5話 決断、そして
学校という忌まわしい宿敵から送られてきた、宿題という最凶の刺客との死闘を終え、なんとか投稿できた作者で御座います。
なんとか、平和になったので今後はペースアップが出来ますので、よろしくお願いします。
俺は今、リコの家で唯一のテーブルに備え付けられていた椅子に腰掛け、リコを待っていた。
俺が望む話をこれからするというリコは、長い話になる前にと、お茶を入れてくれるらしい。ここからでも台所に立って、お湯をカップに注ぐリコの後姿が見える。
(俺が望む話、か……)
一体、それは何なのだろう。
王剣についても気になる。リコの真剣な表情から察するに、何かこの剣には意味があるらしい。
俺は足元に置かれていた剣を手で拾い上げる。剣と呼ぶには軽く、ただの棒と呼ぶにはあまりに精巧すぎる。そして何よりも、俺が先ほど感じた流れ――。
そう、魔力。
魔力の流れを、俺はこの剣の中に感じる。
俺の中にあったそれよりも遥かに強大な魔力を。これがただの骨董品ではないことは既に決定的。しかし、じゃあ一体何なのか? という質問に、俺は答えることが出来ない。
リコは知っている様だが……。
俺が思考を脳の隅々まで駆け巡らせていると、リコがお盆を持ってこちらへと向かってきた。お盆の上には、二つのカップと陶器の皿。
「お茶、お持ちしました。宜しかったら、こちらの方も如何ですか? これ、直ぐそこの森で採れたものなんです」
リコは笑顔で解説し、お盆をテーブルの中央へと置く。
「おおっ!!」
お盆上の陶器皿には、ピーナッツや胡桃に似た木の実が山盛りになっていた。何よりも、懐かしく感じる。向こうの世界では、胡桃やピーナッツが大好きだったのだ。
そして忘れてはいけないのがもうひとつ。
それが、湯気を立てているお茶だ。
「このお茶は菜園で取れた薬草を調合、乾燥させて作った特製です。村でも、時々皆さんにご馳走したりしてますので、味は保障できますよ」
どうやら自信満々だ。
まあ、その言葉の通り、お茶からはいい香りが漂ってくる。
「それじゃ、頂きます」
俺はカップを手に取り、口へと運んだ。
熱いことは分かりきっているので、飲み干すような真似はしない。俺はギャグマンガの主人公じゃないんだぜ。
口内を火傷しないよう、俺はカップのお茶をゆっくりと口に含んだ。
「お、甘いね。なんか、味にも含みがあって美味しい」
「ホントですか!? 嬉しいです!」
リコは俺のリアクションにご満悦のご様子。
実際、俺のはお世辞じゃなくて正直な感想だ。
俺の記憶が正しければ、俺は向こうの世界で部活を終えた帰りに殺されたはずだ。部活帰りといったら、『腹減った早く晩飯が食いたいぜ!』の時間帯である。
よって、目覚めた時の俺は非常に空腹だった。
そして今、久方ぶりの食物を体内に取り込んだ俺は、急激に身体に力が入り始めていた。身体の奥底から、得体の知れないパワーが沸いてくるような感覚だ。
俺の血色が良くなったことがリコにも伝わったのか、リコは席に俺と向かい合わせになるように座った。
それから、視線をこちらに合わせる。
「では、話を始めましょうか」
「王剣……についてですか?」
「ん~、まずはそうしましょうか。では、アリス。これからする話をしっかりと聞いてください」
「もちろん。で、どうぞ」
リコは咳払いすると、俺の手に握られている剣を見つめ、
「まず、私はあなたに謝らなくてはいけません。嘘を吐いていたことを」
「え? 嘘……?」
「はい。私の本当の名前はリコリス・アルクトゥルス……、一応、アルクトゥルス王家の王女です」
「あ、なるほど。王女様ってこ――――、ってはぁあぁあああ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げた俺がとった行動は、額にぴっしりと地に付ける土下座の体勢だ。
「申し訳ありませんっ!! 俺、王女様に無礼な態度を!!」
そう、俺は今までこの少女にタメ口を使ったり……、あと興奮(性的な意味で)したりと、下手すると死刑級の無礼を働いてきた気がする。
「い、いえ。わたしが明かさなかったのも悪いわけですし、あくまで王女というのも一応ですから」
「死刑は勘弁してください」
「も、もちろんです」
「あと打ち首獄門なんてのも……」
「そ、そんなことしませんからっ!!」
打ち首獄門が通じたのはなんとも謎だが。
とにかく、俺が殺される危険はなさそうだ。
それよりも、一方的に会話を切ってしまった事の方が問題か。
「じゃあ、続きをお願いできる?」
「分かりました。まず、アリスが言ったとおり、王剣についてお話しますね。王剣アルファセウスとは、アルクトゥルス王国を建国した祖である、放浪の騎士レイヴィンの所持していた聖装です」
「王国の祖……建国者ってことだよね。それが持っていた剣だから王剣アルファセウス?」
「その通りです」
わざわざ詳しく説明するまでもない単純明快なお話だ。
よく俺の世界にある神話で、アーサー王伝説というものがあるが、似たようなものなのだろう。違うのは、魔法や伝説の生物がいるこの世界では神話としてではなく、実際の歴史として語り継がれている点だろう。
