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救世主と精霊王  作者: 小林あきら
第一章 ギルド
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第2回作戦会議



 ヒヒーンブルルンという馬の鳴き声と共に馬車が止まる。

 辿り着いたのは、街外れの野原。一部不自然に草木が禿げ、土がむき出しになっているが、それ以外は特に何の変哲もない、ただの平原だ。


「ここでかつて、上級魔物のデイダラベエが暴れたことがあってな。無事討伐はされたが、奴の粘液がかかった場所に草木が生えなくなってしまったんだ。だからこうして、毎年神子様が浄化を施して、徐々に土地を回復してくださっている」


 馬車を下りて平原を眺めていると、隣りにやって来たオーダンが説明してくれた。


「へ~。そのデイダラベエってどんな魔物なんです?」

「姉さんも会った事あるよ」

「え」


 驚いて振り返ると、馬の手綱を引いたアルが立っていた。


「ほら、あのナメクジみたいな……」

「ああ、もしかしてチョウデンデンのこと?」

「でんでん?」


 オーダンが首を傾げる横で、ふむと顎に手を当てる。

 チョウデンデンの粘液って、土地をこんな風に駄目にしちゃうものなのか……。『禁断の森』にもチョウデンデンはいるし、その粘液で地面が禿げたこともあったけど、倒した後は普通に草とか生えてきてたけどなあ。土地が何年も死んだままなんて……。もしかしたら、この平原で暴れたチョウデンデンは、森にいる奴より強い個体だったのかもしれない。


 馬車から出て来た神子が、神殿騎士と共に平原の中へと進んで行く様子を、オーダン達と見守る。


 野原の真ん中に辿り着いた神子は、その場にしゃがみこむと祈祷のポーズで何やら呟き始めた。すると、禿げていた土地から、徐々に黒い靄のようなものがユラユラと立ち昇り始め、蒸発するように空へと上がっていく。それと同時に雑草の芽がポツポツと地面に顔を出した。


「! 緑が戻ったぞ」

「さすが神子様だ!」


 こちら側で待機していた神殿騎士達が、称賛の声を上げる。それを聞きながら、ふと神子との会話を思い出す。

 ――結果として、栄華と名声か。なるほど。


 神子は、そのまましばらく祈祷を捧げていたが、やがてふぅと息を吐いてゆっくりと立ち上がった。その際に、ふらりと眩暈を起こしてよろけたところを、慌てたように騎士が支える。


『魔力の使い過ぎだ』

「……ちなみに彼女の魔力量って」

『アルの10分の1ってところだな』

「それって平均的なの」

『さあ。人間の魔力量の平均値なんぞ俺が知るか』


 まあ、それもそうかとアルを見遣る。


「アルの魔力量って、多い方?」

「随分急だね。……まあ、少なくはないと思うけど」


 そう答えるアルは、なぜか歯切れが悪い。出身を隠しているアルにとっては、あまり触れられたくない話題なのかもしれない。王侯貴族は魔力量多い人が大半ってギルが言ってたし、王子様であるアルもその例に漏れずってことか。


 騎士に抱えられた神子を見つめる。うーん、アルの10分の1となると、彼女の魔力量は平均値前後ってとこかな。……今日の浄化予定地、後5か所くらいあるって聞いてるけど、身はもつのだろうか。


 心配が表情に出ていたのか、オーダンがポンと私の頭に手を置いた。


「大丈夫だ。ポーションも余分にあるしな」

「ポーション!?」


 突然声を大きくした私に、オーダンだけではなくアルやトムまでこちらを見た。


「ポーションなんてあるんですか!?」

「え」


 ファンタジー要素満載の単語にテンションが急上昇した私はついそう叫んで、すぐにはっと我に返った。しまった、オーダン含む神殿騎士達がすごい怪訝そうにこちらを見ている。トムも目を見開いて唖然とした表情だ。


 アルが額に手を当てて首を振っている。……ゴメンナサイ。


「あ、はは。すみません、森の中にポーションなんてなかったもんで……」


 秘儀、“森の中で育ったもんで” を繰り出し、引き攣った笑いを上げれば、オーダンがパチパチと瞬きしながら、まさかと口を開く。


「今まで、ポーションも持たずに冒険者をやっていたのか?」

「……はい」


 沈黙が流れた。冷汗が流れる。

 いや、でもそんな大袈裟じゃない?ポーションってあれでしょ。魔力を回復するってヤツでしょ?冒険者皆が魔法使えるわけでもあるまいし、魔法を使わない人は必要ない代物じゃん。

 ……まあ、私はおもくそ魔法に頼った戦い方してるんですけども。


「……今後は持っていた方が良い。俺のを分けてあげるから、ポケットにでも入れときなさい」


 生温かい視線が痛い。オーダンから差し出されたポーションらしき瓶を、複雑な気持ちで受け取る。

 と、その横から別の腕がにゅっと伸びた。


「……」


 トムだ。無言でそっとポーションを差し出される。

 何だか、泣きたくなった。






 馬車に戻ってきた神子の顔色は、先程よりさらに青白く見えたが、オーダンの言葉を信じて「無理だけはしないように」と言うに留めた。大丈夫か、なんて聞いたところで「大丈夫」と返ってくるだけだろう。だったらせめて、無駄な気を遣わせないように口を閉じるのみ。……ポーションもあるしね!


