4話 魔法の定義
今度こそ、王剣やその他の核心部分の話をする予定だったのですが、どうしても入れたい話があり、変更となりました。
次回こそは、次回こそは絶対にやります。
俺を席に座らせると、リコは台所へと向かった。
台所には、俺の家のコンロと同じような形状のものがあるようだが、仕組みは全く違うらしく、リコはコンロの下の鉄板を開けて、中に薪などをくべ始めた。このように下で薪を燃やすと、上のコンロで料理が出来るわけだ。
「手伝おうか?」
俺はリコに全部をやらせるのは流石に悪いだろうと思い、席を立ち上がった。
「いえ、大丈夫。何時も、一人でやってますから」
苦労してるんだな……、と俺は足を止め、少女の背を見つめた。
その背中はとても小さい。まだ、幼さの残る少女の背中だ。とても自分で生計を立てたり、自分で仕事が十分に出来る程の体力がないのは一目瞭然だ。それでも…………。
(何でだろうな? 俺には、リコの背中がとっても大きく見える……)
先ほどまでの疚しい感情はどこかに消え失せ、今はともかくこの少女の負担を少しでも減らしてあげたいと、切に思った。
もし、元の世界に帰れないのなら。本当にもしもの話だが、リコの傍で笑っていられれば、楽しいかもしれない。
俺は静かに歩み寄り、薪を一生懸命にくべるリコの手に自分の手を重ねた。
「え? アリ、ス……?」
「無理するなよ。今は俺が居るんだから、俺に仕事を押し付けてくれ。ほら、俺だってタダ飯食うだけじゃ悪いと思ってんだよ。だから、な?」
そして俺はリコの手に直に触れて、理解したことがある。
リコの手は皸が多々、あった。
ここだって、今は温暖だが一年中そうじゃないはずだ。しかし、洗濯物や洗い物は冬だからといって、サボることは出来ないのだ。
「そりゃ、毎日外で洗ってりゃあ、こうなるだろ……」
俺は半ば、呆れたような声で。でも、精一杯の労りを込めて、呟いた。
「湿布とか作ってんだろ? なんで、自分には薬、使わないんだよ? 放っとけば酷くなるってのに……」
「別に……このくらいわたしは……」
リコはあまりはっりと口に出さなかった。
きっと、それは俺の言うことがもっともだから、反論できないのだろう。
「そうやって、大丈夫大丈夫って。全然、大丈夫じゃねえって。ほら、俺がやるから」
俺はリコを半ば強引に押しのけて、残った薪をくべる。
確かに俺はここに来たばかりで、まだ何も分からない。でも、手をこんなにして働いている少女を放っては置けないのだ。
「リコ、火ってどうやって点けてるんだ?」
粗方、薪を釜にくべた俺はリコに尋ねた。
この世界では、火をどうやって点けているのか、俺は知る由もないので、こればかりはリコに頼るしかないのだ。
リコは俺の問いに、ワンピースの裾を突然捲り上げた――――ってうぉおおおい!! なにやってるんすかぁぁああ!?
揺さぶられる俺の心中などお構いなしに、リコは太腿に巻きつけていたベルトのような物から、一本の木の棒を取り出した。表面だけ見れば、中々手の込んだつくりになっているではないか。まさか、こんな上質なものがマッチではないだろう。
「火はこれで点けます。これはわたしがやるので、任せてください」
「お? ああ、うん」
俺は了承した。
これくらいなら、別に疲れるわけでもないし、何よりもこの木の棒でどうやって火を点けるのか、とっても気になる。
色んな方法を思い浮かべる俺の目の前で、リコは木の棒を人差し指と親指で挟むように持ち、目を閉じた。
突如、木の棒が発火した――というよりは、木の棒の先端から数ミリ程離れた空中で火が燃えているという感じだ。
「これ、どんな仕組みだ? もしかして次世代ライター?」
「??? ”らいたー”がどんなものか知りませんけど、これはただ単にクレミアの木を加工したものに、『発火』の術式を埋め込んだものですよ。これに魔力を流し込むだけで、術式が発動するようになっています」
「ゴメン。全然、理解できないよ。つまり、リコは魔法を使ったってこと?」
「う~ん、正確には魔法ではありません。でも、違いを説明するとなると、定義から入らないと駄目ですし……」
リコは少し考え込んだ後、俺を見て、
「まず、魔法の定義から説明しますね。魔法の定義とは、術式を構築して魔力を流し込んで、それが現実に干渉するようになることです。この定義から考えれば、わたしが先ほど行ったのは、予め術式が棒に付与されていたので、正確には魔法を使用したとは言えませんよ」
「その術式ってのは?」
「はい。術式というのは、魔法を発動するために必要な情報が記入されたメモ帳だと思ってください。それを学んで、正確に覚える事が出来て初めて術式を身に着けることができた、と言えます」
説明を聞いて、俺は適当に相槌を打つ。
「へえ。まあ、魔法でも何でも要は勉強しないと使えないって訳ね」
「まあ、そうです。でも、魔力は誰にでもあるんですよ? 大事なのは術式を覚えることですから。きっとアリスでも、魔装具くらいなら直ぐに扱えるはずですけど……」
「魔装具っていうのは、さっきの棒とか?」
俺の指摘に、リコは頷いた。
「はい。他にもいろいろとありますけど、家に置いてあるのは『炎の枝』と『竜巻箒』くらいです」
なるほどね。魔法を予め仕込んであるアイテムなら、誰にでも使えるのか。元の世界に……帰れるのかは分からないが、帰れるときは魔装具のひとつくらい持って帰りたいものだ。
しかし、それよりも今はこの場で使ってみたい。どうやら、扱いは俺にでも出来るようだ。
「なあ、俺にやらせてよ。ちょっと使ってみたいんだ」
「いいですよ。きっと、アリスなら出来ます」
何だよ、褒められると照れるじゃないか。よぉし! やってやる!
