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救世主と精霊王  作者: 小林あきら
第二章 学校
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自己紹介



「一番手ですねっ!一番好きです!光栄なのです!」


 ガタリと勢いよく立ち上がったのは、廊下側の一番前に座る生徒。熱心に書き物をしては始終ニヤニヤしていた変人だ。

 2つに結われた三つ編みに、大きなレンズの丸眼鏡。真っ白な肌に、血色の良い唇。背丈はこの中では一番低く、幼く見える。


 この学校は13歳から入学可能だが、入学資格に上限年齢は決まっていない。一年生だからと言って、皆が同い年というわけではないのだ。

 大学に通ったことがない身としては、学年が一緒でも年齢が違うって、何だか新鮮な感覚だ。


「ヘンナ・ガーネット、13歳です!好きな事は実験で、嫌いな事は実験を邪魔されることです!私のことは放っといてくれて良いのです!私も皆さんのことは放っておくので!」

「質問ある奴~」

「はいはい!!」

「いねえな。んじゃ、次ぃ」

「えーっと、ヘンナさんの手元のそれも、何かの実験ですかー?」


 構わず質問すれば、ヒュンッとチョークが飛んでくる。それをすんでで避けつつ、ヘンナの手元にある一枚の紙を指さす。


「これは、“一日中左手の中指の爪だけ伸び続ける魔術” を魔陣に書き出したものなのです」


「……何だ、その魔術。実用性がまるでねえな」

「やってることが、闇魔法使いみたいね」


 ウルフライクとアリスが引いているのを歯牙にもかけず、魔陣の細かな説明を始めたヘンナに、オルゴがストップをかける。


「ぱっぱとやれっつっただろ。次だ次。お前のターン終わり」

「かしこまりました!」


「聞き分けはいいらしい」


 ホリーが肩を竦めながら小声で言う。ヘンナちゃんか~。一癖あるけど、元気で良い子そう。仲良くなれるといいな~。


 続いて、恐る恐る立ち上がった生徒にハッと視線を向け、全力の拍手を送る。


「は、初めまして。ヒイロと言います。よ、よろしくお願いします」

「ヒイロちゃんって言うんだ!名前も可愛い!よっ、皆のアイドル!!」

「外野がうるせえな。次騒いだら窓の外に放り出す」


 オルゴにぎろりと睨まれ、口の前でばってんを作ってコクコク頷く。緊張してるみたいだったから、ほぐしてあげようと思っただけなのに……。

 ヒイロはこちらを見てふっと笑うと、強張っていた肩の力を少し抜く。


「得意な事は……パンを焼くことかな。家がパン屋なので。苦手な事は、目立つことです。こうして注目を浴びるようなことに慣れてなくて……」

「そんなんで、よくこの学校を受けようと思ったな」


 オルゴが呆れたように言うと、ヒイロは再び肩を縮こませ項垂れてしまう。


「学校に行くことが、パン屋を継ぐ条件だって言われたんです。親は、私が色んなことを我慢してパン屋を継ごうとしていると思い込んでいて、学校に行けば将来の道が広がると――。私は本当にパンを作りたいだけなのに、何を言っても聞く耳を持ってくれなくて。仕方なく形だけでも試験を受けて、不合格になれば諦めてくれると思ったのですが……」

「うっかり合格しちまった、と。成績は良かったと聞いてるが、とんだ皮肉だな」


 ヒイロちゃん天才肌タイプだったのか!と驚きながらも、はてと首を傾げる。


「でも、成績は良かったんだよね?このクラスなの何で?」

「平民を貴族と一緒のクラスにすると、何かといざこざが起きるから、基本平民は最底辺クラスに入れられるって話しだぜ。ま、身分差別だな。無法地帯に放り込んで、さっさと辞めてもらえればってところだろ」


 答えてくれたのはオルゴではなく、ホリーだった。入学生のくせに、やけに詳しい。上に卒業生の兄弟がいるとか?


「え……」


 さすがにヒイロも初耳だったのか、ホリーの言葉に思わずと言った風に口を抑える。


「そ、そっか。自主退学……。その手があった……!」

「およよ?ヒイロちゃん?」

「学校側から退学にしてもらえれば、両親も納得してくれるはずだわ!」

「あ、だめだこれ。入学初日から退学になる気満々だぞこれ」


「――生き残る覚悟はない、と。よく分かった。ほい、次」


 オルゴがヒラヒラと手を振り、次を促す。

 続いて、ガタリと立ち上がったのは赤髪の派手な生徒、ウルフライクだ。


「ウルフライク・レべリオン。俺に不得手はねえ。全てにおいて完璧であることが、レべリオン侯爵家の家訓だ。家の恥になるような生き方なんぞ、俺はしねえ。“生き残る” なんざ、雑魚が掲げる目標だ。俺はこの学校の頂点に立ってやる」


