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ブレイブ・クロニクル・オンライン ~全員が捨てた初期職を7000時間やり込んだら、Lv1で最強になっていた~  作者: ぶらっくそーど


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【沈むもの】


 深度16。


 壁画を過ぎた先の通路は——狭かった。


 天井が低い。三メートルもない。アストレアの聖剣を立てると天井に当たる。


「鎧が引っかかります——」


「脱げ」


「脱ぎません」


「もはや鉄板の返しになってきたな」


 狭い通路を這うように進む。セレスの月光だけが光源だ。岩壁が近い。湿っている。手を触れると——冷たい。だが水の冷たさではない。もっと奥の方から、何かが吸い取られていくような冷たさ。


【浸蝕度:33%】


 システムメッセージが視界の端に張りついている。じわじわと上がっていく数字。時計の代わりだ。この数字が命綱であり、制限時間であり、帰るべきタイミングの判断材料になる。


「師匠、ここ——見聞録の精度が」


「気づいたか。——地上比82%。さっきまで90%あったが……」


【見聞録精度:地上比82%(低下中)】


「深度が増すごとに落ちていくんですね。——深度10では90%だったのに」


「称号の補正で+5%あるから、素の精度は77%だ。深度20に着く頃には、70%を切るかもしれない」


「70%って——三割がノイズってことですよね。十回スキャンして、三回は嘘が混じる」


「そういうことだ」


「怖いですね」


「ああ……怖いな」


 素直に認めた。見聞録が嘘をつく——トワにとってこれ以上の恐怖はない。




    ◇




 深度18。


 狭い通路を抜けた。広い空間に出た。


 ——そして、音が変わった。


 深淵に入ってから聞こえていた音は、自分の足音と水の滴る音だけだった。


 だが今——別の音が聞こえる。


 足音。


 自分たちのものではない。遠くから。前方から。ぺたり、ぺたり。裸足で石を踏むような音。


 全員が止まった。


「……聞こえるか」


「聞こえます」ハルが杖を握りしめた。


「前方。——距離は五十メートルくらい」


【深読み】でスキャンした。


 ——反応がない。


 モンスター反応なし。NPC反応なし。プレイヤー反応なし。何もいない。何もいないのに——足音が聞こえる。


【深読みスキャン結果:前方50m——反応なし】


「反応がない。——だが、足音は聞こえる」


「スキャンに映らないものが歩いてるってことですか——」


「あるいは——『音だけが残っている』」


 足音は少しずつ近づいていた。ぺたり。ぺたり。ぺたり。


 近づいてくる……が、見えない。セレスの月光が照らしている範囲には——何もいない。


 そして足音が——通り過ぎた。


 風もなく、気配もなく、ただ音だけが。右側を通り過ぎて、後方に消えていった。


「……行った?」タマキの声が小さかった。


「行った。——実体はない。音だけの存在だ」




【環境現象「残響」が発生しました】

【かつてこの場所を歩いた存在の足音が、深淵に記録されています】

【残響はプレイヤーに危害を加えません】




「残響——」


「深淵が……足音を覚えてるってことか」ゼクスが呟いた。


「覚えている。——声も、足音も。全部」


 この前、トワが『音が残る』と感じたのは正しかった。深淵は音を記憶する。ここを歩いた全ての存在の音が、いつまでも残っている。


「ってことは——あの足音は」


「アルヴァか、もっと前にここを歩いた誰かの足音だ。千年前の音が、まだ消えずに歩き回っている」


「怖いですね……」


「怖いな」


「師匠、今日二回目の素直な反応ですね」


