外遊び
拝啓、紳士淑女の皆さま。私は今日も元気です。そして、アルも元気モリモリです。
時は経ち、私とアルは10歳になった。
アルはチョウデンデンに襲われたあの日から、借りてきた猫のように大人しくなり、加えてどこに行くにも私の後を付いて回るようになった。猫と言うより、もはや犬。そんなアルが、正直可愛くて仕方ないです。敬具。
「アル~。いっくよ~!」
前方、約100m先、小さく見えるアルに向かって手を振って叫ぶ。それに大きく丸印を作って応えるアルが見える。はい、可愛いぃ~。
右足をザッと引いて、左足にグッと力を籠める。勢い余って、地面がバキッと割れた音を合図に、身体を前方に押し出した。ビュンッと耳元で音が鳴る。体感1秒、一瞬でアルの目の前まで来ると、そのまま浮いた右足を思いっきり回し蹴りへ持って行く。
それに対して、アルが水魔法で盾を発動させる。私が繰り出した蹴りの衝撃が、スライムのように弾力のある盾に吸収されて威力が半減以下になる。しかしそれでも、アルは後ろへ吹っ飛んだ。
慌てて手を突き出して、こちらも水クッションを出せば、そこにボスンと落ちたアルが目を瞬かせた。
「大丈夫?アル」
「うん……。姉さんのこの “水クッション” を参考に防御してみたんだけど、まだまだ精度は追い付いてないな……」
自分を受け止めた水クッションを見て複雑そうな表情をしたアルだったが、すぐに真剣な表情に変わる。
「詠唱なしでの発動にも結構慣れてきたけど、今のじゃ吹っ飛ばされちゃうし……」
「回転を加えてみたら?」
「回転?……そうか、水の渦か」
「そ。そしたら衝撃を吸収するだけじゃなくて、攻撃してきた奴を吹っ飛ばすこともできるかも」
「なるほどね。ありがとう姉さん、やってみる」
ニコリと笑うアルに、私の手がもぞもぞと動く。
『顔が変質者のソレだぞ』
近くの丸太に寝そべって様子を見守っていたフェレットがボソッと呟く。……失礼な、変質者じゃなくて “お姉ちゃん” ですぅ!
数日前、アルが「魔法の精度を上げたい」と、私に師事を求めてきた。どうやらアルは、水属性の魔法が使えるようだ。もちろん、上目遣いの「お願い」に即オッケー。
その代わり、私も新しい魔法や体術を試させてもらっている。ちなみに今のは、車の急発進をイメージした急加速からの、シンプルな回し蹴りである。
魔法はともかく、体術の練習を始めたのにはちゃんときっかけがある。
――あれは忘れもしない、アルが私の弟になって2年が過ぎた頃。
「何かお前――」
夕食時、珍しく、ギルがこちらをジッと見つめてくるので、え!なになに!ついに10歳になって私にも色気が……!?とか思ってたら、まさかの一言。
「太った?」
――私はこの日を「10歳の悲劇」と呼んでいる。
た、確かに?最近アルを眺めることにかまけて、あんまり動いてなかったと言うか?樹液の出る木を見つけてから、そこから採取できるシロップでお菓子作りに精が出て、ついつい食べ過ぎてしまった気がしなくもないと言うか?
