名前
地下墓所から帰還。
残る条件は一つ。聖都の記憶封印の完全解除。
以前から続けていた友好度上げ。四十人のNPC。セレスの月光と星果実のコンボで、一人ずつ友好度を5以上に上げ、名前を取り戻させる。
地道な作業だ。だが、一人ずつ名前が戻るたびに──聖都が変わっていく。
東区画の住人C。友好度5。
「わたしの名前は──フローラ。花屋の──フローラ」
思い出した。花好きのNPC。フィオナの知り合いだった。
「フローラ──! フローラ、思い出したのね!」フィオナが駆けてきた。
「フィオナ──あなた、大きくなったわね。わたしが最後に会った時は、まだ小さかったのに」
「千年前の記憶よ、フローラ。──千年分、大きくなったの」
北区画の住人H。友好度5。
「俺の名前は──ハンス。鍛冶師の──ハンス」
「ハンスか。ガルドの弟子だったな」
「ガルド──親方! 親方はどこだ!」
「ナハルにいる。元気だ。……お前の話をしていた。『弟子が一人、聖都にいたはずだ』と」
「親方……覚えていて、くれたのか……」
南区画の住人M。友好度5。
「わたしは──マリア。学校の──先生」
「先生か……ということは、生徒はいるか?」
「生徒……子供たちは、いるの? この街に……」
「いる。記憶を失っているが、いる。──お前が名前を取り戻したなら、子供たちの記憶も戻せるかもしれない」
一人が名前を取り戻すと、その人に繋がる別のNPCの記憶も揺さぶられる。連鎖反応。フローラが名前を取り戻したことで、花屋の周囲の住人三人の友好度が自動的に上がった。マリアが名前を取り戻したことで、子供のNPC五人が反応した。
「記憶が──連鎖している。一人が思い出すと、周りの人も思い出し始める」
「人の記憶は一人では完結しない。誰かの記憶の中に、自分がいる。自分の記憶の中に、誰かがいる。──だから連鎖する」
加速した。最初は一人ずつだったのが、連鎖反応で一度に三人、五人と名前が戻っていく。
【記憶封印解除率:90%……93%……96%……】
聖都が──変わっていく。「住人A」「住人B」だったNPCに名前が戻り、表情が変わり、声が変わり、街に活気が戻っていく。パン屋のエリーが花屋のフローラと話している。鍛冶師のハンスがガルドに手紙を書いている。先生のマリアが子供たちに授業を始めている。
街が──生きている。
【記憶封印解除率:98%……99%……】
最後の一人。
大聖堂の前の広場に──とあるNPCが座っていた。ずっとそこにいた。誰にも話しかけられず、「こんにちは。いい天気ですね」とだけ繰り返していた老人。顔は見えない、いつもフードを被っているから。
友好度を上げていく。星果実。月光。話しかける。何度も。
友好度5。
「わしの、名前は──」
老人が、顔を上げた。
「わしの名前は──ヴィア」
その時、ハルは驚いたように目を開けた。
「ヴィア、ですか──!?」
ヴィア……カレンの幼馴染。千年前にルミナリアから逃げた旅人だ。
砂漠のオアシスにいた──あの隠しNPC、ヴィア。
「待ってくれ。ヴィアはオアシスのNPCだったはずだ。どうして、聖都に──」
「わしは──二人いたんだ」
ヴィアが優しく微笑んだ。
「オアシスのヴィアは逃げた方のわしで、こっちのわしは──残った方。カレンの傍に、残ったのだ」
「残った……?」
「逃げたかった。でも……カレンを一人にはできなかった。だから半分だけ逃げて、半分だけ残った。……千年間、広場のベンチで、カレンが出てくるのを……待っていたんだ」
その時、カレンが大聖堂の中から駆けてきた。
「ヴィア! ヴィア──!」
「ああ、カレン……随分と遅かったじゃないか。千年も待たせて」
「気づかなかったよ。ずっと、目の前にいたのに……私は、千年間も……」
「記憶封印のせいだ。半分残ったわしの名前も、顔も、全部消されていたから。──でも、わしはずっとここにいた。あなたの、大聖堂の前で」
カレンがヴィアの前で膝をついた。
「すまなかった。──すまなかった、ヴィア」
「謝らなくていい。あなたが出てきてくれたというだけで……千年待った甲斐があった」
満足したのか、こっちの方のヴィアは光の粒となって消えていく――。
システムメッセージが表示された。
【隠しイベントストーリークリア】
【称号:もう半分の自分を獲得しました】
【称号:悔いなき旅人を獲得しました】
【記憶封印解除率:100%】
【聖都ルクスの記憶封印が完全に解除されました!】
【祝福取得条件──全て達成しました!】
システムメッセージの後に、カレンが立ち上がった。目が赤いが、まっすぐ前を見ている。
「トワ。──太陽の祝福を、お前に渡す」
「ああ……受けよう」
「お前に聞く。──この祝福を受けるのは、義務か、それとも意志か」
「意志だ、いつもそうだった」
「そうだな。──お前はいつも、自分で歩いてきた旅人だった」
カレンが手を差し出した。トワがその手を取った。金色の光がトワの手に流れ込んだ。ルミナリアの太陽。千年間この国を照らし続けた光。
【元聖王カレンから「太陽の祝福」を受けました】
【深淵への門の開放条件:月の祝福(済)・星の祝福(済)・太陽の祝福(済)】
【三つの祝福が揃いました。――深淵への門を開放できます】
【深淵の最奥にある扉を開く鍵は、その先で見つかります】
「三つ──揃った」
セレスが肩の上で、角を光らせた。月の光。カレンの手から流れた太陽の光と、セレスの月光が混ざって──温かい銀金色の光が、聖都の広場を照らした。
「いく? トワ」
「行く。──【深淵】に」