 そうして残り5か所を、ゆっくりとした進度で回った私達。ポーションのおかげで何とか全ての浄化をやり終えた神子だったが、帰りの馬車ではぐったりとしていて、疲れが顔に色濃く出ていた。


 宿に戻ってすぐに倒れるように眠った神子を寝室前で警護しながら、巡礼っていつもこんななのかなと少し可哀想に思った。


「いくら待遇が良いからって、こんな疲れる仕事、嫌じゃないのかな」

『仕事っつうのはなんであれ、疲れるもんだろ』

「んーまあ?」


 まるでサラリーマンのおじさんみたいなことを言うフェレットに苦笑し、ふぅとソファの背に凭れる。


「暇だし、作戦会議しよ」

『職務怠慢だぞ』

「このままじゃ寝ちゃいそうなんだもん」

『緊張感ねえなぁ。だいたい、何の作戦会議だ?世界滅亡の原因は今の段階じゃ断定はできねえし、ひとまず魔物の戦闘力が上がってんのは事実だから、こっちも強くなるってのが今の課題だろ?そこから何か進展あったか?』

「新たに不穏分子が発覚したじゃん。ボンドの闇魔法使い。彼等がキーマンになる可能性も……」

『神殿側が負けて、世界滅亡ってか?ねえだろ』

「いや、私も考え過ぎかなって思ったんだけど、でも分かんないじゃん!神殿って世界樹を守る役割があるんでしょ?神殿が落ちたら世界樹もヤバい。そしたら世界もヤバい!ほら!!」

『うるせえ、騒ぐな。神子が起きるぞ。……それを言うなら、俺は神殿の方が怪しいと思うけどな』

「え?何で?」


 予想外の言葉に、思わず体を起こして、ソファに人間みたいに腰かけているフェレットを見下ろす。


『唯の勘だ。神殿騎士の奴等に、陰の気を感じんだよ。精霊の好かん気配だ。皆が皆ってわけじゃねえが』

「陰の気……?悪意ってこと?」

『悪意の卵みたいなもんだ。陰の気を纏ってる奴は、悪意ある行為を犯しやすい』

「まじか。え、じゃあ……」


 チラリと寝室の方を目線で指すと、フェレットは小さな手をヒョイッと振る。


『いや、あの神子に陰の気は感じねえ』

「そっか」


 馬車の中で話した印象だけだが、悪い子には見えなかった。むしろ、仕事に一生懸命な、生真面目な女の子って感じで好感が持てた。自分の直感はあっていたようでホッとする。


『神殿の、実際の中身に興味があるな』

「実態調査ってやつか。……じゃあ今後は、ソレについても探りを入れていく方向で!」


 引き続き、戦闘力を高めつつ、神殿の内部に潜り込む方法を探す。

 今後の方針が固まったところで、交代の合図のノックが鳴る。扉を開くと、見慣れた女性騎士が立っていた。


「お疲れ様。神子様の様子は?」

「疲れて即寝でした。今のところ、周辺に異常はありません」

「そう。何よりだわ」


 寝室の方を見つめる女性騎士の目線は心配げだ。神子の事を大切に思っていることが伝わってくる。

 チラリと腕に抱えたフェレットを見れば、『大丈夫だ。こいつから陰の気は感じねえ』と小さく鳴く。


「? 使い魔さん、なんて?」

「お姉さんが綺麗だって!」

「あら、ありがとう。あと、私の名前はネアゴよ。自己紹介してなかったわね」


 クスリと微笑んで、女性騎士――ネアゴが優雅に敬礼する。その綺麗な所作に見惚れていると、バシンバシンとフェレットの尻尾が腕を打った。下からじとっとした視線を感じるが、無視する。