……要するに、運動もせずに食べ過ぎた。
それから、私の猛特訓が始まった。毎日の走り込みから始まり、水泳、筋トレ、魔物との戦闘も全て魔法から体術に変えた。
ちなみにギルは、心の底から「太った」と言ったことを後悔しているようだった。なぜなら、私がそれから毎日ギルに「どう?痩せた?」と確認するようになったからだ。うざくて仕方ないとのことだが、発言の責任は取ってもらわなければ。ふんっ。
あ、そう言えば、魔物との戦闘を体術に変えてから気付いたことがある。それは妙に魔物が武道派と言うことだ。カンガルス(私が初遭遇した魔物。もちろん命名は私である)はボクサー並みのパンチに加えて柔道技を繰り出してくるし、ゴリラグマは相撲のような突進仕掛けて来るし、チョウデンデンもヘドロ弾みたいのを矢みたいに飛ばしてくるし――。
だから、魔物と対峙するうちに、そう言った動きも自然と取り入れて戦えるようになってきた。敵からでも学べることは学ぶべしってね。そういう適応能力は、前世から割と身についていたように思う。中学時代、いろんな部活の助っ人をやっていたから、周りから盗める技術は盗んで、短期間でそれなりに自分を使えるようにする技量には自信がある。おかげさまで、この数年で私は我流の武術教室を開けるんじゃないかってくらい、動けるようになった。
「アル~いっくよ~」
リトライ戦。再度距離を取った私は、もう一度先程と同じスタートダッシュポーズを取る。ダンッとエンジンマッハで飛び出して、アルの目の前まで来たところで、先程と同じ回し蹴り。しかしさっきとは違って、蹴りに重みを持たせるために、蹴る寸前足だけに再度エンジンをふかせるイメージを追加。アルが目を見張る。
そうして、蹴りが入る寸前、水の盾が出現。先程と違い、その表面は激しく渦巻いている。蹴りが盾に触れた瞬間、渦に足を絡め捕られ――、
「お?おぉおおおーっ!!」
グルンと体が一周したと思ったら、あらぬ方向に弾き飛ばされた。驚いたようにこちらを見るアルが逆さまに見える。空中で体を捻って、無事足から地面に着地して、すぐにアルのもとへ駆け寄る。
「アルすごい!!吹っ飛ばされちゃったよ!攻防両立型の盾なんて最強じゃん!!ってか今の楽しいからもう一回やって!」
「姉さんのおかげだよ。それにしても姉さんこそ、蹴りの速度が途中で加速するなんてすごいね。本当に、戦闘に関するセンスは天才的だと思う」
「えーっ、ちょっとやだなぁアルったら。褒め過ぎだよ~!」
『戦闘に関するセンスは、な。ネーミングセンスは壊滅的だぜ』
切り株に立て肘を付いて寝そべっているフェレットが、短い手でボリボリと腹を掻く。
「ガヤ、うるさいぞー」
「フェレット、なんて?」
不思議そうにアルが首を傾げる。
そう、最近判明した事実。何とフェレットの声は、私以外にはただの動物の鳴き声に聞こえるらしいのだ。てっきりギルとか分かっているもんだと思ってたから、分からないと言われた時の衝撃と言ったら。
つまり私は傍から見たら、動物と会話するちょっとイタイ奴に見えてたわけだ。
ちなみにアルには、フェレットが精霊であることは伝えてある。
「あ~、大したことじゃないから、うん。それより、そろそろ日が落ちちゃう!急ごう!!」
そう、私たちの今日のメインは戦闘訓練ではないのだ。
ずばり、お気に入りシリーズ第4弾!
訓練をしていた少し開けた場所から、徒歩で移動すること15分程度。
「到着~!」
「うわっ」
木々を掻き分けて進めば、突如として現れる高台の景色。下は断崖絶壁。視界は良好。遠くに見える街並みも、海の向こうにうっすら見える大陸も、その間に浮かぶ船も全てが見える。
「すごい……」
「でしょ~。目が良くなりそうな大パノラマだよね~」
「ぱの……?」
二人で崖っぷちに腰かけて、沈む夕日を眺める。真っ赤に燃える夕日が見たくて、この時間まで時間潰しをしていたのだ。今日は晴れているので最高に眺めが良い。
チラリと横を見れば、アルがぼんやりと海の向こう側を見つめていた。
「……アルは、何かやりたいことはあるの?」
「え」
虚を突かれたような表情でこちらを見るアル。静かにその碧眼を見つめれば、アルは遠くを見つめて、年齢に似合わず険しい表情で口を開いた。
「僕は、強くなりたい」
とても、決意の込められた言葉だった。
「もう二度と、大切なモノを失わないように。自分で守れるように」
アルの横顔が、夕日で燃えるように赤く染まる。
「僕は誰よりも強くなる」
その決意に満ちた表情が、とても眩しくて目を細める。
「――そっか」
……これは、本当に余計なお世話だったかもなぁ。
かつての自分達と比べてしまった。母親を飛行機事故で突然亡くし、病弱な父親は病院で入院中。静かな部屋の中で弟は毎日のように泣き、それに不安を募らせながらも必死に周りに虚勢を張っていた在りし日の自分。
アルを助ければ、あの時の私達が――いや、私が。救われる気がしたのかもしれない。アルをここに留めたのは、完全に自己満足だ。だからこそ、最後まで責任は持つつもりだった。
だけど、たった数日でアルは前を向けるようになっている。
「お姉ちゃん、安心したよ」
空に向かって微笑む。うん、本当に、安心した。
夕日も沈み、二人して帰る道中。
「ん?」
スンッと鼻を鳴らす。何だろう、何か……。
「焦げ臭くない?」
「うん、何か燃えてるね」
アルも警戒したように周りを見回している。
「フェレット、何か分かる?」
『魔物の気配がするな。移動速度が速い……。もう近いな』
「姉さん、あれ!」
アルが、揺れる茂みを指差す。目を凝らして見てみると、何だか様子がおかしい。周りの草花がまるで燃えたように、萎れて崩れていく。そして茂みを揺らして現れたのは――……。
「なになにあれ!!」
「姉さん、テンション上げるとこじゃないよ……」
半目でこちらを見るアルの横で、身を乗り出す私。
木々を焦がしながら現れたのは、顔の周りが炎のエリマキトカゲだった。初めて見る、つまり新種の魔物!