「深淵では誰もが正直になる。——余裕がないからな」




    ◇




 深度19。


 残影が三体いた。


 だが——様子がおかしい。


 二体はいつもの静止型だ。半透明の人型。動いていない。スキャンせずに通り過ぎれば反応しない。


 だが三体目が——違った。


 三体目は——座っていた。


 通路の壁にもたれて、地面に座り込んでいる。膝を抱えている。動いていない。だが静止型とも違う。静止型は「立って固まっている」が……こいつは、「座って俯いている」。


 そして——声が聞こえた。


『ここは……どこだ』


 残影が——喋っている。


 全員が凍りついた。これまでの残影は喋らなかった。攻撃するか、立っているか、どちらかだった。


「ここは……どこだ。わたしは……だれだ」


 繰り返している。壊れたレコードのように。


「名前を……覚えていない。ここは……暗い。帰りたい」


「師匠——」


「攻撃するな」


 トワが——ゆっくりと近づいた。見聞録は切ったまま。


 三メートル。二メートル。一メートル。


 残影は——顔を上げた。


 顔はない。半透明の輪郭があるだけ。だが——「見上げた」のは確かだった。


「……だれだ、おまえは」


「旅人だ」


「旅人。——わたしも、旅人だった。たぶん」


「名前は?」


「……覚えていない。ここに長くいすぎた。全部、忘れた」


 セレスがトワの肩の上から、残影を見つめていた。角が震えている。


「トワ。このひと——かなしい」


「ああ……」


「たすけられる?」


「……わからない」


 残影はまた俯いた。膝を抱えて「帰りたい」と繰り返しながら。



【語り部の残影を発見しました】

【この残影は攻撃を行いません】

【精霊の浄化光を当てると、安らかに消滅します】

【消滅時に「記憶の断片」を落とします】



「精霊の浄化光——セレスの月光か。……セレス、やれるか」


「やる。——おくってあげる」


 セレスが角から月光を放った。銀色の光が残影を包む。温かい光。


 残影が——顔を上げた。


「……あたたかい。この光——覚えている。むかし、月の下を歩いた。あの時の光と——同じだ」


 残影の輪郭が——消えた。ゆっくりと、粒子になって——散っていく。攻撃で壊れる時とは違う。

 穏やかに、息を吐くように……。


「ありがとう。——よい旅を」


 消えた。


 後に残ったのは——小さな光の粒だった。



【「記憶の断片」を入手しました】

【断片の内容:この世界がまだ一つだった頃の風景。光も影もない、穏やかな世界の記憶】

【記憶の断片を5つ集めると、深淵内でのステータス補正が発生します】




「世界が一つだった頃の記憶——」


「見られますか?」ハルが聞いた。


 記憶の断片に触れた。


 ——映像が流れた。


 一面の草原。空がない。地面があるだけだが、暗くない。草自体が淡く光っている。風が吹いている。穏やかな風。どこまでも続く草原。誰もいない。何もいない。ただ——静かで、温かい。


 映像が消えた。




「……今の——」


「世界が分かれる前の風景、だそうだ」


「きれいだった。——でも、さみしかった」セレスが呟いた。「だれもいない。なにもいない。きれいだけど——さみしい」


「ああ。——だから世界は、分かれたのかもしれないな」


 なぜそう思ったのかはわからないが——あの草原にずっと一人でいたら、誰かに会いたくなるだろう。世界が分かれたのは、寂しさが限界に達したから——


 今はただの推測だ。先に進めば、もっとわかるだろう。




    ◇




 深度21。


 空気が——一気に重くなった。


 それまでの深淵の空気は「冷たい」だった。だが深度20を超えた辺りから、冷たさに加えて「重さ」が加わった。胸が圧迫される感覚。VRMMOのフィードバックが——ここまで体感を再現するのか。



