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救世主と精霊王  作者: 小林あきら
第二章 学校
32/40

お見送り



 ――天気、晴天。体調、良好。


「筆記用具よーし。着替えよーし。ハンカチよーし。受験票よーし。フェレットよーし」

『おい』

「姉さん、いつまで指差し確認してんの。それもう5回目でしょ」


 私の部屋を覗き込んだアルが、呆れたように声をかける。


「もうそろそろ出発しないと、馬車の時間に間に合わなくなるよ」

「うぃ~」


 しっかりと鞄の口を閉じ、フェレットを抱え上げる。最後に部屋をざっと見回した後、私はアルと共に階段を下りた。



「行くのか」


 1階にはパイプをふかしたギルが、ソファで新聞を広げていた。こちらをチラリと見るギルに頷き、びしりと敬礼する。


「おっす!これより出陣であります!」

「そうか。アル、チセが迷子にならないようによく見張っとけよ」

「うん。街に着いたら、まず保安詰所の位置を確認するようにする」

『迷子になってからじゃ遅いからな』

「あの、迷子になる前提でお話するの、やめてくれません?」


 いつものことながら、全く信頼がない。大変遺憾である。


「ま、気を付けてな」


 ボソリと、ギルがそう言って、新聞へ視線を落とす。


 私とアルは顔を見合わせて、声を出さずに笑い合う。

 そして今度は二人で、びしりと敬礼した。


「「行ってきます!!」」






 ――いよいよ、試験本番。

 今日から5日後、王都トイナにて特別入試が行われる。



「おぁっざすっ!!」


 ギルドに入るなりガバリと頭を下げ、元気よく『おはよう(野球部Ver.)』の挨拶をする。そうして顔を上げた私は、パチクリと瞬きをした。


「あれ、皆こんな朝早くから集まって、どうしたの?」


 ギルド内が、開館直後とは思えないほど混んでいる。キョロキョロと辺りを見回すと、近くにいた冒険者がガハハハッと笑いながら私の背中をバシバシと叩いた。


「なぁに言ってんだ。皆、二人の見送りに来たに決まってんだろ」

「え!?」


 仰天する私の横で、アルも目をまん丸に見開く。驚く私達の周りに、どんどん人が集まってくる。


「がんばれ!」「迷子になるじゃねえぞチセ」「王都まで行くんでしょ?気を付けてね」「冒険者の底力見せてやれ!」「大丈夫!絶対合格できるよ」「迷子にならないようにね?チセちゃん」「体調万全にね」「パンあげる。お腹空いたら食べて」「もう本番かぁ。早いなあ」「いい知らせを待ってるよ」「気張っていけよ!後悔ねえようにな!」「迷子に――――」