俺はリコから『炎の枝』を受け取り、先ほどリコがやったのと同じように人差し指と親指で挟むように持つ。これで後は、魔力を流し込むだけらしい。
(よっし。魔力を流し込むぞ)
俺は腕に力を込め、魔力を流し込もうとした――のだが。そもそも魔力が何か分からない。
「リコ、魔力ってどうやって流し込むんだ?」
「え? ほら、体内に魔力が通っていますよね。それを指から杖へと流し込むんですよ」
あー、そういうことか。
きっと、幼い頃から魔法ないし魔装具を使用してきたリコには、魔力の流れというものが分かるのだろう。だが、俺は魔法はもちろん、魔装具だって使用経験がないのだ。いきなり魔力なんて言われても、分かるわけが無い。
「リコ? 俺さ、こういうこと初めてだから、魔力がどういうものか分からないんだ。きっと、俺の身体を今も流れてるんだろうけど、正直な話、その感覚が分からない。どうにかして、教えられないか?」
無茶な要求だとは分かっていた。
人の身体に物を教えるなんて、それこそ脳に人工的に書き込まないと駄目だ。そして、どうみてもこの世界に、他人に頭に自分の感覚を伝える技術なんて存在しないだろう。俺の時代にだってないのに。
しかしリコは、
「分かりました! わたしの魔力をアリスにこれから流します。そうすれば、アリスも魔力がどんなものか分かるはずですよ」
「おお!! なるほど! 確かにそうかも」
「えへへ。では、早速流しますね」
リコは俺に近づき、俺の手を握った。
また俺の心臓の鼓動が激しくなる。
「行きます」
リコは短く呟き、目を閉じた。
その瞬間、俺に魔力が流れ込んできた。
それは、とても不思議な感覚で、リコから流れ込んできた魔力が俺に伝わると、俺の体内の魔力が”認知”できるようになった。
例えるなら、今まで知らずに食べてきた物の名前を教えられ、味と名前が一致し、自分の中でパズルが組み立てられたような感覚。
それは少し恐ろしくて。
少し安心できた。
リコの魔力はとても優しくて暖かい。俺の身体の隅々まで行き渡り、俺を目覚めさせた。感覚と肉体を覚醒させたのだ。
「もう、大丈夫ですか?」
「ああ。分かった。これが魔力か」
リコが俺の返事を聞いて、ゆっくりと手を離した。
俺は先ほど、『王剣アルファセウス』を握った後と、非常に近い感覚を味わっていた。自分の中に未知の力が、感覚が染み渡った――そんな感覚だった。
俺はもう一度、杖を握り締めた。
「行くぞ」
俺は身体の中で躍動を繰り返す流れを腕から指へ、指から杖に仕込まれた術式へと変更する。魔力の流れが術式を構成する”何か”と結びついた瞬間、術式の情報が脳内に流れ込んできた。
簡単な仕組みだった。
俺は戸惑うことなく、魔力を流し続けた。だが、流しすぎはよくなかった。
「ぬおぁあっ!!」
火、というよりは、炎が杖の先端から噴出した。
「ア、アリス! 魔力を抑えて!」
俺はどうにか術式を制御しようと、魔力の流れを少し狭めた。それに比例して、炎も弱まってくる。
「今です。早く点火してくださいね」
「お、おお」
そういえば、目的はそれだったな。
俺は黙って頷き、薪へと火を点けた。火は直ぐに燃え移り、温度を上げていく。
「じゃあ、閉めるぞ」
俺は点火したことを確認し、金属の蓋を閉めた。
リコはというと、早速水を入れたやかんのようなものをコンロに乗せていた。
「これからお茶を作りますので、今度こそ座っていてくださいね」
「うん、分かってる」
リコは俺が頷いたの見て、
「これからお話します。アリスが知りたいことを」
目の前の少女の顔は、今までとは打って変わって真剣なものだった。
一応、魔法というものを簡単に書いてみたのですが、お分かりいただけたでしょうか?
不明な点などがあれば、後々追記していきたいと思います。自分的には、なるべく説明回だな、とならないようにしたんですけどね……。