 堂々とそう宣言し、何故か最後にこちらをギロリと睨んだ後、音を立てて椅子に座ったウルフライクに、幼馴染ズの野次が飛ぶ。


「はっ。最底辺クラスに入れられといて、何を息巻いてるんだか」

「ウルフィーの苦手な事は忍耐だよねぇ。もうちょっと穏やかになって欲し~」


「……お前等、後で覚えとけよ。ネットシーの枕は破く」

「それだけはやめて!」


 幼馴染ズがわちゃわちゃと騒ぎ始め.、オルゴが眉間を揉みながら深い溜息を吐く。先生、自己紹介進む度に溜息吐いてんな。


「騒ぐなっつってんだろ。枕の前に、お前らの四肢を引き裂くぞ」

「こえー」

「先生の発言じゃないね」


 こそこそとホリーと話していれば、オルゴの半目がすかさずこちらに向く。慌てて姿勢を戻すのと同時に、ウルフライクの後ろに座っていた、前髪の長い生徒が静かに立ち上がった。

 ウルフライクの背に隠れるように座っていたから分からなかったが、随分背が高い。もしかしたら、この教室内では、この人が一番年上かも……。


「……シーク」


 ボソリとそれだけ言うと、着席する長身の男子生徒シーク。教室内がしーんと静まり返る。

 思わずオルゴの方を窺えば、目を閉じていたオルゴは一つ頷いて口を開く。


「次」

「え、いいの!?」

「奴は “訳あり枠” だ。お前らもあんま突っ込んで聞くなよ」

「枠とは」


 話しは終わりだとばかりに次を促すオルゴ。う~、気になる……が、まあいいか。私も聞かれたくないことはあるしなぁ。

 もやもやしながらも、続いての生徒に視線を向ける。


「アリス・ローレンメリアよ。私はこの学校を卒業できれば、他には何も望まない。どっかの不埒者のように、崇高な志も暑苦しい若者精神も持ち合わせていないわ。最低限の労力で、この学校を卒業すると言うタスクを終わらせたい、以上」


 立ち上がりもせずに、淡々と語るアリスに、額に青筋を浮かべたウルフライクが体ごと後ろを振り返る。


「おい、その不埒者っつーのは俺のことか?」

「あら、他に誰か心当たりが?」


 口を噤んだウルフライクが、ガタリと立ち上がるのを冷めた目で見上げるアリス。

 「は~」と本日何回目かの特大溜息を付いたオルゴが、面倒そうに足を組む。


「レべリオン座れ。ローレンメリア、特技・不得手は」

「そうやすやすと自身の強み弱みを晒せるほど、まだ皆様のことを信用しておりませんので。……ネットシー、何か漏らしたら貴方の行動、逐一親御様に報告するわよ」


 体を起こしかけたネットシーが、再び枕に沈む。……アリスの丸秘情報を言おうとしていたみたいだ。


「いいだろう。次。時間押してんだ。巻きで頼むわ」

 

