突然だが、友だちの令嬢が破滅するらしい
突然だがおれは、隣にいる令嬢が将来破滅することに気がついた。
現在18歳で同級生の彼女は、10年後親の会社の経営が傾き、11年後慌てて結婚するも、14年後にひどいモラハラが原因で離婚。家事しかできない彼女は、行く宛もなくホームレスに堕ちる。そういう未来である。
「どうしたの? イリア」
つややかな金髪を長髪にしていて、碧い目はパッチリしている。ウソを嫌うタイプの目だ。また、道理の通らないことを嫌う性格でもあり、正義感が割と強い。魔術においては、生活術式は使いこなせるも、戦闘面ではからっきし。貧しいヒトや被差別民に対しても、優しさを向ける強い意志を持つ子。
そんなマリア・スペンサーは、おれの顔を覗き込んでくる。
「いや、急に疲れがやってくるときってあるだろ? 体力や魔力は可視化できないけど、なんとなくソイツらがゼロに近いのかね」
「良く分かんないわよ。まぁ、疲れたような顔はしてるけど」
「そうだな。疲れているに違いない。帰って寝るわ」
「まだ授業中だよ?」
「授業中かどうかも分からないくらいだし、きっと風邪でも引いたのさ」
そう言い放ち、おれは立ち去っていく。授業中だろうと、飲み物を買いに行く程度なら許されるので、教師からもそう見えているだろう。
怪訝そうにこちらを覗き込むマリアを、誤魔化すことはできなさそうだが。
「ちょっと、イリア!」
廊下へ出たところで、後ろから声がかかってくる。振り返ると、マリアが教室の扉より半身を乗り出していた。そして、おれを睨んでいる。
「なんか用か?」
「ウソは良くないよ。貴方、なにかウソをついている」
ウソを嫌う目なのは、性格から来ているのかもしれない。おれは立ち止まり、薄い溜め息をつく。どうやらマリアからすれば、おれの表情はウソに思えるらしい。
「マリー、おれの魔術知っているよな?」
「第六感、でしょ? それがどうしたの?」
「なら、あれがどのくらい未来を見据えているかも分かるか?」
「それは分かんない。けど、ウソは良くない」
「ウソはついていないんだけどな……」おれは手を広げる。「まぁ良いや、ショックを受けないって約束できるなら、見た未来を教えるよ。マリーに思いっきり関係ある未来だから」
マリアは躊躇なくいう。「どんな未来なの?」
「10年後、スペンサー証券の経営が傾く。それに焦ったマリーのご両親は、マリーを結婚させる。しかし結婚相手がろくでもない成金野郎で、ひどいモラハラとDVを受ける。その後は──」
マリアは、一刀両断と言わんばかりに宣言する。
「そんな未来、なるわけないでしょ」
おれは少し、拍子抜けした。泣くか、青ざめるか、怒鳴るか──そのどれかを想定していたのに。
「……根拠は?」
「私が許さないから」
至極シンプルな答えだった。マリアは半身を乗り出したまま、碧い目でまっすぐおれを見ている。怖がっている様子は、欠片もない。
「スペンサー証券の経営が傾くのは、お父さんたちの問題だから、私にはどうしようもないかもしれない」彼女は続ける。「でも結婚は違う。私が首を縦に振らなければ、それで終わりでしょ」
「焦った親ってのは、子供の意思を無視することもある」
「そのときは私が家を出る」
「令嬢が? 行く宛もなく?」
「貴方が今、教えてくれたじゃない」
おれはしばらく黙った。
マリアは扉から完全に身を出して、廊下に立った。背筋が伸びていて、令嬢らしい立ち姿だ。しかし目の奥には、貴族のお嬢様とは少し違う、妙に地に足のついた光がある。
「イリア、貴方の第六感って、変えられない未来を見るの?」
「……分からない。変えようとしたことがないから」
「じゃあ今回が初めてね」
言い切る。
おれは額に手を当てた。
「なんでそんなに落ち着いてるんだ。普通ショックだろ、自分の未来が破滅するって聞いたら」
「ショックを受けないって約束したもの」
「したっけ?」
「『ショックを受けないって約束できるなら』って言ったでしょ。私が答える前に自分で話し始めたくせに」
──あぁ。完全に、やられた。
おれは天を仰ぐ。廊下の窓から秋の日差しが差し込んでいて、マリアの金髪がやけに眩しく光っている。
「一個だけ聞いていいか」
「どうぞ」
「なんで、そんなに信じる? おれの第六感を」
マリアは少し首を傾けてから、あっさり言った。
「だって、貴方が嘘をついていないから」
おれは返す言葉が見つからなかった。
ウソを嫌う目。ウソを見抜く目──どうやらそれは、他の誰よりもおれに対して向けられているらしい。
「……帰って寝る」
「うん、お大事に」
「マリー」
「なに?」
おれは少し迷って、結局正直に言った。
「おれも、そんな未来にはしたくないと思ってる」
マリアは一瞬きょとんとしてから、それからふわりと、どこか困ったような笑顔を見せた。
「……それ、プロポーズ?」
「ちがう」
「冗談よ」
扉が閉まる音がした。
おれはひとり、廊下に立ち尽くした。第六感はもう何も告げていない。ただ秋の光だけが、廊下の床に長く伸びていた。
やっかいな話だ。
未来を変えようとしたことが、一度もなかった。
──でも今は、変え方よりも先に、奇妙なことが気になっていた。
さっきのマリアの、あの困ったような笑顔が、なんでかまだ、頭の中に残っている。




