護衛任務
「――魔獣を連れた、複数属性魔法が使える子供?」
「ええ。最近ギルドで急速に頭角を現しているんですが、どうやら世界樹に興味があるらしく……」
ナトリの報告に、執務机に積まれた書類から顔を上げた男は、ふむと腕を組む。
「なるほど。かなりの才覚を持っているらしいな。しかし魔法はともかく、学校にも通っていない平民の子供が、魔獣との使役契約のやり方を知っているとは思えないが」
「ええ。どうもきな臭いんですよね。あの『禁断の森』に住んでいるというのもまた……。例の件に関わっている可能性も捨てきれないかと」
「そうか。まあ、お前の勘は良く当たる。引き続き調査を頼む」
「はっ」
ビシッと敬礼をしたナトリは、一礼してその部屋を後にする。
「さあて、どうしたもんかね」
ナトリは自室に戻ると、騎士団の制服を脱ぎ、ギルド職員の服装に着替える。
――ケダトイナ王属騎士団。その第二騎士団に所属するナトリは、極秘任務を受け、田舎町のギルド内に潜り込んでいた。ナトリが、騎士団の間諜だと知る者はギルド長だけ。他の者は自分を普通のギルド職員だと思っている。
ギルドには様々な情報が集まる。情報収集には打って付けの場所だ。潜入先にベギンの町を選んだのは、王都から離れた場所の方が、掴めていない情報も得られると思ってのことだった。そしてやはり、己の判断は正しかった。
最近ギルドに現れた不思議な少女、チセ。極秘任務の内容と彼女が関係しているのかは分からないが、自身の勘がどうも何かあると囁いている。
何となく感じる違和感。突如現れた、ちぐはぐな存在。きっと彼女には、隠している何かがある。
先日、新人いびりで有名なAランクのメイジー兄弟と、件の姉弟がパーティーを組んで依頼に挑んだ。ディロフォンドラゴン1体の討伐依頼だ。
ナトリは、警戒対象の素性を探るため、こっそり彼等を尾行し、その討伐の一部始終を見ていた。
メイジー兄弟の企みはもちろん察していたので、討伐はチセ達姉弟が対応するだろう事も予測できたが、寧ろこれは好機。チセの実力を見極める良い機会だと思ったのだ。
しかし、まさか1匹と聞いていたディロフォンドラゴンが大群で現れ、しかもそれを弟のアルが全て一人で倒してしまうとは思わなかった。
さらに、ディロフォンドラゴンの死骸に引き寄せられてやって来た、災害級の魔物サラマンダー。それを今度は姉のチセがたった一人で、一瞬にして浄化してみせた。頭上で灰が散るように霧散していくサラマンダーを呆然と見上げながら、思考を巡らす。
“浄化” は光属性の中級魔法だ。つまり彼女は、水属性だけでなく光属性の適性を持っている。いや、土壁を発現させていたことも考えると、まさか地属性も……?
『禁断の森』で育ったというチセ。彼女は、その生い立ちから世間の常識に疎い所がある。だから、きっと知らないのだろう。
魔物のレベルによって|、魔法の効力には差が出ることを|。
「はぁ……。末恐ろしいよ、ほんと」
ギルド職員の制服をパンと払うと、自室に設置した転移陣の上に立つ。
一瞬にして、騎士団の詰所からベギンの町近くまで飛んだナトリは、ガシガシと頭を掻きながら、溜息を吐いた。
――さて、どうしたもんかな。
ドラゴン襲来事件から数日、私達は無事にAランクに昇格した。
あの双子先輩は、規則違反で謹慎処分となった。パーティーを組んで依頼を受ける場合、何かあった時は、よりランクが高い者に責任が課せられるわけなんだけど、今回は低ランカーを現場に残して我先に逃げちゃったわけだからね。
まあ、あの状況では逃げるのが正解だとは思うけど、彼等は今までも違反ギリギリの行為が多くて、職員にも目を付けられていたから自業自得だって、ナトリは苦笑した。
「何はともあれ、Aランク昇格おめでとう」
ギルドに顔を出すと同時に、ナトリに手招きされた私とアル(とフェレット)は、別室に通されてソファに腰かけていた。
「昇格祝いってわけじゃないけど、君達にぴったりの仕事がきてるんだ」
そう言いながら立ち上がり、部屋に備え付けられているランチャーを起動するナトリ。私達もランチャーの画面を後ろから覗き込む。
「護衛任務?」
画面に映し出された依頼書。その一番上に書かれた文字に思わず怪訝な声を上げてしまう。
護衛任務は基本パーティーを組んで臨むことが多い。護衛対象が一人ではなく、商隊など複数の人や物を守らなければならない事が多いから人手がいるのだ。
