第五話・二輪ドリフトの謎
この物語が舞台となっている世界は
現実世界とは全く関係の無い架空の世界です。
ファンタジー的、あるいは不可思議な表現が
ある場合がございますが、ご了承ください。
孝『森田先輩が負けるなんて…もう二年も負けてなかったのに!』
翔太『ちょっと重量をフロント寄りにし過ぎたかもね。
シングルスピードも、デメリットの方が多かったし…。』
健吾『悪いな、お前達。久々に負けちまったよ。』
孝『仕方無いっすよ!シングルスピードだし、相手は地元ですよ。』
翔太『かなりよく健闘した方だと思いますよ!』
健吾『だけどまぁ、久しぶりに楽しい試合だった。
バトルでヒヤヒヤするなんて、何時振りだろうなー。』
卓夫『やったな、雅人!遂にあの健吾に勝てたぞ!』
雅人『喜ぶ程の事じゃねーだろ。
それにお前、負けた事ちゃんと反省しろよ。』
卓夫『ういーっす。』
チームメンバー『けど引き分けなんて、腑に落ちないぜ。』
卓夫『だよなー。後一回バトルすれば、確実に勝敗が決まるのにな。』
康史『卓夫!フロントディレイラーのメンテナンス、まだ教えてる途中だろー!』
卓夫『ワリーワリー!』
雅人『康史、さっきから気になってたんだが、お前と話していたあいつは誰だ?
カミカゼのチームメンバーじゃない様だが。』
康史『あぁ、彼は剛。
友人がカミカゼのメンバーで、ギャラリーとして来ているんだ。』
雅人『なるほどな。』
卓夫『そんな事聞いて、どうするんだよ?』
雅人『剛とかいう奴、ちゃんとしたクロスバイクに乗ってんだろ?
あれはDYNA社製のABISEEDか。
まぁ、気になっているのはそれだけじゃない。』
卓夫『何が気になるんだ?
今時、スポーツバイクなんか男のステータスみたいなもんだぜ?』
雅人『それだけじゃねぇっつってんだろ。
まぁ、お前には分からないだろうが…あいつは大物になる。
いつか、オレのライバルになっても不思議じゃなさそうな奴だ。』
康史『な、なんで?どこにでもいそうな初心者じゃないか。』
雅人『説明できるとしたら…タイヤだ。
お前等、あのマシンのタイヤの減り方を見てみろ。』
卓夫『…強く擦れた様な減り方だな。』
康史『あれはチャリドリをやってるとなる減り方だよ。』
卓夫『どうしたんだよ雅人、お前変だぞ?』
雅人『馬鹿、誰が後ろだけっつった?』
康史『…フロントタイヤも同じ様に磨り減ってる。』
雅人『恐らく、あいつはチャリドリをする時に
後輪だけじゃなく、前輪も一緒に滑らせているんだ。』
卓夫『俗に言う、二輪ドリフトって奴か?』
康史『二輪ドリフトだって!?』
孝『なぁ、あいつ等…お前の噂話してんじゃねぇか?剛。』
剛『え、オレの?』
翔太『悪口とかじゃなければいいけど。』
雅人『康史、声が大きいぞ。』
康史『ご、ごめん。で、でも、二輪ドリフトなんてできるの?
