「記録者」
フォルセイドを倒した夜、冬夜はログアウトしてからいつものようにフォーラムを確認した。
予想通り、騒ぎになっていた。
【速報】銀月の草原のフィールドボス、初日で撃破される
──「称号『銀月の狩人』持ちが五人確認された」
──「五人パーティってことは、ソロじゃないのか」
──「トワがパーティ組んだ!? あのソロの権化みたいな男が!?」
──「相手は〈深紅の牙〉ってギルドのメンバーらしい」
──「〈深紅の牙〉、中堅ギルドだぞ。トップギルドじゃなくて中堅と組むのか」
──「たまたま現地で会っただけじゃね?」
──「にしても、初日撃破はおかしい。Lv90のフィールドボスだぞ」
──「トワがいればおかしくないのが、もうおかしい」
冬夜はフォーラムを閉じてベッドに転がった。
天井を見上げる。
……五人で戦うのは、思ったより悪くなかった。
自分の情報で四人が動く。四人の火力が自分の切り札を補う。一人では見つけられない角度からの攻撃が、仲間の位置取りで生まれる。
ソロの旅が好きなことは変わらない。だが、「悪くない」と感じた自分がいた。
それは二年間で初めてのことだった。
◇
翌日、大学の帰り道。
スマホにメッセージが来た。ミコトからだ。
ミコト:「フォルセイド討伐おめでとうございます! 五人パーティだったって聞きました。トワさんがパーティ組んでるの、ちょっと意外でした」
ミコト:「あの、一つだけ正直に言わせてください。実は昨日、トワさんが銀月の草原にいるのを見つけて……遠くから、フォルセイド戦を録画してました」
ミコト:「配信はしてません! 本当にしてません! 個人的な記録です。勝手に撮ったこと、怒ってたら消します」
冬夜は立ち止まった。
録画。フォルセイド戦を、遠くから。
少し考えた。怒りは──ない。ただ、なぜ録画したのかが気になった。
トワ:「なぜ撮った」
返信は速かった。
ミコト:「……うまく言えないんですけど」
ミコト:「トワさんの戦い方って、すごく綺麗なんです。無駄がなくて、全部の動きに意味があって。見てると、ゲームを見てるっていうより、何か一つの作品を見てるみたいで」
ミコト:「それを残しておきたかった。誰かに見せるためじゃなくて」
ミコト:「……ごめんなさい、気持ち悪いですよね。消します」
冬夜はしばらくスマホを見つめていた。
この人は──配信者なのに、配信していない。視聴者に見せるためではなく、自分のために記録している。
不思議な人だと思った。
トワ:「消さなくていい。ただし配信はするな」
ミコト:「!!! ありがとうございます!!!」
トワ:「………」
ミコト:「あの、もう一つだけお願いしてもいいですか」
ミコト:「トワさんの旅を、配信させてほしいんです」
来た。遅かれ早かれ来ると思っていた。
トワ:「断る」
ミコト:「ですよね! わかってました! すみません!」
ミコト:「でも、いつかもし気が変わったら、いつでも言ってください。待ってます」
冬夜はスマホをポケットにしまった。
──待ってます、か。
気が変わるつもりはない。だが、その言葉を不快には思わなかった。
◇
その夜、ログイン。
銀月の草原は、プレイヤーの数が増えていた。フォルセイド討伐の情報が広まり、終夜の回廊を抜けてきたパーティが続々と到着しているようだ。
トワは人混みを避けて草原の端を歩いた。
目的は二つ。まだ灰色のまま残っている北西の端の探索と、銀月の鹿との交流だ。友好度は現在14/100。会うたびに撫でて、少しずつ上げている。
草原を歩いていると、レナからメッセージが来た。
レナ:「トワさん、今ログインしてる?」
トワ:「している」
レナ:「あのね、今日うちのギルマスが話したいって言ってるんだけど……」
レナ:「〈深紅の牙〉のギルドマスター、バルトって人なんだけど、昨日の戦闘のこと聞いて、ぜひトワさんに会いたいって」
トワ:「ギルドに入る気はない」
レナ:「あ、勧誘じゃないよ! ただ、お礼を言いたいんだって。うちのメンバーがフィールドボスの初討伐に参加できたのは、トワさんのおかげだからって」
冬夜は少し考えた。
礼を言われるためにパーティを組んだわけではない。だが、断る理由も特にない。
トワ:「短時間なら」
レナ:「ありがとう! 草原の入口の丘で待ってるね!」
丘に行くと、レナの他に一人のプレイヤーが立っていた。Lv90の騎士。大柄なアバターで、重厚な鎧を纏っている。ギルド名は〈深紅の牙〉。
「おお、あんたがトワか。俺がバルトだ。〈深紅の牙〉のギルドマスターをやってる」
バルトはボイスチャットで話していた。低く落ち着いた声だ。
「まず礼を言わせてくれ。うちのメンバーが無事に帰ってこれたのは、あんたのおかげだ」
トワはチャットを打った。
「全員の力だ。俺一人では倒せなかった」
「謙虚だな。レナから聞いたが、全域攻撃をアイテムで防いだらしいじゃないか。あんたがいなきゃ全滅してた」
トワは答えなかった。
「本題に入る。勧誘じゃない、安心しろ。あんたがソロで旅をしたいのは、フォーラムを見てりゃわかる」
バルトが少し間を置いた。
「ただ、一つだけ提案がある。〈深紅の牙〉は、あんたをフレンド登録させてもらえないかと思ってる。ギルドメンバーとしてじゃなく、外部協力者として。困った時にお互い連絡が取れる関係、それだけでいい」
「俺に連絡を取りたい場面があるとは思えないが」
「あると思うぞ。これから先、新エリアの攻略が進めば、ソロでも情報の共有が必要になる。それに──あんた、今フォーラムでかなり目立ってる。目立てば、良くも悪くも人が寄ってくる。味方がいて損はないだろう」
冬夜は考えた。
バルトの言っていることは合理的だった。ギルドに入るわけではない。ただフレンド登録をして、必要な時に連絡が取れるだけ。旅の自由は侵されない。
「……わかった。レナ、カイン、リゼ、マルクだけだ。フレンドリストに入れる」
「俺は?」
「一緒に戦っていない」
バルトが大笑いした。
「筋が通ってるな。いいだろう、それで。レナたちが窓口になる。──あんたの旅、邪魔はしない」
バルトは手を振って去っていった。
レナが駆け寄ってくる。
「フレンド登録ありがとう! 嬉しい! あのね、私たちもう今日は終夜の回廊の探索に行くんだけど、トワさんは?」
「草原を歩く。まだ全部見ていない」
「うん、トワさんらしい。じゃあまたね!」
レナが手を振って走っていく。残りの三人も会釈をして去った。
一人になった。
フレンドリストを開いた。オーレンの名前の下に、四つの名前が増えている。
……二年間で、フレンドが四人増えた。
多いのか少ないのか、よくわからない。
だが、リストに名前が並んでいるのを見て、少しだけ。
本当に少しだけ、悪くないと思った。




