4月1日
大分前に書いたものなのですが、日の目を見ないのも可哀想なのであげました。感想いただけると嬉しいです。
「忘れ物とかない? 大丈夫?」
「ういうい。いってまいりまーす」
母とのいつものやりとりをしながら、あたしは革靴をはき、中身が空の学校指定カバンを持つ。
「ったく、何で中学校は制服なのかねー。自由でいいじゃん、自由で」
ぶつぶつと文句をいいながら、玄関を出た。
「わざわざ貴重な春休みに出て行ってやってるんだからさ、今日くらい見逃してくれんのかねー」
外に出たところで文句は止まらず、というより悪化している。まあいいじゃ。
今日は四月一日。あたしの中学校は四月五日までだけど、一年生の学年末テストで三教科赤点を取ってしまい、補習を受ける羽目になっていた。ホントに休日に学校とかありえない。
「おっす。今日は起きれたのか? 珍しい」
不意に真横から声がし、驚いて仰け反ってしまった。誰かと思えば、幼馴染みの相沢司だった。インターホンを押そうとしていたようだ。
変な想像が先走られる前に先に言っておくが、幼馴染みだからと言って、相沢司に対して恋愛感情など一切ない。全くない。あたしは内面外面完璧超絶美少女、高坂愛華。それに比べて相沢司は背が小さく、ふくよかで、髪が薄いときたもんだ。平たくいえば、チビデブハゲである。少し言いすぎかもしれないが、ハードルを下げる為にもこのくらい言ったほうがいい。簡単に言えば、あたしと司はつりあわないというわけだ。
「早起きはいいこった。それじゃ行くぞ」
司の言い方はむかつくが、言い返しはしない。あたしって優しい少女だわ。こんなに優しい女の子はこの世に他にいないんじゃないかしら。別に毎朝司に迎えに来てもらってるおかげで遅刻せずにすんでるとか、そういうことは一切関係ない。
天気は良いが、あたしのテンションは一向にあがらない。何故なら、眠いからだ。ある意味司の言うとおり早起きはしたが、起床したのは昨日の十三時半。それから今日補習があることを忘れて、ずっとネットサーフィンをしていた。
「あぁ、ゴメン、やっぱ眠いから寝るわ」
ふらふらと道路を挟んだ向かい側の公民館に向かう。公民館の建物の前にはベンチがあるからそこで寝ることにしよう。
「あのな。今日休んだらさらに補習の期間が延びるぞ」
「じゃ、いいじゃん、その分あとで行けばいいでしょ」
行く気とかさらさらないけど。
「この満開の桜見てよ。ほら、花たちが言ってる。あたしにここで眠りなさい、と。それじゃおやすみー」
「馬鹿かお前」
ひらひらと後ろの司に片手で手を振り、何の夢をみようかなー、と考えながらベンチに向かう。
だけど、そこには先客がいた。ベンチは二つあるから眠ることは出来るけれど、あたしはたじろいた。左側のベンチにはうちの中学の制服をきた男が寝そべっている。顔は新聞紙で覆っているが、誰であるかは容易に分かる。
あたしは両手でカバンを持ち、右腰に構える。向こうはまだこちらに気付いていないはずだ。距離は十メートル。いつでもやれる。
ベンチに向かって勢いよく駆け出す。二メートル手前で、きれいに飛び上がる。それと同時にカバンを頭の上にやり、振りかぶった。
「うおおおおおおおおおりゃあああああああっ!」
力を込め、その男のお腹めがけて振り下ろす。
「ぶはぁっ!」
狙い通りに決まり、男がむせる。
決まった。もしあたしが男でこの一部始終を女の子に見られていたら、次の日には告白告白告白の嵐に間違いない。それほどにあたしの技は決まっていたのだ。いや、女のままでも司以上にモテることは間違いない。
「何やってんだお前!」
司があわてて駆けつけてくる。そんなに急いだら少ない毛がさらに少なくなりますよ、と注意してやろうか。
「別にいいのよ、あいつスケベだもん」
「『だもん』じゃねー! 何やってんのか分かって……、って、何だ、あいつかよ。ならいいか」
「そーそー。ほら、学校行くよ」
「……さっきまで寝るとか言ってた奴が偉そーに……」
ぶつぶつ言いながら着いてくる司。そんなぶつくさうるさい司に文句は言わない。なぜなら私は心が広いから。菩薩並みだから。菩薩って何なのか知らないけど。
