《知の試練》
右の回廊──知の試練は、アストレア、タマキ、ハルの三人で挑んでいた。
回廊の奥には、部屋が連なっていた。それぞれの部屋に、謎が一つずつ。
【知の試練:全五問。正解すれば道が開く。不正解の場合──部屋が閉鎖され、最初からやり直し】
「やり直し!? 厳しいですね……」
「頑張りましょう! 師匠もきっと、試練を突破しているはずですから!」
ハルが意気揚々と前に出て、タマキは慎重に身構えた。
第一問。部屋の中央にテーブルがあり、五つの瓶が並んでいる。白、赤、青、緑、金。
【問い:「光は何色か」──正しい瓶を選べ】
「光は何色……白じゃないんですか?」
ハルが白い瓶に手を伸ばしかけた。
「待ってください」タマキが止めた。「白い瓶は罠です。──光は白く見えますが、本当は全ての色が混ざったもの。プリズムで分ければ、虹色になる」
「じゃあ、全部?」
「全部の色が混ざったもの──金色。金の瓶です」
金の瓶を選んだ。──正解。扉が開いた。
「タマキさん、すごい!」
「雑学の知識が、ゲームの謎解きに使えるとは思いませんでした……」
第二問。部屋の壁に文字が書かれている。
【問い:「影はどこから来るか」】
選択肢は──「光から」「闇から」「物体から」「心から」。
「光から……? 光があるから、影ができる。でも──」
アストレアが考え込んだ。
「物体から、かもしれません。物体が光を遮って、影ができる」
タマキが言った。
「でもこの大聖堂は──カレンが作ったもの。カレンの考え方で答えないといけない」
ハルが壁の文字をもう一度読んだ。
「カレンは、影を消した王です。光で全てを照らして、影をなくした。──カレンにとって影は『光から来るもの』。光がなければ、影はない。だから光を強くすれば、影は消える。──それがカレンの思想」
「でも、それは間違ってる」アストレアが首を振った。「影は光から来るんじゃない。──物体があるから影ができる。存在があるから影が生まれる。影を消すには光を強くするんじゃなくて──存在そのものを消すしかない」
「存在そのものって……じゃあ、影は物体からくるものですか?」
「いいえ……存在とはおそらく、物理的なものじゃない。わたしは──『心から』を選びます」
アストレアが金の選択肢に手を伸ばした。
「心から?」
「影を恐れるのも、影を愛するのも、心です。影がどこから来るかは──見る者の心が決める。カレンは影を恐れたから、消した。トワさんは影を受け入れたから、影の力を得た。──影の出所は、心です」
「心から」を選んだ。
──正解。
「えっ、心が正解なの!?」タマキが驚いた。
壁に新しい文字が浮かんだ。
【「よい答えだ。──影の出所を知る者は、光の意味も知る」】
「これ──カレンのメッセージですか?」
「大聖堂の試練は──カレンが作ったんだ。正解は一つじゃない。カレンが認める答えなら──通る」
第三問。部屋に地図が広がっていた。BCOの世界地図だが、一部が白く塗りつぶされている。
【問い:「この地図に足りないものは何か」】
「白く塗りつぶされてるのは──ソルシアです。裏世界が消されています」タマキが指差した。
「でも、問いは『足りないもの』。ソルシアを答えればいいんじゃ──」
「待って」
ハルが地図を細かく見ている。
「ソルシアだけじゃありません。もう一箇所──ルミナリアも消えてます。自分の国すら、地図から消してる。さらに──地図の端に、小さな穴が開いてます。三つ目の空白。表の世界でもソルシアでもルミナリアでもない──」
「【深淵】だ」アストレアが言った。
「足りないものは三つ。ソルシア、ルミナリア、深淵。──カレンは三つとも地図から消した」
三つの名前を書き込んだ。
──正解。
第四問。
四つ目の部屋に入ると──何もなかった。テーブルも、選択肢も、壁の文字もない。ただ、真っ白な部屋。
「何も……ない?」
タマキが部屋を見回した。しかし、
【問い:「この部屋には何があるか」】
「何があるか、って……何もないですけど」
ハルが床を調べ、壁を触って、天井を見上げた。……何もない。本当に、何もない。
「隠し扉とか──」
「ないです。壁も、床も、天井も、全部一枚の石です」
アストレアが腕を組んで考え込んだ。
「何もない部屋に、何があるか。──これは引っかけ問題だろう」
「引っかけ?」
「何もないように見える。でも、この部屋には、わたしたち三人がいる」
「わたしたち……?」
「問いは『何がある』。部屋に最初から置かれたものは何もない。でも、わたしたちがここに入った。つまり──今この部屋にあるものは、わたしたちだけ」
「でもそれを、どうやって回答するんですか? 選択肢がないのに」タマキが困惑している。