護衛任務はまだ受けた事が無かった。パーティーを組んだのはあの双子先輩の時だけ。他は、基本二人だけで依頼を受けて来たから。
「私達にピッタリって言うか、丁度数があと二人足りてなかっただけじゃないの?」
なら素直にそう言えば良いのに……と半目になれば、ナトリはわざとらしい真顔で重々しく一つ頷く。
「まあ、それもある」
「あるんかい」
「でも、わざわざ君達に声をかけたのは、ちゃんと理由があるよ。今回の護衛対象がね、本神殿の神子様なんだ」
「神子様?」
首を傾げる私に、ナトリはクルリと椅子を回してこちらに向き直った。
「神子って言うのは、“浄化” を行える聖職者のこと。普段は神殿に住んでいるんだけど、派遣巡礼の時期は国中を回って、土地の浄化を施してくれるんだ」
「ほう」
僧侶の行脚みたいなもんか。丁度、今が巡礼の時期なのだと言う。
「それで、その神子様が普段住んでる本神殿があるのが、世界樹のお膝元なんだ」
「なんですと!?」
「……神子の事も神殿の事も、常識なんだけどね。やっぱり知らなかったか」
苦笑したナトリは、再びランチャーの画面に向き直る。
「今回の依頼は、巡礼中の神子様の護衛。期間は、この町から次の町へ移動する間のみ。その間に少しでも神子様と仲良くなれたら、世界樹について何か聞けるかもしれないよ。どうかな?」
「え、でも最初の説明会で、世界樹に関連する仕事はSランク以上じゃないと受けられないって、言ってなかった?」
「今回は、あくまでも神子様の護衛ってだけだからね。世界樹や神殿に直接関わる仕事はSランクに割り振られるけど、定期的にある巡礼の護衛はAランクでも受けられるんだよ」
「あ、そうなんだ」
どちらにせよ断るつもりはなかった私は、「だったら……」とすぐに頷こうとしたが、その前にアルが口を開いた。
「神子の護衛なら、神殿騎士がするのでは?なぜ、街のギルドから護衛を募っているんですか?」
「良い質問だ。……君は神殿騎士について知っているんだね」
腕を組んで椅子の背もたれに体重をかけたナトリは一つ頷く。
「巡礼中は町から町に移動しながら国中を移動するから、長期間かかる。その間、神殿騎士が全員付きっ切りとなっては、本神殿の警備が手薄になってしまうだろう?だから、巡礼中の神子様の護衛は、神殿騎士数名と各町のギルドで補っている。信頼できる者にしか託せない仕事だ。本件についてはギルド側から人員を選ぶように通達が来ててね。僕は、君達なら問題ないと思ってる」
「神殿騎士って?」
「そのまま、神殿を守る専属騎士だ」
「へー」
やっぱり、こういう話しは知っている人に聞くのが早いな。
世界樹があるところに本神殿って言うのもあって、そこには神殿騎士と神子がいると。ふむふむ。
「それで、どうだ?やってくれるか?」
「うん、まあいいけど。アルは?」
「僕も、問題ないです」
「助かるよ。君たち以外にもこのギルドからあと1人派遣する予定だから、仲良くね」
ナトリから、そのもう一人の名前を聞いた私達は部屋を出て、早速ランチャーでその人物の情報を調べる、が。
「情報、載ってなくね」
ランチャーの画面を睨みつける。確かに名前検索をすると一人該当者が出て来るのだが、情報開示がされていなかったのだ。
「開示しないとかできるんだ」
「まあ、個人情報だしね。不特定多数の人に視られたくないって人も、一定数いるんじゃないかな」
「秘密主義の人か~。……ま、いっか」
『いいのか?』
「ギルド側が信頼してる人みたいだし。少なくとも双子パイセンよりはマシでしょ」
「そうだね。顔合わせできれば安心だけど、別にしなくても困ることはないし」
アルが頷く隣りで、検索窓に打ち込んだ「トム」と言う文字を見つめる。一体どんな人なのだろう。
「ただいまよ~」
家に帰ると、ギルはいないようだった。どこかに狩猟にでも行ってんのかな。
「お風呂入ろーっと。汗でべたべた」
「じゃあ、薪割っとくよ」
「え、ありがとう。フェレット貸そっか?」
「いや、何の役にも立たなそうだから、別に」
『事実だが何か腹立つな!』
フェレットと私が離れていられる範囲は百メートル弱。片方が家にいれば、その周辺を散歩するくらいの距離だったら離れていても支障はない。