「……ちょっ、ちょっと! 何普通に登校シーンに戻そうとしてんですか! 僕が殴られたの、もしかしてなかったことになってません?」
寝ていた男があたしに駆け寄ってきた。後輩のスケベだ。顔は中の上の眼鏡男子で、背はすらっとしている。何でもそつなくこなすむかつく後輩だ。
「それと、いつも言ってるんですけど、僕の名前は平助! 吉野平助ですから! スケベじゃないです」
「いいじゃん別に。平助平助平助、って何回も繰り返してたら助平になるじゃん? まさにあんたのことを指してんだよ。名は体を表すっていうでしょ?」
言い返しても無駄だと悟ったのか、ため息をついて黙った。あたしの口には誰も逆らえない。ザ正論女。
「で、平助、お前何であんなところで寝てたんだ?」
「あ、それは……、高坂さんに呼ばれてきたんですけど……」
「え? あたし?」
そんなの覚えていない。多分、こいつのでまかせだ。
「お前のせいかよ」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ。朝公園に起きたらスケベが寝てて、ここまでやるかこのストーカーめ! と思ったからあたしの必殺技を繰り出したんだよ? あたしが呼び出してたなら、こいつがいることは知っていたわけだし、必殺技も出なかったはずじゃん」
あたしはスケベの顔を勢いよく指し、「異議あり!」と格好良く決めた。
すると被告人は自分の鞄の中からケータイを取り出し、受信メールをあたしの目の前に突き出した。
「ほら、ここに書いてるじゃないですか。覚えてないとは言わせませんよ」
じーっとその画面を睨むけど、全く思い出せなかった。
「これ、本当にあたし? 司があたしのフリしてメールしたとかじゃなくて?」
「おい、俺を巻き込むな。大体、お前のメールして何の得があんだ。むしろ損しかねーよ」
軽く司の顔にグーを食らわしつつ、メール画面を凝視。だけどやっぱり思い出せない。
「……それで、僕が返信したら、メールじゃよくわかんないから直接説明しろって返されて。そして家に着いてまたメールをしたら、用事が済んだら呼ぶから公園で待ってて、って。でも連絡はくることなく、僕は待ってる間に公園眠っちゃってた、と」
「…………………………………覚えてない」
「えええええええええええええええええ」
あたしの言葉にがっくりと肩を落とすスケベ。でも覚えてないものはしょうがないじゃん。
「でさ、あたし、何を教えてほしかったの?」
「……まともなやつが使う言葉じゃねぇーな」
ちょこちょこツッコミをいれる司は無視してスケベに問いかける。
多少落ち込んでいたものの、ケータイを直して顔をあげる。
「あ、はい……」
またカバンの中から紙束を取り出した。お前のカバンは四次元ポケットか。
「これ、何ですけど……」
差し出した資料に、あたしより先に司が覗き込む。
「何でこんなもの……?」
その紙束の一番上の表紙らしきものに、カタカナである文字が印刷されていた。
「エイプリルフー……ル?」
あたしがその文字を読むと、司が変に自慢げになった。
「何お前、こんなもん調べてもらってたのかよ。何なら俺が教えてやろうか?」
「いや、いい」
バッサリ切り捨てたつもりだったけど、説明し始めやがった。このハゲ、耳が腐ってんじゃないのか。
「エイプリルフールってのはだな、一年の中でその日だけは嘘をついていいという日であってだな」
そのハゲの言葉でピキーンと昨日のことを思い出した。
「あ、それだ」
「……は? 何が」
「思い出したよ、あたしが昨日考えてたこと。そうだそうだ、それであたしはスケベに頼んだんだった」
「いや、何自己完結してんだよ。説明しろ」
お前は相変わらず思い込みは激しいわ、記憶力ないわ、自分勝手だわ、俺らを振り回しすぎなんだよ、と司がまた愚痴を言う。
この男の言うとおりにやるのは癪だし説明するのは面倒だけど、そうしないと話が進まないので聞かせてやることにした。
「あのさ、エイプリルフールって嘘をついてもいい日って言われてるけどさ、何で?」
「何で、ってそりゃあ……、何でだ?」