ハルが──ぽん、と手を叩いた。
「声で答えるんじゃないですか? 選択肢がないから──自分の言葉で」
三人が顔を見合わせた。
アストレアが部屋の中央に立ち、声を出した。
「この部屋には──わたしたちがいます。旅人と、薬師と、聖騎士が」
──反応がない。
「違う……?」
「これだけじゃ足りないのかも」
タマキが考える。
「もっと具体的に──わたしたちがここにいる理由を」
ハルが一歩前に出た。
「この部屋には、信頼があります。トワさんがわたしたちを信じてこちらに送り、わたしたちがトワさんを信じて別れた。何もない部屋にあるのは──仲間への信頼です」
部屋が、光を放った。
──正解。
壁に文字が浮かんだ。
【「何もない場所にあるもの。それは、そこに立つ者が持ち込むもの。──よい答えだ」】
「信頼が正解なんだ……」タマキが息をついた。
「カレンが本当に知りたかったのは──何も持たない者が、それでも持っているもの。旅人が空っぽの道に持ち込むもの。──仲間への信頼」
アストレアが頷いた。
「カレンにはそれが──なかったから」そして、ハルがこう付け足した。「だからこの問いを作ったんですね。自分にないものを──確かめるために」
◇
第五問。最後の部屋。
部屋に入ると、鏡があった。
大きな姿見。三人の姿が映っている。……だが、鏡の中の三人は、少し違っていた。
鏡のアストレアは──聖騎士の鎧を着ていない。旅人の服を着ている。
鏡のタマキは──薬師の装備ではない。騎士の鎧を着ている。
鏡のハルは──旅人ではない。王冠を被っている。
【問い:「鏡に映っているのは誰か」】
「えっ──私が、旅人?」アストレアが自分の鏡像を見つめた。
「わたしが騎士……? 鎧……似合わないなぁ」タマキが苦笑いした。
「わたしが──王!?」ハルが目を丸くしている。
「鏡に映っているのは誰か──自分、ではないですよね。姿が違うから」
「でも、顔は同じです。わたしたちの顔で──違う職業になっている」
アストレアが、鏡をじっと見つめた。
「鏡の中のわたしは──聖騎士をやめて旅人になった姿。もしわたしが聖騎士を選ばなかったら──旅人になっていたかもしれない」と、アストレア
「わたしが騎士になっていたら──誰かを守る側になっていたかもしれない」と、タマキ。
「わたしが王になっていたら──もしかして、カレンもこうだったんじゃないですか。旅人だったのに、王になった。自分が、望まなかった姿に」最後にハル。
三人が沈黙した。
鏡の問いの意味が──見えてきた。
「鏡に映っているのは──『もしも自分が違う道を選んでいたら』の姿。あり得たかもしれない、もう一人の自分だ」
「カレンは旅人だった。でも王になった。──この鏡は、カレンが毎日見ていたんじゃないですか。『旅人のままだったらどうなっていたか』を」
「つまり、答えは──」
タマキが言った。
「鏡に映っているのは、選ばなかった道を歩く自分。でもそれは、自分じゃない。わたしたちは──自分が選んだ道を歩いている自分。鏡の中の誰でもなく──【今の自分】」
三人が同時に言った。
『鏡に映っているのは──わたしたちではありません』
鏡が──砕けた。
砕けた鏡の向こうに、扉が現れた。
──正解。
壁に最後の文字が浮かんだ。
【「わたしは千年間、この鏡を見ていた。旅人だった自分を。──お前たちは、鏡を割った。自分の道を疑わなかった。──それが、わたしにはできなかったことだ」】
「カレン王は……千年間、鏡を見ていたんだです。自分が旅人だった頃の、姿を……戻りたかったんです。でも、戻り方がわからなくて……」
タマキの言葉に、ハルが目に涙を浮かべている。
「うん……だから、この試練を作った。鏡を割れる人が来るのを──待ってたんだ」
アストレアが砕けた鏡の欠片を一つ拾い上げた。欠片に──旅人の服を着た自分が映っている。
「わたしも──迷ったことがある。聖騎士の力がソルシアを封じた力と同じだと知った時。自分の道を──疑いかけた」
欠片を──そっと、地面に置いた。
「でも……トワさんが言ってくれた。『力の出所と使い方は別だ』と。──あの言葉がなかったら、わたしもこの鏡の前で立ち止まっていたかもしれない」
【知の試練──全五問クリア】
無事試練を突破できたことで、三人は喜びを分かち合っていた。
そして部屋を出るとき、タマキがふと呟いた。
「この試練──トワさんなら、どう解いたんでしょうね」
「師匠は考えずに、全部の瓶を飲んだと思います」
「……ありえる。自分で確かめないと、気が済まない人だからな」
アストレアが、タマキが、ハルが笑った。
……その頃、光の旅人に勝ったトワは、くしゃみをしていたという。