「短い期間だけど、仲良くしてちょうだい」

「こちらこそ!よろしくおなっしゃす!」


 バシッと敬礼を返せば、キョトンとした表情で固まるネアゴ。そして、ふっと小さく噴き出した。


「んふふっ……。うん、よろしくね」

「? 何か可笑しなことありました?」

「……チセちゃん、残念だって言われない?」

「言われます!自覚もあります!」

「っふ……ふふっ……」


 肩を震わせて笑い続けるネアゴに首を傾げつつ、ひとまず当番は終わりなので神子の部屋を退出する。


「あ」

「……」


 廊下に出て顔を上げると、目の前に立っていた護衛と目が合い、思わず声が漏れる。

 そうか、外の警護はトムの担当だったのか。私が当番に入った時は別の騎士だったから、途中で交代したのかな。


「お疲れ様で~す」


 目が合って無視するのもな、と会釈してトムの前を通り過ぎる。返答はない。相変わらず無口な奴である。


 そのまま自室へ戻ろうと踵を返した後、「あ」と後ろを振り返る。


「ポーション、ありがとうございました」

「……」


 5秒ほどの沈黙の後、トムがコクリと頷く。それにこちらも頷き返して、私は今度こそその場を去った。






 ――翌日。



「おお、ようこそ神子様。我が屋敷へ」


 私達は町長の屋敷を訪れていた。

 歓迎ムードの町長に、昨日の疲れを一切見せない微笑みで対応する神子を見つめる。


「お招きいただき、感謝する」

「こちらこそ、光栄の極みです。さあさあ、我が屋敷をご案内させていただきます」


 その後、この肖像画は彼の有名な王族お抱えの絵師が~とか、この庭園は彼の国の王女様も称賛された~だとか、この置物は遥か東の国から流れついた貴重なものだ~とか、そう言った話を聞きながら屋敷を歩き回った。

 途中、欠伸をかみ殺すのに必死になる私の横で、アルは涼しい顔で淡々とその後を付いて行っていた。さすが元王子。こういう接待事には慣れているのかもしれない。


「……神子様の身分って、高かったりする?」


 16の少女に敬語で対する町長の様子を見て、こっそりと隣りのアルに声をかければ、アルは前を見たまま小声で答えてくれた。


「うん。神子は教皇国の王族みたいなもんだから」

「王族!」


 まあ、でもそっか。教皇国の頂点である神殿長を王様って考えると、そこに抱えられている神子は王子王女様ってことになるのか。


 神子になりたがる人は多いと聞いた時は、いくら福利厚生が良くても仕事が大変なんじゃ、私は絶対嫌だけどな~って思ったけど、なるほど。王族同等の地位が手に入ると言われれば、興味を持つ者も多そうだ。

 ……ま、どっちにしろ私には共感できない価値観だけど。




 屋敷巡りが終わった後は、応接室に案内されて少し休憩となった。屋敷の中での警護は礼儀の面でも最小限となるため、部屋内外での護衛を1名ずつ残し、他の者は休憩となった。


「お腹が、空いた……」


 くぅ~と切ない音を立てるお腹を押さえていると、アルが壁掛け時計を見上げる。


「これから神子様と町長の食事会があるから、その間に僕達も別室で食事になるはずだよ」

「ご飯!」

「でも、姉さんは食事会の警護担当だから、ご飯は更にその後だね」

「ご飯……」


 そんな、と崩れ落ちる。ううっ、無理だ……限界だ……!この空腹を紛らわせる方法を探さなくては、このままでは神子と町長の和やかなお食事タイムに、私の腹の虫が乱入してしまうっ!


「ってことで、ちょっと、厨房に行ってくる」


 すくりと立ち上がる私を止めようと、アルが腕を浮かす。


 しかし、ここで思わぬ人物が一緒に立ち上がったことで、その動きはピタリと止まった。


「……待て。俺も行く」


 上がった声に、一斉に視線がそちらに向く。トムだ。

 ゆっくりとこちらに近付いて来る彼に、アルが戸惑ったように声をかける。


「いや、トムさんはこの後すぐに食べれますよ?」

「俺も食事会の護衛担当だ」

「え、そうでしたっけ?」


 不思議そうに首を傾げるアルを横目に、私は目の前まで来たトムを見上げる。


「トム……。君も空腹で限界だったんだね……」

「……」


 ん?何でだろう、めちゃくちゃ不服そうな顔されたんだけど。


「ん?違った?」

「……………………いや」


 何度か口を開閉した後、トムはこれでもかと眉根を寄せて、ひっくい声でボソリと一言。


「腹が減った」

「同志よ!!いざ共に、厨房へ食べ物をせびりに行こうではないか!」


「あ!姉さん!?……って、もういないし」


 キィキィと揺れる扉を見つめ、額を押さえて溜息を吐くアルに、同じく休憩室で一部始終を見ていた神殿騎士達から憐れみの視線が送られたのだった。



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