嵐の予兆
ベヘモル討伐の翌日。
フォーラムは──また騒ぎになっていた。だが今回は、トワの戦果の話題だけではない。
【公式告知】BCO大型アップデート「旅人の季節」──旅人クラスに関するバランス調整を実施します
冬夜はスマホの画面を見て、手が止まった。
バランス調整。旅人クラスの。
告知文を読む。
「BCO開発チームより、全プレイヤーの皆様へ。旅人クラスに関して、近日中にバランス調整を実施いたします。詳細は追って告知いたします」
それだけだった。「バランス調整」の中身が一切書かれていない。
フォーラムは即座に炎上した。
【速報】運営、旅人クラスのナーフを予告か【阿鼻叫喚】
──「ナーフ来たか……」
──「やっぱりな。トワが強すぎたから調整入るんだろ」
──「【初心の心得】のCTゼロが修正されたら、トワのビルド崩壊するぞ」
──「旅路の極意のステータス加算に上限つけられたらどうすんだ」
──「今まで楽しかったのに……」
──「トワ終了のお知らせか?」
別の流れもあった。
──「いやまだナーフとは決まってない。調整としか書いてない」
──「上方修正の可能性もあるだろ」
──「旅人を上方修正して何の意味が? トワ以外に旅人ガチ勢いないだろ」
──「旅人の集い、百人いるぞ」
──「百人のうち、何人がLv1を維持してるんだ?」
──「……三人」
──「三人」
冬夜はフォーラムを閉じた。
ナーフ。弱体化。──正直、可能性はあると思っていた。自分の旅人ビルドがゲームバランスを壊していることは自覚している。
でも、仮にナーフされたとしても、歩くことは変わらない。
強さは旅の副産物であって、目的ではない。
スマホを置いて、大学に向かった。
◇
食堂。宮瀬と昼食。
「久坂くん、今日なんか元気ない?」
「元気がないわけじゃない」
「嘘。お味噌汁の豆腐を三分間も見つめてたよ」
「考え事をしていた」
「ゲームのこと?」
「……ああ」
宮瀬は詳しく聞かなかった。前に「ゲームの中のことはゲームの中で大事にしたい」と言ったのを、覚えているのだろう。
「大変なんだね。──でも、久坂くんならきっと大丈夫だよ」
「どうしてそう思う?」
「ただの直感だよ。久坂くんは、どんな状況でも自分のペースで歩いていく人だから」
冬夜は宮瀬を見た。
この人は、自分のことを何も知らないはずだ。BCOのことも、トワのことも、旅人のことも。なのに、「自分のペースで歩く」という言葉が、妙に的確だった。
「……ありがとう」
「また素直にお礼言えるようになってる。成長してるね」
「成長とは、何のことだ?」
「さあね。それだけは、私だけが知ってるのかも」
宮瀬がくすりと笑った。冬夜も口元の力を抜いた。
◇
夜。ログイン。
セレスが飛んできた。
「トワ! おかえり!」
「ただいま」
言ってから、自分の言葉に驚いた。「ただいま」と言ったのは、BCOで初めてだった。
セレスが嬉しそうにトワの頬にくっついた。角がぴょこぴょこ揺れている。
「トワ、きょう、かおがくもってる」
「曇ってはない」
「くもってる。セレスにはわかる。──なにが、あった?」
冬夜は少し迷ってから、チャット欄に打った。
「運営が、旅人を弱くするかもしれない」
「よわく? トワが?」
「俺が、じゃない。旅人という職業が。スキルやアイテムの性能が変わるかもしれない」
セレスが小さな顔を曇らせた。
「トワ、あるけなくなる?」
「歩けなくなることはない。ただ、今までのように戦えなくなる可能性がある」
「……」
セレスがトワの首元にぎゅっと抱きついた。
「セレスは、トワのそば。ずっと。つよくても、よわくても」
冬夜は何も言わなかった。こういう存在がいるだけで、少しだけ楽になった気がする。




