広域浄化
「――――以上が、護衛任務での報告となります」
「なるほどね」
ナトリは、部下からの報告を受けて鷹揚に頷いた。
どうやら、アルとチセはギルドの精鋭として相応しい働きをしてくれたらしい。アルは、排他的な神殿騎士達に臆することなく、よく馴染んで任務を遂行した。チセも、神子の暗殺を阻止するという大手柄を立てた。この実績はかなり大きいものだ。
よって二人とも、神子や神殿に対する反逆意思は見られず、不審な点はなし、と……。
手元の報告書を眺め、直立不動で後手を組む部下に視線を移す。
「で?この、但し書きは?」
報告書の備考欄に、若干迷いの見える字で書かれたP.S.を指せば、いつも無表情な部下が珍しく一瞬、視線を泳がせた。
「……はっ。不審と言うほどの確証はないのですが、1点気になる動きがありまして」
「報告を」
――曰く、例の暗殺未遂事件の犯人として捕まった毒味役の様子が、どうもおかしかったと言う。
当時の状況から、最も容疑者からは遠いと思われていた毒味役の少年が、事情聴取に訪れた町長たちに罪を自白した。
なかなか犯人を絞り切れず、泥沼化するかと思われた事件に、思わぬ形で終止符が打たれ、面々は驚愕しつつも、すぐに少年を逮捕した。
しかし部下は、その時の少年の様子がどうも引っかかったようだった。
「自身の言葉に、ひどく狼狽えているようでした。まるで、自分の意思と関係なく言葉が飛び出してしまったかのような――。現場検証や身元確認の結果、犯人は間違いなく毒味役の彼であると断定されたのですが、私には彼が自分の意思で自白したようには見えず……」
自白剤でも飲まされたかのような様子だったと言う。
「気になったので、毒味役の事情聴取前に、監視対象に動きが無かったか確認したところ、神子の部屋前で護衛をしていた神殿騎士より、一〇が途中で毒味役に会いに行ったことが判明しました」
一〇とは、チセのコードネームである。
詳細に聞き込みしたところ、どうやらチセは「毒味役に確認したいことがある」と部屋を抜け出し、その後「寝ていたから訊けなかった」と戻って来たらしい。
「しかし、毒味役に一〇と接触した記憶はありませんでした。毒を飲んで倒れた後から事情聴取を受けるまで、誰とも会っていないと」
ふむ、とナトリは腕を組む。
確かに、チセのその行動はひどく怪しい。しかし、辻褄はあう。もし万が一、チセが寝ている毒味役に何らかの手段で自白を強いる細工をしていたとしても、神子の護衛という立場で考えるならば、特段責められる内容ではない。
「……自白剤の検出は」
「ありませんでした」
間髪入れずに答えた部下に、一つ頷く。先回りして調べてくれたらしい。実に優秀な部下だ。
「ご苦労。今回の任務に君を選んでよかったよ」
「恐縮です」
「引き続き、ギルド内には君の籍を残しておこうと思う。いざと言う時はまた頼むよ――、トム」
「承知いたしました」
敬礼を返す部下に片手を上げ、退室する後姿を見守る。
今回、チセとアルに神殿関連の任務を紹介したのはわざとだった。もし、あの事件に彼等が関わっているのなら、ここで尻尾を出すだろうと思ったのだ。
ギルド内でも、やけに目立つ姉弟。自身の勘を信じて目を付けてはいたものの、白とも黒とも判別がつかない状況が続いていたため、敢えてエサを与えて泳がせてみようと考えた。そのために、わざわざ直属の部下(なお、「トム」と言うのはギルドに潜り込むために用意した偽名である)を潜り込ませ、姉弟の監視に付けたのに……。結果は、相変わらず判然としないまま。
「黒と言うには証拠不十分。白と言い切るには、やっぱり色々と怪しすぎるんだよなあ」