「遥か昔……、この地は一人の支配者に下に纏まるということは無く、各地に村や町があり、それぞれが自治を行い治めていました。アルクトゥルス王国の首都スペルシアも、昔は小さな町でした。シーズンになると隊商や行商の通り道だったこともあって、そこそこ賑わう平和な町だったそうです。そこにひとつの大きな災厄が訪れました。もともと、スペルシアの周辺は竜の住処だったのです。その竜の中でも特に凶暴で巨大な悪竜王と呼ばれる一匹が町を襲いました。悪竜王は竜軍を引き連れ、家畜を食い荒らして畑を焼きました。もちろん、自分たちの大事な町を荒らされた住民は黙っていませんでした。農民は農具を武器にし、町人は弓をとり、騎士たちは剣を取り、悪竜王とその手下に戦いを挑みました」
リコは言葉を切った。
それから俺に視線を移し、目で問いかける。
「負けたんですね」
「はい。所詮、人間の力では竜には及ばなかったのです。その敗北後、竜はひとつの要求をしてきました。それはもう町を襲わない代わりに、毎月一人の生贄を要求するというものです。当然、こんな無茶苦茶な条件を町の住民も飲むわけにはいきません。しかし、彼等にはもう残された道がありませんでした。仕方なく、悪竜王の申し出に応じ、最初の生贄は町を仕切っていた長の娘に決まりました。彼は責任を取りたかったのでしょう。町を竜に支配されるという最悪な結果を招いた自分の失態に対して。しかし、神は町を見捨ててはいませんでした。もう、皆が諦めかけていた時、一人の騎士が現れました。その手には一本の剣。それこそが、王剣アルファセウスで、その人物こそが王国の祖、レイヴィン王です」
リコの話は続いた。
「悪竜王に単騎で戦いを挑んだレイヴィン王は、見事に悪竜王を打ち負かしました。そして、長の娘を無事、長へと返しました。それの偉業が認められ、レイヴィン王は町の長となったのです。更に、このレイヴィン王の偉業は、悪竜王を殺さなかったことです」
「殺さなかった?」
「ええ。レイヴィン王は、悪竜王とその手下の竜軍にこの地を守ってはくれないか、と懇願したのです。悪竜王は悪事を散々働いたにも関わらず、自分たちを殺さないレイヴィン王に感服し、その申し出を受け入れました。ここに、初めて異種族間での協力が実現したのです。その後、レイヴィン王は王剣と共に、周辺の村や町を纏め上げて、統一しました。そして遂にレイヴィン王は、王国を建国するに至ったのです」
リコは、ここで話を切った。
「これで、王国と王剣の関係についてはお分かりいただけましたか?」
「ああ。で、結局王剣はどうなったんだ?」
リコは俺に王剣の伝説を語った。
リコによれば、レイヴィン王の王国建国後、王剣は姿を消したらしい。理由は分からない。レイヴィン王曰く、「王剣は役割を終えた」と語ったらしい。レイヴィン王が晩年に綴った『王国記』には、王国が危機に陥ったとき、再び王剣は国王の前に現れると記されている。しかし、王がそのときに不在という可能性もないわけではない。もし、王が居なければ、代わりに王国を救う救世主が王剣を持って現れるとも記されている――、
「ちょっと待って! それって今の王国はピンチってこと!?」
「ご名答」
あっさりと返されたが、割と一大事だ。
そして、今の話を聞いた以上、王国を救う救世主は…………。
条件一、王国のピンチ。
条件二、王剣を持っている。
条件三、突然、現れる。
とっても適合している。そりゃあもう、恐ろしいぐらいに。
でも、まさか俺が救世主という訳ではないだろう。だって、俺はただの学生だった。特に訓練を積んだわけでもなく、特技はサッカーで親は二人とも健在。妹も一人居て、全く特徴のない普通の生活を送っていた。それなのに、いきなりこんな世界に飛ばされて……。
「それなのに……ッ! まだ俺になにかやれっていうのか!!」
俺は思わず怒鳴ってしまっていた。
リコはビクッ! と肩を震わせ、目を閉じてしまう。唐突に大声を出されて、驚かないほうがおかしいだろう。
俺は慌てて、リコの緊張を解すことを試みた。
「ご、ごめん。俺、思わず大きい声を出しちゃった。別に怒ったりしてないから、大丈夫」
リコは小さく頷いて、こちらを見た。
「貴方の詳しい状況は分かりません。でも、こちらの状況だけでも知って頂きたかったんです。王国は今、逆賊の手によって分裂しています。王国を治める王族も、王国を守るべき四公も今は…わたしは四公の一角を勤めていた父の無念を晴らすためにも……私、は……」
リコの瞳が揺れ、一滴の雫が零れ落ちる。
一方、俺はリコの言葉に疑問を感じていた。
「でも、リコはさっき王女って言ったよな。なのに父親がその……、四公とかいうのはどういうことだ?」
「それは、私が王家に養子として出されたからです。だから一応と言ったんです」
リコは涙を拭って、質問に答えてくれた。
それから、俺の顔をまっすぐに見つめた。俺には、彼女が何を言いたいのか、お見通しだった。だが、それは俺の望まないものだ。俺が望んだ話の結末は、決して俺の望んだものではなかった。
「お願いがあります。私が仮にもこの国の王女として、貴方に誠心誠意……、頭を下げてお願いをします」
やはり、そう来た。
分かってはいた。俺がどういう存在で、この世界に来たのか。
「どうか、どうかこの国を救ってください!!」
それは俺が産まれて初めて、人に頭を本気で下げられた瞬間で、
俺が初めて人に頼られた瞬間だった。
究極の説明回です。次々回くらいからはゆるくなってくると思いますので、乞うご期待!!