water cycle
おそらく意味がわからない内容になっております。完全に説明不足な短編です。
それでもお読みくださる方がいらっしゃれば嬉しいです。
後書きにわたしの勝手な解釈に基づいた解説を載せておきます。よろしければお読みください。
ある場所に、真っ白な少年が居ました。
髪も肌も睫毛も白い、まさに真っ白な少年です。
しかしその目だけは青で、白ではありませんでした。
少年は、たったひとりの家族である少女が好きだと言ってくれた、その目が好きでした。
少女と出逢ったのは、少年がこの場所に来たときでした。
知らない場所にひとりで居たふたりは、お互いに一番近くに居たこともあり、すぐに打ち解けました。それ以来、ふたりは家族のようにずっと一緒に居ました。
けれど少女が居なくなって、少年は独りになりました。
人間たちは少年を疎み、彼を遠ざけました。
少年は、記憶の中の少女に縋りました。
「ねぇ、どうして独りで行ってしまったの。どうして僕も一緒に連れて行ってくれなかったの。…僕を、独りにしないで」
そんな少年を、人間たちは知ろうともしません。
ついには、少女が好きだと言った、少年の目をもけなしました。
少年は、我を忘れて彼らに殴りかかりました。大好きな少女を、否定された気がしたのです。
その日から少年は、自分を上手く制御することができなくなって、暴力ばかり振るってしまうようになりました。
3日前は物たちを壊しました。
2日前は動植物たちを巻き込みました。
昨日は、人間たちに怪我をさせました。
少年は、ただただ暴れることしかできませんでした。
何故なのか、少年にもわかりません。それすらも、悲しくて仕方ありませんでした。
本当は、みんなを傷つけたくないのに。
本当は、みんなと仲良くしたいのに。
どこまでも優しく少年を愛した少女は、彼に言いました。
“見返りを求めず、心からすべてを愛することが、しあわせの近道だ”と。
今、少年は孤独です。けれど、愛されることのぬくもりを良く知っています。今は居ない少女が、彼を優しく愛してくれていたからです。
そんな少年が、自ら進んで周りを傷つけようとするはずがありません。
そう。少年は誰よりも優しく、すべてを愛しているのです。本当は、みんなを傷つけたくなんかないのです。みんなと仲良くなりたいのです。
それでも、少年の身体は言うことを聞いてはくれません。
少年が近づけば近づくほど、みんなは少年を恐れ、みんなの心は彼から離れていきます。
少年は悲しくて悲しくて堪りません。みんなの背中を追いかけようとしますが、空回るばかりです。
少年はとうとう、足掻くことに疲れました。心優しい少年の愛は悲しみを、悲しみは虚無を生んだだけでした。
少年は、希望に、愛に、少女に、縋るのをやめました。
それでみんなを傷つけずに済むのなら、と、少年は心を押し殺し、ただ流れに身を任せるようになりました。
その日から、少年を蝕んでいた暴力がぴたりとやみました。
安寧と共にやってきた孤独は、少年にとってとても楽で、悲しいものでした。
みんなを傷つけはしないけれど、近づいても来ません。
それでも、少年はみんなを愛していました。
みんなが少年を嫌って避けても、彼を悪く言っても、彼を見捨てても。少年は、みんなを愛し続けました。
少年は、その青い目を閉ざしました。
少女と出逢った日のことを、彼女と過ごした日々を、思い出していました。
初めて逢った日、少女は少年に笑いかけてくれました。それが、凍えきった少年の心をどれだけ救ったか、彼女は知っていたのでしょうか。
ふたりはいつも、手を繋いで寄り添いあっていました。ふたりは、そうすることしか知りませんでした。
ふたりはたくさんの景色を見ました。
たとえば、群れで飛んでいく渡り鳥たち。どこへ向かうのだろうか、と見守りました。
その鳥たちが向かう先を、ふたりが知ることはありませんでした。
たとえば、散っていく花たち。次はいつ咲くのだろうか、と泣きました。
その花たちが咲く姿を、ふたりが再び見ることはありませんでした。
たとえば、降りゆく雨たち。僕らはどうなるのだろうか、と繋いだ手に力をこめました。
その行く末を、少年は今もまだ知りません。
ふたりで笑い、ふたりで景色を見て、ふたりで歩きました。
訪れた別れの日。それは突然でした。
別れを予感し、嫌だ嫌だと首を横に振る少年を、少女はゆっくりと抱き寄せました。
そして、大丈夫、大丈夫、と繰り返しました。
『また、逢えるよ』
君が来るのを、ずっと待ってる。
だから、早く来てね。
そう言って、少女は少年の青い目を見つめました。わたしの大好きな色だ、と彼女はその目を柔らかく細め、震える声で呟きました。
少女は静かに少年の手を離し、あの日と同じように笑いました。他の誰でもない、少年のために。
やがて、少女は優しい声で言いました。
『…愛してる』
少年は、閉ざした目をそっと開きました。