 面倒そうに欠伸をしたオルゴが、ついでとばかりに伸びをする。本当に興味あって聞いてんのか?この担任。


「あ、俺ね」


 隣りでカタリと立ち上がったホリーが、にこやかに自己紹介をする。


「ホラスキー・アトラス。得意な事は情報収集。苦手な事は秘密を守る事。俺は普通に学校生活を楽しみたいと思っているんだ。仲良くしようぜ」


「いえいえ、私は仲間はずれで良いのです!」

「慣れ合うつもりはねえ」

「貴方、私の一番嫌いなタイプだわ」

「ふわぁああ。眠い……」


「……あれ、俺いじめられてる?」

「いじめというか、マイノリティというか……。どんまい」

「ま、初日だしな~。こんなもんか。ほら次、チセの番だぜ」

「よし来た!」


 勢いよく立ち上がり、ふんっと胸を張って仁王立ちする。


「我が名はチセ!空気を読むのは苦手だが、空気を読まないことは得意である!全力で学校生活を楽しむ所存である故、皆心して刮目せよ!」

「次」

「ちょ、テンションの差。温度差えぐいて。そこは『いや空気読まないことが得意ってどないなってんねーん!!』てツッコむとこじゃ――」

「次」


 ……ふぅ、やれやれまったく。先生は照れ屋だなぁ。

 ふ、とアンニュイな笑みを浮かべ、大人しく席に着いた私は、いよいよ最後となる生徒へ視線を向ける。



「……すーすー……ふがっ……Zzz」

「……」


 ヒュンッと飛んで行ったチョークが、コツンと良い音を立ててネットシーの頭に当たる。……そのうち、床中チョークで埋まりそう。


「う、いたっ……。なにぃ?眠い。邪魔しないでよ……」

「数秒で終わる事だろ。さっさとしろ」

「……ああ、自己紹介?ネットシー・ブライアン。眠ることが好き。起きてる時間が嫌い。学校ではずっと寝てたい。これでいい?」


 枕に半分埋まりながら自己紹介を終えた後、ぼすんと再び顔を伏せるネットシー。すぐに寝息が聞こえてくる。――これで1年8組、全ての生徒の自己紹介が終わった。


 仕上げとばかりにオルゴが特大の溜息を吐いて、ガタリと立ち上がる。


「前途多難だな」


 教壇の机の前にのそりと仁王立ちになったオルゴが、半目で教室内をぐるりと見回し、やがてニヤリと笑う。


「毎年、この最底辺クラスになった奴等が卒業まで生き残る確率は、良くて1割。悪くて全滅だ。なぜだかわかるか?」

「毎年、学年末試験での最低成績者が強制退学となるから、ですか?」

「さすが、情報収集が得意と言うだけあるな、アトラス」


 手を上げて答えたホリーを見て、オルゴがニヤリと笑う。ってことは、今の話し、マジ?


「え。ビリの人は退学に()()()んですか!?」

「ヒイロちゃん、落ち着いて。隙あらば退学になろうとしないで」


「正確には、一年間の総合的な評価で成績不良者とされた者が、毎年各学年毎に一人退学となる。そして、そのほとんどが――」


 コンコンと教壇の机を叩くオルゴ。


「――この最底辺クラスから、選ばれる。ま、当然だな」


 一難去ってまた一難。受験を突破できたと思ったら、今度は退学の危機である。なんてこった。


「っつーことで、お前等。卒業したければ、死ぬ気で良い成績とってこい」

「そんなヤ○ザみたいな……。ん?あれ、そう言えば私とヒイロちゃんは受験した時は平民だったから、このクラスに入れられたのは分かったんだけど、他の人は受験成績が悪かったからこのクラスってこと?」


 最底辺クラスなんて言うから、てっきり試験の成績順にクラスが決められているのかと思ったけど、どうもそれだけじゃない気がすると言うか……。少なくともヘンナとか、頭は良さそうだし。


「さっき言っただろうが。ここは問題児の寄せ集めクラス。成績不良者もそうだが、それ以外の理由でもこのクラスに入れられる奴はいる」


 オルゴが顎でウルフライクを指す。


「例えば、ウルフライク・レべリオン。奴は試験中、受験者に暴行を加えたとしてここに入れられた」

「なにしてんの!?」


 ぐるんと振り返って思わず叫べば、ウルフライクが眉間にものすごい皺を寄せ、鬼の形相でこちらを睨む。


「ああ゛?何か文句あんのか?」

「あるよ!!家の恥になる生き方はしないとか言ってなかった!?」


 あの自己紹介での豪語は何だったんだと思わず言い返せば、ウルフライクはフンッと鼻で嗤った後、ふいと顔を反らした。……いや、会話しようよ。


「アリス・ローレンメリアは金を積んでの裏口入学、ネットシー・ブライアンは成績こそ悪くなかったが、親たっての要望でこのクラスに編入。ヘンナ・ガーネットは筆記試験こそ学年1位だったが、実技試験最下位で、このクラス入り」

「魔法の構造を考えるのは好きですが、魔法を使うのは嫌いなのです」


 手元の紙から顔を上げず、二ヒヒと笑うヘンナ。


「な、なるほど。あ、それじゃあシークは――」

「訳ありだ」

「ちっ、流れで聞けると思ったのに……」


「進級時には、成績によってクラスが再編成される。だが、お前等には成績以外にも挽回しなきゃならねえ問題点がいくつもある。進級したけりゃ、この一年気張っていけよ」


 面倒そうに首をゴキゴキ鳴らした後、「ほんじゃ、この後のオリエン資料配んぞー」と教室に積まれていた段ボールをバリバリ破いていくオルゴ。資料ごと引き裂きそうな勢いだ。


「ああ、そうだ。クラス長決めんだったわ。ヒイロ、今日からお前クラス長な」


「「「「「「「「…………」」」」」」」」


「……ん!?えわ、私!?む、むむむ無理です!!」


 バンと机を叩いて立ち上がり、今日一の大声で叫んだヒイロ。


「なんで私なんですか!?」

「独断と偏見」

「そ、そんな……」


 顔面蒼白で立ち尽くすヒイロを見兼ねて、私も援護しようと口を開こうとした時だった。


「納得いかねえな」


 腕を組んでふんぞり返っていたウルフライクが、眉間にマリアナ海溝皺(マリアナ海溝並みに深い皺の事)を刻みながら、異議を申し立てた。


「そういうのは、やる気のある奴がやるべきだろ」


 至極まともな意見を述べたウルフライクに、オルゴは顔も上げず、にべもなく言い放つ。


「お前らの意見は端から聞いてねえんだよ。納得できないなら納得しなくて良い。最初に言った通りだ。俺はよろしくやるつもりはねえ。是非関係なく、このクラスにおいては俺がルールであり、俺が絶対だ」


 熊のような体躯を持つ、傭兵が如き暴君――こと我らが担任は、教壇の上から生徒等を睥睨した後、心から楽しそうにガハハッと悪魔のような笑い声をあげたのだった。



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