外食
土曜日。
宮瀬との外食の約束の日だった。
冬夜は何を着ていけばいいのかわからなかった。普段は大学にジーンズとパーカーで行っている。外食もそれでいいだろうか。
蓮に電話した。
「服」
『いきなりだな。どうした』
「外食に行く、大学の女子と。俺は何を着ればいい思う?」
電話の向こうで、蓮が盛大にむせた。
『お前が!? 女子と外食!? 誰!?』
「宮瀬だ、同じ学部の」
『まさか……あの時、駅前で一緒にいた子か!? ノート貸しただけとか言ってただろ!?』
「ノートは貸した。それとは別の話だ」
『別じゃないんだよ……。いいか、パーカーはやめろ。シンプルなシャツに暗めのパンツ。靴はスニーカーでいい。あと髪を少し整えろ』
「面倒だな」
『デートだぞ!? 面倒とか言うな!』
「デートではない。食事だ」
『お前の認識がおかしいんだよ……』
蓮の指示通りに着替え、髪を整え、駅前に向かった。
宮瀬が先に来ていた。ワンピースに薄いカーディガン。普段の大学での服装より少しだけ──きれいに見えた。
「あ、久坂くん! 来てくれた!」
「約束したからな」
「……ちゃんとおしゃれしてくれたんだ」
「蓮に言われた」
「そこは自分でやったって言いなよ!」
宮瀬が笑った。
駅近くのイタリアンの店に入った。宮瀬が予約してくれていた。
「ここ、友達に教えてもらったの。パスタが美味しいんだって」
メニューを見る。冬夜はカルボナーラを頼んだ。宮瀬はトマトパスタ。
「あと、サラダとパン、シェアしよう」
「ああ」
料理が来るまでの間、宮瀬が話す。大学のこと、ゼミのこと、来年の進路のこと。冬夜は相槌を打ちながら聞いていた。
「久坂くんは? 来年どうするの?」
「考えていない」
「大学院? 就職?」
「……わからない。ゲームを続けたい、としか」
「プロゲーマーとか?」
「そういうのとは違う。ただ、歩いていたいんだ」
宮瀬が少し首を傾げた。
「歩く、かぁ。久坂くんらしいね」
パスタが来た。食べる。美味かった。カップ麺より、食堂の定食より、ずっと。
「美味しい?」
「ああ、美味い」
「よかった。久坂くんが『美味い』って言ってくれると、なんか嬉しい。いつも感想少ないから」
「感想を言うのが苦手でな……」
「知ってる。だから、言ってくれた時が特別なの」
冬夜はパスタを巻きながら、宮瀬の顔をちらりと見た。
笑っている。いつもの笑顔だが、ほんの少しだけ頬が赤い気がする。店の照明のせいかもしれないが。
食後、コーヒーを飲みながら、宮瀬が言った。
「ねえ、久坂くん。一つだけ聞いていい?」
「なんだ」
「ゲームの中で──大きなことがあったんでしょ? この前」
カガミの声明のことだろう。直接は聞かないが、冬夜の様子から何かを察しているのだ。
「……ああ。ずっと続けてきたことが、認められた」
「そうなんだ。……よかったね」
「ああ──よかった」
「久坂くんが、よかった、って言ってくれるのも特別だなぁ」
宮瀬がコーヒーカップの向こうで微笑んだ。
店を出た。夕暮れの駅前。
「今日はありがとう、久坂くん。楽しかった」
「俺も悪くな……いや、良かったと思う」
「また、来ようね」
「……考えておく」
「絶対忘れないでよ?」
「ああ、忘れない」
宮瀬が少し驚いた顔をして、それから──嬉しそうに笑った。
「うん。じゃあ、またね」
手を振って去っていく。
冬夜は一人で帰り道を歩いた。
アパートに着いて、VRゴーグルを手に取る。
今夜は星砂の廃都を探索するつもりだ。新エリアの地下遺跡。あの石碑に刻まれた「世界の果てで待っている」の意味を、確かめに行く。
ゴーグルを被る。
──さあ、歩こう。
ログインした。
セレスが飛んできた。
「トワ! おかえり!」
セレスがトワの頬にぶつかるように抱きついてきた。銀色の髪がふわりと揺れる。
「……トワ、なんか、においがちがう」
「なに?」
「いつもとちがう。なんか、いいにおい」
──コーヒーの匂いだろうか。あるいはイタリアンの。
「気のせいだ」
「ちがうもん。──おんなの、においがする」
「………」
「トワ。おんなと、あってた?」
「食事をしただけだ」
「セレスと、たべればよかった」
「お前にはスープをあげただろう」
「けちー」
セレスがぷくっと頬を膨らませて、トワの肩の上でそっぽを向いた。尻尾がぱたぱたと不機嫌に揺れている。
冬夜は今日、二回目の笑みを浮かべた。
「明日、マーサのところで新しい料理を作る。お前にも食べさせる」
セレスがぱっと振り返った。目がきらきらしている。
「ほんと!?」
「嘘をつく理由がない」
「やった! トワ、だいすき!」
セレスが顔にぎゅっと抱きつく。角がトワのこめかみに当たって少し痛い。
──ただいま、と言おうとして、もう言っていたことに気づいた。
星砂の廃都に向けて、歩き出した。肩の上に、セレス。
旅は続いている。




