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救世主と精霊王  作者: 小林あきら
第二章 学校
33/40

救世主



「つ、着いた~!!」

「……うん。着いては、ないけど。もう少しだね」


 ルシナンテから降り、眼下に広がる王都を眺めて、大きく伸びをする。


 ――旅程は順調に進み、私達は予定通りに王都付近の山……いや、丘に到着していた。

 このままルシナンテで突撃すると注目を集めてしまうため、ここからは徒歩で王都に入る予定である。


 山育ちのため、徒歩移動に全く抵抗はない。体力的にも、まだ余裕はある。しかし4日という長旅に、思った以上に気力を削られていた私達は、王都を目の前にして精神的疲労が一気にきていた。


 ここまでの道中、お互いに問題を出し合ったりと試験対策も欠かさず、なるべく時間を有効活用してきたんだけど、この丘から王都までの道のりに限っては、お互い一言も喋らず、ただ黙々と足を動かすことに専念した。

 そうして、体感40分ほど経ち。とうとう王都へと続く門がその全貌を現した時、私達はお互いを見ることなく、ただ詰めていた息を吐き出した後、無言で拳をぶつけ合ったのだった。











「だぁかぁらぁ!ジーモダイ男爵から許可貰ってるっつってんだろォ!?」


 ダンッと受付台を叩く商人風の男に、門番が溜息を吐く。


「ですから、その許可認証を提示してくださいと言っているんです」

「話しは通してあると男爵から聞いている!」

「そのような話しは来ていません」

「そんなわけねえだろーがッ!おい、上の奴を出せ!直接話をさせろッ!!」


 門番の再度の溜息と、(クレーマー)の後ろで入都審査を待つ人々の溜息が被る。男がジロリと後ろを振り返ると、皆が我関せずと顔を反らす。そんな中。

 ――約2名。果敢にもクレーマー男を睨みつける者があった。その視線に気づいた男が、更に眼光を鋭くして導かれるように下に視線を向け、何やら言おうと口を開き……、そのままカチンと固まった。


 クレーマー男を睨みつけていたのは、すぐ後ろに並んでいた二人組の子供だった。顔を反らすどころか、更に目を眇める彼等に、男は怒るのも忘れてポカンと口を開けて、目をゴシゴシと擦り、まるで今見えているものが信じられないと言う風に、数回瞬きを繰り返す。


 そうして、子供達をまじまじと眺めた後、男は思った。(こいつ等、絶対只者じゃねえぞ)と。


 まず、何と言ってもその容姿である。金髪碧眼の少年と、銀髪金眼の少女が並び立つ姿は、まさに御伽噺に出てくる天使と妖精。精巧に作られた人形のようで、まるで現実感がない。

 さらに、少女の腕に抱かれている真っ白な生き物。神聖ささえ感じるその綺麗な毛並みは、見たことのない種類のもの……。間違いない、幻獣種の魔獣である。


 やんごとなき御方だと言われれば疑う余地もない、煌びやかな容貌に上品な魔獣。――しかし、その格好は酷くみすぼらしく、大変質素なものだった。


 布袋に穴をあけて腰紐を結んだだけの、簡素な服。同様に、お世辞にも質が良いとは言えないズボンは土で汚れて黄ばんでいる。靴は頑丈ではありそうだが、すっかり草臥れていて、随分長く使い潰されてきたのだと分かる有様だった。


 極上の見た目も、魔獣を使役するほどの力量もありながら、下民以下の格好をした子供。王都の外からかなりの距離を移動してきたようだがそれにしては荷物が少ない。……分からない。素性も事情も、全く予測できない。



 子供達を見つめたまま沈黙するクレーマー男に、少女が片眉を跳ねさせ、徐に口を開く。


「おっさん、もういい?次、詰まってるから早く退いてくんね?」


 桜色の唇から飛び出したのは、可憐な見た目からは想像もできない、粗雑な口調。

 思わぬ角度からカウンターを喰らい、再び固まるクレーマー男。


 その様子を了承と取ったらしい少女が、男を押し退け、少年と共に門番の前に立つ。


「魔騎学の受験票です」

「え?お、あ、ああ……はい」


 クレーマー男と同じく子供達を凝視していた門番が、少女の発する静かな圧にハッと我に返り、慌てた様子で差し出された受験票を受け取る。


「ええ、確かに確認しました――」

「ありがとうございます。では」


 返された受験票をしっかり荷物の中に仕舞うと、足早に門を抜けていく二人組。


 その小さな後姿を、門番やクレーマー男、そして列に並んでいた人々も、揃いも揃ってポカンとした表情で見送った。






 入都審査で悪質クレーマーに時間を取られ、(どうしてやろうかなぁ!竜巻でも起こして吹き飛ばしてやろうかなぁ!)とも思ったが、(待てよ、ここで暴れて受験資格剥奪なんてことになったら……。あり得るな)と考えを改め、結果、平和的かつ可及的速やかにその場を切り抜けた私達は、無事に王都へと到着した。



