旅人の試練
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門をくぐった瞬間、全てが消えた。
装備。スキル。アイテム。ステータス。
【旅人の最終試練に入場しました】
【試練の条件:全スキル・全装備・全アイテムが封印されます】
【あなたは「素の旅人」として試練に挑みます】
何もない。
【見聞録】がない。【初心の心得】がない。【万象の構え】がない。【道具通】がない。【旅路の極意】がない。
ATK48。DEF31。HP120。──Lv1の旅人の、最初のステータス。
手元には──【旅立ちの剣】だけ。最終武器の【果ての道標】すら封印されている。初期装備の旅立ちの剣。三連斬もできない。熟練度がリセットされているからだ。
──本当に、何もない。
二年前の自分に戻った。
目の前に──白い空間が広がっていた。何もない。地面も壁も天井も、全てが白い光で満たされている。
歩いた。
一歩。二歩。三歩。足元に感触がある。硬い地面。白い光の中を、ただ歩く。
方向がわからない。地図がない。羅針盤もない。見聞録もない。
でも──歩ける。
五分。十分。白い空間をただ歩き続ける。何も起きない。敵もいない。宝箱もない。NPCもいない。
ただ、白い道が続いていて。
二十分。
ふと、気づいた。白い空間が、少しずつ色を帯びてきている。
足元の光が銀色に変わった。草が生え始めた。──銀月の草原。
歩き続けると、景色が変わっていく。草原が霧底の森に。森が星砂の廃都に。廃都が天蓋の遺跡に。遺跡が翡翠の密林に。密林が深海の珊瑚宮に。
自分が歩いてきた全てのエリアが、走馬灯のように次々と現れ、通り過ぎていく。
──これが、試練なのか。
全ての場所を──もう一度、歩く。
スキルなしで、装備なしで、仲間なしで、素の自分だけで、
モンスターが現れた。
Lv5のゴブリン。──BCOの最弱モンスター。チュートリアルで出てくるやつだ。
ATK48の旅立ちの剣で斬る。三回で倒れた。
次。Lv15のウルフ。初心者エリアの中ボス。──五回で倒れた。
次。Lv30の──
レベルが上がっていく。自分が歩いてきた道のりに合わせて、敵が強くなっていく。
Lv50。Lv70。──ATK48では、もう一撃で倒せない。
HP120。一発食らえば即死だ。回復アイテムはない、【冒険のお守り】のダメージ軽減もない。
──素の旅人で、これを凌ぐのか。
Lv80のモンスターが襲いかかってきた。攻撃速度が速い。
【見聞録】がない。攻撃パターンが読めない。
それでも、身体が覚えている。七千時間の旅で培った反射だ。目で見て、耳で聞いて、肌で感じて、避ける。スキルじゃなくて、経験だ。データじゃない、ただの旅人としての勘。
紙一重で回避。旅立ちの剣で斬る。何度も、何度も……。
Lv85。Lv88。Lv90。
ATK48で、Lv90の敵を──百回以上斬り続けた。一発ももらわずに。二年間で鍛えた回避技術だけで。
倒れた。
Lv93。
さらに強い敵。もう攻撃を避けるだけで精一杯だ。反撃の隙がない。
──どうする。
考えろ。スキルがなくても。装備がなくても。
旅人に残されたものは何だ。
──足だ。
走った。敵の攻撃範囲から離れる。距離を取る。追いかけてくる敵よりも速く走る。
旅人の足。七千時間歩き続けた足。BCOの全エリアを踏破した足。
【旅路の極意】は封印されている。しかし、足自体は封印されていない。七千時間で鍛えた脚力は、ステータスではなく、プレイヤースキルとして冬夜の身体に刻まれている。
走りながら──地形を見た。白い空間に再現されたフィールドの地形。
岩がある。その裏に狭い隙間。大型モンスターは通れない。
隙間に滑り込む。モンスターが追いかけてくるが、入れない。隙間の向こうから牙を突き出してくる。
その牙を、旅立ちの剣で斬った。一回。二回。三回。何十回。
地形を使い、隙間から一方的に攻撃する。原始的な戦法。スキルもアイテムも必要ない。ただ、地形を知っていればいい。
全エリア踏破率100%。全ての地形を知っている。全ての岩の裏、全ての段差、全ての隙間を──この身体が覚えている。
Lv93のモンスターが──倒れた。
Lv95。最後の敵。
──影踏みのレヴナントと同じレベル。だが今の自分には、仲間もセレスもいない。ATK48。HP120。旅立ちの剣一本。
白い空間に、最後のモンスターが現れた。
【旅人】だった。
自分と同じ姿。初期装備の旅人。旅立ちの剣。Lv1。
だがHPは、膨大。そしてATKは──自分と同じ48。
レヴナントのような完全コピーではない。「もう一人の旅人」。素の旅人対素の旅人。スキルなし。装備なし。純粋な剣の技量と、旅で培った経験だけの勝負。
相手が動いた。旅立ちの剣を振る。
自分と同じ動きだが──微妙に違う。
ソルシア王国の壁画を思い出した。
『最初の旅人は空を歩き、地上を見下ろし、世界の全てを知ろうとした』
この「もう一人の旅人」は、かつてのソルシア王国の旅人なのかもしれない。
剣を合わせた。打ち合う。互角。
打ち合う、打ち合う、打ち合って、打ち合いを重ねる。
剣の斬撃は百合を超えた。二百合。三百合。
白い旅人の動きが、少しずつ鈍くなっていく。
冬夜は鈍くならない。いや、鈍くなっていたのかもしれない。
確実に腕は重くなっていたし、体力も尽きそうではあった。
でも、ここからはもう旅人の意地だ。
「諦めるわけにはいかない……俺はこの足で、七千時間歩いてきたんだ!」
旅人が歩き続けた足は、止まることを知らない。
それに比べたら、この程度の打ち合いはトワの障害ですらなかった。
そして――最後の一撃。
旅立ちの剣が、白い旅人の胸を突き刺した。
白い旅人が、ふっと微笑んだ。
「ああ──実にいい旅だったぞ。新しい旅人よ」
光になって、男は消えた。
◇
【旅人の最終試練──クリア】
【称号「果ての旅人」を獲得しました】
【全スキル・全装備・全アイテムが解除されました】
全てが戻ってきた。スキル。装備。ステータス。
そして目の前に、門が現れた。
世界の果てへの──門。
冬夜は門に手を触れた。
【「世界の果て」への道が開かれました】
門が開く。光が溢れる。
その光の向こうに──まだ見ぬ景色がある。
冬夜は、一歩を踏み出した。
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