ドラゴンセイバー
第1章 << ドラゴンセイバー >>
第1話 フェズの街
ルシオン地方南部、ピレウス山脈の東端の東端に位置する街道の町、フェズ。
レム川とその支流のレナ川の合流地点にあり、古代から地方におけるちょっとした交通の要所だった。
古代ローム人が侵入した際に作った街が起源とされ、街中にこそ古代の面影は残っていないが、街の周囲を囲む城壁や、街に引かれた上下水道にその面影を見ることができる。
古くから交通の要所、通商の街として栄えたせいか、街には市を開けるよう広場があり、その広場を見下ろすように、近くの丘の上には領主の館があった。
日も暮れて、夜を迎えた街の酒場にアレクはいた。
「いや! やめてください!」
一日の仕事を終えた人たちが集い、酒を酌み交わす人々で賑わいを見せる酒場に、若い女性の悲鳴が響き渡った。
「いいじゃねえかよ、へるもんじゃねえしよぉ」
卑下た笑いを浮かべた大柄な男が、給仕の娘の手を無理矢理引っ張ろうとしていた。
酒で理性を失った男が、若くて可愛い娘に手を出す。
酒場においては珍しくもない光景だ。
しかし、どこか変わっていた。
普通は、店の店主に追い出されるだが。店内の客はおろか、店の主人ですら、男の横暴ぶりに見て見ぬ振りを決め込んでいる。
関われば、ロクなことが無いというのは、周知の事実なのだろう。
名の知れたならず者か町の有力者の息子なのだろうか。
誰も、自分がかわいい。余計な厄介ごとなど、ご免被りたい。しかし……
ガタァン
不意に、店の端で椅子を蹴上げる音が響く。
唖然となる店内。乱れた服を押さえ、うずくまる給仕の娘。
そして、男の前に立つ、旅人らしき見慣れぬ少年の姿。
黒髪と、黒い瞳を持った少年。分厚い外套を身に纏い、傍らには使い込んだ長剣を携えている。
顔には、まだ幼さを端々に残してはいるが、強い信念を内に秘めた表情が、彼に凛とした雰囲気を与えていた。
男は、少年に殴り掛るが、少年は男の動きを読み素早く男の背後に回りこむ。
次の瞬間、その男は床と熱い抱擁を交わしていた。
「覚えてろよ」
男は立ち上がると、振り返りもせず、すぐに立ち去っていった。
男が店を出た後、拍手や歓声と共に、常連たちの囁く声が聞こえた。
「あいつ、あの後、大変な目に遭うぞ」
「あのドラ息子は、しつこいからな」
アレクは席に戻ると机の上にあるエールをちょびちょびと飲んだ。
『余計なことやっちゃったかな』
アレクの顔からは、先ほどまでの凛とした雰囲気は消え、いつもの温和な顔に戻っていた。
そして、先ほどのことを少し後悔した。
「これ、さっきのお礼ね」
見上げると、先ほど、給仕の娘が居た。そして、アレクの目の前に、突然、ソーセージの山が現れた。
まんざら、無駄ではなかったようだ。
「兄ちゃん、カッコよかったぞ」
商人風の酔っ払いの男が、皿とジョッキを持って、アレクの側に来た。
酒場には、大抵一人ぐらい、旅人好きの男がいる。
一人旅の旅人を捕まえては、話をしたり、話を聞き、そして、奢ったり、奢られたりして、過ごす爺さんだ。
一人旅をしているアレクにとっては、貴重な情報源であり、一人旅の寂しさを紛らわしてくれる相手でもある。
「良くやってくれたな。あいつは、ああ見えても街の有力者の息子でね。街の人間は手が出しにくいんだ。兄さんは見た目は優男だけど、意外と腕はいいな。それに正義感もある。もしかして、クラドの山賊を一人で退治したっていう剣士ってのは、あんたかい」
「…一人じゃありませんが…一応、その一人です」
「いや、一人だろうが、一人じゃなかろうが、大したもんだ。惜しかったな、もう少し早くくれば、領主様のドラゴン退治に連れて行っても貰えたかもしれないのにな」
「ニトア山のドラゴンですか」
ニトア山のドラゴンについての噂は道中でアレクも聞いた事がある。
ニトア山とはフェズの街から30キロ程はなれたところにある山で、何でも、2ヶ月ほど前から、ドラゴンが飛来して山中に住みつき始めたという話だ。
多くのドラゴンに関する話が、誇張した噂や何十年前もの話なのに対して、ニトア山のドラゴンに関しては、目撃談も多い。