そして、居なくなってしまった少女に問いかけました。
「ねぇ。こんなにもつらい思いをするのなら、君に出逢いたくなかったよ。どうして、僕を愛したりなんかしたの?どうして、」
愛されることが当たり前じゃないと、教えてくれなかったの。
少年が苦んでいるのは、愛を知ってしまったから。少女が少年を愛さなければ、愛することも、その苦しみも、知らずに居られただろうに。
心など、持たずに居られただろうに。
それでも、これほどまでに苦しんでもなお、いえ、苦しんでこそ、少年は少女を嫌うことなどできません。その事実が、少年の心を強く締めつけました。
なにかが一筋、少年の頬を伝いました。少年は初めて泣いたのです。
彼は、その目から溢れ出るものの名前を知りません。
何でも知っていた少女はそれの名前を教えてはくれませんでした。少年は、涙を流したことが一度もなかったからです。
少女が居なくなった日。あんなにも悲しかったあの日でさえも。
少年は、おそるおそる涙に触れました。
初めて触れる涙は、あたたかくてつめたいものでした。
指を濡らしたそれは透明でした。けれど、少年の目が映したのは“青”でした。
舌先でそっと触れてみると、しょっぱい味がしました。
少年は、少女と一緒に見た青い海を思い出しました。そのときの少女の言葉を、少年は呟きました。
「…海は、空を映しているから青い」
だから本当の海は透明で、そこに在ってそこには無いのだ、と少女は少年に教えてくれました。それは、少女が居なくなる前の日のことでした。
ああ、僕らは海なんだ。少年はそう思いました。
いつか、少女が話してくれたことを思い出したのです。
『わたしたちは、本当は他の場所で生まれたんだよ』
『じゃあ、どこで生まれたの?僕らはそのときから一緒だった?』
少女は困ったように微笑んだ。
『…それは、自分で思い出して?』
そのとき、少年は何も覚えていませんでした。だから、今の今まで忘れていたのです。
少女と少年は、海で出逢っていたことを。
ふたりは、あの場所で出逢う前からずっと一緒だったことを。
「…答えはずっと、僕らの中に在ったんだね」
少年は、どこかで彼を待っている少女に言いました。
少年の身体は、自然とどこかへ向かっていました。
そうして辿り着いたのは海でした。
やはり、僕らは海なんだ。広い広い、海の一部。
少年は、海の水に足を浸しました。
どくん、と心臓が心地好く波打ち、身体の中をなにかがめぐるのを感じました。
海の中に身体を沈めていきながら、少年は、まるで夢のような旅をしていたことを思い出しました。ながい、ながい旅を。
ふと、誰かの優しい声が聞こえました。何も変わらない、少年の大好きな声でした。
『おかえりなさい』
「…ただいま」
少年は、青の双眸を柔らかく細めました。優しい光が、少年を包み込みます。
少年は久しぶりに、少女が居た頃のように笑いました。
誰かがこちらに両手を伸ばすのがわかりました。抱きしめるために広げられたあたたかなそれを、少年は知っています。
少年はしあわせそうに笑って両手に応え、光に溶けていきました。青い鳥も、少年と共に消えていきました。
少年は、海の一部に戻ってもなお、その姿のままで少年の帰りを待ち続けてくれた少女に、すべて話そうと思いました。
少年の、心と共に。
少年は、少女と出逢ったことも苦しみもがいたことも、少女やみんなを愛したこともすべて、それで良かったのだと思いました。
苦しみの中でも、いつも傍に海があったことを、光と共に思い出したから。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。以下、わたしの勝手な解釈に基づいた解説となっております。よろしければこのままお進みください。
この短編は、タイトルにもなっております「水循環(water cycle)」を題材にしています。
「水循環」とは、大まかに表しますと、「地球上の水が蒸発→凝結→雲の形成→降水→地中に浸透もしくは川の水とともに流れる→海へ出る」という、継続的な水の循環のことをさします。わたしも専門家ではございませんので、間違った解釈をしている恐れがあります。鵜呑みにはしないでください。
この短編では、少年と少女は海の水です。それを人間のように扱ったことでややこしいことになってしまったわけです。申し訳ございません。
わたしの中では少年は台風になっていますが、ただの嵐でも豪雨でもありだと思っていますので、そこは読んでくださった皆様のご想像にお任せしたいと思っています。
不可解な点が数多くあることは承知しております。なにかご質問等あれば感想などに載せていただければお答えします。
また、感想、アドバイス等ありましたら、聞かせてください。どうぞよろしくお願いします。
長々と失礼いたしました。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。