【浸蝕度:39%】

【警告:浸蝕度が40%に近づいています。引き返す判断を推奨します】



「システムが帰れって言ってますよ」タマキが苦笑いを浮かべた。


「まだ39%だ、50%までは行ける」


「師匠、推奨を無視するんですか」


「推奨は推奨だ。命令じゃない」


「師匠らしいですね……」


 深度22の通路で——異変が起きた。


 前方から、灰色の霧が流れてきた。


 いや……霧じゃない。もっと重い。流れている。川のように、通路の床を灰色の何かが流れていく。



「止まれ。——あれに触れるな」



【環境現象「深淵の潮流」が発生しました】

【潮流に接触すると浸蝕度が急速に蓄積します】

【潮流は一定の周期で流れます。通過タイミングを計ってください】



「潮流——深淵の血液みたいなものか」


 灰色の流れが通路を塞いでいる。幅は通路いっぱい。避けて通れない。


「周期があるらしい。——見聞録で流れのパターンを読む」


 スキャンした。精度70%。ノイズが混じるが——流れのリズムは読み取れた。


「三十秒流れて、十秒止まる。十秒の間に走り抜ければ、通れる」


「十秒……全員で、ですか……!」


「アストレアは鎧で走れるか」


「走れます。矜持にかけて」


「走れなかったら置いていくぞ」


「はい、走ります!!」


 潮流が流れている。灰色の川。三十秒を数える。


 二十八。二十九。三十——


 流れが止まった。


「走れ!」


 全員が走った。十秒の隙間。アストレアの鎧がガチャガチャガチャガチャ鳴っている。深淵の無音空間に鎧の音だけが響き渡る。


 八秒。九秒——



【全員が潮流を通過しました】



 ギリギリだった。アストレアが最後。鎧の裾が潮流に触れた。


【アストレアの浸蝕度が3%上昇しました(接触)】



「裾だけ触れた——!」


「鎧を脱げば、裾がなかったぞ」


「脱ぎません!」


「まあ……そう言うだろうとは思っていたが……」


 ゼクスが鼻で笑った。


「次は、裾を手で持って走れ」


「暗殺者に鎧の着こなしを指導されるとは思いませんでした……」




    ◇




 深度23。


 潮流を越えた先に、また建物があった。


 深度3の歪んだ街並みとは違う。建物が一軒だけ。小さな小屋。扉は普通の位置にあり、窓も普通の位置にある。——正しい。正しく組み立てられた建物。


 深淵で「正しい」建物を見るのは初めてだった。


 扉を開けた。


 中は——部屋だった。机と椅子。壁に棚。棚に瓶が並んでいる。床に寝袋が敷いてある。


 人が住んでいた——あるいは、泊まっていた形跡。


「これ——」


「アルヴァの休息所だ」


 壁に文字が刻まれていた。



【「ここまで来た者へ。休め。食え。眠れ。深淵は急がなくていい」——アルヴァ】


【隠しエリア「アルヴァの休息所・第一」を発見しました】

【このエリア内ではモンスターが出現しません】

【滞在中、浸蝕度の蓄積が停止します】

【HP/MPが毎秒1%回復します】



「トワさん、ここ……浸蝕度の蓄積が止まります!」


「道標は60秒間の一時停止だったが、休息所は滞在中ずっとか。——アルヴァ、いい仕事をしている」


 棚の瓶を調べた。



【「アルヴァの薬瓶」×2を発見しました!】


「また薬瓶——二本追加で、合計五本です!」タマキが両手を握った。


「アルヴァは、要所に補給ポイントを作っていたのか。——旅人の鑑だな」


 壁の文字の下に——もう一つ、文字が刻まれていた。こちらは助言ではなく、日記のようだった。



【「降下、七日目。ここまで順調だ。道標を埋め込みながら進んでいる。記録は全て壁に残す。次に来る者のために。——深淵は思ったほど恐ろしくない。静かで、冷たいが、敵意がない。ここにいるものたちは——忘れられた存在だ。攻撃してくるのは怯えているからだ。害意はない」】




「害意はない、か」


「師匠。アルヴァがそう書いてるなら——残影も、攻撃したくて攻撃してるわけじゃないってことですよね」


「怯えてるから反応する。——見聞録でスキャンした瞬間に目覚める残影は、スキャンの光に怯えたのかもしれない」


「見ないことが正解だったのは——怖がらせないためだったのか」


「そうかもしれない。——あるいは、そうじゃないかもしれない。今はわからない」


 わからないことが増えていく。だが、わからないことが増えるのは——前に進んでいる証拠だ。


 休息所で二十分休んだ。浸蝕度の蓄積が止まっている間に全員のステータスを回復する。


 セレスがパンを齧った。もはや恒例行事だが、この重たい場所にセレスの存在はみんなの心の安らぎにもなっていた。



「もぐもぐ。おいしー」


「深淵でも、おいしいか?」


「パンは、ふへん。どこでも、もぐもぐ」


「セレスちゃん、こんな場所でよく食べれるね。わたし、あんまり食欲が……」


「たべないからげんきでない。もぐもぐしたら、みんなげんき」


「なんだか、妙に説得感がありますね……」



 セレスがおやつタイムに突入している間に、壁の日記をもう少し読んだ。




【「十日目。深度30に到達。新しい種類の存在に出会った。動物のようだが——頭がない。口だけがある。近づくと何かを吸い取られる感覚がある。長く戦うべきではない。一撃で倒すのが望ましい」】




「——捕食者のことだ。アルヴァも同じ結論に達していた」


「一撃で倒す、って書いてありますね。吸い取られる感覚——やっぱり、データを食ってたんだ」


「アルヴァは見聞録のデータではなく『何かを吸い取られる感覚』と書いている。——NPCのアルヴァにはスキャンデータという概念がない。あの人にとっては——記憶そのものを食われていたのかもしれない」