非常に信憑性が高く、そのため、多くの冒険者がドラゴン退治を既に試みている。
が、今だ成功していない。帰ってきたものすらいない、恐らくドラゴンが相当、強いためだろう。
ニトア山のドラゴンは、龍騎士の使う飛竜とは異なり、人語を話、魔法すらも使う古代龍と言われている。古代龍は、強大な力を持ち、古代ロームの時代や、東方のある民族では、神として崇拝されていると聞く。
「なぁ、兄ちゃん。ドラゴンを生で見たことあるかい。絵じゃないぞ。生だぞ」
「ありませんが」
「そうか俺は、見たぞ。隣街からの帰り道の街道でな。翼を広げ大空を飛んでいて、20メートルはあったな。そのドラゴンが退治されたとなれば、この街も賑やかになるな」
100年前、幸運をもたらすといわれる白竜が街に降り立ったというだけで観光名所となっている街もあるくらいだ。
ドラゴンが退治されたとなれば、その街以上に、観光客で賑わうだろう。
「ところで、ドラゴンが何か悪いことでもしたんですか」
教会はドラゴンを悪魔の手先、もしくは悪魔として忌み嫌っているが、余程のことがない限り、退治などは行わない。
第一の理由は、ドラゴンが強すぎるためだが。そもそも、ドラゴンは、人間社会にあまり実害がない。
ドラゴンは、一年中、ほとんど寝ている上に、人里はなれた山奥や洞窟の奥に居るため、人間と滅多に遭遇しない。
腹をすかせたドラゴンが家畜を襲うという例を時たま聞いたことがあるが、それでも退治はしない。
ドラゴンを退治するためには、何十人もの人命を失うことを覚悟しないといけない。たかだか、数十頭の牛や羊などの家畜のために、そんな危険を冒すことはできない。
それに、ドラゴンが近くに住んでいるところは、家畜や作物の疫病が流行らないという民間伝承もある。
白竜の舞い降りた街は、その後二十年もの間、疫病が流行らなかったほどだ。
そのため、ドラゴンの存在は、恵みや災害をもたらす、嵐や雷と同じ自然災害のようなもので、『触らぬ神に祟りなし』『寝た子を起こすな』といったところだ。
興味本位の冒険者ならともかく、ドラゴン討伐などいうのは、非常に珍しいことである。
「別に何もしてないよ」
「それなのに何で」
「そりゃ、ドラゴンバスターの称号がほしいからだろう。それにドラゴンの体自体、信じられないくらい高く売れるしな」
確かに、ドラゴンの鱗から作った剣や鎧は、鋼より強い。そのため、アルクのような貧乏冒険者には買えない程、遥かに高値で取引されている。そして、肉や骨自身も薬として、高値で取引されている。
おそらく、ドラゴン一匹倒せば、領主の富は倍くらいになるのではないだろうか。
「可哀相ですね」
「えっ?何が」
「ドラゴンがですよ。欲のために、殺されそうになるんですから」
「そりゃそうだけどな。でも、教会はドラゴンを悪魔の手先って言って、忌み嫌っているんだぞ」
「でも、民間伝承ではそれほど悪くありませんし、ゲルドの人にとってはそうじゃないはずです」
「ゲルドは異教徒だぞ。旅人だから知らないかもしれないが、ここでは、その手の話はタブーだ」
「ほっほっほっ、ドラゴンが可哀相か。旅の方、面白いこと言うな」と豊かな髭を生やした老人が声をかけてきた。
服装から見ると、どうやら、旅の老人のようだ。
「わしの名前は、ティグス・シュタン。こう見えても、賢者で通っておる」
老人はアレクの隣に座ると、話を続けた。
「ドラゴンのことは心配せんでもいいぞ。ドラゴンは強いからな。それより領主様たちの心配をした方が良いの」
「大丈夫だよ。有名な剣士を何人も雇ったらしい。それに、魔道士も雇っているとの話だ。シューティングスターに喧嘩を売るわけじゃないんだから、大丈夫だろう」
「さて、どうかな。あのドラゴンは、魔龍シューティングスターの親戚と聞くぞ」
古代の神々を震え上がらせたという魔竜、シューティングスター。少し歴史を知っているものなら誰もが知っている名前だ。人類の歴史において刃向かった数多くの王国を滅ぼしたと呼ばれる伝説の魔龍。現在、西の端のブリタニア島の西部に住んでいると呼ばれている。
それにしても、ドラゴンに親戚関係なんてものがあるのだろうか?
