堕天使
最近の私の楽しみは、ギルとの散歩だ。今までは危ないと言う理由で外出は禁じられていたが、2歳になってやっと、森の中を探検する許可が下りた。魔物が出るのでギルの同行が条件となってはいるけど、私はいまだ魔物とやらに会ったことはない。
今日も、私はギルと散歩に出かけていた。
「ギル」
「あ?」
すぐ横にあるギルのおみ足を引っ張ると、眉を少しだけ上げてこちらを見下ろすギル。私は、木の根元に生えているキノコを指差す。
「食える?」
「……」
え、なんでそんな微妙な顔でこっち見んの。発音変だった?
日常会話はこの世界の言語を使っている。ギル先生指導のもと、実践が一番覚えられると、文字を教わるのと同時期に日常会話もこちらの言語に切り替わった。最初は大変だったけど、確かに使った方が覚えるもんだ。ギルもこれでなかなか、教えるのが上手い。聞いたことには的確に答えてくれる。……中学の英語の先生がギルだったら、もうちょっと成績良かったんじゃないかなあ。
「俺の言葉遣いのせいか……?」
「ん?」
「はぁ、何でもねぇ。それはくえ……食べれないぞ」
「えー」
松茸みたいな形してるから、食えると思ったのになー。
「そりゃ毒キノコだ。カサの端に白い斑点があるだろ。それが目印だな」
「ほんとだ」
見てみれば確かに。キノコのカサの端に沿うように、グルリと白い斑点が一周している。しげしげとそれを眺めていると、いつの間にか取ってきたのか、ギルは違うキノコを差し出した。
「こっちは食える……食べれるぞ」
「食えるキノコ!!」
「た べ れ る、だ」
ギルが持っているキノコを見ると、なるほど。それは先程の毒キノコと非常によく似ているが、こちらには斑点が見当たらない。
そのキノコを指さしてギルを見上げる。
「わっちゅゆあねーむ?」
「ギルバード」
「間違えた」
日本語だけじゃなく英語もいけるんですね!……じゃなくて。
ビシィッとキノコを指さして、もう一度チャレンジ。
「こりぇ……、これの名前は?」
「知らん」
「えー」
ギルでも知らない事はあるのか。私はギルの手から受け取った、食えるというキノコをくるくる回す。
よし、こうなったら私がお前の名付け親になってやろう。とは言っても、ちょっと松茸に似てるなあくらいで、特徴も何もないただのキノコだ。んー、そうだなー……。
「マツタケ」
「あ?」
「こいつは、今日からマツタケになった」
「ああ、松茸か。地球のくい……食べもんにそんなのあったな。確かに似てなくもない」
「今日、食う?」
「だから “食う” じゃねえって……はぁ、もういい」
私からマツタケを受け取り、ギルは少し考える。
「……そうだな。キノコスープでも作るか。手伝えよ」
「はーい!」
よっしゃあ!!ギルと一緒に料理じゃあぁあ!!これぞ愛の共同作業……うへへへっ。
ニヤケ面のまま、そうとなれば早く帰ろうとギルを引っ張る。それに対して、落ち着けと言うように私の髪の毛をわしゃわしゃとかき回すギル。……ぐはっ、やばい悶える。
あ、そう言えば。私の髪なんですけども。何と真っ白なんです。
最初それに気付いた時は、え?白髪?しらが……え、私赤ちゃん……白髪!?と、かなり混乱したものの、喋れるようになってからギルに訊いてみたら、別にこの世界では特別珍しいことではないらしい。赤とか緑とか青とか、この世界には色んな髪色の人がいるそうだ。
ついでに私の髪の色は白ではなく、限りなく白に近い銀らしい。え、それってつまり白髪じゃんって思ったけど、ギルがやけに「銀だ」って強調してくるから何も言わなかった。
なんか勝手に黒髪かなって思ってたからかなり驚いた。前世の私とは全くの別人なんだって、初めて実感した瞬間でもあった。
「おい、ぼーっとしてねえで手伝え」
「なに?」
「キノコ1個じゃスープ作れんだろ」
「! キノコ狩り!」
顔の横で揺れる白い髪を払い、私はキノコを探し始めたギルに駆け寄った。
収穫も終わり、数分かけて帰ってきた私達は早速料理に取りかかった。ギルは長年ここで一人暮らしをしているらしく、料理もお手のもんだ。……とは言っても、私はいまだにギルについて詳しく知らない。何か訳ありかなとは思ってたけど。
ただこれだけは言える。絶対只者ではない。天使の十字郎の事を知っていて、尚且つ人気皆無の、上級魔物がうじゃうじゃいる(らしい)森に住み続けてるって……。一般人ですって言われて信じる方が難しい。
と、言うことで。
「――ギル」
「なんだ」
「ギルって……何者?」
私用に作られた椅子によじ登りながらギルを見上げる。ここはズバッと訊いちゃいましょう。
なんやかんやと他人の事情に首を突っ込むのはいかがなもんかと悩んだ時(3秒くらい)もありましたが、私のモットーは『思い立ったら即行動』。
包丁でキノコのカサを切っているギルは、唐突な私の質問に驚く風でもなく、ただ淡々と答えた。
「俺は天使だ。――そのカサの泥よく落としてくれ」
「おけ。……って、天使!?十字郎と同じ?」
で、でもそれだと、生きている私に見えているのはおかしいと思う。いやそれとも……、私にしか見えてないとか!?
