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6話 戦わない理由

遅れてしまいましたが、無事投稿です。

少し悩んだ話でもあったのですが、お楽しみいただければ幸いです。


「無理だ」

 俺はリコの渾身の願いを、その一言で一蹴した。

 理論的に無理、なのではない。俺の感情論だ。

「な……っ…………」

 リコも絶句する。自分の全てを掛けた懇願を、願いをたった一言で断られたのだから、無理も無い 

「一応、理由を聞かせてくださいますか?」

 それでも、こうして俺に聞き返すことが出来たのは、王女としての精神力の強さが窺い知れる。ならば、ここは正直に自分の気持ちを伝えることが、今の自分に出来る最善策だ。

「俺は、戦いたくない」

「どうして!? 貴方は王剣を携えて、わたしの前に現れました! 貴方には、この王国を救うだけの力を持っているはずなんです! じゃないと、可笑しいじゃないですか!!」

 確かに、伝説ではそうなっているのかも知れない。

 王剣を持って現れた人間が、王国の危機を救うと。

「でも、嫌だ。王国を救うってことは、俺が王国を危機に陥れた人間と戦わないと駄目ってことだろ? 俺は、殺し合いなんて嫌だ。俺が殺すのも、俺以外の誰かが殺しあうのだって……」

「じゃあ、わたしにこのまま目を瞑って見ていろと? 祖国が逆賊に蹂躙され、荒らされていくのを黙って見ていろと!?」

 それは辛すぎるだろう。

 俺はこの世界に来たばかりだから、情勢などは知らない。それが如何に複雑な問題なのかも、だ。

 しかしリコは違う。

 彼女はこの世界で生まれ、この世界だけを見て生きてきた筈だ。そして、愛する祖国と常に共にあったはずだ。そんな心の拠り所も、肉親すらも失ったこの少女には、今の世界はどのように見えているのだろうか?

 そんなことは想像できるはずが無い。

 だって、俺は俺で、リコはリコだからだ。

 お互いのことを『ある程度』知ることは出来ても、完全に理解することは出来ない。

 だから、俺にはリコが抱える本当の苦悩など知る由も無いのだ。それでも、

「――俺は、戦いたくないから。俺やリコが戦っても、問題は解決しないよ。だって、殺しあえば憎しみが増えるだけなんだから」

 俺はリコの反応を待たずに、王剣アルファセウスに手を掛けた。

 そして、その得物を静かに、そしてゆっくりとした緩慢な動作でリコの正面へと置いた。

「これは、返すよ。俺には必要のないものだから」

 俺は機会を捨てた。

 これが物語なら、俺は剣を取り、王国を救った英雄となるのだろう。神話で語り継がれてきた、数多の英雄。俺がその一人になれるような、恐らく元の世界では決して手に入らないような名誉と賞賛、そして富を勝ち取ることが出来たのかもしれない。

 けど、俺はそんなことを望んでいたわけではなかった。

「俺は、この世界の人間じゃ、無いんだ」

 だから。

 自分が望んでいるものを本当に理解してもらうには、真実を曝け出すしか無かった。信じてもらえるなんて思ってもいないが、伝えることに損は無いはずだ。

 現にリコは口を半開きにして、黙っている。

 まるで、何か言葉を紡ごうと思っているのだが、肝心な言葉が出てこないような……。

「俺が正気じゃないと思うだろ? 思ってたっていい。でも、俺の話だけは聞いてくれ」

 俺は少しの間を空けて、続ける。

「俺はさ、本当の世界では一般人だったんだ。リコが考えてるような、英雄なんて夢のまた夢な感じで。特技も無いわけじゃなかったけど、そう特筆できるようなものでも無かったよ。でも、不満は無かった。だって、毎日友達と笑って過ごせるし、家族は全員仲が良くて元気だし。平和で良かった、って思ったよ。でも――――」

 あの瞬間だけは思い出しくもないし、語りたくも無い。でも、事実だ。

 鋭利な刃物が肉を押し分けて、めり込んでくるあの感覚。身体に傷こそ残ってはいないが、間違いなく心に傷が残っていた。刃物が怖いのだ。

「俺は殺された。何にも悪い事なんてしてないのにさ……。家に帰る途中で後ろからナイフで刺されたんだ」

 俺は自分の手のひらを見つめた。

 力を入れれば、確かに思うとおりに動く四肢。そして思考。

 これは、本来なら永遠に失われていたはずのものなのだ。それでも、俺の身体がこうして存在していられる理由。それが、幸か不幸か異世界に転生してしまったからだ。

「だから、俺は折角神様から貰えた二度目の人生を無駄にしたくは無いんだ。出来るなら、平和に暮らして居たい――――」

 君と、なんて気障キザな言葉は紡げなかったが、俺は精一杯の思いを込めた――、つもりだ。


 

 私は混乱していた。

 膝の上にポタポタと落ちる雫が涙だと気づくのにも、少々の時間を要する。

(どうして……どうして……なんですか……?)