さすが、賢者という気もするが、胡散臭さを感じる。
「そんな、不吉なこと言うなよ」と酔っ払いの商人。
「これは悪かった。お詫びに一杯おごらせてくれ」
「おっ、爺さん話しが判るな。さすが賢者だ」
酔っ払いの商人は、直ぐに機嫌を直した。
アレクはしばらくの間、酔っ払いの商人と自称賢者の老人に挟まれて、ソーセージを食べることとなった。
◇ ◇ ◇
三人で酒を飲んでいると、突如、男が大慌てで、店の中に飛び込んできた。
「領主様の館が、ドラゴンに襲われているぞ」
それが何を意味しているか明白だ。
領主たちは、ドラゴンに負けたのだ。そして、そのドラゴンが報復に来たのだ。
第2話 ドラゴン飛来
店主が路地へと飛び出す。店の中に居たほぼ全員が、店の外に飛び出した。当然、アレクも飛び出した。
ただ、一人旅の自称賢者の老人だけが、静かに酒を飲んでいた。
闇夜の中、丘の上にある領主の館が燃えている。
その業火の光は、巨大なドラゴンの影を闇夜に浮かびあがらせ、、街を夕焼けのように赤く染める。
『あんなものに喧嘩を売ったのか』
多くの人がドラゴンを童話や寓話、挿絵やタペストリーで知っているが、普通に生きている限り、ドラゴンなんて一生に一度生で見ることすらない。
ほとんどのフェスの人々ですら、ドラゴンを見たのは始めだろう。多くの人にとって日常に関係ない、もはや伝説の生き物だ。
その伝説の魔獣が目の前に存在している。
「うわ~。街はもう終わりだ」
「ドラゴンに戦いを挑むなんて無謀だったんだ」
多くの人々が嘆き、その惨劇に絶望する。
「うろたえるな」
衛士長が声を張り上げ、衛兵たちを鼓舞する。
ドラゴンから街を守るため、衛兵や市民たちが家から武器を持ち寄って、広場に集まる。
この時代、身分は役割の応じて、原則三つに分けられている。祈りを行う僧侶、戦う騎士、そして働く市民や農民である。国を守り民を守るのは、騎士の仕事である。しかし、街は、税金こそ納めるが、市民が自治を行っており、市民が街を守るために武器を持って戦うのである。
ドラゴンが丘の上の領主の館から飛び立ち、ゆっくりと街に近づいてくる。
「こっちに来るぞ」
「逃げろ」
ドラゴンが街の中心の広場に舞い降りてきた。
真近で見ると、さらに大きく感じられる。
ドラゴンの全高は、四階分はあるだろう。
トカゲが多くなったのとは、訳が違う。荒々しいながらも、神々しさすら感じる。
しかし、これでもドラゴン族の中では小さい部類に入るらしい。
「喉の逆鱗を狙え」
衛兵長が声を張り上げる。
逆鱗はただ単に触れられて不愉快な場所ではなく、その鱗の下には、動脈があると言われている。ドラゴンの数少ない弱点だ。
長弓や石弓から矢が放たれる。角度がよければ突き刺さるが、その多くは硬い鱗に流されるか、弾かれてしまう。
一息で、数十軒が炎に包まれる。
◇ ◇ ◇
「引け。地下に逃げろ」
衛兵長の指示に、兵士たちは近くの下水口から下水道に逃げ込む。
「下水道とか言うものに隠れてるつもりか」
ドラゴンは、下水口に口を近づけ、水道の中に火を吹き込んだ。
断末魔の悲鳴が地下から沸き起こる。
地下にに居る、何十人もの兵士が一瞬にして焼け死んだ。
「うわぁ惨い」
路地から覗いていたアレクは、あまりの光景に目を背けた。
「君は戦わないのかい?冒険者なのに」と宿場にいた自称賢者の老人だ。
