表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救世主と精霊王  作者: 小林あきら
第二章 学校
35/40

合格



「ただいまんとひひー」


 ガチャリと玄関の扉を開けるが、返事どころか人気がない。耳を澄ましてみるが、物音一つ聞こえない。


「あれ、ギルもいない?どこ行っちゃったんだろ、買い物?」


 養子縁組の契約書を書いた後、色々考え事をしていたらいつの間にか帰り道を歩いていた。アルをギルドに置いてきてしまったことを思い出したのは『禁断の森』に入ってからで、恐らくまだ帰っていないのだろう。でも、ギルがこの時間にいないなんて珍しい。いつもなら夜ご飯の支度をしている時間なのに。


 不思議に思いながら自室に上がろうとして、ふとリビングの机の上に小さなメモ用紙が置いてあるのを見つけた。近付いて手に取ってみると。


「――アルの合格祝いに、二人で飯食ってくる」


 ギルの文字だ。サラサラと走り書きされたその一文を音読して、メモ用紙をそっと机の上に戻す。

 一旦、2階に上がり荷物を置き、風呂場へ。長旅の疲れはちゃんと残っていて、早く温かいお湯に浸かりたかった。


 湯船に入り、ふ~と息を吐く。フェレットがラッコみたいに背面でぷかぷか浮きながら、くありと欠伸をする。私も一つ欠伸を零し、目を閉じた後、ゆっくりこてんと首を傾げる。


「――え、なんで?」

『あ?何が』

「なぜに私だけお留守番?」

『……お前は合格してないだろ』

「ぐっ!」


 はっきり言ってくれるじゃないかこの野郎。フェレットのお腹をツンツンつつきながら、溜息を吐く。


「別に連れてってくれてもいいじゃん。あーあ、楽しそうで良いな~」

『あいつら、会話盛り上がるような間柄か?』

「え、いや、うーん。言われてみると……、二人で楽しそうに喋ってるとこ見たことないな」


 そう言えば、アルは学校に行くことが確定したから寮暮らしになるし、ギルとの生活ももうすぐ終わるんだよな。私も養子になったから、例え学校に行けなくてもギルの元を去るわけだし……。


「って、ちょっと待って。私、養子になっちゃったけど、もし一般試験でも合格できなかったらどうなるんだ?」

『最悪、養子の話しは破談になるんじゃねえか』

「……もしそうなったらさ、ギルはもう少しこの家に置いてくれると思う?」

『やっぱ無しって戻ってくるお前をか?寧ろ、追い出しにかかんじゃねえの』

「あり得る」


 その状況が容易に想像できて、赤べこの如くガクンガクンと頷いた私は、バシャリと立ち上がり、拳を突き上げて叫ぶ。


「こうしちゃおれん!勉強、勉強をせねば!よぉし!今度こそ絶対合格じゃあ!!」

『うるせっ』


 何としても、アルと一緒に学校に行くんだっ!!ふぁいと私ー!えいえいおー!!






 ――ガチャッという音で目が覚める。涎を拭きながら、寝惚け眼で枕にしていた教科書を見下ろす。……あかん、寝落ちしてもうた。


「ふわぁあ。ギル達帰ってきたのか」


 伸びを一つ。ベッドで寝ているフェレットをそのままに、自室を出て階段を下りる。


「お帰り~」

「ただいま」


 欠伸を零しながら言えば、アルがポットに水を入れながら答える。ギルが、コートを椅子に掛けながら呆れたように眉を寄せる。


「呑気なもんだな」

「遠出から帰ってきた日くらいゆっくりさせてよ~」

「姉さん、飲み物いれるけど飲む?」

「飲む!お茶?」

「いや、トトミ」

「飲む!」

「はいはい」


 トトミとはココアのようなものだ。たまに無性に飲みたくなるんだよね。お湯を沸かすアルの背中に飛びついてルンルンと体を揺らす。


「お前はいつまでもガキだな」

「大人だってトトミ飲むじゃんか!」

「そっちじゃねえ。言動のことを言ってんだ」


 アルにおんぶされている私を若干引いた様にチラ見したギルは、風呂に入るのかリビングを出て行く。


「ギルとのご飯、どうだった?盛り上がった?」

「盛り上がってはないけど、お祝いはちゃんとしてもらったよ」

「へ~。意外とギルも気が利くねぇ」

「……ごめん、姉さんも誘ったらって言ったんだけど」

「たまには男だけで話したいこともあるでしょ。いいよいいよ。私はこう見えて気が利くんでねっ!」

「自分で言うことでもないような……」


 ポコポコと揺れ始める水面を見つめながら、アルがポツリと言う。


「姉さんはさ」

「うん」

「学校行って、その後どうするつもり?」

「うーん」


 首を傾げなら、ギルとそういう話しでもしたのかなと察する。

 アルが、自国に戻りたいと思っていることは、何となく分かっていた。強くなりたいと言っていたから、騎士にでもなって研鑽を積んだ後は、この国を出るつもりなのかもしれない。