「別にその日じゃなくてもみんな嘘をついてるし、何でかなー、とあたしは思ったわけ。そのためにスケベに調べてもらった訳なんだけど……。はい、お答えをどうぞ!」
勢いよく指差したためにスケベは慌てて紙束をめくるが、紙束を落としたりはしない。何かムカつく。
「えっとですね、起源にはいくつかありまして、有力なのがヨーロッパの『嘘の新年』説ですね。それというのは――」
べらべらとスケベが語り始めるが、ヨーロッパという言葉が頭に引っ掛かった。
ヨーロッパってどこの国だっけ。何かおいしいものあったかな。いや、違う。確かこの前、この国名を書け、って問題に、ヨーロッパって答えたら、「国じゃねぇよ」って言われたんだった。危ない危ない。すぐに間違いに気づくあたしってやっぱり天才的。で、国じゃなくて、確か……。そう! 首都だ! ヨーロッパは国じゃなくて首都。良かったー、一回間違った問題は二回も間違えたくないもんねー。
「……ちょっと、高坂さん、聞いてます?」
「あ、ごめん、聞いてなかった」
「ええええええええええええええ。僕あんなに頑張ったのに」
「ま、こんな起源が知ったところで、嘘をついていい理由は分からなかったけどな」
「そ、そりゃそうですけど……」
あたしの天才的耳は、こんな小さなぼやきも聞き逃さない。
「ほらね」
うなだれるスケベに、腕を組むあたし。ついでにぼけーっとした顔の司。
ところが、スケベは突然何か思い出したように紙束をめくり、とあるページで手を止めた。
「何、まだ何かあるの?」
「自分で頼んでおいてひどい言い草だな」
「はい、エイプリルフールについて面白いこと見つけたんですよ」
スケベがどちらの言葉を肯定したのか気になるところだが、話を続けることを優先する。
「面白いことって?」
「えっとですね、いつも嘘をついている人がエイプリルフール、つまり四月一日に嘘をつくと、今後一生嘘をつけなくなるらしいんです」
「はあ? 何それ?」
「いや、それ以上詳しくは書いてなかったから分からなかったんですけど……」
何よそれ。期待させといてそれはないよ。それはない。
「それが本当なら、まずお前がそうなるな」
憎たらしく笑いながらハゲがあたしを指差した。やばい。日光が反射して顔がよく見えなくなってる。だけど優しいあたしはそんなことには口を挟まず、普通に反論した。
「何でよ。あたしほど嘘をついてない人なんて生まれたてのあかちゃんくらいのものよ? それに、嘘をつく、って一体どういうことを言うわけ? 真実と異なることを言うってのが、嘘をつくってことなら、あんたは真実を知っているというわけね。この世界の全ての真実を。さあ言ってみなさい、さあ、さあ!」
あたしの正論にたじろぐ二人。でもあたしの言葉は止まらない。
「それに、嘘がつけなくなるって、どうやってそうすんのよ。口でも塞ぐの? ガムテープとかで。それともさるぐつわ? あれ、さるつぐわだっけ? ま、どっちでもいいけど。それに、誰がそんなことをするわけ? まさか神様とか? おー神よ、とか言うわけね、あんたらは」
全く口が開かない二人。今日もあたしの完全勝利。唯我独尊。あたしはあたしの道を行く。
「そういえばさ」
あと中学校まであと十メートルもないくらいのときに、あたしは尋ねた。
「何でスケベ一緒に来てんの?」
「ええええええええええええええええええええええ。今頃……ですか?」
「いやさ、エイプリールの説明はしてもらってたけど、もう終わったじゃん。それに何で制服来てんの? あんたの入学式はまだでしょーが」
「そう言えばそうだな。何で制服着てんだ、お前?」
「司さんまで……。いや、これはですね普段着でも着やす」
「あ、興味ないからいいよ」
あっさりとスケベの言葉を遮る。さすがあたし。
また、ええええ、とうなだれるスケベ。何かいい加減うるさいな。というかこいつ今朝だけで何回うなだれたんだろう?
「とりあえず、がっこうがんばるかー」
「頑張ろうとしてる奴の言い方じゃないよな」
「あれ、僕このまま置いてけぼりのままですか? ねぇ、ちょっとー!」
後ろで変態が叫んでいたのであたしは急いで教室に駆け上がった。
「あーこわいこわい」