 王都は、さすがと言うべきか、今まで見て来た町とは比べ物にならないほど都会だった。東京を思い出す人口密度だ。

 上京者らしく「ひえー建物たかっ!人多っ!」みたいなリアクションをかましたいところだが、その前に宿探しである。何を置いても私達に今必要なのは、観光ではなく休息だった。


 街の端っこから宿が空いてないか聞いて回るが、さすが都会と言うべきか、どこもいっぱいらしい。私達同様、上京組の受験生がすでに宿を取ってしまっているのもあるのだろう。完全に出遅れている。


「うーん。だいぶ厳しそうだね……」

「もう、ルッシーにお願いして異界に泊めてもらう~?」

『野宿と変わんねえだろ、それ』


 二人と一匹、一旦足を止めて頭を捻る。


「あ!そうだ。学校の寮に泊めてもらおうよ!」

「……なるほど。ダメもとでも当たってみる価値はあるか」


 顔を上げる。

 田舎の風景より数段高い建物に囲まれていても、一瞬で見つけられる荘厳な城。そしてその近くに見える、これまた大きな神殿のような建物。


「あの、パルテノ○神殿みたいのが学校なんだよね?」

「ぱる?……みたいかは知らないけど、そうそう、あの建物だよ」

「よし、行くだけ行ってみるか!んで、もし断られたらルッシーに頼も~」

『異界の選択肢、外れてなかったのか……』


 ふぅと一息入れて、疲労感がのしかかる体に鞭打ち、私達はパルテノ○神殿に矛先を定めた。






 国立魔導騎士学校は、王国随一と言われるだけあり、近くで見るとこれまた随分と立派な建物だった。

 ナトリから聞いた話によると、山一つを削った広大な土地全てが学校の敷地らしい。そしてその玄関口には、冥界の入り口かと思うほどに荘厳な大門が聳え立っていた。


 アルが門横の監視室を覗き、そして首を横に振る。第一関門には誰もいない、と。

 侵入者を阻むように固く閉ざされた門を見上げ、ふむと腕を組む。


「うーん。力技で押し開けるとか飛び越えるとか、やりようはありそうだけど、さすがに受験生が無断侵入したってなったら体裁悪いよねぇ」

「…………。他にも入り口がないかぐるって外壁回ってみる?」

『ついに突っ込まなくなったな』


 私達は外壁に沿ってグルリと移動する。

 ところどころ関係者用の入り口らしきものはあるが、当たり前ながら、どこもしっかり鍵がかかっていて入れない。


「んー。やっぱりダメかなぁ~」


 何個目かの簡易口を見つけ、諦め半分でそう呟きながら、ガチャガチャと取っ手を動かした時だった。


 引くと同時に扉が外側に開き、勢い余って後ろによろける。


「わわわっ」


 トントンとたたらを踏んで、慌てて顔を上げると、扉の向こうから現れた男性が、驚いた表情でこちらを見ていた。

 190センチほどあるだろうスラリとした高身長を軍服で包んだ、モノクル付き紳士だ。柔和そうな垂れ目はエメラルド色で、サイドに結んだ明るい茶髪の髪が肩にかかっている。