 どうして、この少年の言葉はこんなにも心に突き刺さってくるのだろうか。

 肉親を、祖国を失ったあの日から、私はもう立ち止まらないと決めたのに。私の手で必ず、王国を取り戻してみせると誓ったのに。

 それなのに……。

 この少年が口にした言葉は、私の心を硬く覆っている――乾ききった泥のように汚く、薄汚れた復讐心の殻の隙間に入り込んでくる。そして、私の心の殻に次々と皹を入れていくのだ。

 それは、自分のもっとも弱い部分を攻撃されているような、錯覚を覚えさせた。

 そして、自分が今まで築き上げてきた『自身の人間像』が破壊されていく。

 分かっていた。

 自分が復讐などという、馬鹿げた理由を唯一の心の支えにしていたことが。でも、そうでもしなかったら、私は押しつぶされてしまっていただろう。押し寄せてくる遺恨の念で、とうの昔に自らの命を絶っていただろう。

 それでも、今まで生きてこられたのは、復讐という目的があったからだ。

 それは、肉親や大事な人を奪われたならば、当然のことであろう、とも思う。しかし、目の前の少年は違った。

 アリスは一度たりとも、復讐などという言葉は出さなかった。自分を殺した憎むべき相手に対して、一切の私怨の感情を表さずにただ、新しい世界だけを見ていた。

 思い知らされてしまった。

(私は……なんて小さい人間なの……)

 真っ直ぐと前だけを見て突き進むこの少年と過去を引きずり、過ちを繰り返そうとする。器の大きさの差は明らかであった。


 バラバラ、と。


 私の心を覆っていた薄汚い殻は今度こそ、砕け散った。

 もう、支えは無い。そう、かつての支え(・・・・・・)は無いのだ。

「ふ……ぇええええん……えぐっ、っく……」

 私は、崩れるしかなかった。



 目の前で泣き崩れるリコ。

 今度ばかりは、心情が痛いほど分かった。恐らく、リコは祖国や肉親の無念を晴らすことのみを支えにしてきたのだろう。そして、それが間違っていることを俺自身が説いた。

 支えを失った少女の心は崩れるだけだ。

 俺はそれを目の当たりにしている。だからこそ、出来ることがある。立ち上がり、ゆっくりと泣き続けるリコへと歩みを進め、


 その肩に手を優しく置いて、


 硬く……、強く……、抱き締めた。


 もう大丈夫だよ、と。


 そう語りかけ、少女は頷いた。

「リコはよく頑張った。凄いよ。こんなに追い詰められて、一人で戦ってきたんだから。だから、また立ち直れるはずだ」

 リコは小さく頷く。

 涙で潤む瞳を持ち上げ、俺へと視線を移す。これから、紡ぐであろう言葉は、俺に対するものであることが直感的に分かった。

「ひとつだけ……、ひとつだけ……お願いを聞いてくださいますか?」

 頷く俺。戸惑いは無い。

「それが、リコ自身の本当の願いなら、ね」

 今度は一際大きく、リコが頷いた。

「私と一緒に、ここに居てくれませんか? ここで、暮らしたいんです。アリスと……。理由は分かりません。でも、アリスは私を変えてくれる気がするから……」

「お安い御用。俺も……その、これから宜しく。リコと一緒なら、きっと楽しいと思う」

 その返答に、僅かながらリコの瞳に希望の色が浮かぶ。

「じゃあ……これからは家族ですね。こちらこそ宜しくお願いします。だから……今だけは甘えさせてください…………」

 再び、俺の胸で泣き始めるリコ。

 俺も、そんなリコを抱き締める。

 しっかりと、離さないように、優しく。


 今まで、弱音を吐くことがなかったリコは、ようやく元のリコに戻れたのかもしれない。

 悲しみを吐き出すことによって。

 そして、これからは俺が支えていけばいい。俺が……。

 と、


「リコお姉ちゃーん! お薬貰いに来ちゃったよ~!!」


 唐突に響いた可愛らしい幼年期であろう少女の声。

 同時にリコの家の扉が勢いよく開け放たれ、茶色い髪の少女が入ってきた。

「リコお姉ちゃん、お爺ちゃんのお薬を……」

 そこでお約束の絶句。

 それも当然のことだろう。目の前には見知らぬ男と、その胸で泣く見知った少女。(これは少女視点で)

 この場合、導き出される結論とは……。


「おとぉぉぉぉぉさぁぁぁああん!! お姉ちゃんが苛められてるぅ!!」


 大絶叫。

「やっぱ、そうなるんかい!!」

 というツッコミに反応してくれる心優しい救世主は存在せず。

 少女の声に反応して、この家と村を結ぶ道からごつくて鎧を着込んだ男が走ってくるのが、見えた。その手にはしっかりと鉄槍が握られている。きっと、この村の衛兵なのだろう。

 

 Q あれ? 俺不審者じゃね?


 A 誰がどう見ても、不審者です。


 兎に角、修羅場が始まった。


ご意見・ご感想などお待ちしてます。

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