普通、前輪が滑ったら、そのままコケちゃうじゃん。
わざと前輪を滑らせるなんて、健吾のペダルターンしか知らないよ。』
雅人『あのタイヤの磨り減り方だと、間違いなく二輪ドリフトをやっている。
まぁ、あのマシンを扱っているのが剛だけだったらの話だけどな。』
卓夫『有り得ねぇよ!』
健吾『うっせーなあいつ等。』
雅人『声でけぇっつってんだろ!』
卓夫『お前の方がでかいわ!』
孝『あ、あんなに興奮して、何話してんだ…?』
翔太『ボクが負けた事を忘れる位、うるさいね。』
孝『あ、忘れてた!お前ー、明日はもっとトレーニングに励めよー!』
翔太『わ、分かってるさ!』
孝『ま、それに比べりゃオレは勝ったから、明日はのんびりできるぜ!』
翔太『お前、いっつも一言多いんだよー!』
孝『事実だろー!』
健吾『うるさああああああああああい!』
ギャラリー『お前が一番うるさいわー!』
健吾『さっきから聞こえてたが、剛が二輪ドリフトをやってるって?』
雅人『お前なら見た事あるだろう…それとも、チームの切り札の心算か?』
健吾『いや、剛がやってるとこはおろか、生の二輪ドリフトすら見た事ねーぞ。』
孝『でも、剛がチャリドリだけは上手い事は事実だ。』
剛『だけって言うなよ。』
雅人『オレの知ってるサイクリストに、桃地善太って奴がいる。』
健吾『そいつはオレも知ってるよ。
バトルでチャリドリを使って、かつ速い奴だろ。』
雅人『お前も知っていたのか。桃地は二輪ドリフトを使い熟すサイクリストだ。
二輪ドリフトは、見た目だけのただのチャリドリと違い、前輪も滑らせる。
さらに、後輪を殆どロックしない…要するにロスが少ない。』
健吾『全輪滑らせるのか…オレにはできないな。
剛、あの自転車に乗ってるのはお前だけか?』
剛『自分以外は乗せた事無いですよ。それに、チャリドリって
オフロードなら、前も後ろもタイヤを滑らせるもんじゃないんですか?』
雅人『何っ!?』
健吾『お前…チャリドリする時、本当に二輪ドリフトしてたのか!?』
剛『オフロードでだけですよ。アスファルトじゃあんまり滑らないし。
あ、それと後輪は結構ロックしてますよ。』
雅人『完璧な二輪ドリフトでは無いが、フロントも滑らせていたのか…。
オレも健吾も、非合理的なチャリドリは嫌いだが、速いとなれば話は別だ。』
健吾『確かにガキみたいな、かっこ付けのチャリドリには
全然興味無いけど、速く走れるチャリドリなら大歓迎だぜ!』
孝『よく見てなかったけど、前輪も滑らせてドリフトしてたのか…』
雅人『いい案がある。引き分けって結果は
お前等カミカゼにも、腑に落ちない物があるだろ。
だから、今だけ剛をカミカゼのチームメンバーって事にして
オレ達インペリアルズの誰かとバトルしねぇか?』
剛『はえー!?』
健吾『面白い。だが、剛はあくまでも初心者だ。
条件が釣り合ってくれないと、有利不利が出て困る。』
雅人『そんな事は分かっている。
オレ達のチームにも、一人だけバトルの面では未熟な奴がいるだろ。』
康史『もしかして、ボクと!?』
雅人『剛と康史をバトらせる。これなら文句ねぇだろ?』
健吾『確かに、これなら互角にバトルができそうだな。決まりだ!』
雅人『よし、最後にもう一戦だけやる。いい勝負にしようぜ!』
ギャラリー『なんか面白くなってきたな!』
『おーい、なんかもう一戦やるみたいだぞ。』
剛『えー!行き成り過ぎだぜ…緊張してきた!』
健吾『剛、別に勝てなくてもいい。もし負けたって
誰もお前を責めたりなんかしねーからさ、とにかく楽しんでくれよ!』
剛『わ、分かりましたぜ!!』
孝『ほーれ、剛。お前のマシンを調整しといてやるよ。
んーと…空気圧がちょっと低いかな。そんでこれが…』
剛『孝、ありがとうな!』
康史『久し振りのバトル…!こんな事もあろうかと
マシンを常に最高の状態にしていて、よかったよ!』
雅人『例え…相手の経験が少なくとも、お前はバトル専門じゃない。
油断は許さねぇからな、康史。気ぃ引き締めて行けよ!』
康史『もちろん!』
両者ともスタートラインに着いた。
剛『康史、お互い頑張ろうぜ!』
康史『あぁ、もちろんさ!』
ギャラリー『素人同士のバトルかー。』
『どうする?見ないで帰る?』
『いや、一応見てみるよ。』
『二輪ドリフトなんか、にわかには信じられないな。』
康史『ボクのマシンはMAXREV・CITRUS。
君のABISEEDと同じ、初心者向けのクロスバイクさ。』
雅人『康史、お前は速く走る為の理論をそれなりに理解できている筈だ。
その理論を全て走りにぶつけろ。オレからはそれだけだ。』
卓夫『ヘマしなきゃいいけどなぁ!』
健吾『剛ー!何度も言うが、楽しめよー!孝、カウント頼む。』
孝『了解っす!』
翔太『面白いバトルが見られそうだな…』
孝『5・4・3・2・1・ゴー!』
本当に最後のバトルが始まった。
お互い、いいスタートを切った。
康史(最初のコーナー…剛はたぶんドリフトで
豪快に攻めると思うけど、ボクはセオリー通りに減速して曲がる。)
剛(このコースは舗装されてるけど、砂利が多いからチャリドリがやりやすそうだ!)