先ほど、部下から聞いた報告も然り。
いきなり自白した犯人。その前に犯人の元を訪れていたというチセ。彼女が何らかの方法で犯人に自白させたと仮定すると、チセは犯人の正体に前もって気付いていたことになる。
では、なぜそのことを仲間に告げなかったのか。そもそも、なぜチセは毒味役が犯人であると断定できたのか……。
しばらく、報告書と睨めっこをしていたナトリだったが、やがて溜息を一つ吐くと、座っていた椅子の背もたれにぐったりと寄りかかる。
仕方ない。引き続き様子見しつつ、次の手段を考えよう。ナトリは眉間を揉みつつ、パラリと報告書を持ち上げる。
「それにしても……、世間知らずだとは思っていたが、まさかポーションも知らないとは。今度、御用達の商店でも紹介してやるか」
――――パキッと足元の木が鳴る。
息をひそめて、地上に群がる巨大な虫の大群を見下ろす。
「いや無理無理無理。気持ち悪い無理」
『じゃあ、さっさと浄化すればいいだろ』
「待って。名前つけなきゃ」
『どういう優先順位だ……?』
恐る恐る、登っている木の上から魔物の群れを見下ろす。日本では見なかった類の虫だ。羽はないから飛べないはず。加えて木に登って来る様子もない。足はムカデの様に多足で、ダンゴムシのようにずんぐりとした体には、固そうな棘がびっしり生えていて、口(?)にはクワガタのような鋏が生えている。
「ムカデとダンゴムシとクワガタ……。ムカダンクワガタ……長いからムカダンでいいや」
命名も終わったところで、さて、と手を前に突き出す。
何故私が、虫の大群に囲まれているのか。それはあることを試したかったからだ。
今見える範囲の全ての虫――改め、ムカダンを一斉に浄化する。イメージはいつも魔物を浄化する時と何ら変わらない。ふんっと魔力を込めれば、ムカダンの大群が一気に燃え上がった。
「あ、あれ?火属性使っちゃった?」
『いや、浄化は成功しているようだぞ。お前のイメージに呼応して浄化の魔力に火属性の魔力が混じっちまったんだろ』
そうか。あまりの気持ち悪さに「跡形もなく消えて欲しい」という思いが「燃やす」というイメージに置き換わって顕現してしまったわけだ。
燃え滓の様に黒くなってボロボロと消えていく魔物達。試したかった "広域浄化" は無事成功したものの、何となく後味の悪い気持ちで、私は両手を合わせたのだった。
――あの護衛任務の後。私は宣言通り森に籠って、思う存分魔物と戯れながらストレス発散をしていた。
ちなみに、アルはこれまた宣言通り着々と一人で任務をこなして、いつの間にか先にSランクなんかになってやがりました。
いやもちろん、喜ばしい事なんだけどね?でも、いつの間にこんな大きくなっちゃったの、みたいなね?……実際、ここ最近のアルは成長期なのかぐんぐん背が伸びているのだ。こちらが思わず成長痛を心配してしまうくらいの勢いで、竹の如く。まあ、まだまだ天使の様なご尊顔は健在なんですけど。
「よっと」
木の上から飛び降りて、フェレットを地面に下ろす。
「どう?瘴気とかも残ってない?」
『ああ、問題ない』
森に引きこもって魔物と遊んでいた私は、ある日閃いたのだ。
先の護衛任務で、"浄化" されずに倒された魔物の死体からは瘴気が発生すること、そしてその瘴気は新たな魔物を呼びよせることを知った。その瘴気を "浄化” して回るのが神子の仕事だということも。
ってことは、だ。この森に魔物が湧きまくってるのって、瘴気が全然浄化されていない事が原因なんじゃね?
つまり、森ごと全部浄化しちゃえば、魔物いなくなるんじゃね!?
