ひげきのヒロイン
風邪ですね。
司以上のハゲで白髪の医者はそう告げた。
処方された薬を服用していれば長くても一週間で治ると言っていた、いや、ほざいていたが、全く治る気配がなかった。
声を失うということは、他人が感じるより、あたしには重く圧し掛かった。
あたしには「言葉」しかない。
文才なんてこれっぽっちもないあたしには「話す」ことでしか「言葉」を扱えない。
「言葉」はあたしのすべて。
あたしの源。力。象徴。技。そしてあたし自身。
「言葉」でしか自分を表現する方法を知らない。自分を残せない。伝えられない。
「言葉」を失ったあたしに、一体何が残っているというのだろう。
こんなこと今まで考えたことがなかった。
そういう難病奇病不運な事故というものは自分には一切関係なく、テレビの向こう側やドラマ、ケータイ小説のなかであっているもので、自分にふりかかるとは夢にも思わなかった。
そして、もう一つ、それはあたしの大事な部分に襲い掛かった。
あたしには夢がある。
誰にも言ったことがない、心の奥底に秘めている夢。
歌手に、自分で作詞作曲するシンガーソングライターに、なりたかった。
あたしは歌うことが好きだ。大好きだ。
小さい頃からところ構わず歌い続け、親戚や近所のおばさんたちに褒めてもらうことがとてもうれしかった。
でも、それは単に歌うことを趣味にさせただけで、夢にするまでにはいたらなかった。
あの日、あの時、あの公園で。アイツは言った。とびっきりの笑顔で。
「うまいよ! はなちゃん! かしゅみたいだった!」
その言葉が、あたしに歌手になることを夢にした。
それまで何回も似たような褒め言葉は聞いてきたつもりだったのに、その時あたしはいつもの百倍嬉しかった。嬉しかった。
アイツにお礼は言わなかった。というより、言えなかった。その時のあたしは言葉が達者じゃなく、自分の感情をうまく伝える力に乏しかった。
いや、本当は分かってる。自分の心の奥を覗けば、答えは目の前に転がっているんだ。今では考えるより先に感情を伝えられる力がある。それなのに、未だにお礼は言えてない。時間が経っているから言いにくいとかではなく、気持ちが拒否している。
でも、今さら後悔しても遅かった。
あたしは、自分自身をなくした。
あたしは、夢をなくした。
あたしは、機会をなくした。
あたしは、全てを失った。