「君達、ここで何を――」


 明らかにこちらを不審がっている男性を見上げ、私はそっと跪き、その手をすくうように取る。


「おお、救世主よ……!」

「――……は?」


 ひくりと、男性の顔が引きつった。

 反射的に身を引こうとする男性の手をギュッと握り締め、自身の胸に手を当てる。


「初めまして、私の名前はチセです。救世主のお名前をお伺いしても?」

「救世主……とは一体――――ん?チセ?」


 手を取られたまま、ふと私の肩に乗るフェレットと、私の隣りに立つアルを見た男性は、途端何かに思い至ったように「ああ」と呟き、にこりと笑んだ。


「初めまして、可憐なレディ。私はウトオトと申します」

「……素敵なお名前ですね!救世主様は、この学校の関係者で?」

「ええ、もちろん。ところで、先程からその、救世主と言うのは一体……?」

「こほん。実はですね――」


 私は包み隠さず、明日の受験のために上京してきたが、今夜の宿が確保できず、学校に泊まることはできないかとここまで来たことをペラペラと話した。


「なるほど。しかし、残念ながら入試開始前に受験生を入れることはできないのです。万が一試験内容が漏洩でもしたら大変ですから」

「そうですか……。ならやっぱ、異界に泊まるかぁ」

「ははっ、面白い冗談ですね。……しかし、そう言う事なら、私の勤務先で良ければ、ご案内しましょうか?」

「え?勤務先って学校じゃないんですか?」

「いえ、普段は騎士団に勤めているんです」


 と言う事は、彼は教師ではなく騎士なのか。確かに、言われてみれば腰に剣を挿している。


「宿のように綺麗な場所ではないですが、それでもよろしければ詰所内に部屋を用意しますよ」

「ありがとうございます、救世主様!!」

「あの、その救世主という呼び名はちょっと……」


 苦笑する男性に、成り行きを見守っていたアルが頭を下げる。


「アルです。すみません、ありがとうございます」

「いえいえ。こちらとしても、試験には万全の状態で臨んでいただきたいですからね」


 勝手口の鍵をしっかりとかけた後、こちらに向き直りニッコリと笑む男性。


「では、行きましょうか」






 騎士団の駐屯所は、学校から徒歩5分くらいのところにあった。なんなら、お隣さんである。


 学校から案内してくれた男性は、入り口に立っていた騎士団員に何やら話をすると、私達をその人達に預けて早々に立ち去ってしまった。元々用事があったのだろう。団員さん達と一緒にその後ろ姿に敬礼を返す。


「さて、話しは聞いたよ。部屋を用意するから、その間訓練の見学でもしていくかい?」

「え、いいんですか!?」


 厄介事を押し付けられたにも拘らず、嫌な顔一つせず、私達の背丈に合わせて腰を屈める団員さん。その素敵な提案に、思わず歓声を上げる。

 アルも珍しくキラキラと瞳を輝かせて、コクコクと頷いている。はい、かわいいー。団員さんも私もデレデレと相好を崩し、皆にっこにこで訓練場へと移動する。




「お、丁度よかった。打ち合いの稽古中みたいだね」


 訓練場にはざっと50人くらいの騎士団員達がいて、二人一組で真剣の打ち合いをしていた。カキーンと言う金属の擦れ合う音があちらこちらで響いている。


「観覧席は2階にある。そこの階段から上がってくれ。危ないから、1階の訓練場内へは立ち入らないように」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ、部屋の準備をしてくるから、しばらくここで待ってて」


 私達は言われた通りに2階へ移動し、訓練の様子を眺める。


 観覧席には他にもちらほらと人はいたが、皆騎士団の制服を着ているところを見ると、一般客は私達だけのようだ。


 視線を下に戻して、剣の稽古を眺める。実践に近い形式の訓練で、かなり迫力がある。殺陣や剣舞みたいな魅せる剣術じゃない。本当に、戦うための剣術だ。


「剣かぁ。エンマキトカゲで練習はしたけど、やっぱり人間相手じゃ勝手が違いそうだなぁ」

「そう?姉さんなら余裕だと思うけど」

「いやいや~。そもそも、剣が重くて持ち上がらないよ」

「魔法で筋力強化すれば?」

「あ、そっか」

「……そっか?あれ、姉さん?」

『筋力強化は、魔法っつーより “精霊の加護” の範囲だな』

「え、魔法で筋力強化ってできないの!?」

「……はぁ。そんなんで魔法学の筆記、大丈夫?」


 半目になるアルに、すーっと視線を泳がせる。と、ナイスタイミングで団員さんが戻って来た。


「お待たせ。部屋が準備できたから行こうか」

「はい!」


 これ幸いと元気に手を上げる私に、アルが深いため息を吐く。


「……部屋着いたら、魔法学の復習」

「え!?休憩は!?」

「そんな暇あんの?」

「……な、ないかもだけど。でも、そんな、殺生な~!!」



 ――その後、小さくも良く整えられた部屋に案内された私達は、当初の予定通り休む……なんてことはせず。最後の追い込みとばかりに、夜が更けるまで勉学に励んだのだった。……ぐすん。



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