3.レイ 02
こんにちは、葵枝燕でございます。
『きみとてをつなぐ』、久々の更新でお待たせしました。第三話でございます。
今回の語り手は、前回予告したとおり、レイちゃんです。
それでは、第三話開幕です。
降り続く雨は、私を覆い隠していくかのようだった。ずぶ濡れになるほどでもなく、しとしとと降り続くだけの、弱々しいくせに絶え間ない。それがかえって、私は独りなのだと思わせてしまう。これを望んだのは、私自身だというにも関わらずだ。
目の前を行き交うのは、私が知らない、私を知らない人々だった。傘を差して、その中で微笑みを交わす彼らは、無関係の私から見ても幸福そうで、羨ましかった。それでも、目の前の光景は私には赦されないものに違いないのだ。
みんなを殺して、父親代わりになってくれた人も殺して、もう数日が過ぎていた。それは同時に、ハギラを孤独にしてしまった月日でもある。赦されないことをしたのは確かに私自身で、逃げるなんて間違っているとわかるのに、それでも私は逃げ出したのだ。「殺したければ、そうしたって構わない」という言葉だけを置いて、彼の前から消えることがいい方法だと思えたのだ。今となっては、それが余計にハギラを傷つけている気がしてならないけれど。
ハギラが、どこまでも優しい男だと知っていた。彼を孤独にして苦しめているはずなのに、後悔などしていない――こんな私を知ってなお、ハギラはきっと赦そうとするのだろう。受け入れてくれるのだろう。人相は悪いのかもしれないが、彼が私を愛おしく思っているのはわかっている。今まで家族として接してくれたからこそ、私を信じようとしてくれるだろう。だからこそ、憎もうともしないのだろうことも感じている。
殺してほしかった。私という存在を、なかったことにしてほしかった。赦しなどいらない。望んでなどいない。その行為が間違っていると知っている。憎んで、恨んで、呪って、蔑んで、罵って、そうして私を壊してほしかった。そうしていい資格が、ハギラにはあるのだ。彼になら、殺されてもいいのに……。
――殺セ。目ノ前ノ全テヲ、破壊セヨ。
脳内で、暗い命令が響き始める。それは、家族を殺して逃げ出した日と同じように、私を静かに蝕んでいこうとしていた。耳を覆っても消えない声は、冷ややかで残酷だ。逆らおうということを、やがて私は放棄するだろう。
――殺セ、殺セ、殺セ。壊セ、壊セ、壊セ。全テヲ棄テテ、コノ声ダケニ身ヲ任セヨ。
ゆっくりと、私が主導権を握っていたものが奪われていく。感情は消え、身体の自由は利かなくなる。徐々に私は、どうしようもない破壊衝動のみに突き動かされる。暗い声に身体を預けてしまう。目覚めた直後に、目の前の惨状から目を逸らすのはわかっているのに。
残酷な赤い色は、壁に、地に、私の心身に、こびり付いて剥がれない。私は雨上がりの晴れ空を見上げた。凄惨な現状と矛盾した、綺麗な青空が拡がっている。
「ごめんなさい……」
謝罪の言葉を述べるくらいなら、あの言葉に耳を貸すべきではなかった。それでも声に従ったのは、私自身がこれを望んだからなのだろうか。人々の幸せを壊して、恐怖に塗り潰して――何も得るものはないはずなのに。失うものばかりのはずなのに。失わせるばかりの行為なのに。
なのに何故、高揚していくのだろう。詫びる言葉と裏腹に、何も感じていないのだろう。
――コレガ、オ前ノ存在意義ダ。本当ハ、ワカッテイルノダロウ?
殺すこと。他人の命をこの手で奪い取ること。それが私の役目なら、私はきっと何度でも同じことを繰り返すのだろう。その行為に痛みを感じないのなら、これが私の存在意義なのだろう。
――感情ナド棄テロ。オ前ニハ、必要ノナイモノナノダカラ。
「そうだね」
こんなものがあるから、手離したはずのものを思い続けてしまうのだろう。でもその手放したものが、愛しいものであることも変わらないのだ。
ねえ、ハギラ。私がまだ人でいられるうちに、私を殺してくれないかな。このままじゃ私、人じゃない何かになってしまうから。ハギラの手で、私を壊してくれないかな。
「ねえ、私を消してくれないかな……?」
届かない願いを、彼は叶えてくれるだろうか。血に塗れ、後戻りすることもやり直すこともできないほどに手を汚してきた。こんな咎人の私を、救ってくれるだろうか。
晴れ渡った空は残酷に、死を望む私と死した人々を見下ろていた。
『きみとてをつなぐ』第三話、今回はレイちゃんが主役です。
どんどん罪を重ねていくレイちゃん。彼女の望みは叶うのでしょうか。ただただ「ハギラに殺されること」のみを願う彼女に、ハギラさんは応えてくれるでしょうか。しかし、これ以上殺したくないから殺してほしいというのは、ちょっと身勝手かもしれないな、なんて思っています。現実から逃げているだけにも思えますからね。
ま、それはさておき。
次回の第四話では再びハギラさん目線でお送りいたします。
ですが、新キャラ出したいですね、そろそろ。色々ストックしてあるんですよ、キャラは。いつまでもレイちゃんとハギラさんばっかりだと作者も飽きちゃいます(おいっ!)。あ、でもちゃんと、私なりに愛しているつもりですよ。じゃないと、十年くらい前に構想を練っていた作品をもう一度書き起こそうとか思わないはずですから。私の中できっと大きな存在なのだと思っています。
というわけで、よろしければ次話以降も読んでいただけると嬉しいです。