参話 早朝[3]
「――――彼も入学したみたいよ」
そうユカに話す時、スノウの表情がかわった。
大人が、誰かに出し抜かれたときの様な、情けなさと怒りの表情。
「彼って…………まさか?!」
「ええ……闇ギルド“煽動機関”、マスター“黒狐”」
黒・狐――――!
怨めしいその呼び名が、ユカのトラウマを掘り返す。
「どういうこと………黒狐は顔や名前すら“正体不明”な人物でしょ?」
「嘗められてるのよ………私達が探してるのを知っていて、ご丁寧に手紙を送ってきたわ」
そう言って、スノウは一通の書簡を差し出した。
狐と杯を模した煽動機関の紋章。
スノウとユカ宛の祝いの言葉と自身の入学の事が書かれていた。
「………学院はこの事は?」
「知らないでしょうね」
スノウは、感情を押し殺し淡々と告げる。
「それに、この事を話せば疑われるのは間違いなく私達よ、ユカ!」
「……………どうせ、初めから二人。当てになんかしてないよ」
そう絞り出した答えに、スノウは何も言えなかった。
「………敵の情けか、遊び心かそんなことは解らないが!
敵の尻尾が見えたのは間違いない!これは一歩よね?」
「――――そうね」
スノウは頷く。
「その尻尾を掴んで、引き摺り出してあげましょ。
それと、ユカ…間違えてるわ」
「……………?」
「二人じゃないわ、ねぇ……ヴァン!」
そう言い、ユカの背後に目を向ける。
「ソウダ、ワタシ モ イルゾ!」
「ヴァン!」
黒いふさふさの犬がユカの側まできた。
彼はヴァン、学院には隷魔として登録されている。
スノウの相棒兼ペットだ。
どうやら、学院の見回りは終わったらしい。
すぐにでも抱きつき、全力でもふもふしたい―――衝動にかられるが、それは出来ない。
公の場でその様な行動をしていい立場には、ない。
いつの間にか張り詰めた空気が霧散していた。
「ヒサシブリ、ダナ、ユカ」
「久しぶりね、元気だった?」
「……………三日よ、貴女達」
ヴァンの頭を撫でながら、ユカは光悦とした表情をする。
スノウは多少呆れ、苦笑しながら眺めていた。
学院の広場での、ヴァンとの戯れを終え、備えられたベンチに腰を据えてスノウと話していた。
ふと、スノウが腕時計をみた。
見た目は殆ど前世と同じ物。
ただ、これは魔力で動く“魔法具”だ。
「8時22分ね………そろそろ式場にいきましょ」
9時から始まる入学式には、確かに丁度いい時間だともいえる。
スノウは立ち上がりスカートをはたく。
下品には見えない、むしろ優雅だ。
その際、風が彼女の薄桜の髪を撫で、ユカの鼻へ仄かに甘い香りを運んでくる。
これは人間じゃなくて、天使なのでは、とユカは本気で馬鹿な事を考えてしまう。
「……………」
「……どうしたのユカ?」
首を傾げ、宝石の様な碧眼にユカを写し、顔を近付けてきた。
ユカは確信した、この子は皆に愛でられる為に生まれてきたのだ、と。
「スノウって、本当に可愛いね♪」
「っな?!」
顔を紅くし、慌てて後ずさる。
肌が白いから、紅くなってるのが凄いわかる。
こうなると苛めたくなると、ユカは小悪魔な笑みを見せた。
立ち上がると、スノウの前まで行き、彼女の顎に指をなぞる。
「僕と遊ばないか、仔猫ちゃん?」
「ば、ばば馬鹿な事、い言ってないで早くいくわよ!」
少しふざけ過ぎたのか、拗ねてしまったようだ。
頬が栗鼠の様に膨らんでいる。
その姿も唆るのだが、これ以上やると怒りそうなので、誂うのをやめることにした。
「ふふ、ごめんねスノウ♪」
「全然、心が籠ってない………」
膨らむ頬を人差し指でつつく。
「―――ぷしゅ~」
「ちゃんと籠めてるよスノウ」
「……………はぁ、もういいわ。
それより、早く式場に行って、席を確保しましょ」
そう言って、スノウは手を再び差し出す。
ユカがその手を掴むと、曇りのない笑顔をみせてくれた。
―――――――――――――――◆
学院は森に囲まれている。
サイモン・ロドリューは、学院の城壁の外の森のなか、一人木にもたれ掛かっていた。
結論から言って、サイモンの精神力は限界であった。
3年間耐え続けてきた、苦痛と飢餓は、日に日に増すばかり。
肉体も既に壊れかけていた。
ブロンドの髪は何故か黒く染まり、服に隠された肌には黒い罅が走っている。
「……っガハァ――」
気持ち悪く吐いた血は黒く変色していた。
気を抜けば、すぐにでも飢餓に呑まれ、理性を失うだろう。
3年間サイモンの身体を侵食してきた“黒血”は、彼に膨大な魔力をもたらしているのも事実である。
お蔭でこの学院にいる新入生の、第五位として入学できた。
だが彼に“黒血”を注いだ義父――ケイディ・ロドリューは既にサイモンを見限っていた。
ケイディの見立てでは、あと一ヶ月もすれば黒血に呑まれ、精神も身体も破壊されるという。
「あと少しだ………っはぁはぁ……
もう少しだけ持ってくれよ」
彼も一ヶ月後に控える、“学年別魔術対抗戦”まで保ってくれれば充分だった。
「…………辛いだろうサイモン」
突如、木陰から赤く光る目の少年が現れた。
瞳以外に何の特徴もない、平凡な少年だ。
「……っさま、誰だ?」
「私は、ドニー・ポット、君と同じ新入生さ」
「何故、俺の名前を、知っている?!」
「……そんなことよりサイモン、魔力か何かが暴走してるんじゃないの?」
「どうしてそれを?!」
「視ればわかるさ」
ドニーと名乗った少年は、終始不気味な笑顔を張り付けている。
サイモンは苦痛が絶頂を向かえ、それに気づかない。
少年はポケットからナニかを取り出した。
「これをサイモン、君にあげよう」
「はぁっはぁ………ネックレス?」
紫の丸い石のみが下げられた、シンプルなネックレス。
「これを付けとけば、君の魔力の暴走を停めとくことが出来る」
「そんな、都合のいいもんがあるわ……ガハァっ!」
サイモンはまた、血反吐を撒き散らす。
何故かドニーは避けなかった、それに黒い血反吐が服にかかってるのに気にした様子もなかった。
それどころか俯くサイモンの首にネックレスを勝手に掛ける。
「――――何すんだよ?!」
「ネックレスを掛けてあげただけだよ」
「余計な事―――?!」
「―――どうだい、暴走は止まってるだろ」
「………ほんとに止まってる?!」
あれほど苦しめられたモノが、全て無くなっている。
信じられないものを見る目でドニーをみた。
「ただ、一ヶ月くらいしかもたないんだよ。
私に出来るのはこれくらいだよ!」
「いや、それで充分だ。
ドニー、ありがとう感謝する。
御礼に何を望む?」
「御礼なんかいらないさ……
ただ、試合で愉しいものを観させてもらえれば、それでいいさ♪」




