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救世主と精霊王  作者: 小林あきら
序章 転生
6/40

魔法



「隣りの~芝生は~青いな~あいうえお~」


 おはようございます。本日は快晴です。木々の隙間から見える晴れやかな青空に、気分は爆上がり。鼻歌混じりにスキップする。



 あれから早いもので4年の月日が過ぎ、私は6歳になった。今では一人で散歩に繰り出せるほど、この森を熟知している。もはや庭と言っても過言ではない。


 不意にガサガサと目の前の茂みが揺れた。ピタリと立ち止まり、そちらへ目を遣ると、体長5メートルはあるだろう熊さんと目が合った。真っ黒な毛並みと真っ赤な瞳。額に角があり、体中から蒸気のように黒い靄が出ている。


 魔物だ。この森では割と見る種で、私は勝手に『ゴリラグマ』と呼んでいる。


 グオォオオオッ!!と地鳴りのような雄叫びを上げて、ドスンコドスンコこちらへ飛び掛かって来る熊さん、もといゴリラグマ。私は、右手をパーの形で突き出し、頭の中でイメージを整える。

 刹那、ゴリラグマの全身が黒く染まり、石のように動かなくなった。そして次の瞬間には、まるで風化するように、上から徐々に崩れ落ちていった。私はそれを確認して合掌する。安らかにお眠りください。


 そう、私はこの4年で魔法を習得したのだ。先生は、もちろんギル。ギル自身は魔法を使えないそうだが、原理は理解しているそうで、初めて魔物とエンカウントした時に、魔法の使い方をレクチャーしてくれた。




 初めて魔物を見たのは3歳の時だった。まだこの頃は、ギルと一緒じゃないと外出許可が出ていなかったから、その日も食料調達を兼ねたお散歩がてら、ギルと獣道を歩いていた。そしたら、先程のようにガサガサと草むらが揺れて、ヒョコリとリスが顔を覗かせたのだ。


「リス!」


 この森でリスを見たのは初めてで、テンションの上がった私は、ギルが制止する間もなくタターッと近寄ってしまった。


「待て!それは魔物だ!」

「……え?」


 リスの前にしゃがみ込んで、ん?何か体から煙出てないかこいつ?とリスへ顔を近付けた私に、ギルが珍しく慌てた声を上げる。その言葉に驚いてギルの方を振り向いた私の視界が、急激に暗くなった。


 恐る恐るリスの方へ視線を戻すと、精々手の平サイズだったはずのリスが、人の背丈ほどに急成長し、こちらを赤い瞳で見下ろしていた。その体からは、ユラユラと黒い煙が立ち上っている。


 キィイッ!!と甲高い鳴き声が響いた。目の前のリスもどきの鳴き声だと気付いた時には、私の体は上に引っ張られ、ギルに抱きかかえられていた。その直後、私がいた場所にリスもどきの強烈なパンチがめり込んだ。


「ひぇええっ!?」

「……魔物は普通の動物と区別がつかねえモノもいる。だが共通して体から靄みてえなもんが出てる。見えるか?」

「あ、あの煙みたいなやつ?」


 人間顔負けのシャドーボクシングを披露しているリスもどきを見る。いや、もしかしてこれはリスじゃなくて――カンガルー、か?


「魔物は大概が凶暴なうえに、魔法を使う。並みの攻撃は効かん。対抗するには魔法で撃退が一番手っ取り早い」

「え、ギル魔法使えんの?」

「使えん」


 ですよね。詰んだ。てか、じゃあ今まで魔物と遭遇した時どうしてたの!?


 私の心を読んだかのように、ギルはカンガルーもどきに進化した目の前の魔物から視線を反らさないまま、軽い調子で続ける。


「俺は、魔物には襲われないからな」

「え、ずるい!何で!?」

「知らん。まあ厳密には人ではないしな。天使の体には興味ないらしい」

「言い方!」


 しかし、確かにギルに抱えられているからか、カンガルーもどきが襲ってくる気配はない。相変わらず謎のシャドーボクシングは続けているが。


「丁度良い」


 ギルがふと、何か思いついたようにこちらを見る。


「お前、魔法使ってみろ」

「いやいやいや」


 そんな『新しい掃除機買って来たから使ってみろ』みたいな軽さで言われても。思わず半目で抗議する私を完全無視し、ギルはさっさと説明を始めてしまう。


「お前には魔法を使えるだけの魔力量がある。だがどの属性が使えるかは俺にも分からん。魔法には、火・水・風・地・無・光・闇の7属性があるって話しは前にしたよな。ひとまず全部試してみろ。そしたら自分がどれ使えんのか分かるはずだ」

