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救世主と精霊王  作者: 小林あきら
序章 転生
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始まり



 私は、今日死んだ。


 ……まあ、今日と言っても「死んだ」と自覚したのはついさっきだから、まだ出来立てほやほや、ピチピチの新米幽霊だ。

 つまりは、人間で言うところの赤ちゃん。会社で言うところの新入社員。


「まいったなぁ、幽霊界隈の礼儀作法なんて知らないよぉ。後輩いびりとかあんのかな?挨拶回りとかしといた方が良い?菓子折り必要?」


 川辺に座り込み、忙しなく動き回る人々を眼下に眺めながら、膝を抱える。



 死ぬ直前の行動はしっかり覚えている。溺れている子供を助けようと川に飛び込んだのだ。そんで子供は助かった。私の命と引き換えに。

 泣きじゃくる子供を空中から見下ろしながら、一つ息を吐く。助けることができた安堵と、ちょっとの後悔。


 きっと、私の判断は最善ではなかった。助けるにしても、もっと別の方法もあっただろう。死人を出さない方法が。

 死んだ者にとっては美談だが、残った子供の立場から言えば、自分のせいで一人が犠牲になったのだ。気にしないで欲しいとは思うけど、気にするなと言う方が無理な話しである。

 まさか、「思い立ったら即行動」という自らの性質が仇となるとは……。


「ま、過ぎたことは仕方ないよねぇ」


 加えて、くよくよ悩まない性質でもある私は、早々に開き直った。

 寿命を全うできなかったのは、まあちょっと残念だけど、未来を担う子供を助けることができたわけだし。名誉な事じゃあないか!うんうん。


「少年、強く生きろよ」


 川辺を右往左往する人影――警察やら救急隊員により、少年が無事保護されたことを確認し、一方的に別れの挨拶を済ますと、抱えていた膝を解き、胡坐をかく。

 ……それより、問題はこれからの事だ。さてさて、どうしたものか。


「ん~ぁ、そーだ!『今日ちょっと予定あるから』って業務押し付けて早々に帰りやがった部長の()()とやらが何だったのか、確認しに行こう!」

「いやいやいや、もっとあるでしょう他に!」


 ――……ん?


 そうと決まれば早速、と勢い良く立ち上がった私の後ろから、突如聞こえた『待った』の声。

 恐る恐る振り返ると、スーツ姿の男が空中に浮遊していた。


「ひ、ひぃいいいっ!で、出たぁあ!お、オバケだぁあああっ!!」

「いや、どちらかと言うと貴女の方がそれっぽいですが」


 そう冷静に返されて、思わず自身の格好を見下ろす。


 叩き売りされてた安いブラウスに、学生時代から使い続けてるテーパードパンツ。切る暇がなくて伸ばしっぱなしの髪。何ら特筆すべきこともない、見飽きた自身のワークスタイルだが――その全てが、余すことなく()()()()()だった。

 加えて、なぜか裸足。


 冷たくもないし寒くも無いから全然気づかなかったけど、どうやら死ぬ間際の状態そのままで幽霊になっていたらしい。

 まあ、川に飛び込んだからね。そりゃびしょ濡れにもなるよ。極めつけに、雨まで降ってるし――ってあれ、ちょっと待って。髪に藻が絡まってんだけど。……え?ついでに魚も引っかかってるって?マ?


 う、うぅむ。確かに、これじゃあ私の方が明らかにオバケじみてる。いや、事実オバケなんだけど。


「ご、ごめんなさい。ホラー系が苦手なもので、思わず……」


 非礼を詫びながら、目の前の男に向き直る。

 年齢は、私とそんなに変わらないように見える。20代後半くらいだろうか。ピシリと糊のきいた黒スーツに、首からかけられたネームプレート。清潔感のある短髪に加えて、十人が十人「好青年ですね」と評するであろう爽やかな容貌。目が合えば、ニコリと取り繕うように浮かべられたスマイル。


