「準備」
ギルド対抗戦の開幕まで二週間。
トワは二つのことを並行して進めていた。霧底の森の探索と、対抗戦の準備だ。
霧底の森は踏破率が60%を超えた。森の中には旅人の石碑が散在しており、【旅人の手記】の回収も順調に進んでいる。フィールドボスの【霧喰いのベヘモル】の影はまだ見えない。もっと奥にいるのだろう。
対抗戦の準備は、〈深紅の牙〉のメンバーとの合同練習が中心だった。
水曜夜。コロセウムの練習場。
〈深紅の牙〉のメンバー48人と、傭兵枠のトワ、ミコトの計50人。
バルトが全員に向かって説明していた。
「ギルド対抗戦のルールを確認する。フィールドは専用マップ。50対50。制限時間30分。相手のギルド旗を先に奪取した方が勝ち。旗は陣地の最奥に設置される。つまり──」
「攻めながら守る必要がある、ってことですね」カインが補足した。
「そうだ。攻撃部隊、防衛部隊、遊撃部隊に分かれる。トワ、お前にはどこを任せればいい」
トワはチャットで答えた。
「遊撃。単独で動く」
「予想通りだな。遊撃は斥候と裏取りを兼ねる。お前の【見聞録】なら敵の配置を全部把握できるだろう。情報をレイドチャットに流してくれ」
「了解した」
「ミコトは?」
「防衛部隊の後方支援で! 弓で援護射撃します」
「頼んだ。──レナ、お前は攻撃部隊の先鋒だ」
「了解!」
練習が始まった。模擬戦形式で、25人 vs 25人に分かれて動く。
トワは遊撃として単独行動した。フィールドを走り回り、【見聞録】で敵の位置を把握し、レイドチャットに報告する。
トワ:「敵攻撃部隊、15人が中央突破を狙っている。左翼は空。防衛は右に寄せろ」
バルトが即座に指示を出す。
「右翼に防衛シフト! 左翼は捨てていい!」
トワの情報で味方が動く。フォルセイド戦の時と同じだ。だが、規模が全く違う。5人ではなく50人。情報の粒度も、判断の速度も、桁違いに要求される。
トワは敵の背後に回り込んだ。15人の攻撃部隊の後衛──ヒーラー二人を発見。
トワ:「敵ヒーラー二人、座標を送る。カイン、行けるか」
カイン:「任せろ」
カインのステルスが敵ヒーラーを仕留めた。回復を失った攻撃部隊が崩れ、レナの攻撃部隊が押し込む。
模擬戦、勝利。
「いい動きだったぞ、全員」バルトが言った。「特にトワの索敵は異常だ。敵の動きが丸裸だった」
レナが駆け寄ってきた。
「トワさん、すごい! レイドチャットの情報だけで全部わかっちゃうの?」
「【見聞録】の索敵範囲は半径200メートルある。フィールド全体をカバーするには走り回る必要があるが、主要なポイントは押さえられる」
「それって、つまり一人で偵察衛星みたいなことしてるってこと?」
「……そういう例えでいい」
「かっこいい!」
ミコトが後方から小走りで来た。
「トワさん、お疲れ様でした。防衛側から見てたんですけど、敵の動きが全部チャットに出るの、すごく安心感ありました」
「お前の援護射撃も的確だった。【曲射】で壁越しに当てていたな」
「見てたんですか!?」
「索敵中に視界に入った」
「……いつも見てるんですね、トワさん」
「戦場では味方の位置も把握する必要がある」
「そうですよね。そういう意味ですよね。うん」
ミコトが小さく息を吐いた。レナがミコトの肩を叩いた。
「ミコトちゃん、顔赤いよ?」
「赤くないです! 戦闘の熱気です!」
「嘘だー」
トワは二人のやり取りを見て──よくわからなかったので、草原に転送して鹿を撫でに行った。
【友好度が上昇しました:45/100】
もうすぐ半分だ。
◇
金曜日。大学の図書館。
宮瀬とゼミ発表の資料を作っていた。
「ここのデータ、出典はどこ?」
「文化庁の統計。2024年版」
「すごい、すぐ出てくるね。久坂くんって頭の中にデータベースあるでしょ」
「調べただけだ」
三時間かけて資料が完成した。宮瀬の発表テーマは「日本と北欧の非言語コミュニケーションの差異」。冬夜はほぼ口を出さず、宮瀬が迷った時だけ方向性を示した。
「できた! ありがとう久坂くん。もう私一人じゃ無理だった」
「一人でもできたと思うが」
「えー、無理だよ。久坂くんがいると安心するんだもん」
冬夜は窓の外を見た。夕焼けだ。
「……日が落ちたな。帰るか」
「うん。一緒に帰ろう」
図書館を出て、並木道を歩いた。影が長く伸びる夕方だった。
「久坂くん、週末は?」
「ゲーム」
「あはは、知ってた。大事な団体戦?」
「再来週だ。今週は準備」
「そっか。頑張ってね」
宮瀬が立ち止まった。ここで道が分かれる。冬夜のアパートは南、宮瀬の方は北。
「じゃあね、久坂くん」
「ああ」
「あのさ」
宮瀬が少し躊躇してから言った。
「……今度、団体戦が終わったら、ご飯食べに行かない? 食堂じゃなくて、外で。打ち上げみたいな感じで」
冬夜は少し考えた。
外で食事。宮瀬と二人で。それは──何と言うのだろう。
「……考えておく」
「また考えておくだ」
宮瀬が笑った。少しだけ寂しそうな笑い。
「いいよ。待ってるね」
手を振って去っていった。
冬夜は一人で帰り道を歩いた。
──外で食事。悪くはない。宮瀬と話すのは嫌いではない。
だが今は、対抗戦のことに集中したい。
アパートに着いて、VRゴーグルを手に取った。
──今は、歩く。
考えるのは、全部歩き終えた後でいい。