「どうやって!?」

「要はイメージだ。こうしたい、と思ったことをどれだけリアルに想像できるか。思い描いたことを現実に映し出すのが魔法だ。ただ、保持している魔力量を消費して現実化するから、大規模なものや精巧なものほど魔力の消費量も比例して多くなる」

「じゅ、呪文とか必要ないの?」

「その方が現実化しやすければ唱えればいい。必須じゃない」

「……分かんないけど、分かった」


 えーっと、火・水・風・地・無・光・闇ね。じゃあ、まず地から試してみるか。

 要は、どれだけ具体的にイメージできるかが重要ってことかな?ど、どうしよう、地っぽい攻撃って何……。


 考えた末、私は地割れをイメージした。そんな大げさなものじゃなくて、割れた地面にカンガルーもどきの足でも挟まってくれればラッキー、くらいの。

 ギュッと目を瞑ってイメージを頭に浮かべた後、恐る恐る魔物の方を見ると、


「……」

「……今何かイメージしたのか?」


 そこには、変わらず元気にファイッしているカンガルーもどきが。周りの環境にも変化はない。地割れどころか、ヒビすら入っていない。


「ふっ、やっぱり私に魔法なんて……」

「あー、境目が曖昧だからかもしれんな」

「境目?」

「ただの想像と魔法の境目だ。普段の生活で、想像したこと全部がいちいち魔法で現実化しちまったら大変だろ。お前のは想像の範囲を出ていない。魔法として使うとこまで想像できていないのかもな」

「どゆこと?」

「何かモーションつけてやってみろ。これから魔法使うぞって感じの」


 うーん?と首を傾げる私に、ギルは若干投げやりなアドバイスをくれた。


 これから魔法使うぞ、か。私はもう一度目を閉じて、地割れのイメージをしっかりした後、キッとカンガルーもどきを睨みつけると同時に、右手をパーの形でバッと前に出した。


 刹那。


 ガクンとカンガルーもどきの体が傾いた。キョトンとした様子で、赤い目をパチパチと瞬かせている。何が起こったのか分からないようだ。そして私も、カンガルーもどきと同じリアクションで瞬きを繰り返す。


「成功だな」


 ギルの言葉に、カンガルーもどきの足元を見ると、確かに地面にめり込むようにその足が挟まっていた。カンガルーもどきが足を抜こうともがくが、なかなか持ち上がらない。結構ちゃんと嵌ってくれたようだ。


