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即興小説

なんてことない、

作者: 音海佐弥

「即興小説」で執筆した作品です。

2015/10/18 お題:彼と悲劇 制限時間:15分

「ついてねえなあ」

 そういって先輩は、はあ、と大きなため息をついた。そして片目を開いてぼくの方を見てくる。「悩みがあるから聞いてほしい」というときの、先輩独特の合図だ。またか、とぼくは億劫になりながらも、「どうしたんですか」と言葉を返す。

「ついてねえ、ってアレだぞ、おれの股間のタマタマが付いてねえって話じゃねえぞ」

「知ってますよ」

 聞いて損した、と今度はぼくがため息をつく。それを見て、可笑しそうに先輩はけらけら笑った。

「ごめんごめん。実は今朝、財布を落としちゃってさ」

「またですか」

「昼食代、貸してくれないかなあ」

 先輩はいわゆる「ついてない人」だ。財布を落としたのは今回ばかりでない。ぼくは先輩の数々の不運エピソードを思い出しながら、自分の財布から定食代の小銭を先輩に渡した。

「ほんとについてないですね」

「なんだ? お前の金玉がか?」

「それはもういいですよ!」

 ぼくと先輩は食券を買い、食堂のカウンターに並んだ。

「それにしても、人生は悲劇の連続だなあ」先輩は出された定食のマヨネーズに一味を振りかけながら言った。「太宰の『人間失格』で、人生は喜劇か悲劇かみたいな話があったが、おれは断然『悲劇』だと思うなあ。嗚呼、人生はトラジェディ! 大悲劇名詞! なあ、お前はどう思う?」

 ぼくはかけうどん(並)を食堂のおばちゃんから受け取る。給料日前なので、ここ数日慎ましい食生活が続いている。先輩から受け取った一味をかけようとすると、蓋がゆるんでいたのか、外れて大量の一味がぼくのかけうどん(並)にかかってしまった。

「うわっ! ……もう、ついてないなあ」

「お前の金玉がか?」

 ちがいますよ、とぼくはすぐさま突っ込みを入れた。ぼくと先輩は、そうやってけらけら笑いながら昼食を食べた。明日もあさっても、そうやって日々が過ぎていく。悲劇の連続の人生でも、そんななんてことない話題で笑える毎日が続けばいい。

 人生は悲劇名詞だ。でも考え方一つで喜劇名詞にもなる。

 ぼくは激辛うどんをすすりながら、そんな風に思った。

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