こうして、私は試してみることにしたのだ。魔物一体のみを対象にした浄化ではなく、土地自体を魔物や瘴気ごと浄化する、"広域浄化" を。
『で、どうすんだ次は。一気に浄化できる限界範囲でも試してみるか?』
「確かに。それはやっといた方が良いね」
私の予想では、視界に入る範囲が対象になってるんだとは思うんだけど……。魔法はイメージだ。視界に入らない部分はどうしても想像に欠けるから、魔法効果も然程及ばないはず。
ひとまず風魔法で空に飛びあがって、森を眼下に収める。
「こう見ると、この森めちゃくちゃ広いね~。先が見えないもん」
『大陸のほとんどを覆ってるからな』
「うーん。今まで魔力切れなんて起こしたことないけど、さすがにこんな広いと魔力尽きちゃうかなー」
『……まあ、やってみろよ』
そうだね、と両手を広げパンと手を打ち鳴らす。そしてぱっと前に突き出して、目をカッと開く。視界に入る森の端から端まで範囲を伸ばして、明確にイメージを定めて――――と、やっぱり浄化したい対象が見えないとイメージが定まらないことに気付く。
少し考えて、私は小さく口を開いた。
「【浄化】」
初めての詠唱。
――次の瞬間。
「うわわわわ!!」
ぱぁああああと。
森が一気に光に包まれた。
黄金に輝く木々の海。丁度、私が視界に収めた範囲内。眩い光ではない。ぼんやりとした、キラキラとした優しい光だった。
暫くそうして光っていた森だったが、徐々にその光は落ち着き、やがていつも通りの光景へと戻る。
恐る恐る地上に戻った私は、フェレットを地面に下ろす。
「こ、これって成功?」
『……これは』
フェレットが驚いた様にキョロキョロと周りを見回し、珍しく感心したように頷く。
『浄化だけじゃねえ。精霊が戻って来てやがる』
「精霊?」
『この森は魔物の巣窟になっていたからな。精霊があまり寄り付かなかったんだが……』
独り言のように呟くフェレットを抱き上げて、同じ様にキョロキョロと周りを見回す。
「精霊って、契約前のフェレットみたいな?人魂の?私には何も見えないけど……」
『見えなくて当たり前だ。極たまに常時見えちまう人間もいるみたいだが、基本、精霊は人間の前に姿を現すことは好かんからな』
「え、そうなの?」
じゃあ、フェレットは何で……と思って、まあフェレットだからな、と聞く前に納得する。
『今なんかムカっとした』
「やだぁ、カルシウム不足じゃなぁい?帰ったらミルクあげましょうね~」
『さらにムカッとした』
そんな軽口を叩きながら、呑気に笑っていた私は、すっかり忘れていた。ギルが、この森の魔物からとれる素材を売って生計を立てていることを。
家に帰った私が、玄関前に仁王立ちしていたギルにいきなり拳骨で頭を殴られ、「俺の金に何してくれてんだ」と理不尽な怒りをぶつけられるまで、あと少し――。
「姉さん、何したの」
帰って来るなり開口一番、半目で問い詰めてくるアルに固まる。
「……ナニモ」
「はぁ。街中すごい騒ぎになってるからね。いきなり『禁断の森』が光り輝いたって」
「ちなみに、何が原因だと?」
「神の祟りだって」
「ひぇ」
えらいこっちゃ。えらいこっちゃ!
「目立ってる!」
「嫌なら行動を慎んでよ」
「つ、冷たい!アルが冷たい!」
叫ぶ私に、アルはいたって淡々と言葉を続ける。
「で、何したの」
「……」
大人しく広域浄化を試して成功したことを話せば、特大の溜息を吐かれた。
「すごい範囲で光ってたみたいだけど、魔力は大丈夫なの?」
「うん。体調も良好だし、大丈夫っぽい」
「どんだけ底なしの魔力量だよ……」
ドン引きされた。なぜに?
「あ、そうだ。私も明日からギルドの仕事再開しようと思うんだけど」
「そう。そしたら、丁度良い依頼が来ていたよ」
アルが、ふと思い出したように告げた言葉に、私は一気に目を輝かせた。
「はぐれの幻獣種魔物の、捕縛依頼なんだけど」




