「五人目の剣」
フォルセイドの水属性ブレスが湖面を割った。
銀色の水が左右に弾け飛び、一直線の暴風が浅瀬を薙ぐ。直撃範囲は幅十メートル。射線上にいれば、Lv85のタンクでもHPの八割を持っていかれる威力だ。
トワはブレスの発射を見てから動いた。
2.4秒の詠唱。【見聞録】が示した通りの予備動作。フォルセイドの首が光る方向で射線が確定する。右に三歩。それだけで回避できた。
ブレスが通過した直後の隙に、懐へ走る。【駆け出しの霊薬】の効果時間は残り十八秒。
三連斬。フォルセイドの腹部に叩き込む。
7,400──7,400──7,400。
CTゼロ。もう一度。
7,400──7,400──7,400。
フォルセイドが身体をくねらせた。【見聞録】に新しい攻撃パターンが追加される。
【新規パターン検出:水流旋回(周囲270度・水属性)】
湖水が渦を巻き始めた。フォルセイドを中心に、巨大な水流が回転する。範囲は270度──ほぼ全周囲。回避できる安全地帯は、フォルセイドの真後ろ30度の扇形のみ。
だが真後ろに回り込むには、巨体の半周を走らなければならない。発動まで──【見聞録】の表示を確認する──1.6秒。
足りない。普通に走っては間に合わない。
トワは【旅立ちの剣】をしまい、アイテムストレージから槍を取り出した。
旅の途中で拾った錆びた槍。熟練度MAX。【万象の構え】により、槍使いの基本モーション「突進」がコピー済み。そして【万象の腕輪】の強化効果で、突進に付随する「移動距離に応じたダメージ加算」が追加される。
槍を構え、突進モーションを発動した。
身体が弾丸のように射出される。水面を裂き、フォルセイドの胴体に沿って滑るように真後ろへ回り込む。
水流旋回が発動。270度の水の壁が展開される──が、トワは安全地帯の30度に滑り込んでいた。
そのまま槍で突く。突進の移動距離がダメージに加算される。
9,600──クリティカル。
「すっご……」
後方からレナの声が聞こえた。四人は湖の岸辺から遠距離攻撃を撃っている。
「あの水流、全周囲かと思ったら後ろだけ安全なの? なんでわかるの?」
「【見聞録】だろうな」
と盗賊が言った。名前はカイン。
「レイドでも使ってた鑑定系のスキル。攻撃パターンがリアルタイムで見えているんだと思う」
「ずるくない?」
「ずるいな。だが、あのスキルの【熟練度】を上げたのはあの人自身だ」
魔法使いリゼが杖を振り、氷の魔法をフォルセイドに撃ち込む。水属性のボスに氷属性は等倍。弱点ではないが、通らないわけでもない。
僧侶マルクがパーティ全体に回復バフを展開する。だが前衛のトワには届かない。距離が遠すぎる。
「回復届いてないよ! トワさん、もう少し下がって!」
トワのチャットが表示された。
「いらない。当たらなければ回復は不要だ」
「……マジで言ってる?」
マルクが苦笑した。
「マジだろうな」
カインがドン引きした顔のまま笑った。
フォルセイドのHPが七割を切った。
◇
戦闘開始から四分。フォルセイドのHPが半分を切ると、行動パターンが変わった。
【フォルセイド:第二形態に移行】
湖全体が波立ち始めた。フォルセイドが湖底に潜る。巨体が水中に消え、湖面だけが不気味にうねっている。
「潜った!? どこ行った!?」
レナが剣を構えて周囲を見回す。リゼの魔法は水中の敵に届かない。マルクも標的を見失っている。
だが、トワの【見聞録】は水中のフォルセイドを追い続けていた。
【水中移動中 ── 浮上予測地点:座標表示】
トワはチャットを打った。
「十秒後、南東から浮上する。レナは北に退避。リゼは氷を準備。浮上直後に頭部へ集中砲火」
四人が一瞬沈黙した。
『……了解!』
レナが北へ走る。リゼが詠唱を始める。カインが影に潜り、マルクがバフを更新する。
十秒。
南東の湖面が膨れ上がった。フォルセイドが水柱とともに飛び出す。口を大きく開けている──浮上直後のブレスだ。
だが、射線上にはもう誰もいなかった。
ブレスが空を切った瞬間、リゼの氷魔法が頭部に直撃する。カインが影から飛び出し、短剣で目を斬る。レナが跳躍して首筋に剣を叩き込む。
そしてトワが、水中から飛び上がった。
──いつの間に水中にいたのか。フォルセイドが潜った直後に、自分も潜っていた。浮上するタイミングを【見聞録】で完璧に合わせ、フォルセイドの死角──顎の下から一気に跳ね上がる。
【旅立ちの剣】。顎下から脳天へ突き上げる三連斬。
12,300──12,300──12,300。
弱点部位へのクリティカル。フォルセイドのHPが一気に削れる。
「えっ、水の中にいたの!?」
「あの人、いつ潜ったんだ……」
トワは着水し、再び浅瀬に立った。チャットを打つ。
「残り三割。このまま押し切れる」
四人の動きが変わった。
