だと言うことも。

 「闇魔法使い」という言葉の、真の意味も。

 コカが死のうとした、本当の理由も。



 ――――何も知らなかった。



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