 フワフワな金色の頭を見つめながら、王子様だもんなぁと感慨深げに頷く。


「私は、スローライフを送ることが目標だからね。相談所でも開いてお金稼いだ後は、どっかの田舎に引っ込もうかな」

「相談所?」

「うん、何でも屋みたいな」


 前世での就業経験を活かせば、割と成功できそうな気がするんだよね。今なら魔法も使えるわけだし。

 ま、その前に世界滅亡を阻止するって言う大きな課題もあるわけですが……。


「だから、学校では魔法もそうだけど、戦い方とかも学んでおきたいんだよね。荒事とかに巻き込まれることもあるだろうし」

「姉さんそこまで深く考えてたんだ……。意外だ」

「意外とは」

「姉さんのことだから、成るように成るとか言うのかと」

「……んーまあ、そう思ってる部分もあるけど。結局将来どうなるかなんて未来の私にしか分からないし」


 ――しかし、そうかそうか。将来どうするんだ、なんて。確かに盛り上がりに欠ける話題かもしれないけど、まるで本当の親子みたいな会話じゃないか。

 男子会の様子を想像して一人でニヤニヤしていると、その気配を察したのか、アルが身動ぎする。


「重い」

「ちょっと、女の子に重いだなんて!いつからそんな子になったの!」

「勉強しなくて良いの?」

「……します」


 いそいそとアルの背から降りる。ま、今回は誤魔化されてあげます、か……。ふっと笑えば、アルが怪訝そうにこちらを見ながら、トトミを手渡してくれる。


「頑張ってね。分からないところあったら聞いてくれて良いから」

「ん、ありがと」


 できた弟である。アルの柔らかなクリーム色の髪をかき回して、私はトトミを片手に再び自室へ引っ込んだのだった。






「マガフィア様、手続きが終わりました」


 ナトリが書類を持ち上げてみせると、ソファに座り依頼表を眺めていたマガフィアが、チラリと鋭い視線を寄越し、一つ頷いた。


「――お前は、本当にチセが犯人だと?」

「調査中の件ですか?いえ、さすがにその線は低いかと。ここ数月観察していましたが、それらしい動きもありませんでした。私の中で彼女に対する疑念はほぼ消えています。……ただ、常人ではないことは確かです。直接関わっていないくとも、本人の与り知らぬところで巻き込まれている可能性は否定できないかと」

「引っかかっているのは、神子の護衛任務の報告か」


 ナトリは頷く。神子の護衛任務後、部下からの話しにあった、チセが毒殺未遂の犯人に接触したという報告。チセは、ボンドに関して何かしら探りを入れている可能性があると、ナトリは見ていた。いったい何のためかは分からないが、少なくとも普通に生きていればボンドの住人に関わろうとはしないだろう。


「そう言えば、マガフィア様宛の依頼も、ボンド関連でしたね」


 ふと、マガフィアが見ている依頼表に視線を落として、思い出したようにナトリが言う。


「いよいよ、本格的にガサ入れですか」

「ああ、事態は良くも悪くも、大きく変わることになるだろう」


 ナトリに任じられた極秘任務、そしてマガィアに依頼された潜入任務。根本は違くとも、延長線で交わるであろう二つの事象が、いよいよ解決に向けて動き出そうとしている。

 表情を引き締めたナトリだったが、備え付けのランチャーの画面が光ったことで、顔をそちらに向ける。誰かから連絡が来たらしい。立ち上がってランチャーを操作したナトリは、しばらくして徐にマガフィアを振り返る。


「……チセが出発したのって、昨日でしたよね?」

「? ああ」


 困ったように眉を下げるナトリに、怪訝な視線を向けるマガフィア。ナトリは、ランチャーをもう一度確認してから、思わずと言った風に溜息を吐いた。


「すれ違っちゃったかあ~……」






 いよいよ一般入試開始まであと5日。二度目の道中はサクサク進み、少し早めに王都に着いたことで、今回は宿もしっかりとることができた。


「ふ~。ほんと、ルシナンテ様様だねぇ。ルッシーいなかったら、馬車の乗り継ぎで片道10日はかかってたもん」

『魔法で空飛んでけばいいだろ』

「荷物抱えてはキツイって」


 フェレットに言い返しながら、早速問題集を開く。


「えー。ケダトイナの29代目国王はドルギ・デ・イア・ケダトイナっと……」

『なあ、何か食いに行こうぜ』

「ちょっと邪魔しないでよ。そもそも、精霊に食は必要ないでしょ」


 ベッドにぐでんと寝転がりながら腹を掻いているフェレットに、ジト目を向ける。まったく、遊びに来たんじゃないだから……。


「まあ、行くけども」

『だろうな』


 訳知り顔で頷くフェレットを掴み上げ、肩に乗せて宿を出る。同時にぐ~と腹が鳴った。うん、腹が減っては勉強もできぬ!まずは腹ごしらえだな!