「戦いませんよ。冒険者だからって何でも戦う訳じゃありませんよ」
「戦わないのであれば、他の者のように逃げればよいだろ。それとも隙を見てドラゴンを倒して名をあげるつもりかな」
「そんなつもりありませんよ。それより、あなたこそ早く逃げたらどうですか」
「なぜかね。今こそ、この目でドラゴンを観察するまたとない機会じゃないかな」
賢者らしい、常人とは違う発想だ。
「お父さん、お兄ちゃん」と死体に抱きついて泣く子供。
そして、その子供は、近くの死体から槍を取ると、ドラゴンの前に飛び出した。
「あっ、バカ」
「みんなの仇だ。俺がおまえを倒してやる」
ドラゴンは、子供の存在に気が付くと、炎を吐くことなく、語りかけた。
「人間の命は短い、死を急ぐ必要はないだろう。今なら、見逃してやる。さっさと、逃げろ」
「うるさい。俺は男だ。逃げるものか」
「無意味な死を急ぐか......子供とは言え、覚悟を決めたのであればしょうがない」
業火が放たれる。
が、飛び出しアレクが、間一髪で、子供を助ける。
そして、そのまま、子供を抱えながら、下水口に飛び込んだ
「愚かな」
ドラゴンは、水道の中に火を吹き込もうと、下水口に口を近づける。
『何?』
ドラゴンが見たのは、槍を構えるアレクの姿だった。
火炎が煮えたがっているドラゴンの口の中へ、アレクは槍を投げた。
槍ごときでは、巨体のため致命傷にはならないが、ドラゴンは、仰け反り、魔力の発動が止まった。
その事は、致命的なことであった。
火炎となった魔力の一部が、発動が止まったことにより、ドラゴンの体内に逆流を始めたのだ。
自らの炎により、体内から焼かれる苦痛。
悲鳴を上げようとしたが、喉をやられ声が出なかった。ドラゴンは、痛みが憤怒に変わった。
『おのれ!!!!己人間の分際で』
怒りに任せ、炎を吐きたいが、もはや、吐くことも出来ない。怒りが収まらないが、正直、立っている事すらままならなかった。
ドラゴンは、自らの業火に傷つき、崩れ落ちた。
アレクは、素早く下水口から飛び出すと、剣を抜き、ドラゴンの逆鱗に剣を構える。
数秒後、アレクは、剣を鞘に納めた。
「おい、倒したのか」
「そいつは、まだ生きているぞ。とどめを刺せ」と隠れいた街人が次々と声を上げる。
だが、アレクは、周囲の意見を気にも留めなかった。
「止めにしないか。俺は街の人間じゃない、通りすがりの冒険者だ。あんたを倒す理由はない。もう、こんなに人を殺したんだ。いい加減、気が済んだだろう。許してやったらどうだ」と倒れているドラゴンに語りかける。
「何言っているだ、おまえ。こいつは街のみんなを殺したんだぞ」と街人のひとりが抗議した。
そして、次々とアレクを非難し罵倒し始めた。
しかし、アレクは何も答えなかった。
そのうち、ドラゴンは静かに起き上がり始めた。
そして、自分の住みかの方を見ると、そのまま飛び去った。
◇ ◇ ◇
第3話 ドラゴンセイバー
「やっぱり、倒した方が良かったかな」
アレクは、頭上の星空を見上げながらつぶやいた。
その日のうちに、アレクは街を出た。厳密には、追い出されたのだが。
街の人たちは、ドラゴンが去り、自分たちが生き残ったことを喜ぶことよりも、ドラゴンに多くの家族や友人が殺されたにも関わらず、自分たちが復讐できなかったことに不満を抱いていた。その感情が、結果的にドラゴンを追い返したアレクに向けられたのだ。そして、ドラゴンを倒さなかったことを責められ、追い出されたのだ。