 データではなく、記憶を。


 深淵は——ゲームとしてのBCOと、世界としてのBCOが重なる場所だ。プレイヤーにとってはデータの損失。NPCにとっては記憶の喪失。同じ現象が、立場によって意味が変わる。



「……行こう。まだ先がある」




    ◇




 深度25。


 休息所を出てから、環境が変わった。


 通路の壁に——影が走った。


 ゼクスの影ではない。ルーナの影でもない。通路の壁を、黒い染みのような影がさっと走って消えた。


「何か見えたか」


「影が走った。——壁の上を」ゼクスが警戒している。「俺のじゃない」


「ルーナ」


「わたしのでもない」影の中からルーナの声。「——でも、感じた。何かが見ている。壁の向こう側から」




【警告:深度25以降、環境の安定性が低下しています】

【壁面に不定期の影響が発生する場合があります】



「壁の向こうから、何かが見ている——」


「ルーナ。ここは危険か?」


「……わからない。敵意は——ない、と思う。ただ——見ている。興味を持っている。わたしたちに」


「見られている、か」


 深淵が——こちらを見ている。


 深度25を超えた辺りから、深淵そのものが「反応」し始めている。


 トワたちという来訪者に気づいたのだろう。


「——浸蝕度は?」


「46%です」


「そろそろ帰ろう」


 今度は迷わなかった。即断した。


「深淵が反応し始めた。——これ以上は、今の装備と知識では危険だ」


 ここで全滅して装備を落としでもすれば、二度と帰ってこないかもしれない。

 無理に残るには、あまりにリスクが大きい。


「師匠が帰ると言うなら、帰ります」


「賢明な判断だな」ゼクスも頷いた。


「私も、この矜持……じゃなかった、鎧をドロップしたくはありませんから」


 帰り道。星巡りの靴の足跡を辿る。沈まない靴紐のおかげで、光がはっきり残っている。


 深度23のアルヴァの休息所を通過。深度18の語り部がいた場所は——もう何もなかった。送り出したから。空っぽの壁と床だけが残っている。


 深度15の壁画を通り過ぎた。旅人が光の道を歩く絵。——帰りに見ると、印象が変わった。


 あの旅人は——帰ったのだろうか。それとも、まだ歩き続けているのだろうか。


 深度10。深度5。深度3。


 パン屋のNPCがまだ立っていた。


「いらっしゃい。パンはいかがですか」


 セレスが手を振った。


「またくるね」


 NPCは反応しなかった。


 門から出た。光が戻った。音が戻った。




【深淵探索を終了します】

【今回の到達深度:25】

【浸蝕度:帰還により0%にリセットされます】

【探索記録が更新されました】

【アルヴァの休息所を発見しました。次回以降、休息所の位置がマップに記録されます】




「深度25。——前回の倍以上だ」


「三度目は深度50を目指しますか」


「ああ。——だが、その前にもう一度準備が必要だ。深淵が俺たちを見始めた。向こうが反応しているということは——次に入った時、道が同じとは限らない」


「道が変わるんですか——!?」


「わからない。だが——覚悟はしておけ」




 フォーラムでは——トワの二度目の帰還が話題になっていた。




 ——「トワが深淵から帰還。二度目。今度は深度25まで」

 ——「前回の倍以上じゃん」

 ——「足跡の持続時間が倍になる装備を手に入れたらしい。ガルドが作った」

 ——「ガルドの鍛冶屋、深淵素材で新装備作れるのか」

 ——「深淵に休息所があるらしい。アルヴァっていう千年前の旅人が作った安全地帯」

 ——「アルヴァの日記も見つけたって」

 ——「深淵のモンスターに害意はない、怯えてるだけ、ってアルヴァが書いてたらしい」

 ——「怯えてるだけって——あのバケモンが?」

 ——「深度3で殴り殺された俺に対する冒涜か?」

 ——「お前が怖がらせたんじゃないのか」

 ——「……やべ、そう言えば俺から殴ったかも」

 ——「あと深度25あたりから、深淵が見てくるらしい。壁の向こうから」

 ——「怖い怖い怖い」

 ——「もう行きたくない。深度3で十分」

 ——「深度3で死んだお前が何言ってるんだ」



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