「地属性の魔法か?じゃあ地は使えるわけだ。よし、じゃあ次やってみろ」

「あ、はい」


 あまり実感が湧かないまま、他の属性を同じように試してみる。


 火魔法は、カンガルーもどきの髭が焦げるのをイメージした。問題なくできた。

 水魔法は、カンガルーもどきの足場が泥沼になるのをイメージした。これも問題なくできた。

 風魔法は、泥に沈みそうになっているカンガルーもどきを空中に巻きあげてみた。これも問題なくできた。

 無属性は、要するに石とか岩とか。そう言う系統の魔法らしいから、カンガルーと一緒に巻き上がった石ころを、全部くっつけてみた。これも以下略。


「基本属性は問題なく使えそうだな。後は光と闇属性か――」


 手持ち無沙汰になって、空中に浮かんだ巨大な岩をクルクルと回して遊んでいた私に、ギルが指示を出す。


「まずは光魔法、試してみっか。おい、あの魔物を浄化してみろ」

「浄化?」

「あの黒い靄を消すイメージだ」


 風の流れに合わせてモヤモヤと渦巻く煙を指すギルに、言われた通り煙が消える想像をする。気分は消防隊。鎮火していくイメージで、右手を突き出すと、


「え!?」


 煙が掻き消えるように消えた。そして、それに合わせて空中に放っていたカンガルーもどきも、燃え滓のように一瞬真っ黒になった後、風に霧散するように消えてしまった。


「な、何今の」

「魔物は総じて闇属性の魔力を持っている。故に、弱点は対属性の光魔法だ」


 ゆっくりと私を地面に下ろしたギルは、呆然と空を見上げたままの私を真似るように顔を上げた。


「他属性の魔法でも魔物を倒すことはできる。だが、ああして完全に浄化できるのは光魔法だけだ」


 つまり、私は光属性も使えると。魔物が跡形もなく消えた空を見つめ、私はそのままギルに問う。


「闇魔法は、何ができるの?」

「基本、毒や呪い関連だな。光属性が癒す魔法なら、闇属性は命を奪うことに特化した魔法であることが多い」

「……今日は試すの止めとく」

「ああ。そうだな」


 ギルはそれ以上何も言わず、その日はそのまま家に帰った。



 それから、私は魔法でいろいろ試すようになった。4歳になる頃には、魔法を使うことに慣れてきて、日常生活にも取り入れるようになっていた。例えば、料理の時に食べ物を綺麗に洗うのに、今までは手を使っていたが、魔法を使うようになった。空中に水の塊を出現させて、野菜をその中にぶっこみジャバジャバと洗濯物の要領で洗う。最後に「綺麗になりますように」って気持ちで右手を野菜に向ければ浄化完了。ちなみにこれは水と光属性の魔法を使っているのだが、正直全属性使えると分かってからは、あんまどの属性使ってるとかは意識しなくなった。具現化できればそれでオッケー!


 そう、私は全属性使える。あれから魔物には何回か遭遇していて、その際、試しに闇魔法を使ってみたのだ。イメージは毒ガス。周りの靄が毒ガスに変わるようにイメージした。すると、黒い靄が紫色になり、同時に魔物が苦しみだした。これは成功と言うことなのだろう。


 しばらくして泡を吹いて動かなくなった魔物を「浄化」した後、私は思った。

 うん、闇魔法って後味悪い!

 使えることは分かったんだし、もういいや。ごめんね、魔物さん。もう形も残っていないが、苦しませてしまったことを謝り合掌する。



 こうして、無事魔物を撃退する術を手に入れた私は、やっと一人でのお出かけ許可がもらえたわけだ。それからは毎日、ほぼ一日中森を駆け回って過ごした。最初の頃は迷子になるのを恐れて、あんま遠くに行かないようにしていたが、風魔法で上空に飛び上がって家を探すという荒業を思い付いてからは、縦横無尽に探検しまくった。魔物とのエンカウントも、慣れればそんなに怖いものでもない。むしろゲーム感覚で、初めて見る種とかに出会うと逆にテンション上がる。気分はまさにポ○モントレーナー!目指せ、図鑑完成!


 そんな風に過ごしている内に、お気に入りの場所もできた。森の丁度中腹、家から徒歩約30分ほどの所にある湖。


 初めて見た時は、しばらく呆けたように突っ立って見惚れたものだ。エメラルドグリーンの澄んだ水面が幻想的で美しい、一周500メートルはありそうな割と大きな湖だ。動物たちの水源にもなっているらしく、よく鹿や小鳥なども集まっている。


 そうそう、湖と言えば。水面を覗き込んで、そこに写る自分の顔を見た瞬間、驚きのあまり手を滑らせて水中にダイブしてしまったのも良い思い出だ。

 と、言うのも、私はまだ自分の素顔を見たことが無かったのだ。ギルの家には鏡が無かったし、風呂だってシャワーだけで、湯舟なんてなかった。だけど、別にさして興味もなかった。生活に支障ないし。


 なんて思ってた時期もありましたよ、ええ!!

 生活に支障ない?ありまくりだわっ!!だって、これはあまりにも――……、


「ぶはっ!美少女過ぎない!?」


 水面から顔を出すと同時に、空に向かって叫ぶ。私の声に驚いた動物たちは逃げて行った。ごめん、だけどちょっと君たちに気を遣う余裕が、今は無い!


 ざぶざぶと湖から上がり、恐る恐る水面へと視線を遣る。そこには庇護欲そそりまくりの美少女が、戦々恐々と言った様子でこちらを見つめ返していた。光を受けて銀色に輝く白い髪に、きめ細かな白磁の如きまろい肌。すっと通った小振りな鼻に、薄桃色の形の良い唇。パッチリとした大きな蜂蜜色の瞳を縁取る、髪と同じ色の睫毛は目元に影を落とすほど長い。


 だめだ、これは。良くない。自分の顔なのに、美しすぎて直視できない。今ならナルシストの気持ちが分かる気がする。こんなん、鏡見つめて溜息も吐きたくなるわ。



 その日、家に帰って開口一番「顔面強者すぎてどうしよう……」と呟いた私に、ギルは「中身で相殺されてるから問題ないだろ」と、こちらに目も向けず、にべもなく言い放った。

 いや、まあうん。それはそうかもなんっすけど……。せめて、返答に間を置いてくれよ……。



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