 一目で確信した。こいつ、できる。

 絶対、生前は営業マンだ。どこぞの大企業で「営業部のエース」だとか呼ばれて、ちやほやされていたに違いない。


「こちらこそ、不躾に後ろから申し訳ございません。私、こういう者でして」


 低姿勢、プラス人好きしそうな愛想笑い。若干の目礼と控えめに胸元に差し出された名刺。

 か、完璧だ……!死んでもなお名刺を手放さないとは、只者じゃない。名刺どころか靴も履いてない私とは大違いだ。

 ……あの踵低めのパンブス、お気に入りだったのになあ。川に飛び込んだ時、脱げちゃったのかな。


「あの?」

「あ、すみません。ご丁寧にどうも」


 凝視しすぎて戸惑わせてしまったようだ。ニコリと笑みを返して、名刺を受け取る。なになに――。


 ≪地球域天使協会 日本東京C地区担当 魂回収班NO.42310 十字郎≫


「……」

「この度、伊藤千世(ちせ)様の魂回収を担当させていただきます、天使の十字郎(じゅうじろう)と申します。何卒よろしくお願い致します」

「……テンシ」

「はい。この度は、ご愁傷様でした」


 ニコリ。完璧な営業スマイルのまま、器用に眉をハの字に下げる男と名刺とを、何度も見比べる。


 え、天使?営業マンじゃなく?……天使?


 「立ち話も何ですし」と勧められるまま再び川辺に腰かけたが、眼前に広がるのは救急隊員と警察官と野次馬が入り乱れるカオスな事故現場。

 ……気遣いを見せるならせめて場所を移動するとか、もっとなかったのか。言われるがまま座り込んだ私も私だけど。


「千世様。早速ですが、死後ご案内できるコースプランをご説明いたしますね」

「コースプラン」


 私の右側に体育座りで腰かけた自称天使――十字郎は、一分の隙も無い営業スマイルを爽やかな顔面に貼り付けたまま、ピースサインをこちらに向ける。


「大きく2つありまして、ざっくり言いますと “永住” か “転生” かになります」

「あ、そーゆーのって選べちゃうんだ」

「1つ目の永住コースは、生前の善行悪行を判断材料に、適性な霊界――いわゆる天国地獄というやつです――の永住権が与えられます。死後ゆっくりと過ごされたい方におすすめのコースです」

「いやいや、地獄に行っちゃったら、ゆっくりも何もないでしょ」


「2つ目の転生コースは、言葉の通り転生いただくコースです。人生一からやり直したい方にぴったりのコースです。記憶はもちろん引き継げませんが」

「やり直す意味あんのか、ソレ」

「千世様はどちらをご希望ですか?」


 こちらの呟きガン無視で首を傾げる十字郎に溜息を吐き、「ん~」と我ながら気のない声を上げる。


 思い返す限り人並みの人生を歩んできたし、特別悪いことをした記憶もない。しかも最期の死因は人助け。これ、永住コースなら結構良い所行けんじゃないか?

 転生コースでも別にいいけど、落とし穴が多そうだ。転生先が人間とは限らない、とか。


 それにぶっちゃけ言うと、もう一回生きるとか面倒臭い。例え記憶がないとしても。


「んじゃ――」

「あ、ちなみにですね」


 悩むこと数秒。あっさり「永住コースで」と答えようとした私の言葉を遮るように、十字郎が声を上げる。


「千世様ご自身に問題はないのですが、ご先祖様の悪行を換算しますと地獄行きの可能性は十分ありえますので、ご留意くださればと」

「え、先祖?先祖の罪も私の罪になるってこと?」

「ご先祖様が清算しきれていない罪は子孫へ引き継がれますので、はい」


「……地獄って、どんなところ?」

「一般的に連想される地獄と大差ないと思いますよ」


 ゴクリと、喉が鳴る。


「で、でもでも!それってあくまで可能性の話しでしょ?まだ地獄行きって決まったわけじゃ……」

「ええ、霊界は上から下まで何階層にも分かれていますので、詳しいところはまだ何とも。ただ、そうですね。千世様の場合は、甘く見積もって――――」

「み、見積もって?」

「――下から数えた方が早い階層、が精々といったところでしょうか。地獄よりはまだマシな場所ですが、平穏な日本で暮らしていた千世様にとっては、地獄と大差ない場所かもしれませんねぇ……。千世様のご先祖様は少々、アレでしたので」