 るんたったとスキップしながら王都の街並みを堪能する。


「うわ~!海外のパン屋さん!美味しそ~」

『王都の、な。パンか。悪くねえな』

「あ、でもあっちのケバブもどきも美味しそう……」

『もう俺はパンの腹だぞ』

「ケバブもどきにしよ~」

『聞け』


 ふふ~んと屋台に近付こうとして、ふと路地の奥で何かが動いた気がして目を凝らす。


「? 酔っ払いかな。何か、今――」

『血の臭いがするな』

「わーお。事件の香りってやつ?」


 立ち止まって3秒ほど悩んだ後、私はケバブもどきを売っている屋台に近付いた。


「おっちゃん、ケバブ一丁」

「いらっしゃ――、ケバブ?嬢ちゃ……いや、お嬢様。こちらはシシキャバの店でっせ?」

「んじゃ、それ一つ。後、私別にお偉いさんじゃないから、丁寧に話さなくてもいいよ」

「またまた。お忍びでしたら、その別嬪なお顔は隠した方が良いでっせ」


 まるで信じていないケバブ屋のおっちゃんにお金を渡し、シシキャバなるものを受け取ると、私はヒラヒラと手を振って再び歩き出す。――事件の香りのする路地に向かって。






「むぐむぐ……。で、これ。どういう状況?」

『今まさに殺人が起きようとしている状況、だな』

「いやまあ、そりゃ見りゃわかっけどさ」


 ケバブもどきを咀嚼しながら、ひとまず剣を振り上げている男の体を拘束するべく、魔法で木枝を生やし雁字搦めにする。その足元には、へたり込んでいる男が一人。二人ともお揃いの軍服を着ている。仲間割れとかか?


 ……それにしても、なかなか美味いじゃないか。このシシキャバなるもの。味はケバブというよりタレ味の焼き鳥だが。


「まさか、転生した先でジャパニーズフードが食べれるとは……。ふっ、世界も捨てたもんじゃないな」

『俺にもくれ』


 タレの付いた指をフェレットにガジガジ齧られながら、改めて拘束した男の様子を見る。鼻と目以外ぐるぐる巻きにされた男は、抵抗するようにふがふがと蠢いていた。


『正気を失っているようだな。微量だが闇魔法の気配がする』

「誰かに操られていると?……自我は」

「うがああああっ!!」

「……残って無さそうだね。会話は無理か」

『どっちにしろ、口塞がれてちゃ喋れねえだろ』

「いやいや、見てよあの血走った目。口枷外したら噛みついてくるよ絶対」


 はっとアメリカンポーズで肩を竦めてみせれば、フェレットに頭をかじられた。痛い。


「うーん。ボンド関連の闇魔法使いの仕業とか?」

『さあな。催眠でもかけてみたらどうだ』

「その手があったか!」


 早速、ふがふが言っている不審者に「あなたはだんだん……」と催眠をかけようとした、その時だった。


「――また貴女ですか」


 後ろから声がして、はっと振り返る。聞き覚えのある、穏やかな声色。この声は確か……。


「あ、救世主……じゃなかった。ウトオトさん」

「はい、ウトオトです。よく会いますね」


 穏やかに微笑む彼に、呆然と地面にへたり込んでいた男がバネのように跳ね上がり、叫んだ。


「ふ、副団長!」

「副団長!?」


 びしっと敬礼する男と、後ろに立つウトオトを交互に見る。……薄々、偉い人なのかなとは思ってたけど、まさか騎士団の副団長さんだったとは。

 ウトオトは、菩薩の様な微笑みを浮かべたまま、一歩前に出る。


「事情聴取は後で行います。ひとまずそこの暴行者を拘束――はされていますね。では、場所を変えましょうか。チセさんも同行をお願いします」

「分かりました」


 ウトオトは、いまだにふがふが言っている男を魔法で浮かした後、不思議そうにこちらを見た。


「それにしても、チセさんはなぜここに?」

「使い魔が、路地の奥から血の匂いがすると言うので――」

「ああ、そうではなく。なぜ王都に?試験が終わってだいぶ経つので、てっきりもうお家に帰られたのかと思っていました」

「え、一般入試って、もう終わっちゃったんですか!?」


 嘘でしょ、日付間違えてた!?と一気に冷や汗が噴き出る。しかし、ウトオトは “言っている意味がよく分からない” と言う風に、さらに首を傾げる。


「一般入試は、これからですが……。ですが、チセさんは合格していますよね?」

「へ?」


 お互いに見つめ合い、瞬きを繰り返す。しばしの沈黙の後、ウトオトが「もしかして」と呟いた。


「すれ違っちゃったんですかねえ」

「あ、あのどういう意味でしょう……?私が合格してたって、だって確かに通知は不合格で――」

「はい。ですがその後に欠員がでまして、チセさんは繰り上げ合格になったんです」

「くりあげ、ごうかく」


 ポカンと口を開ける。驚愕で言葉を失っている私をさして気にした様子も無く、ウトオトは踵を返す。


「さて、詰所に行きましょうか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