 ぐっと言葉を詰まらせ、涙で目を潤ませる私。屈強な冒険者たちに頭を撫でられたり、肩に腕を回されたりともみくちゃにされるアル。


「ちょっ、た、助け……姉さ……!」

「みんなっ!ありがとう……!私達、頑張るね!!」


「お、やってるね~」


 人混みが割れて、ナトリとギルド長がこっちにやって来た。ナトリが、主にアルを見て苦笑を零す。


「ほらほら、ギルド長からの有難いお言葉があるから、皆静粛に」


「え、ギルド長……?」

「初めて見た……。え、顔こわっ」

「堅気の雰囲気じゃねえな。なにもんだ……?」


 ざわざわする周りに構うことなく、マガフィアが私達の目の前に仁王立ちする。そして、腕を組んで一言。


「――――気を付けてな」

「いや、ギルと一緒かーい」


 ばしりとツッコミを入れる私に、マガフィアがぐっと眉を寄せる。それを見て、慌ててぴしりと背筋を伸ばすと、アルと二人でびしりと敬礼する。


「「行ってきます!!」」

 ……あれ、デジャブ。




「……声かけてあげなくて、良かったんですか?」


 ギルドを出て行く姉弟の小さな背中を見送った後、ウーグィスがカウンターに溜まっている数人をチラリと見る。


「ここは皆さんに譲ろうかなぁと。その代わり、合格した時は真っ先に抱き締めてあげるの~」


 頬に手を当てて微笑むモユクの横で、「同じく」と頷くブルムント。


「合格発表が楽しみだな」

「そうですね~」


 ほんわかと会話をするモユクとブルムント。そこから少し離れて立っていた男二人組が、ふんっと鼻で嗤う。


「どうだかな、平民の合格率は相当低いって聞くぜ」

「しかも、特別入試ってやつを受けるんだろ?ただでさえ難関なのによお、無謀ってもんだぜ」


 シンクロした動きでやれやれと首を振る二人組――メイジー兄弟をチラリと見て、モユクがふわりと笑む。


「でも、お見送りには来たんですねぇ」

「っ!ち、ちがっ……。お、俺等は良い依頼表が取られないように朝一で確認に来ただけで!」

「そ、そうだぞ!べ、別にあいつらのために早起きしたわけじゃ、ねえんだからなっ!!」

「と、言う割に、掲示板は見ていないようだが」

「「っ!!」」


 ブルムントの言葉に気まずそうに顔を反らす双子。モユクがクスクスと笑う。


「素直になれば良いのに~」

「う、うるさい!冷やかしに来ただけだ!」

「応援しに来たとかじゃねえからな!」

「はいはい」


 ブツブツ言いながら掲示板へ歩いて行くメイジー兄弟に肩を竦め、モユクがふとウーグィスの方を振り返る。


「でも、実際のところどうなのかなぁ。模擬試験じゃ、ちーかまちゃん合格ラインぎりぎりだったって聞いたけど……」


 モユクの言葉に、ブルムントも「そうなのか?」とウーグィスを見る。ウーグィスは(ちーかまちゃん?……ああ、チセちゃんのことか)と思い至り、神妙な顔で小さく頷くと、周りに聞こえないように声を潜めて二人に囁く。


「そうなんです。アル君は問題なかったようなんですけど、チセちゃんは模擬試験の結果が芳しくなかったようで、正直厳しいってナトリさんが言ってて……。それから一月、ギルド長が付きっ切りでチセちゃんの勉強を見てくれてはいたみたいなんですけど……」


 三者三様、考え込むように口を閉じたが、最後にはお互いに顔を見合わせて笑い合う。


「ま、信じて待とう」

「そうですねぇ。きっと、あの二人なら大丈夫ですよね~!」

「うんうん。ああ、何だか私お母さんになった気分です……」


 いつもより少しだけ騒がしい朝のギルド内。その様子は、あの姉弟が初めてこのギルドを訪れた時の光景を彷彿とさせ、ウーグィスは思わず「ふふっ」と笑みを零したのだった。






 ――ベギンの町から2つ隣の町までルシナンテで進み、途中馬車に乗り継ぎ、さらに隣の町へ進む。初日はその町で1泊し、2日目はさらに3つの町を経由し、航路に進む。船の中で1泊し、3日目に王都近くの大きな街に到着。そこからは馬車、もしくはルシナンテに乗って進み、遅くとも4日目には王都に到着。


 ロードマップは完璧。後は、時間との勝負である。



「いやあ、まさか護衛任務の経験がここで活かされるなんてね~」


 ベギンを出て早くも隣町に到着した私達。前もって地理を把握できているおかげで、ここまでは順調も順調。2つ隣の町までは護衛任務でも通ったことのある道なので、この区間で時間をできるだけ巻く作戦だ。

 電車やらバスやらが整備されているわけではないので、予定がずれることは大いにあり得る。それで試験開始時間に間に合わないなんてことになったら、目も当てられない。そのため、この旅では有事に備えて、どれだけ時間短縮ができるかがミソになる。


 観光するわけでもなく、早々に1つ目の町を出立し、私とアルを乗せたルシナンテがパカラパカラと道を駆ける。


「ルッシーはや~い!大丈夫?重くない?」

≪問題ない。羽のようだぞ≫


 何と紳士的な魔獣であろうか。それに比べて、と私とアルの間に挟まれているフェレットを見下ろす。


『おいチセ、体重かけんなっ!重いわ!!』

「重くないもん!羽のように軽いもんっ!」

『現実を見ろ!重いもんは重い!!』

「だったら、鞄の中に入ってればいいじゃん。これ以上隙間空けたら落ちちゃうよ?」

『鞄の中は酔うんだよ』


 こう見えて三半規管弱々なフェレット。仕方なく、魔法でフェレットを空中に浮かせて滑空させる。

 ――結局、模擬試験の時に浮かんだ「異界にいれば距離関係なく過ごせる」という思い付きも、『異界は酔う。それにつまらん』というよく分からない理由で拒否された。異界への滞在は緊急時のみとなり、フェレットはこうして引き続き、現世を楽しんでいる。