 アレって何。言葉に出すのも憚られるヤバい奴でもいたんっすか。


「あー、ちなみに、その階層?とやらが確定した後に、コースを選ぶことは……」

「できません。コースは今、決めてください」

「……」

「……」


「……て、転生コースで、お願いしま「かしこまりました!」す」


 間髪入れずの返答。ですよねーって副音声が聞こえた気がした。何ならちょっと被ってた。


「では、転生コースのご説明に移らせていただきますね!と言うのも、只今お得なキャンペーン期間中でして!」

「キャンペーン」

「ええ、ええ。なんと今なら!必ず人間に転生できる保証付きとなっております!さらにさらに、“次回も人間に転生できちゃう券” が特典として付与されます!」

「特典」

「ただし、特典付与には条件がありまして、転生先でとあるミッションに挑戦いただく必要があります」


 あー、はいはい。よくあるやつね。何ポイントあげるよ、ただしこれやったらね、的な。

 タダほど怖いものは無いと言うし、等価交換は世の常である。うんうんと頷く私に、やっと反応を得られたと笑みを和らげた十字郎は、早速そのミッションとやらを告げた。


「千世様には、世界を救っていただきたいのです」

「なるほど、無理ですね」

「えぇえ!?」


 いや、こっちが「えぇえ!?」だっつーの!なんだその偏りまくりの条件提示は!!等価交換はどうした!?

 しかも内容が恐ろしく抽象的。無理ゲーに決まってんだろそんなん。あーあ、真面目に聞いて損した。


「むしろ、条件がそんな重いんなら、もっと特典豪華にしろよ」

「人間に転生できちゃう券も、十分豪華だと思うんですけど……。では、何がご褒美なら釣り合いが取れていると?」


 あ、世界を救うってミッションは変わらないわけね。

 背景に縦線入りまくりの十字郎を尻目に、腕を組んで考えてみる。


「そうだなあ、マンガとかだと “願いを一つ叶えてやろう” ってのがお決まりだけど」

「ではそれで」

「……え?そんなあっさり変えれるもんなの?」


 よいこらせ、と川辺から立ち上がった十字郎は、完璧な営業スマイルを貼り付けたまま、唖然とするこちらを見下ろす。


「千世様がご自身で決められたのですから、異論はないですよね?世界を救ったら、願いを一つ叶える。この条件で転生となりますが、よろしいでしょうか?」


 淡々と、感情の読めない声音で最終確認をしてくる十字郎に、「まあ、そっちが良いなら別に」と頷く。


 でも何だろう……。さっきから感じてる、このモヤモヤ感。選択肢を間違えてしまったような、道を大きく踏み外してしまったような、そんな漠然とした不安が胸の内で燻ってる。


「あれ、でもちょっと待って。そのミッションとやらって、転生先では忘れちゃうんじゃ……」


 今世の記憶は無くなるわけだし、と首を傾げながら、十字郎に倣って立ち上がった私は、川沿いを歩き始めた彼の背中を追いかける。

 辿り着いたのは、すぐ近くにある神社の鳥居前。


「鳥居は、次元を越える境界門なんです」


 立ち止まった十字郎が、鳥居を見上げながらポツリと呟く。


「この鳥居を潜れば、千世様の魂は次の転生先へ送られます」


 鳥居から目を反らし、振り返る十字郎。その口元は相変わらず笑みを浮かべていたが、視線は真剣そのもので、射貫くようにこちらを見つめる。


「千世様の仰る通り、この鳥居を跨ぐ寸前までの記憶は、転生と同時に無くなります。ですのでこれは、転生先で()()()()()ミッションをクリアし、特典をゲットできれば御の字、というキャンペーンなのです」

「ふーん。運良く偶々、ね」


 十字郎が、鳥居の柱間の空間へ手を伸ばす。すると、その指は見えない壁に阻まれるようにピタリと止まった。目を凝らして見ると、まるで透明なフィルムカーテンがかかっているかのように、その先の景色が歪み、波打っている。


「さて、覚悟は良いですか?」

「……」


 ふぅ、と一つ息を吐く。


 覚悟も何も、どうせ全て忘れてしまうのだ。

 伊藤千世として生きたことも、子供を助けて死んだことも、十字郎との会話も。……家族の、ことも。


「ご家族へのご挨拶は、よろしいのですか」


 まるで心を読んだかのようなタイミングで、十字郎がそんなことを言う。タイムリー過ぎて気持ち悪い。本当に心読めるんじゃないだろうな、この天使もどき。


「ん、いいよ別に。どうせ向こうにはこっちが見えないんだし。するだけ無駄でしょ」


 一つ伸びをして、鳥居の向こう側の、歪んだ景色に焦点を合わせる。


「んじゃ、行きますか」

「……逝ってらっしゃいませ。良い人生を」


 綺麗な30度のお辞儀を披露する十字郎の横を通り過ぎ、鳥居を潜る。

 途端に視界がぶれ、五感が歪んだ。驚く間もなく視界が急速に暗転する。


 そうして、完全に意識が落ちる寸前。十字郎の声が、聞こえた気がした。



「きっと、貴女なら救えます。世界も――――、先輩も」



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