アルに断られたのでフェレットと共に風呂に入る。体側の本能なのか、フェレットは私と一緒で風呂が好きだ。
「はあ~。やっぱ日本人、風呂だよね~」
『もうその日本人とやらではないだろ』
「精神の話しをしてんのー」
ブクブクと口元まで沈みながら、プカプカ浮いているフェレットに言い返す。……なんか、フェレットって言うよりラッコみたい。
「神子の護衛か~」
『やっと一歩だな』
「まあね」
世界樹関連の仕事にありつけたことは僥倖だった。さて、何か掴めれば良いんだけど。
「こんにちは~チセです。頭の上のこいつはフェレットです!今日から数日、よろっしゃっす!!」
『ちゃんと発音しろ』
「アルです。よろしくお願いします、トムさん」
護衛任務当日。私達が指定の宿屋に到着すると、そこにはすでにトムらしき男性が待っていた。彼はこちらをチラリと見て、無言で目礼する。前髪をオールバックに撫で上げ、鋭い三白眼はこちらを睨むように見ている。まるで警戒心の強い野良猫の様だ。
結局当日の顔合わせになってしまったけど、まぁ割とイメージ通り。むしろ、こういうタイプの方が気を遣わなくていいかもしれない。
トムから目を反らし、目の前の建物を見上げる。なんてことない、一般的な宿だ。大して豪華でもなく、絢美な感じでもない。神殿の神子って言うから、賓客みたいな扱いなのかと思ったが、そうでもないのだろうか。
言外の疑問に気付いたのか、近付いてきた一人の神殿騎士が声をかけて来た。
「テロを警戒してんのさ。神子を人質に取って身代金を請求しようと企む輩もいないとは限らないからな。多くの従業員が働いているようなところより、狭くて顔がすぐ割れる程度にしか人の出入りがない場所の方が警戒はしやすいだろ。――君達がギルドからの派遣要員だね。私は今回の巡礼で指揮を執っている神殿騎士のオーダンだ。よろしく頼むよ」
そう言って柔らかく笑う男の体躯は、その温柔そうな雰囲気に合わず、かなりガッシリとしていて大柄だった。背中には大剣を背負い、純白の騎士服を身に付けている。
「なっ……。まだ子供じゃないか」
「おい、口を慎め。彼等はギルドから最も信頼されている者達だ。敬う事はあっても蔑ろにすることは俺が許さん」
オーダンの声に反応してこちらを見た他の神殿騎士が、思わずと言った風に呟くと、オーダンがすかさず諫める。そしてこちらに申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまない。君達を軽んじているわけじゃないんだが、少しピリピリしていてな」
「道中、何かあったのか」
ずっと無言だったトムが、低い声で短く問う。オーダンはそれに苦い表情を浮かべた。
「ボンドの、闇魔法使いに襲われてな。大事はなかったが……」
「神子を狙った犯行、か」
オーダンの言葉にトムとアルが表情を硬くさせる横で、キョトンと瞬きをする。
「闇魔法使い?ボンド?」
首を傾げれば、三者の視線が一斉にこちらを向く。オーダンに至っては、「え、そんなことも知らないの?こいつ本当に大丈夫か?」と思っていることがバレバレである。顔に出るタイプだな、こいつ。
「あ、えっと。後で僕から説明しておきます」
「……あ、ああ。それじゃあ早速だが、神子様の所に挨拶へ行こう」
我に返ったオーダンの案内で、神子様のいる部屋の前まで上がった私達。オーダンが扉をノックすると、中から「はぁい」と女性の声が聞こえた。
中に入ると、椅子に座ってこちらを見ている少女と、その横に立つ女性騎士が一人。
「神子様。本日から彼等が護衛を担当いたしますので、顔見せに参りました」
オーダンの説明に、慣れたように一つ頷いた少女が静かにこちらを見て、若干目を見開いた。
「……驚いた。私より小さい護衛は初めてだ」
ハスキーな声が、純粋な驚きの声を上げる。その言葉は皮肉ではなく、呆気に取られて出てしまったと言う風で、まあ無理もないかと苦笑する。
私だって、総理大臣のSPに小学生がサングラスかけて立ってたら二度見――いや、五度見はする。SNSで確実に拡散される案件だ。
「アルです。まだ12歳ですが、ギルドではそれなりに依頼をこなしてきました。お力になれれば幸いです」
「ほう」
感心したように頷く少女――神子様が柔らかく微笑む。
「此度は私の護衛を受けてくれたこと、感謝する。頼りにしているぞ」