最初の右直角コーナー。
孝『剛がインか!』
健吾『さぁ…二輪ドリフトを見せてくれ!』
剛『行くぜ!』
剛はタイヤを滑らせて、そのまま殆どカウンターを当てずにコーナーをクリアした。
孝『な、なんだあれ!?』
翔太『フロントタイヤもスライドしてる!』
雅人『ドリフトに入る瞬間だけハンドルを切り、
リアブレーキをかけて、タイヤのグリップを殺し、リアを滑らせた…。
ここまでは普通だが、この時リアブレーキを緩めてペダルを踏み込み
少しホイールスピンさせ、リアのスライドを維持したまま加速。
フロントの荷重も抜いて、フロントタイヤもスライドさせたのか。
あの一瞬で、ここまで複雑な事をしていたとはな…。
フロントタイヤが滑っている時のバランスの維持も至難の業だ。
だが一瞬とはいえ、タイヤがロックしている時点でロスはしている…!』
康史(よ、予想以上だ…!チャリドリがあんなに速いなんて!)
剛(上手く行ったぞ!)
康史(でも、ボクだって暇つぶしの時には
このコースを走っている。そう簡単には勝たせないよ!)
健吾(あれが二輪ドリフト…チャリドリにあるまじき速さだな。
康史も、初心者とはいえコーナーのラインがかなり正確だ。
どっちが勝つか、簡単には予想できないぜ。)
康史(ここから暫くはチャリドリできる様なセクションじゃない。
ここでスピードを出して距離を詰めよう!)
剛(脚力は、明らかにオレの方が劣ってる…やばい、どんどん迫って来てるぞ!)
康史(真後ろにいるお陰で風の抵抗が少ない!抜くなら…)
『今だっ!』
剛『くー、脚が…!』
康史『お先に…!』
剛は抜かされてしまった。
剛(や、やばいぞ…!もう追い抜く場所がヘアピンしかない…!)
剛&康史(このヘアピンが勝負を分ける…!)
康史がヘアピンに突入した時、二人の差は3メートル程だった。
康史(王道に、アウトインアウトだ。)
康史は無難にヘアピンをクリアした。
一方、剛はチャリドリでヘアピンに突入した。
剛(ヘアピンは角度が急過ぎて、チャリドリで曲がるにはロスが大きすぎる!)
ヘアピンのコーナリング速度は今一つだったが、立ち上がり加速は鋭かった。
剛(そうだ!多くペダルを回せる様に、ブレーキの時間を短くすれば…!)
剛はブレーキの時間を短くし、より多くペダルを回す方法でヘアピンを攻めた。
コーナリング速度と立ち上がり速度、両方とも飛躍的に向上した。
剛(これだ!ブレーキが長いとじれったい!次のコーナーもこれで行こう!)
康史(ひ、引っ付かれた!?)