「ここはシンプルに炎マキトカゲと名付けよう」
「名付けてる場合じゃないって、姉さん!」
慌てた風に魔物から距離を取ろうとするアルを捕まえる。
「まあ待ちたまえ、アル君。折角だし実践といこうじゃないか」
「え!?まさか――」
引き攣った表情でこちらを窺うアルに、満面の笑みを返す。
「大丈夫!見た感じ火属性だし、水属性との相性は抜群!私もフォローするから!」
「いやいやいや!!無理だよ!上級の魔物だよ!?最低でも、上級魔術士2人以上と騎士団がまとまってやっと倒すような相手だから」
「え、そうなの。そんなに強いの、こいつ」
「いや、この魔物に限らず、そもそもこの森にいる魔物全部強いんだけど……」
半目でこちらを見遣るアルは、何やら言いたげだ。なんだ、反抗期か?
言い合いながらひとまず逃げてはいるが、エンマキトカゲはやはり追いかけて来る。しかも、見間違いじゃなければ手に何か持ってる。
「あれ?……まさか、こいつ!!」
不意に、エンマキトカゲがその手に持っているモノを構え、ビュンッとこちらに投げてきた!
「アル!水の盾だ!」
「っ!」
アルが、私達とエンマキトカゲの間に水の盾を顕現させる。エンマキトカゲが投げた物は、水の盾に触れた瞬間、ジュワッと音を立てて霧散した。
エンマキトカゲを見れば、さらに両手に同じものを構えていた。揺らめく炎の剣だ。今までの魔物に比べ、魔法らしい技を使って来る。しかも、その速度が速い。
いや、それより。察するに、このエンマキトカゲは剣道ができる!
「剣技を盗むチャンス!アル、また炎攻撃が来たら今みたいに凌いで!フェレットはアルのところにいて!」
フェレットがアルの肩に飛び乗ったのを確認してから、見様見真似で、自分の手にも炎の剣を顕現させる。しかし握ろうとすると熱い。コンマ数秒考えて、傘の時のように手の部分だけを膜で包むイメージでコーティングする。握り直せば、若干熱いが大丈夫、いける。
「えっ、姉さん!?」
エンジンブーストMAXで、一気にエンマキトカゲの間合いまで踏み込み、適当に炎の剣を振るう。すると案外機敏な動きで避けられた。しかも、口から火炎放射しやがった。咄嗟に体を捻って避ける。間一髪だ。
すごい!この魔物、強い。動きも早い。応用も効く。
「いいね」
また火炎放射しようと、口を開こうとするエンマキトカゲの脳天へ、かかと落としをお見舞いする。
純粋に剣技だけで勝負がしたい。正直魔法を使われると面倒だ。口を開けないように、光の縄で口元をグルグル巻きにする。すると、すぐに両手に炎の剣を出現させて、反撃してきた。対応も早い。
繰り出される剣の攻撃をひたすら避ける。エンマキトカゲの足捌きから身の振り方、視線の動きまで全てを観察し、動きのパターンを感覚的に掴む。掴んだら、ここが肝心。やってみる。
「こうですかっ、ね?」
エンマキトカゲの姿勢の低い構えを真似して、剣を振りかぶった瞬間を狙ってその懐に飛び込み、躊躇なく剣を一気に横へ振るう。あ、避けられた。
「うーん、どうしても剣に重みが乗らないし、振り切るのが遅いな」
エンマキトカゲの連撃を避けながら、思考を巡らす。つまり、変速回し蹴り(今名付けた)の応用だ。常に剣を振るう時にブーストさせればいい。そうすれば重みが無くとも切れ味は増す。触れる面積はなるべく細く細く細く……。炎の形が私の想像する形へ変形していく。イメージは包丁。切っ先は鋭く、日本刀のようにあんまり長くても使い勝手が悪い。でもナイフよりは長く。この間合いで届く範囲の得物を、創り上げる。
「っ」
間合いに踏み込み、ブースト。一気に横へ振りぬく!
すると、確かな手応えと共に、
「ンギャァァアアアッ!!」
エンマキトカゲが断末魔を上げた。同時に緑色の液体が飛び散る。これは、血液か?