「……はい。精一杯務めさせていただきます」
アルが目礼しながら答えるのに合わせて、私もぺこりと頭を下げる。……アルって元々王子様だったんだよね。誰かに仕えることに抵抗って無いのかな。チラリとアルを見遣るが、その表情は涼し気で、不満の色は見えない。
「チセです。よろしくお願いします」
「……トムです」
「ああ、よろしく頼む」
顔合わせを済ませた私達は、一旦部屋を後にして打ち合わせをすることになった。
「神子様のスケジュールだが、今日は汚染地の浄化、明日は町長との会合に参加され、明後日の明朝に次の町へ出発される。君達の護衛期間は隣町に待機してる次のギルドの派遣要員に引き継ぐまでだ。今日の動きはこれから、明日明後日の対応については別途話そう。ここまでで質問は?」
「あの、すみません。神子様の移動手段は基本馬車になりますよね?僕達の移動手段はどうなりますか?」
顔の横に手を上げたアルの質問に、そう言えばとオーダンがこちらを見る。
「そうだな、基本は馬での移動になるが、乗れない奴は……」
元気よく挙手する私。手を上げたのは私だけだ。トムとアルは乗れるようだ。
「なるほど。では、移動中はトムとアルが馬上、チセは神子様と一緒の馬車で身辺警護をしてもらおう」
「! 了解です」
すかさず頷く。早速神子様に接近できるチャンスが巡って来た。腕に抱き直したフェレットと密かにアイコンタクトを取る。
しかし、アルは馬に乗れるのか。さすが王子様。
私も前世では馬術部の助っ人もしたことがあるし、一応経験では乗れるんだけど、この小さい体で馬を操れる自信は、正直あまりない。
「馬での移動って言うのも、ちょっと憧れるけどね~」
『精霊の加護があるお前なら、問題ないけどな』
「え、そうなの?」
「チセ、どうかしたか?」
「あ、嫌。なんでもないっす」
まあ、このチャンスを逃す手はない。わざわざ言い直すこともないだろう。
「それじゃあ、これから細かい打ち合わせをするぞ」
それから数時間、みっちりと私達は今回の護衛について打ち合わせをした後、宿内に宛がわれた自室へ戻った。この町を出発する明後日までは、私達もこの宿で寝泊まりしながら、昼夜交代制で神子様の部屋前と中とで警護をする。アルは早速当番で、オーダンに連れられて行ってしまった。私の順番は夜だから、まだ時間がある。
ちなみに部屋はギルド組の三人で一部屋だ。まあ、別に文句はない。
トムもどっか行っちゃったし、ひとまず食堂で腹ごしらえをすることにした私は、宿の1階に下り、配膳を待つ列に合流する。並んでいるのはほとんどが神殿騎士の制服を着た人達で、どうやらこの宿は神子様一行の貸し切りらしい。
列に加わった瞬間に周りの視線がこちらに突き刺さるのを感じる。一様に「ここに何で子供が……?」って表情でこっちをガン見している。
神子様の御目通しも大事だと思うが、仲間内にもギルド組の顔を知らせておくべきじゃないだろうか。摘まみだされたらどうしてくれる。
配膳係にも「え?子供?」と二度見されながらも、無事に食事をゲットした私は、キョロキョロと空いてる席を探す。
『エビくれ』
「いや、これエビパスタなんだけど。エビとったら、パスタしか残んないんだけど」
『文句を言うな』
「お前がな!」
頭の上から、蛇のようにニョロンと胴体を伸ばしてエビを狙うフェレットから、必死にトレーを遠ざけつつ、見つけた空席に座ると、隣りから声が降って来た。
「良かったら、エビやろうか?」
驚いて顔を上げれば、横に座っていたのはオーダンだった。
「いえいえ、お気になさらず!こいつ、別に食べなくても大丈夫なのに、他人様の物を狙うがめつい奴なんっすよ」
『隙あり!』
「ああー!私の、私のエビがぁああああ!」
「……エビ、やろうか?」
「……いただきます」
そっと差し出された皿から、一個だけエビを頂戴してパクリ。ううっ、美味しい……。
ガシッとフェレットの首根っこを机に固定し、オーダンの慈悲深さとエビの旨味を噛み締める。
「――あ、そう言えば私達の顔合わせ、騎士の皆さんにしなくて大丈夫ですか?すごい目で見られてるんですけど」
「ああ。それなんだが、これから明日の日程確認を全体で行うから、その時に紹介しよう」
一応時間は設けるつもりだったらしい。当たり前か。護衛任務なのに、知らん顔がウロチョロできたら問題だもんな。