『おお、これは快適だな!これからこうしてくれ!』

「めんどくさ。ちっ、創造の時に羽も付けるんだった……」


 顔横で、優雅に短い脚を組んで空中に横たわるフェレットを半目で見ながら、溜息を吐く。


「姉さんが魔法使ってるの?風操って浮くくらいなら、精霊(フェレット)でもできるんじゃない?」

「た、確かに!!アル天才!」


 ってか、普段精霊ってその原理で動いてる説すらある。だって、フェレットと初めて出会った時とか、人魂ボディをフワフワと浮かしていたし。


「どうなんですか、フェレットさん。白状するなら今の内ですよ」

『できるが、めんどい』

「よし、落とそう」


 指パッチンで即魔法を解除する。一瞬がくっと体が落ちかけたフェレットが、再びフヨヨ~と浮かび上がり、私の顔横にふらふらと舞い戻る。


『お、お前!ほんとに落とそうとする奴があるか!』

「やっぱり自分でできるんじゃん!卑怯者!怠け者!」

『お前に言われた無いわっ!!』


 言い争う私とフェレットに、やれやれと首を振るアル。


「なんか、ここ数日で勉強したこと全部抜けちゃいそう……」

≪……それは、急がねばな≫


 あまりに悲壮なアルの声に、ルシナンテは思わず同情し、一層その足を速めたのだった。











 ――ところ変わって。国立魔導騎士学校内の、とある廊下にて。


「クレイ先生」


 マルベリー色の癖毛を腰まで伸ばしたその後ろ姿に声をかけると、男はビクッと大袈裟に肩を跳ねさせて、ゆっくりとこちらを振り返る。


「ウトオト、副団長殿。お、お久しぶりです……」


 微妙に視線を反らして引き攣った笑みを浮かべるクレイに微笑みを返し、騎士団副団長ウトオトは朗らかに言葉を返す。


「いよいよ始まりますね、入試が。今年もクレイ先生は第二次測定試験の試験官を担当されるとか」

「え、ええ……。ウトオト副団長殿も、一緒でしたよね。その、よろしくお願いします」


 引き攣った顔を隠すように、猫背をさらに曲げて頭を下げるクレイ。ウトオトはそんな彼を見下ろし、軽く目を細める。


「こちらこそ、よろしくお願いします。……いえ、実はですね。面白い人材が受験に来ると小耳に挟みまして」

「面白い人材?」


 興味を示して顔を上げたクレイに、ウトオトが一つ頷く。


「『禁断の森』に住む姉弟がいるようで、はるばるこの学校を受験に訪れるようですよ」

「『禁断の森』に住む!?子供が!?」

「ええ。しかも、姉の方はすでに2体の幻獣種魔獣と使役契約をしており、その内の1体は一角馬であるとか」

「幻獣種を2体も!?しかも一角馬だと!?」


 ガバッと完全に顔を上げたクレイが、落ち窪んだ眼球をさらにカッと見開いて叫ぶように復唱する。


「上級魔物がうじゃうじゃいる、あの『禁断の森』に住んでいる!?いったいどうやって自衛をしていると言うのか……。最低でも “浄化” が使えないと厳しい、いや使えたとしても上級魔物に対抗するだけの魔力量がないと撃退するのは難しいか……。そうなるとその子供と言うのは少なくとも光属性が使えて、しかも幻獣種魔獣を2体も使役し、上級魔物に通用するできるだけの魔力量を保持しているということに――いや、そもそも――――」


 ブツブツと早口で独り言を呟いているクレイに、ウトオトは微笑みを湛えたまま穏やかに声をかける。


「いえ、それが報告によると水属性しか使えないようですよ」

「水属性だけ!?」

「ええ。事前に測定をしたようで、間違いなく水属性だけだったと。それに、魔力量も平均より少し多いといった程度、とのことでした」

「そんなはずはないっ!」


 先程までのおどおどとした態度を一変させ、すっかり研究者然とした様相でそう断言するクレイに、ウトオトは内心笑みを深くする。しかし、それを表情には出さずに、軽く首を傾けるに留めた。


「ええ、私もその報告に疑問がありまして。今回、自分の目で確かめる良い機会だと思いましてね。ぜひ、クレイ先生にも彼等の真偽を見極めていただきたい」

「もちろんですとも!それで、その姉弟の名前は何と言うんです?」


 癖の強い髪をぶんぶんと跳ねさせて頷くクレイに、若干身を引きながらウトオトはその名を口にする。


「姉がチセ、弟がアルと言うそうです。平民ですので家名はなく、特別入試を受験予定と聞いています」

「チセ、アル。チセアルチセアル……。覚えておきましょう」


 その後、ブツブツと何やら呟きながらこちらに背を向け、廊下を歩いて行くクレイの後姿を見送ったウトオトは、後ろ手を組み、窓の外から見える学校の中庭を見下ろす。


「さて、白とするか黒とするか。見ものですね」


 誰にも聞かれることのない独り言を呟いたウトオトの顔には、やはり微笑みが浮かんでいた。



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