ヨロヨロとこちらから距離を取ろうとするエンマキトカゲを見つめる。私は炎の剣を消して、右手を向ける。
「付き合ってくれてありがとう」
次の瞬間、エンマキトカゲの襟巻の炎が真っ黒に燃え上がり、やがてその全身を包んで全てを焼き尽くして消えた。――浄化完了。
辺りに静寂が訪れた。自分の呼吸音が煩い。剣術って結構体力使う。全身を使うのだ。やはり部活の剣道とは訳が違うな。
と、そこでアルのことを思い出し慌てて振り返る。
「アル!無事――……。アル?」
振り返れば、アルは静かに下を向いて突っ立っていた。地面を見つめたまま動かない。不思議に思って近づき、その肩に手を伸ばした時だった。
「うわっ」
その手が肩に触れる前に、アルが飛びつくように抱き着いて来た。手が行き場を失って彷徨い、頭の理解が追い付かずに、地面に降りていたフェレットと視線を合わせる。
「え、これって合法?」
『その発言が既にアウトだ』
「姉さんっ、姉さんっ……姉さんっ!!」
「あ、アル君?ど、どうなされた?」
戸惑う私に、さらにアルはしがみつく力を強める。
「こ、怖かった」
震える声で、若干の涙声で呟かれた言葉にハッとする。慌ててその小さな体をギュッと抱き締める。
「姉さんが戦っている時、姉さんが死んじゃったらどうしようって、またあの時みたいに……っ!!」
怒っているような、泣いているような声だった。
ああ、失敗した。家族を失った時のトラウマを刺激してしまったのだろう。完全にやらかした。
自分勝手に飛び出した結果がこれだ。「思い立ったら即行動」というモットーも時として徒となるって、前世の死際で学んだだろ。私のバカ。
「ごめんアル。私、その、チャンスだと思って……」
「意味わかんないっ、理由になってないっ!」
「はい……」
「悔しい……。また何もできなかった。逃げようとした。強くなりたいと思ったのにっ!」
グズグズと鼻を鳴らしながら、悔しいと繰り返すアルの頭を撫でる。すると、もっと撫でろと言う風にグイグイ頭をこすりつけてきた。ぐっ、か、可愛い!
でもそっか。思い返せば魔物との特訓は、いつもギルから頼まれたお遣い(山菜取り)の帰り道にしてた。その時間、アルはギルの料理を手伝うためいなかったし、アルといる時に遭遇した魔物は一瞬で浄化してしまってたから、実際に私がこうして魔物と闘うのを見るのは初めてだったんだ。いきなり目の前で武力行使の戦闘が始まったら、そりゃあびっくりするよな……。
「――反省してるの」
「してまっす!」
涙目プラス上目遣いで、とどめの拗ねた言い方に鼻血が出るかと思った。思わず鼻を押さえながら、首が引きちぎれるくらいガクガク頷いて見せる。
「次は僕も闘う。無理なんて、もう言わない」
「う、うん」
「だから、外行く時は僕も連れてって」
「うん?」
いつもついて来てるよね?と首を傾げた私だったが、それを肯定と受け取ったアルがふわりと浮かべた微笑みに見惚れて、すぐどうでも良くなった。
『お前、本当に身内に甘いっつーか、盲目と言うか――』
呆れたようなフェレットの呟きが、すっかり日の落ちた森に響くことなく消えた。
そして、それからというもの。
「姉さん」
後ろからいきなり呼びかけられて、ビクッと肩が跳ねる。後ろを振り向けば、今日も麗しいエンジェルスマイルを浮かべたアルが立っている。
「お出かけ?今日は特に出かける予定ないって言ってたよね?」
「あ、うん。ギルに野菜取って来いって言われたから……。ほんと、すぐそこ。庭の畑に取りに行くだけ――」
「じゃあ僕も行っていい?」
「い、いいけど……」
嬉しそうに、準備して来る!と自分の部屋へ向かうアルを見送り、私は頭に乗っているフェレットに話しかける。
「ねえ、フェレットさんや」
『あ?』
「なんか、アルに監視されてる気がするんだけど、気のせい?」
『お前のヤバさにやっと気づいたんだろ』
「……どゆこと?」
お待たせ~とパタパタ降りて来るアルが笑顔で駆け寄って来る。あれ、おかしいな。アルに子犬の耳と尻尾が見える。
「ま、可愛いからいっか~」
「? 何が?」
「こっちの話し」
アルの頭を撫で破顔する私に、フェレットが呆れたように溜息を吐いたのは言うまでもない。
こうして愛しの弟君は、借りてきた猫から、立派な子犬へと順調に成長を遂げたのだった。