アレクは、空腹の腹を押えながら、英雄として、ご馳走を食べている姿を思い浮かべた。
どうしたものかと考えながら、街道を歩いていると、背後から不意に声がかかった。
「街を救った英雄が、こんなところで何をしているのかね」
振り向くと自称賢者の老人が居た。
「英雄じゃありませんよ。ドラゴンを倒さなかったって責められて、街を追い出されてんですよ」
「そうか...英雄になり損ねたな。ドラゴンスレイヤーの称号をもらえば、それだけで一生、食べていけただろうに」
「僕にドラゴンなんか倒せませんよ。確かに傷を負っていましたけど、ドラゴンは飛行できるだけの魔力と体力を持っていたわけですからね。傷を付けることはできたかもしれませんけど...僕も死んでました。そして、街の人も」
「そうかもしれんな。だが、ワシが見たところ、6対4でお主が有利じゃったぞ」
「そうでしたか....でも、僕は賭けはしませんので」
「つまらない男だな。でも、賢明な判断じゃな」
「それにして...なんで、ドラゴンは素直に帰ってくれたんでしょう。殺そうと思えば、簡単に殺せたのに」
「ドラゴンの誇りと命は、人間が考えるより遥かに価値がある。それに、情けをかけた君を殺してみろ、あやつは何百年間も仲間の間で笑いものになるぞ」
「そういうものなんですか」
アレクには、ドラゴンの思考や習慣はしらないので、自称賢者の言葉を信じるしかなかった。
「そうそう、君にプレゼントある。さる高名な方からの褒美じゃ」と背中に背負っていた麻袋を手渡す。
「ドラゴンを倒さなかったのに?」
「倒さないからこそ、価値があることもあるんじゃよ。良いから中を見てみろ」
中をのぞくと、素人目にも判る見るからに素晴らしい宝石と一冊の本が入っていた。
「あいにく、現金はあまり持っていなくてな。その宝石を換金すれば、金貨千枚にはなるだろう」
金貨千枚と言えば、もう一生働かなくても済む金額だ。
それを簡単に払う、高名な方とはいったい誰だろうとアレクは思った。
また、アレクには宝石よりも一緒にある本に関心があった。
痛んで表紙はボロボロになっているが、元は革で製本されいる本だ。
この老人は何のために本を入れたんだろう。何か特別な本なのだろうか。
本を取り出して、良く見てみた。
「宝石よりも、おんぼろの本に興味があるとは変わった方だ」
そう言うと、老人は不敵な微笑みを浮かべた。
表紙に古代語らしい文字が書かれているが、アレクには判らない。
「『知恵の書』と書かれているんじゃ」
開いても、白紙で何も書かれていない。
「何も書かれていませんよ」
「この本は必要な時に必要なことが書かれている書だ。必要になれば判るよ」
「魔法の書ということですか。こんなに貰っていいんですか」
「構わんよ。ドラゴンの名誉と命は、それだけ価値があるということだ」
「あなたは何者なんですか?」
アレクには、この自称賢者の老人の正体の予測がついていた。
自称賢者の名乗った名前、ティグス・シュタン。
魔竜シューティングスターの名前を並び替えたものではないだろうか。
「そう身構えるな。通りすがりの賢者だよ。少しお節介のな」
そう言って、通りすがりの賢者は、街の方へと戻って行った。
◇ ◇ ◇
その後、噂によると、フェスの人々はドラゴンに再び戦いを挑み、街は灰になったという。