メリーさん
あるところに、考え込む一人の男がいた。
そんな男の元に一本の電話が掛かってくる。
「もしもし、わたしメリーさん。今駅前にいるの」
少女の声でそう言い残すと電話は切れた。
男は不思議そうに首を傾げたが、いたずらだと一蹴した。
今は忙しいのだ、相手にしている暇はない。
数分後、電話がまた鳴った。
「もしもし、わたしメリーさん。今郵便局の前にいるの」
再び少女の声はそれだけ告げると、電話を切った。
男はまたかと呆れたが、少し気になることがあった。
時計にちらりと目配せする。
少しするとまた電話が鳴った。
「もしもし、わたしメリーさん。今交番の前にいるの」
やはり少女の声は、それだけ言うと電話を切る。
男はここで気付いた。声の主は、徐々に自分の家へと近付いてきている。
果たして本当なのか。時計を再度確認する。
またも電話が鳴った。
「もしもし、わたしメリーさん。今病院の前にいるの」
少女の声を聞くや否や、男は時計を確認してペンを走らせる。
これがもし本当だとしたら大変だ。
「もしもし、わたしメリーさん。今公園にいるの」
声の主は、家のすぐそばまで来ていた。
男は思考を巡らせる。
「もしもし、わたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」
ついに彼女は、男の家の前にまで来た。そして――。
「もしもし、わたしメリーさん。今あなたの後ろにいるの」
「今回の画期的発明には、どのような苦労があったのでしょうか?」
一人の科学者が、強烈なフラッシュの洪水を浴びながら質問を受けていた。
「従来の時空間移動の理論では、どうしても限界がありました。それが乗り越えられず思い悩んでいた時、救いの女神が表れたのです」
「その女神とは一体?」
別の記者が訊ねる。
「そのかたの素性を公開することはできません。そういう約束の元私に知識を授けて下さった」
男は続ける。
「しかし名前の公開だけは許可をいただけた。そのかたがこれを生み出したことに敬意を払い、この瞬間移動マシーンに私は〈Mary=son〉と名付けます」