「アイツと同じ、ではないな。正確には元天使だ。俺は追放された身だからな」
「追放?」
「ああ。『堕天使』って言えば分かりやすいか?」
だ、堕天使?……はあ!?
思わずギルを見上げる。
貴方様はその麗しい見た目に加えて、堕天使という属性まで兼ね備えておられるのですか……?
呆然とする私をチラリと見遣り、片眉を上げるギル。ぐふっ、色気半端ねえ!!
「何だ、本当にアイツから何も聞いてなかったんだな」
「何で、天使なのに、見えるの?」
「もう天使じゃねえ。だから見える」
「う、うーん?……十字郎とは、どういう関係?」
「例えんなら、元上司と部下ってとこだな。それにしても今さらすぎねえか、その質問」
「まあ……頃合いかなって」
ギルに手渡された山菜を笊に入れながら、私は少し考え事をしていた。
転生する直前に、十字郎が「先輩を救って」的なこと言ってた気がするんだよな。……先輩ってもしかして、ギルのこと?でも、ギルを救ってほしいとはどういうことなのか。
黙り込む私の様子をどう捉えたのか、ギルが気怠げに口を開く。
「――俺は、天界の法を犯した罰として地上へ追放された。だが元天使である俺の体は、朽ちもしなければ老いることもない。だから人里で生活するにはちょいと厄介だったから、この森に隠居することにした。それだけだ。ちょいと頑丈で長生きの人間、くらいの認識で構わん」
ギルがこんな森の中で暮らしている理由を、今知った。
トントンと鳴る包丁の音と、ジャブジャブと山菜を洗う音が混ざる。外はもう暗く、ワオーンと狼か魔物かの遠吠えが聞こえる。
「ひとり……寂しい?」
思わず出た問い。ふとギルがこちらを見た気配がしたが、私は手元から視線を外さなかった。
少しの沈黙の後、ギルは再び食材を切り始める。
「俺は別に、人に混じりたいと思ったことはねえからな。最初に言っただろ。面倒事は嫌いなんだ。悠々自適に暮らせる今の生活は、俺の性に合ってる」
そこで一旦言葉を区切ったギルが、チラリと私を見下ろす。
「……お前も、自分がやりたいようにやってみるといい」
「――ん」
コクン、と頷く。
「質問は終わりか?」
「……うん」
「じゃあこれを一緒に手伝ってくれ」
「! 愛の共同作業!!」
「おい、そんな単語どこで覚えてきた」
頭にチョップが降ってくる。でも力加減してくれてるのが分かる。――愛だな!!
……何をして追放されたのか、詳しいことは教えてくれなかったけど、でも、どんな事情があったとしても、ギルは今世の私の育て親で、ちょっと意地悪だけど、優しくて頼りがいがあって、カッコよくて、イケオジで――――カッコよくて。
それが私の知るギルだ。
「ギル」
「なんだ」
「…………えへへ。なんでもない」
ニマニマする私の頭に、先程より数倍重みのあるチョップがお見舞いされた。痛い。