翔太『見たかよ今のー!』
孝『あぁ、チャリドリからの立ち上がりとは思えない加速だ…』
卓夫『最後のヘアピンに入るぞ!』
康史(ここで抜かされるもんか!)
剛(そこだ!)
康史がアウトインアウトでアウト側に寄った時、剛はインを突いた。
康史『そ、そんな!』
加速のホイールスピンで跳ね上げられた砂利が康史に降りかかる。
康史『抜かされた!』
孝『剛が抜いたぞ!』
健司『何て奴だ…下手したらオレよりもアグレッシブだぜ!』
雅人(決まったな、康史。)
剛(ゴールに向かって一直線だ!)
そのまま剛がゴールインした。
その直後に康史もゴールイン、二人の差は0.6秒だった。
康史『ちくしょう…負けたー!』
剛『あー、面白かった!』
雅人『康史。』
康史『悪い、雅人…。ボクの所為で、インペリアルズの負けが決まっちゃった…。』
卓夫『お前は十分頑張ったじゃねぇか!ミスだってしてないし。』
雅人『卓夫の言う通りだ。それに、お前のチューニング技術無しでは
カミカゼといい勝負はできなかったかもしれない。』
チームメンバー『そうだよ、康史!気を落とすな!』
康史『みんな…ありがとう。』
健司『お前がこんな神技を持っているなんて、知らなかったよ。
正直、チャリドリを見縊っていた。』
孝『全く、親友ながら気付けなかったオレが情けないぜ!』
翔太『親友なんでしょー?』
孝『あーぁ、親友さ!』
翔太『親友なのに、気付けないなんてー!』
孝『なーにをー!?』
翔太『こーのー!』
健司『分かったから、喧嘩は止めてくれ。』
剛『神技って程でも無いっすよ。』
健司『いや、真剣に感動したんだ。今までチャリドリって
ガキ専門の茶番みたいなもんだと思ってたんだが…
さっきのバトルでそんな観念、どっかに行っちまったよ。』
剛『オレのチャリドリが、先輩の考えを変える程の物だったって事…?』
孝『びっくりだろうが、実際お前のチャリドリは凄い!マジ、お前才能あるよ!』
翔太『カミカゼに入って、さらにテクニックを磨けば、怖い物無しだね!』
健司『宝野公園を指定の時間内に一周する事がカミカゼに入団する為の条件だ。
もう少し練習すりゃ、お前、カミカゼに入れるぜ。』
剛『ホントですか!?』
健司『ただ、勘違いしちゃ駄目だぞ。確かにお前の
チャリドリは速いが、それ以外は全部初心者だ。
さっき、西名通りで走ったお前のタイムは、
オレのタイムよりも6秒以上遅い。』
剛『ろ、6秒も!?』
孝『剛、お前は運動不足治すとこから始めろよ。』
剛『あぁ、そうするよ!』
健司『さぁ、もう遅いし…ぼちぼち帰る支度するぞ。』
オレに眠る才能が、少し見えた様な気がする。
今回の出来事をばねに、オレは…成長する。
☆マシン図鑑☆
TAKAMATSU・D-METAL
暴走族の様な禍々しいデザインのMTB。フルサス。
本来のマウンテンバイクの趣向とは違う、完全バトル専用のマシン。
耐久性を上げるべく、惜しみ無い補強を重ねた結果
重量が大きくなり、その重さはルック車以上。
その為に人気が無く、すぐ廃盤となってしまったマシンだが
ダウンヒルやバトルでの駆け引きが上手な者には強力な武器となる。
もちろん、乗りこなすには強力な脚力が必要である。
新車価格は122500円。
搭乗者・石上卓夫
カラー・シルバーメタリック
卓夫仕様…ライトチューン状態からのノーメンテナンスで
各部が痛み、性能が半減していたが
孝とのバトルでマシンとの向き合い方を変えた。
その後は完璧に修理し、正しい方向にグレードアップ。
※自転車、およびメーカーは全て架空の物です。