怖がっていない。最初のぎこちなさが消えている。トワの指示が的確だと理解したからだ。射線を避ければブレスは当たらない。浮上位置がわかれば先回りできる。情報さえあれば、Lv85のパーティでもLv90のボスと戦える。
トワが前線で敵の情報を読み、後衛に的確な指示を出す。戦い方を知っている人間が一人いるだけで、パーティの動きはここまで変わる。
──不思議な感覚だった。
冬夜は二年間、一人で戦ってきた。モンスターの動きを読み、一人で回避し、一人で削り、一人で倒す。それ以外の戦い方を知らなかった。
だが今、自分の出した情報で四人が動いている。自分の判断で、他人の行動が変わっている。
──悪くない。
そう思った自分に、少しだけ驚いた。
◇
フォルセイドのHPが一割を切った。
最後の大技が来る。【見聞録】が「???」を表示した。未知の攻撃パターン。第二形態でまだ見ていない技が残っていた。
【新規パターン検出:名称不明(全域攻撃・水属性)】
【発動条件:HP10%以下】
【詳細データ不足──回避不能の可能性あり】
回避不能。
初めて見る警告だった。通常の攻撃はすべて「回避可能」か「範囲限定」のどちらかだ。だが、この技は──
フォルセイドが絶叫した。湖全体が持ち上がるように波立つ。水が空に向かって吹き上がり、巨大な水球がフィールドの上空に形成されていく。
「なにあれ……」
「やばくない?」
「フィールド全体攻撃だ! 逃げ場がない!」
レナが叫ぶ。マルクが慌てて全体回復を詠唱するが、Lv90のフィールドボスの全域攻撃を受けて耐えられるHPは四人にはない。
トワは一瞬だけ考えた。
──レイドで使った手がある。
アイテムストレージを開く。
アイテム名:【始まりの大盾】
種別:消耗品。使用条件:Lv1限定。
公式説明文:旅の始まりに、仲間を守る盾を。
効果:パーティメンバー全員に被ダメージ90%カット(10秒間)。
入手方法:チュートリアルの隠しクエスト報酬。
レイドでは【旅人の広域煙幕】と組み合わせて千人全員に効果を拡張したが、今回はパーティ戦だ。五人パーティなら、そのまま効果が届く。
さらに【道具通】で効果時間が倍の20秒に。
大盾を掲げた。
【パーティメンバー全員に被ダメージ90%カット:残り20秒】
「バフ来た! 90%カット!?」
「あのレイドの時と同じやつだ!」
水球が落下した。
湖が爆発したような轟音。銀色の水が天を衝き、フィールド全体を呑み込んだ。
水が引いた。
五人全員、立っていた。
マルクの全体回復が残りHPを補填する。全員のHPが緑に戻る。
「……生きてる」
レナが呆然と呟いた。
「Lv1に守られた……私たちLv85以上なのに……」
「面白い話だな」
カインが鼻で笑った。
「レベルなんて飾りだって証明されてる」
フォルセイドは大技の後、大きな隙を晒していた。全エネルギーを使い切ったかのように、湖面にぐったりと浮いている。
トワはチャットを打った。
「──全員で、行け」
五人が同時に駆けた。
レナの剣が首を斬り、カインの短剣が目を貫き、リゼの氷が翼を凍らせ、マルクの聖光が弱点を照らす。
そしてトワが、フォルセイドの額に【旅立ちの剣】を突き立てた。
三連斬。
【銀月の湖獣・フォルセイド HP:0】
【フィールドボス「銀月の湖獣・フォルセイド」討伐】
【初討伐ボーナス:全パーティメンバーに称号「銀月の狩人」を付与】
湖に静けさが戻った。
月の光が水面に反射して、銀色の粒子のようにきらめいている。
「……やった」
レナが膝から崩れ落ちた。緊張の糸が切れたのだろう。
「やったーーー!!!」
リゼが杖を振り回して叫ぶ。マルクが安堵のため息をつく。カインだけが口元に笑みを浮かべている。
「お疲れ様でした、トワさん! ありがとう!」
レナが立ち上がり、トワに向き直った。
トワはチャットを打った。
「礼はいい。全員が動いたから倒せた」
「……トワさんって、たまにすごいこと言うよね」
「たまにじゃなくていつもだぞ」カインが言った。
◇
ドロップアイテムの分配画面が表示された。
フォルセイドのドロップは三種。武器素材、防具素材、そして──
【世界地図の欠片(1/7)を入手しました】
見たことのないアイテムだった。
アイテム名:【世界地図の欠片】
種別:キーアイテム。全職業装備不可。
公式説明文:世界のどこかに、残りの欠片が眠っている。
効果:不明。
備考:(1/7)
七つの欠片。その最初の一つ。
冬夜はアイテムの説明文を読み返した。「世界のどこかに、残りの欠片が眠っている」。漠然とした説明だが、一つだけ確かなことがある。
──まだ、行くべき場所がある。
このアイテムが何に使えるのかはわからない。だが、残り六つを集めるためには、まだ見ぬエリアを歩かなければならない。
トワは欠片をストレージにしまい、湖畔を見回した。フォルセイドがいなくなった湖の向こうに、新しい道が見えている。
「先に進む。ついてくるか?」
レナたちは顔を見合わせた。
「もちろん!」




